シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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希望は暗闇の先に

「はぁ、はぁ、は、ぁ……ッ!」

 

 ひび割れたコンクリートの上を走る。只管に走る。後ろは振り返らず、前だけを見て。荒い息と上昇した体温、酸欠で時折頭がくらりとして、でも視界はレッドアウト。唯、思考と体が分離したように足を前に動かす。

 

 最初の内は仕掛けてくる生徒を相手に自分達の境遇を説明し、何とか道を通してくれるようにお願いをしていた。だが、全く信じてもらえず毎度のように戦闘行為に発展した事から、アズサは『説明している時間が惜しい』と判断し、退くか退かないかの二択を持ち掛け、退かないのであれば先手を打つ方針に転換。少々手荒であるが、時間が無いのも事実であるため、皆思う所がありつつもそれに従い、向かって来る者達を撃退していた。

 

 だが、此処はスラム街。その手の不良生徒は数えるのも億劫になるほどいる。一々相手にして、真っ当に戦闘するのも面倒になり、今は逃げの一手。補習授業部の仕事はスラムの治安を改善させる事でも不良生徒を捕まえて検挙する事でもないのだ。此処はあくまで目的地までの道中、余計な事は極力排してただ目的地に辿り着けるようにゲヘナの自治区を走り抜ける。

 

「な、何とか逃げ切れましたかね……?」

「……そうだね。周囲に動体反応はない。一旦、深呼吸をしようか」

 

 先生の声を合図に皆は足を止め、息を整えた。警戒はそのままに深呼吸だけ、それは彼がこの状況そのものにきな臭さを感じている証明だ。

 

 大きく息を吸って、吐いて、荒くなったリズムを落ち着かせる。戦闘を挟みつつ数十kmを全力疾走するのは屈強なキヴォトスの人類でも疲れてしまう。両ひざに手を突き、額から流れる汗をハンカチで拭い、或る程度落ち着いてから周囲を見渡した。

 

「えっと、此処が第21区だから……15区は結構先よね?」

「えぇ。この先にある連絡橋を渡って10区に入るのですが……いくら夜中とはいえ、人気が無さ過ぎません?」

「あぁ、静かすぎる」

 

 周りに人が誰一人として歩いていないのだ。時間帯は深夜とはいえ、通常であれば道を歩く人は数人いるだろう。だというのに、誰も居ない。周りにあるのは街灯と信号機、看板の明かりだけ。

 先生は『周囲に動体反応はない』と言っていた。だから本当に誰も居ないのだろう。感じていたきな臭さ、違和感。警戒は解かずに深呼吸だけ。

 

 この静寂は、却ってスラム街よりも不気味だった。

 

「……ッ」

 

 刹那、空に音が響いた。乾燥した音であるが、地面を揺らすような低さを伴った何か。叩き込まれた戦闘技術がアズサの体を咄嗟に動かし、翼で先生を守るように立って射撃体勢を取る。

 

「今のは……」

「銃声……でしょうか?」

「いや、違う。もっと口径の大きな……戦車か迫撃砲か? 流石に列車砲ではないと思うが……」

「き、聞こえた方向ってあっちよね……?」

 

 そう言い、コハルが指し示した方向は少女達が駆け抜けてきた背後ではなく……少女達の真正面。ゲヘナ外郭と中央部を結ぶ連絡橋が掛かっている場所で聞こえた音だった。

 

「私達の進行方向、ですね」

「あうぅ……」

「ど、どうするのよ……?」

 

 ゲヘナの外郭から中央へ移動するには連絡橋を使うのがベストだ。別に他のルートでも行けない訳ではないが、時間が掛かってしまうため、余程の事情が無い限り連絡橋で向かうのが一般的。

 

 では、今回はどうなのか。明確なリミットが定まっている以上、時短できるならそれに越した事はない。だが、態々自分から戦闘音が聞こえた方向に足を向けたいかと言われれば否だ。どう考えてもトラブルの匂いがする場所に行きたくはない。

 時間とトラブル、両者を天秤に掛ける。デメリットとメリット、その何方も吟味したうえで────選んだのは時間。補習授業部に回り道を選択できるような猶予は残されていないのだ。最短距離で向かえるルートがあるならそれが最優先。トラブルは全て踏破する。

 

「先生、このまま進もうと思ってるけど……いい?」

「うん、勿論。私達に遠回りできる余裕はないからね。多少のトラブルは受容してでも最短ルートを進もう」

「そうですね……目的地に行くにはこのまま進むしかありません。取り敢えず行って、様子を見てみましょうか」

 

 気が進まないのは皆一緒であるが、足踏みしても状況は好転しない。少女達はこの先の連絡橋で何が待っているのか、不安を滲ませながら立ち並ぶライトに従い足を進ませた。

 

 

 ▼

 

 

 ゲヘナの外郭と内部を結ぶ連絡橋は全長5km以上にも及ぶ。広い車線と歩道は交通量を示し、朝から夕方にかけては無数の車や人の往来があるであろう橋は夜の静寂に満ちていた。いくら夜中とはいえ、外と内側を結ぶ橋の交通量が0なのは流石に何かがおかしい。

 

 皆は周囲を見ながら、だが何一つ変わらない景色を歩いて幾ばくか経過した頃。橋の半分ほど歩いた少女達は少し先に十数名の人影を見つけた。

 

「あれは、検問でしょうか……?」

「あの制服はゲヘナの風紀委員会の……」

 

 黒と紫が使用された軍服の様な制服はゲヘナ風紀委員会が着用する正装だ。端を塞ぐように立つ彼女達の背後にはバリケードと戦車、銃を構えた風紀委員会の少女達。

 

 ゲヘナの風紀委員会と言えば、あの無法地帯の自治区を統制する組織だ。空崎ヒナの名が最も有名であるが、彼女以外の部隊長も実力者と聞く。別に後ろ暗い事をしている訳ではないのだが、トラブルの種になり得るため関わりたくない……と謂うのが、皆の本音。しかし、此処まで来て引き返す訳にもいかず、先ほどの不良生徒達よりは話が通じそうだ。事情を話せば通してくれるかもしれない、と淡い期待を込めて銃を仕舞い風紀委員会の前に立った。

 

「あ、あの、すみません────」

「止まれ! ここから先は立ち入り禁止になっている!」

「そもそも、今日は街全体に外出禁止命令が出されているはずだ! 今から帰宅するなら見逃してやるから、早く戻って────」

「……その制服、まさかトリニティか?」

 

 一人が白い制服が何処の学校のものか気付くと、途端に表情を険しくさせる。唯でさえエデン条約関係で忙しくしている風紀委員会に、仮想敵であるトリニティの生徒をぶつければ火を見るよりも明らかだ。一人は携帯端末を握り締めバリケード奥に回り、入れ替わるように銃を持った数名の生徒が飛び出して来てあっという間に囲まれる。

 

「ッ! どうして此処にトリニティの生徒が! ゲヘナに何をしに来た! 目的は何だ!?」

「い、いえその、本当にここを通りたいだけでして……!」

「何の目的も無しにトリニティがゲヘナに来るわけがあるか!」

「ですが私達は本当に、ただ試験を受けに来ただけなんです。特に問題を起こしに来た訳でなく……」

「トリニティの生徒が試験を受けるために、どうしてゲヘナの自治区に来るんだ! 嘘を吐くならせめてもっとまともな嘘を吐け!」

「せ、正論……あうぅ……」

 

 少し前に不良にも同じ事を言われた少女達は肩を落とす。確かに荒唐無稽な嘘と言われても納得する程にありえない話なのだ。信じられないのも無理はない。またしても道を塞がれてしまった少女達はその表情に焦りを滲ませた。

 

 彼女達をどうやって突破するかについてであるが、事実上話し合いしかないだろう。道を塞いでいるのが先と同じように単なる不良生徒であるならば実力行使で黙らせても良かったのだが、彼女達はゲヘナの生徒であり、正式な委員会に所属している生徒。真っ当に任務をこなしていたゲヘナの風紀委員会にトリニティの生徒が暴力を働いた、となれば外聞は最悪だ。

 

 何とか説得しようとヒフミはスマホを取り出し、トリニティの掲示板のページを見せようとするが……それよりも早く、トリニティに於ける黒い制服の意味に気付いてしまった生徒が居た。

 

「……ッ! そこのお前、正義実現委員会の所属だな!?」

「えっ!? ちょっ、違……わないけど……ッ! 今は違うというか、何と言うか……!」

「こんな時期にゲヘナ(ウチ)の自治区に正義実現委員会を派遣するとか正気か!? 頭にマーマイトでも詰まってるのかトリニティは!」

 

 コハルの現在の身分は複雑だ。正義実現委員会に所属している事は間違いないが、補習授業部を卒業するまでは復帰を認められていない。それを踏まえると『今は違う』という回答になるのだが、含みのある言い回しのため裏があると思われてしまう。かといって『正義実現委員会ではない』と言えば、『正義実現委員会でもないのに何でその制服着てるの?』と問われるはずだ。

 

 それを説明して分かってもらえるとは思わない。補習授業部を取り巻く現状はかなり危うく、学園一つが敵に回っていると言っても過言ではないのだ。こんな事になるなら着替えてから来ればよかったと思うが、それを今嘆いてもどうしようもない。

 

「ほ、報告します! 追っていた温泉開発部が4手に別れたようで、1グループがD.U.地区の方に……!」

「あぁ、もう、厄介ごとが次々と……! 温泉開発部はそのまま追え! 必要ならヴァルキューレと連携して、何としても被害が出る前に取り押さえろ!」

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばす小隊長と思わしき少女の表情には疲れと眠気が色濃く滲んでいる。風紀委員会も問題児の対処で手一杯なのだろう。そんな時に此処に訪れてしまったのは不運でしかなく、こればかりは恐らくナギサも関与していない……と信じたいが。

 

「……コイツ等はどうしましょうか? 私達の手に負えないような気がしますが……」

「取り敢えず、拘束するしかないだろう。その後は……天雨アコ行政官に指示を仰ぐか」

 

 温泉開発部なる部活の対処が決まれば、次は絶賛お騒がせ中の補習授業部達。エデン条約締結前にトリニティの生徒に対して手荒な真似をしたくないが、色々と怪しい彼女達を放っておく理由もない。怪我をさせないように慎重に拘束し、No.2であるアコに状況を伝えれば彼女が正義実現委員会やティーパーティーに連絡してくれるだろう。大事にしたくないし、頼むから暴れないでくれ────そんな事を思いながら風紀委員会の少女達は手錠を取り出した。

 

「……先生」

「ダメだからね、アズサ。彼女達を無理矢理退かした場合、不利になるのは私達だ」

 

 実力行使で退かそうとしたアズサを先生は窘める。風紀委員会と争うのは得策とは言えない。唯でさえ、トリニティのティーパーティーが補習授業部を排除しようと動いているのに、外部にまで敵を増やすと誰も守れなくなる。

 仮に実力行使した場合、ナギサは補習授業部を退学させる大義名分を手に入れる。『真っ当に任務に就いている風紀委員会を襲撃し、手傷を負わせてエデン条約を妨害しようとした』という理由を。言ってしまえば、ナギサは退学させる理由が欲しいだけなのだ。補習授業部だの特別学力試験だのは所詮方便。退学させる理由作りに使っているだけに過ぎない。それらしい理由があればそちらに轡替えするだろう。

 

 彼は「私でどうにかできないか、頑張ってみるよ」と言い、風紀委員会の少女達の前に立つ。

 

「こんばんわ。ちょっといいかな? 私はシャーレの────」

 

 先生が極めて穏やかに自己紹介をしようとしたタイミングで、アズサに襟の後ろを掴まれて猛烈な勢いで引っ張られた。次いで、鼓膜を乱暴に叩く爆発音。着弾点は陣形を展開していた風紀委員会のド真ん中。

 放物線を描いてどこからか飛んできたグレネードランチャーが炸裂し、バリケードや車両、生徒を巻き込んで巨大な爆発を巻き起こした。

 

「のあぁぁッ!?」

 

 唐突な、意識外からの攻撃。補習授業部の仕業でもなければ先生の仕業でもないものに反応できなかった風紀委員会の少女達は爆風で吹き飛ばされ、コンクリートに打ち付けられる。更には破壊された車両から漏れ出たガソリンに引火し一瞬で周囲が火の海に。

 ヒフミはその惨状に口を開けてフリーズし……それから青褪めた顔で、疑問符を浮べているアズサを凝視した。

 

「あ、アズサちゃんですか!? ついにやっちゃったんですか!?」

「いや、私じゃない……」

「そうですね、今のは私達の遥か後方から飛んできました。しかし、一体誰が……」

 

 アズサは翼をキュッと丸め、先生を守る盾のようにしながら周囲を警戒。ヒフミやハナコ、コハルも同じように周囲を注意深く見渡すと……甲高いブレーキ音と共に煙を切り裂く何かを視認した。車体に大きな字で『給食部』と書かれたそれに乗る彼女達は────。

 

「あらっ☆ やっぱり先生でしたか!」

「大当たりでしたわね。御機嫌よう。此処で何をされているのですか、先生?」

「アカリ、ハルナ……」

 

 本来給食部のはずの車をまるで自身の手足のように操り、乗り回すアカリ。爆風に髪を靡かせ、優雅に微笑むハルナ。少し前に出会った美食研究会の登場に補習授業部は大いに驚き、先生は笑みを浮べた。

 

「あ、あれ!? 確か、この間戦った……!?」

「あら、あの水族館を襲撃してマグロを連れ去った……」

「え、えっと……も、もう何がなにやら……」

 

 一度に色々な事が起き過ぎてキャパオーバーになったヒフミはもう苦笑いしかできる事が無く、周囲の惨状を見渡す。道を塞いでいたバリケードや車両、風紀委員会の少女達は軒並み吹き飛ばされて、今は火の海。もうどんな言い訳をすればいいか分からない。

 

「先生、彼女達は……」

「いや、大丈夫だよ。私に任せて」

 

 アズサから離れた彼は皆の代表として立ち、美食研究会の少女達を見つめた。

 

「他の皆さんは確か……トリニティの方ですよね? ゲヘナで何を……」

「その件で少し、良いかな。突然で申し訳ないけど……手を貸してほしいんだ」

 

 

 ▼

 

 

「なるほど、状況は概ね理解しました。兎に角、この場所に行かなければならないのですね?」

「うん、お願いできるかな?」

 

 事情を聴き終えたハルナはにこりと微笑む。どんな返答よりも雄弁なその表情のまま、彼女は肯定を告げる。

 

「えぇ、勿論です。ですが、タイミングが少々悪いですね。この辺りは今、少々騒がしくなっていまして」

「温泉開発部が市街地の街中をドカン! と爆発させたとかで、とにかく滅茶苦茶な状態なんです」

「そのせいで風紀委員会に緊急出勤(スクランブル)が掛かり、慌ただしく動いているという状況で……まぁ、温泉開発部が騒ぎを起こしてくださったから、私達もこうして風紀委員会の牢屋から抜け出せたのですけど。ふふっ♪」

「えぇ……」

 

 ヒフミは引き攣った顔で困惑を浮べる。もしかしなくても彼女達はヤバいのでは? 

 そもそも、彼女達とのファーストコンタクトはトリニティ自治区。アクアリウムに展示されていたゴールドマグロを攫って、正義実現委員会と追いかけっこしていたのだ。それだけでも大概な命知らずであるのに、今度は混乱に乗じて牢屋を脱出して、風紀委員会をグレネードランチャーでぶっ飛ばすなんて。しかも、一切悪びれていないのが怖い。怖すぎる。

 とんでもない人達と一緒になってしまった────ヒフミは自身達の未来に巨大な不安の種を見た。

 

「それに、非常事態という事もあって、またしてもその場に偶然居合わせた給食部のフウカさんが、部の車を快く貸してくれましたし☆」

「んんっ!? んーっ!? んーっ!」

「新しく買ったばかりの車を貸してくれるなんて……これぞ美しい友情というやつですね☆」

「んんっ! んっ! んんんんっ!」

「……その友情のお相手、縛られたままトランクに積まれていません?」

 

 ハナコが苦笑いしながらトランクに視線を送る。恐らく車の保有者と思われる少女は猿轡を噛まされ、両手両足を縛られて蓑虫のように転がされていた。まず間違いなく貸しておらず、十中八九強奪されたのだろう。可哀そうに……彼女の事情はよく知らないが、同情せずにはいられなかった。

 

「問題ありませんわ。フウカさんはこういった事に慣れていますから」

「そうですね、ゴールドマグロの時もご一緒しましたし☆」

 

 毎回美食研究会に車を奪われ、縛られて連れ回され、最後には一緒に捕まっているという事なのか。補習授業部は改めてトランクに視線を送ると、涙目のフウカと視線が合った。『どうして私がこんな目に』という訴え。悲痛なそれに少女達は思わず心の中で涙を流し、呟く。どうか、強く生きてほしい────と。

 

『ハルナ、アカリ! 今何処!? こっちも包囲網を破ったけど、合流できそう!?』

『ぎゃーっ! 風紀委員会がまだ追いかけてくる!』

 

 通話状態にしたままのハルナの端末から聞こえたのはジュンコとイズミの声。どうやら彼女達は別行動らしく、スピーカーの向こう側からは2人の声とバイクの音、銃撃音やら爆破音が聞こえていた。

 

「ジュンコさん、脱出作戦は中止です」

『えっ!? 何で!?』

「ふふっ、先生の頼みは断れませんもの。それに、あの時のお礼もまだでしたから。私達、美食研究会の誇りにかけて先生とトリニティの皆さんを目的地までご案内しますわ」

「ですね☆ それではとにかく乗って下さい!」

「ありがとう、よろしくね……巻き込んじゃってごめんね」

「気にしないでください。私と先生の仲ですもの」

 

 申し訳なさそうな彼の声をかき消すようにハルナは天真爛漫な笑みを浮べる。気にする必要も気に病む必要もない。ただ、力を貸したいから貸しているだけ。彼が生徒に手を差し伸べるのと同じように。

 彼は1つ笑みを零し、給食部の車に乗り込もうとして……不安そうなコハルに袖を引かれ、立ち止まった。

 

「ねぇ先生、本当に大丈夫なの? この人達、何かヤバい気がするんだけど……」

「……大丈夫だよ、うん」

「何か含みがありませんでしたか、先生……?」

 

 確かに日常的にやっている事はヤバいし、とんでもないテロリストであるが……彼女達は嘘を吐かない。いつだって自分の心に、やりたい事に正直なのだ。故に彼女達が『手助けする』と言えば絶対に最後まで手助けしてくれる。

 

「えっと……それではよろしくお願いします……?」

「……本当だ。給食って書いてある。じゃあ失礼するけど……給食部のあなたは本当にそのままで大丈夫?」

「えぇ、問題ありませんわ」

「そうか……」

「んー! んんっ! んんー!」

 

 縛られている側に聞いた筈なのに、縛った側が答えるとは思わずアズサは微妙な表情を浮べる。当事者が言うならいいのか……と思いつつ乗り込み、トランクを一瞥。涙目のフウカと眼が合った。

 

「流石に拘束は解いてあげた方が良いんじゃないのかな……?」

「先生がそう言うなら、皆さんが乗り込んだ後に外しましょうか」

「……フウカもごめんね、巻き込んじゃって。拘束は後で解くから、もう少し我慢してね」

 

 彼がそう言いフウカの頭をそっと撫でると、彼女は初めて救われた様な表情を浮べる。重ね重ねになるが、どうか強く生きてほしい。

 

「ふふっ、では、よろしくお願いしますね♡」

「えっと……よろしくお願いします」

「えぇ。どうなっても恨みっこはなしですわ。皆さんは皆さんの目的の為、進んでください」

 

 ハナコとコハルが乗り込み、フウカの拘束を外せば準備は万端。アカリはシフトレバーをドライブに移し、アクセルを踏むとエンジンが呻りを上げる。

 

「皆さん、乗りましたね? シートベルトもちゃんと付けましたね? では────出発です!」

 

 その瞬間、音を立てて急発進する車両。唐突な衝撃にヒフミ、ハナコ、コハルは可愛らしい声を上げ、アズサは少しの驚きの後に周囲を注視。周りに敵はいない。

 

 ────現在の時刻は午前0時14分。試験開始まで、残り2時間46分。

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