シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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 どうやら日間ランキングにも掲載されていたようで……重ね重ね、ありがとうございます。




残滓

 

 セリカとノノミが去った教室。少しだけ寂しくなった空気を払拭するように、ホシノは現状を話し始める。

 

「えーと、簡単に説明すると……この学校、借金があるんだ。まあ、ありふれた話だけどさ……」

「金額はどれくらいかな?」

 

 無論、先生は正確な額を把握している。毎月の利子、元金、返済済みの金額に至るまで暗唱可能だ。だが、彼は問いかけた。かつての思い出達の輪郭をなぞる様に。

 

「えーっと……確か9億円くらいだっけ? アヤネちゃん」

「……9億6235万、です」

「うへぇ、また増えてるよ……」

 

 げんなりとした口調でホシノが言うと、シロコの眉が露骨に下がり、アヤネは俯いた。加速度的に増加している額を現実として認識してしまい、気分が落ち込む。

 

「先ほどの金額が、アビドス……いえ、私達対策委員会が返済しなくてはならない金額です。これが返済できないと、学校は銀行の手に渡り、廃校手続きを取らざるを得なくなります」

 

 アヤネは俯いた所為でズレたメガネを指で元の位置に戻しながら、目を背けられない現状を告げていく。

 

「ですが、実際に完済できる可能性は0%に近く……ほとんどの生徒は諦めて、この学校と街を捨て去ってしまいました」

「そして、私達だけが残った」

 

 シロコは簡潔にそう言った。特に感情が籠っているわけではない。事実を脚色せずに、そのまま伝えただけ。

 

 たった5人の全校生徒……それに思う事はあるが──────先生にこの感情は必要ないから、と。

 

「学校が廃校の危機に追いやられたのも、生徒がいなくなったのも、街がゴーストタウンになりつつあるのも……実はすべてこの借金の所為です。理由の方は……恐らく先生もお分かりかと思います。こちらにいらっしゃるまで、ずっと砂漠地帯を歩いてきましたよね?」

 

 彼が頷くと、アヤネは再び口を開いて。

 

「数十年前、この学校の郊外にある砂漠で砂嵐が起きたのです。元々この地域では頻繁に砂嵐が起きていたのですが、その時のものは想像を絶する規模の災害でした。学区の至る所が砂に埋もれ、砂嵐が去ってからも砂が溜まり続けてしまい……復興のため、我が校は多額の資金を投入せざるを得ませんでした」

 

 (がっく)の復興費用を行政機関(がっこう)が出した。こう捉えると分かりやすいだろう。だが、それは1つの学校で賄う事ができる規模の金額ではなかったのだ。更に、国連や支援団体、NPOといったものがキヴォトスには存在せず──────行き着いた先は。

 

「しかし、このような片田舎の学校に巨額の融資をしてくれる銀行は中々見つからず……」

「結局、悪徳金融業者に頼るしかなかった」

 

 先生の言葉にアヤネは「はい」と肯定する時のテンプレートを言う。

 

「その通りです。最初のうちは、すぐに返済できる算段だったと思います。しかし、砂嵐はその後も、毎年更に巨大な規模で発生し……学校の努力も虚しく、学区の状況は手がつけられないほど悪化の一途を辿りました」

 

 先生が窓の外を見ると、学校の敷地の外側には見渡す限りの砂漠が広がっている。資料で見た数十年前までの面影はどこにもない。ポストアポカリプスのような光景。

 

「……そしてついにアビドスの半分以上が砂に呑まれて砂漠と化し、借金は加速度的に膨張して……私達の力だけでは、毎月の利息を返済するので精一杯で……弾薬も補給品も、底をついていました」

 

 アヤネは「先生のおかげで当面の危機は去りましたけど」と言う。本当にギリギリだったのだろう。不良達を撃退するのにも弾丸が必要で、戦闘は基本的に消耗が激しい。それに、ヘイローを持つ少女達を気絶させようと思うと急所を正確に撃ち抜かない限り弾丸一発では足りない。

 

 ずっと、瀬戸際の戦いだったのだ。

 

「セリカがあそこまで神経質になっているのは、これまで誰もこの問題にまともに向き合わなかったから。話を聞いてくれたのは先生が初めて」

「……まあ、そういうつまらない話だよ。で、先生のおかげでヘルメット団って厄介な問題が解決したから、これからは借金返済に全力投球できるようになったってワケ」

 

 現実的に考えると、あそこまで膨れ上がった借金を正規の手段で返済するのは不可能だ。学生の身分なら尚更だろう。

 だから、近隣住民や彼女達以外の生徒は見限ったのだ。誰だってほぼ沈没している船にいたくない。現実が見えていないのは今尚残っている対策委員会であり、逃げた者達ではない。だから、彼女達は誰かを責める事はしなかった。仕方がない事だから。誰のせいでもない。

 

「まあ、こんな感じだよ。廃校寸前の学校を捨てられなくて、何とかしようと足掻いている──────私達の話は」

 

 ホシノは少し戯けて言う。強がりなのは誰の目から見ても明らかだった。

 

「……もし、もしさ。先生がこの委員会の顧問になってくれるとしても、借金の事は気にしなくていいからね。話を聞いてくれただけでもありがたいしさ」

「そうだね。先生はもう充分力になってくれた。これ以上は迷惑をかけれない」

「いや──────」

 

 彼は己の心を告げる。真っ直ぐに、何処までも愚直に。先生は、何度だって同じ選択をするのだ。生徒の為に。誰かの為に。

 

「見捨てるわけないよ。見捨てられるわけがない。私も協力する」

 

 ──────私は、殉教者(シャーレの先生)だから。

 

 彼はそう言って笑う。聖母の様な貞淑さを携えた、見返りを求めない優しさに包まれる様な感覚。

 

 アビドスの面々の顔が驚きで染まった。

 

「えっ……それって……」

「一緒に頑張ろうね、皆」

「……ッ! はい! よろしくお願いします、先生!」

「へぇ、先生も変わり者だね。こんな面倒な事に自分から首を突っ込むなんて」

 

 呆れるほどの善性だ。損ばかりしてしまう様な人間性だ。誰かが救われる事が、自分への最大の報酬だと言わんばかりで──────それでいいのかと、思わず口に出そうになる。

 

「助けを求める手を振り払う事なんて出来ないよ。大人として、シャーレの先生として、人として」

「……そっか」

 

 ホシノは納得と寂しさを覚えながら、噛み締める様に呟く。彼のあの澄み切ったような、誰かの為に立ち続ける姿が──────痛ましくて仕方がない。彼があの様に果てるまで、一体幾つの悲しみを超えてきたのだろうか。そう思わずにはいられない。

 

「良かった……シャーレが力になってくれるなんて……! これで私達も、希望を持っていいんですよね?」

「そうだね。何か活路が見えてくるかもしれない」

 

 ホシノの心中とは裏腹に、周りの雰囲気は明るかった。

 

 

 ▼

 

 

「──────……」

「セリカちゃん……」

 

 セリカとノノミは壁越しに一連の話を聞いていた。アビドスの未来は多少明るくなったはずなのに、彼女の顔は暗い。ノノミは心配そうな顔で、彼女を見つめている。

 

「分かってるわよ、私だって……でも、でも……」

「そうですよね。セリカちゃん、ずっと頑張ってましたから」

 

 セリカは頑張ってきた。1年生でありながら誰よりも真剣にこの問題と向き合って、戦ってきた。この課題をなんとか解決したいと足掻き続けてここまで来たのだ。

 

 だから、納得できない。

 

 書面上とはいえ、今まで見向きもしなかった連邦生徒会に属するシャーレの責任者が訳知り顔で手を差し伸べてくるのは……セリカのプライドが許せなかった。

 

 今まで頑張ったね、()()()()()()()()──────なんて今更言われても、これ迄の努力を笑われているような気がしてならないのだ。

 

 彼にそんな意図がない事は重々承知している。寧ろ彼は今までの努力をきちんと受け止めた上で、一緒に苦労しようとしてくれているのだ。分かち合う為に、分かりあうために。

 

 でも、でも、でも。

 

 まだそれを受け止め切れる余裕が……セリカにはなかったのだ。

 

「セリカちゃん……」

 

 ノノミは背中を丸めて部屋を出ていく少女を、唇を噛み締めながら見送った。

 

 

 ▼

 

 

 太陽が沈みキヴォトスに闇が落ちた頃、先生は砂漠地帯の一角に立っていた。風が吹き、砂塵が舞う。翻る白のコートと、靡く髪。影に隠れた表情は窺い知れない。

 

「流石に、目立つ痕跡は残していないか……」

 

 先生はポツリと呟いた。シッテムの箱を片手に何かを探し──────そして、見つからなかった。彼はそのままタブレットの中に視線を落とし、中にいる少女に声をかけた。

 

「アロナ、なにか分かるかい?」

「先生の予想通り、此処に降り立つ事は確定しています」

 

 青い少女は俯いたまま、暗い表情で「ですが」と言葉を続ける。

 

「何番が、どういったアプローチを経て此処に降臨するのかは分かりません」

「うーん……回避は?」

「できないと思います」

「だよね。じゃあ近い未来、楽園の証明と対峙する事は必定か……」

 

 先生はそう言って、脳内でシミュレーションを開始する。想定できる全てのパターンと状況変数。相手の手札すら予測して。

 

 その演算を頭の片隅で行いながら、彼は「ありがとう」と言って。

 

「それが分かっただけでも上々だよ」

「ごめんなさい、あまりお力になれず……」

「いいんだ。アロナに分からないなら他の誰にも分からないよ。今回はそれだけゲマトリアが上手かっただけ。それに、こんな微量な残滓を捉えるだけでも凄いさ。流石アロナだよ」

「そうですかね……」

 

 俯いていた顔を上げると、月と星が天上に輝いている。煌びやかな中心都市ではまず見られない神秘的な星月夜。

 

 そう──────人は古来よりソラを仰ぐ。ソラに未知と神秘を見出し、神が住まう場所と定義した。

 だが、いつしか人はソラを解き明かすべき対象とした。

 恐れず畏れず、天の(きざはし)を登る為──────ソラに手を伸ばした。

 

 キヴォトスでも、それは変わらない。シリウスの光を彼女達は仰ぐのだ。

 

 ──────彼女達もどこか遠い所でこの空を見上げてくれているだろうか。

 

「先生はどの状態で召喚されると思いますか?」

 

 彼はアロナの言葉で現実に引き戻された。感傷は捨てられないな、と笑って。嗤って。

 

 今、郷愁は必要ない。自分の弱さに蓋をして──────投げかけられた問いについて少しだけ考えて、口を開く。

 

「馬鹿正直に叩き起こすよりも効果的な手を打ってくるよ、黒服は。恐らく、関係性が深いものを触媒にして本来の権能をある程度取り戻させた状態──────全能の一端、神の御許に在るものとして対峙するはずだ」

「そうなった場合は……」

 

 不安そうなアロナに追い打ちをかけてしまう事を申し訳なく思いながら──────敵対者が齎し得る最大の破壊を話す。彼が知る敵のスペックが振るわれた場合、何が起きてしまうのか。

 

「最悪、アビドス全地区が半世紀は人の住めない死の大地になる。パスが正しく結ばれてない状態とはいえ、滅びは滅びだ。アビドスの……砂漠化が進行した土地なら余裕で殺せてしまう。何としてでもそれは避けないと。幸い打つ手はある。全能の一端如き、擬似展開でも確殺できるさ」

 

 彼は礼装を最優先にしておいて良かったと心から思った。あの選択がなければこの時点で詰んでいた。確実にアビドスは死に絶え、連鎖的にキヴォトスも多大な流血を強いられてしまうだろう。

 

「仮に完全な状態で召喚されても幾つか切り札を使えば何とかなるはず。万が一詰みの状況になっても事象改変型プロトコル(大人のカード)を使えば、()()()()()()()絶滅は回避できるはずだ」

「先生……」

 

 自分の命を対価として捧げることを当然のように想定している──────それが、アロナは悲しかった。

 

 確かに、過去に比べると状況自体は良くなっている。だが、その代わりに先生がかなり綱渡りになっているのだ。故に命を懸けなければならない場面は必ず来る。その理屈は理解できるが──────あぁ、納得なんてしたくない。

 

 何故、彼だけがこんなにも生存を否定されるのだろうか。アロナは泣いてしまいそうなほど、悲しくて辛かった。

 

 先生はそんな健気な少女の──────泣けない彼の代わりに泣いてしまいそうな表情に気付いて、そっと微笑んだ。

 

「死ぬ気はないよ。だが、最悪は常に考えて動かないと……アロナ、明日は一旦ここから離れて、ゲヘナとミレニアムへ行くよ」

「分かりました! でも、どうしてですか?」

「あっちがその気なら、私も戦力を整えるまでだよ。便利屋と風紀委員、あとはワカモ、C&C……RABBIT小隊まで来てくれたら嬉しいけど、彼女達は少し厳しいかな。でも、一応声をかけてみるよ」

 

 彼は「流石に風紀委員はアポを取っておかないと……」と言ってスマホでメール文を打っている。時刻は既に午後10時を回っている為、常識的に考えるならばこんな時間にメールを送るなんてマナー違反だろう。申し訳ないとは思うが、先生もなりふり構っていられる場合でなくなった。罵詈雑言は甘んじて受け入れようと思い──────送信した。

 

「あと、天命とプロトコルは待機状態に。特に天命は現段階で使用できる最強のジョーカーだ。出し惜しみはしない。ここで滅びの駒を一柱潰すつもりで打って出る」

「駒、ですか……まるでゲームみたいですね」

「実際に盤面遊戯なんだろうね、ゲマトリアにとっては。形態としてはチェスに近いんじゃないかな。『私と貴方、どちらがシナリオを完成させるか勝負といきましょう』なんて宣う腹立たしい顔が鮮明に浮かぶよ……巫山戯やがって」

 

 先生は怒りのまま、皮膚が破れんばかりに拳を握りしめた。昔から彼はそうだ。根本的に自分のためには怒れない。彼が怒りを露わにするのは決まって生徒の為。誰かの為にしか──────彼は戦えない。

 その性質は先生と呼ばれる彼の危うい所であり……同時に美徳だと、アロナは思っている。

 

 彼は用事は済んだ、と言わんばかりに踵を返す。

 

「何を企んでいるかは知らないが──────全部ご破算にしてやる」

 

 

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