シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
感想評価お気に入り登録誤字報告、ありがとうございます。デカグラマトンの追加で拙作のプロットが死刑宣告を受けました。
「ぐ、ぅ……ッ!」
弾丸が霞める。空気が頬を切って血が流れる。しかし、それに意識を割くことは許されない。コハルは血を拭い、後ろを振り返って発砲。破れかぶれの銃撃は奇跡的に追い縋る誰か……温泉開発部なのか風紀委員なのか、それともこの混乱に乗じて飛び出してきた全く別の第三者なのか分からないが、兎に角誰かに直撃して昏倒。追手を一人減らすが、先ほどから減らした以上の増援が次から次へと来るため、全く減った気がしない。
────怖い、怖い、怖い。心臓が早鐘を打つ。手が震える。生温い空気が気持ち悪い。戦いが怖いのではない。この戦いで、自分達が日常と呼んでいるものの延長線上で命が失われるのが、どうしようもないほど怖かった。この戦いも別段特殊なものではなく、普通よりもちょっと過激なくらいでありふれているものだ。そんなものが誰かの死因になるなんて、こんな事で誰かが永遠に失われるなんて……考えた事も無かった。
「邪魔だッ!」
何時もの冷静な表情をかなぐり捨てたアズサは手に取るように分かる焦燥感のままに、のこのこと近づいてきた誰かを殴り倒す。そのまま彼女はスモークグレネードのピンを抜き投擲、それを見たハルカとムツキは地面に爆弾や地雷を設置して即座に起爆。視界を奪い、足場を崩す。
「ハルカちゃんナイス!」
「は、はいッ!」
「あ、あとどれくらいで合流地点ですかッ!?」
「直線距離3kmだけど……あぁ、クソッ。進行ルートに部隊が展開してる、迂回するよッ」
先頭を走るカヨコは振り向きざまに数発発砲。街灯のライト部分を撃ち抜いて破壊し、それを合図と見たアルは自身の銃で街灯の基部を撃ち抜く。すると街灯が音を立てて倒れ、倒壊に巻き込まれた生徒達の悲鳴が夜の街に溶けて消えた。
それに見向きもせず、皆は大通りから路地に入る。見晴らしが悪く奇襲に気付きにくいため可能な限り避けていたルートであったが、真正面から大部隊と戦うよりは遥かにマシだ。それに、この地区は第15区の様なスラムではない。治安が良いとは口が裂けても言えないが、それでも多少は風紀委員会の手が入っているため、目に見えて分かるヤバいものは取り締まられている。
「このまま道なりに進んだら広場に出るから、一旦そこで息を整えるよ。先生の容体も見ないといけないし、流石に皆もきついでしょ? それに、この先はもう休めない。合流してからはノンストップでトリニティまで行ってもらうから、そのつもりでいてね」
「はい、分かりました」
ハナコはそう言い、背負った先生の感触を確かめた。背中から伝わる心臓の鼓動は一定、体温も暖かい、息もしている。ちゃんとまだ生きている、彼は此処に居る。彼女は掌から決して零れ落ちないように、彼を離さないように力を込めて、前を見る。
「アル、敵影はある?」
「特に見当たらないわ。少なくとも広場までの道中は安全なはずよ。先行した方が良いかしら?」
「ううん、固まってた方が奇襲に対応しやすいからポジションはそのまま」
アルはスナイパー特有の眼の良さで周囲の安全を確認すると皆の力みが少しだけ和らいだ。先ほどまで張り詰めっぱなしだったが、僅かな時だけとはいえ休めて、彼の容体を確認できる。その猶予が、その余裕がどれほど大切か。
ハナコの右側を固めていたアズサは安堵の溜息を吐こうとした所で……何故だか分からないが、妙な胸騒ぎを覚えた。理論はない、理由はない。ただ、何か胸を掻き毟りたくて仕方がないほどに大きくて漠然としたものがアズサの胸の奥に突き刺さった。この感情は恐怖か、或いは不安か。兎に角、『何か良くない事が起きる』という虫の知らせにもよく似た第六感が全力で警鐘を鳴らしていた。
この先に在るのは広場であり、ただのレストスペース。この辺りに敵影はないとアルが言ったばかり。だからこの嫌な予感も安心感から生まれた単なる誤作動に過ぎない……そう言い切るには、あまりにも重くて。
「────っ」
「ッ! 先生、大丈夫ですか!?」
声になり損ねた吐息か、或いは声にならない声の様な何かが聞こえたのはハナコの背後。先ほどまでずっと意識を失った先生が息と声を漏らしたのだ。ハナコは振り返り、声を掛ける。するとヒフミやコハル、アズサも近づいてそれぞれ思い思いの声を掛ける。どうか目を覚ましてほしい、大丈夫ですか、と。
その祈りに応えるように先生は呻き声に似た小さな声を漏らして、薄っすらと眼を開く。ずっと意識を失っていた彼が目を覚ました。泣きたくなる程に嬉しくなった少女達は今日で一番大きな安堵を抱いたが……アズサは違った。薄く開かれた彼の瞳が蒼く染まっているのを見てしまったのだ。
権能域にあるシステムの励起。しかも、その深度は単なる小競り合いには不要なほどに深い。先程からアズサが抱えていた嫌な予感は正しかった。この先で待っているのは戦闘ではない。
────殺し合いだ。
『────
何処からかシステム音声が聞こえたと同時に、薄っすらとしか開かれていなかった彼の眼が開かれる。晴天の時の青空よりも深い蒼、まるで宇宙の色彩をそのまま落とし込んだかのような色に変色した彼の瞳。眼球を廻る
「────ッあ」
過剰なまでに研ぎ澄まされた直感が、数多の悪意と対峙して冴え渡った戦闘本能が彼の覚醒よりも先んじて無意識下でシステムを起動させた。そして、そのワンテンポ後に彼は目を覚ます。意識を失ってからどれ程経ったのかは不明だが、鋭利な痛みを訴える身体、便利屋68との合流、ハナコに背負われている事から現状を推察。どうやら失敗したと判断し、独自で動いてくれていたのだろう。それ自体はとても助かるが……この逃走ルートは、駄目だ。
「先生……?」
「────ここから、離れて」
ぽつりと、だが皆の耳に聞こえるように呟いた彼の視線は広場に向けられて固定されている。まるで刃物のような、決して生徒には向けない……不俱戴天の敵へと注がれる視線。
そして────少女達は気付く。人の声が、物音が全く聞こえない事に。普通であれば、皆が寝静まる深夜に音が聞こえないのは当たり前の事であるが、今は違う。現在進行形で温泉開発部とそれに便乗した不良生徒達が風紀委員会と戦っている最中なのだ。先ほどまでずっと地面を揺るがすような爆発音やら銃声、人の声や慌ただしい足音が聞こえていたのに……此処は、この路地裏に足を踏み入れた途端にそれらの音が途絶えた。大きく距離が離れた訳でもなく、たかが大通りから一本奥に逸れただけと謂うのに。
背筋が波打つ感覚。まるで氷塊を入れられたかのように体感温度が下がった。夏場だと謂うのに寒さが肌を撫でて、呑み込んだ生唾が心臓に沁み込む。この先には地獄が待っている────そんな直感とも呼べない予感が全身に纏わりついた。
「……に、げ」
逃げなければ。彼の言う通り、此処から離れなければ。そう思っているのに足は地面に縫い付けられたかのように動かない。視線は動かせない。時間は遅い。風景は全てドロドロに溶けた飴細工のように伸びている。
前回……補習授業部が発足して少し経った頃にワカモとノアと一緒に処理した、トリニティ自治区郊外で発生した
単なる試験、トリニティとの小競り合い程度なら戦力としては便利屋68だけで充分だった。にも拘らずワカモとトキを動かしたのはコレを予期していたから。本当ならワカモとトキと合流してから対峙したかったが……相手のテリトリーに囚われた以上、そうもいかない。
逃走から撃退、邪悪の種子が芽吹く前に全て焼き尽くす。元より、いずれは倒さなければならない相手だ。スケジュールが多少早まっただけ、誤差にもならない。
問題は────この身とシッテムの箱が万全でない事。生徒との接続……演算の負荷は全て自身の脳で賄っているとはいえ、生徒に対する各種支援はシッテムの箱のバッテリーを考えると全くできないか、出来たとしても数回が限度。幾ら前回よりも戦力が充実しているとはいえ、シッテムの箱が使えないこの状態は……あまり好ましいとは言えない。
だが────その上で、お前達を踏み潰す。来るがいい、最新の悪性偽典。この星にお前達の居場所はない。
「────来るよ、皆」
先生は静かに開戦の号砲を告げた。そして、ハナコの背から降りて自身の足で世界に立ち前を見据える。これから自身達で滅ぼす悪性。この世界で地獄の門が開きかけた……確固たる証明。ベアトリーチェが目覚めさせたこの星で最も新しい神話にして、最も利己的な悪性。産み落とされた卵は孵り、遂に終わりへの歩を進める。
「……なんなの、あれ」
コハルは呟く。アレは何かと。そして、他の少女達も言葉にこそしないが同じ感想を抱いていた。便利屋68の少女達はアビドスで、アズサは別の世界で、それぞれ似て非なる異質な何かを見ているため耐性はあるが、それは動揺しない事を示さない。
何処からか湧き出てきた黒い靄は徐々に実態を持つ。立ち込める濃厚な死の気配。生きとし生ける全ての生命体に対する呪詛。死に絶えろ、死に絶えろと耳元で囁かれているかのような感触。脳天に刃を突き立てる憎悪。誰かに向けられた憎悪ではなく、この星そのもの、生命を育む機構そのものに向けられた怒り。
そうだ、これは────人が乗り越えるべき、悪性だ。
「────あれは、蛇か?」
「どうだろう……少なくとも爬虫類ではあると思うけど」
「いえ……あんな生命、キヴォトスに存在しません。恐らく、系統樹から捏造した……」
少女達の前に現れたのは蛇とも蜥蜴とも呼べるような生命。敵意で染まり、悪意で生きて、憎悪と呪いを振り撒く生命。何も残さない事、全てを腐らせて壊す事に執着した成れ果て。ハナコの言う通り、生命の系統樹ごと捏造した新たな生命は悪性の子。分かり合う手段は絶無。互いの存亡を賭けた戦い。殺されたくなければ、滅びたくなければ────銃を取れ。
「────行くよ、皆。指揮は任せて」
その声と共に先生との接続が開始される。視界がクリアになる、思考が冴え渡る。戦場における全能、それはシッテムの箱の支援が無くても翳る事はなく。
────敵識別名称、終末悪の落胤。
【OPEN COMBAT】
▼
「あぁ、もう、鬱陶しい!」
普段の優雅な雰囲気は何処へやら。ワカモは血走り、怒りを滲ませた形相で声を荒げる。至近距離まで近づいてきたヘルメット団と思わしき生徒に狙いを定め、五指を束ねて手刀を形成。膂力と技術に裏打ちされたそれはバイザーを紙屑のように引き裂き、突き立てられた。意識を奪った生徒から手を引き抜き、ワカモはもう片方の手で握る愛銃で射撃。放たれた全ての弾丸は生徒の脳天を射貫き、沈黙させるが……数は減らない。
「チッ……!」
らしくない舌打ちを1つ挟んだ彼女は近くにあった車両を蹴り飛ばす。戦車並みの質量であれば多少気合いを入れないと厳しいが、一般的な車両程度であればワカモは軽く動かせるのだ。キヴォトスに於ける膂力の最高、とまではいかないが彼女の身体能力は平均を遥かに上回る。
「うわあぁぁぁッ!」
超スピードで迫り来る質量の塊を前に悲鳴をあげるヘルメット団と風紀委員会。回避が間に合わなかった生徒はまるで轢かれるように巻き込まれ、その悉くの意識を暗黒へ叩き落とす。最後に仕上げと言わんばかりにワカモはエンジン部分を撃ち抜き大爆発を起こして一掃、吹き飛ばされた生徒は橋から転落し、川に落ちるが……ワカモがそのような事を気にする筈もなく。その仮面の裏に隠された刀剣の様な鋭い眼光は次に向けられている。
ゲヘナ自治区からトリニティ自治区へ最短ルートで向かうには必ずこの橋を渡る必要がある。
どの様な場所だろうと無軌道な破壊活動を繰り返す温泉開発部。よく分からないが便乗して暴れている不良。そんな生徒達を、まかり間違っても自治区外……特にトリニティには絶対逃がしたくないゲヘナ風紀委員会。様々な勢力が、事情が入り乱れているが……そんな事は知った事ではないし、心底どうでもいい。
今重要なのは作戦失敗の通達が来たという事。それは何らかの形で試験が潰え、トリニティの生徒が何の後ろ盾も無くゲヘナに放り出された事を意味する。正直、トリニティの生徒が何処で何をしてどんな目に遭っていようがワカモはどうでもいいし興味もないのだが……その渦中に彼が居るならば話は別だ。彼が怪我を、傷を負う可能性は全て排除しなければ。
────いや、恐らく程度はどうであれ負っているだろう。便利屋68から彼の容体に関する報告は受けなかったが、彼の事はよく分かる。彼は優しい人だ。生徒は誰だって庇うし、誰だって守る。誰よりも弱いのに誰よりも前に立つ……その姿が愛おしくて、でもどうしようもない程悲しくて。
「────えぇ、分かっています。悪戯に傷つけたりしません。貴方様は力がお嫌いですから」
再び現れた風紀委員会、温泉開発部、不良を前にワカモは獰猛に笑う。
「立ち塞がるものすべてが、私の敵です」
▼
橋の中間地点で戦うワカモの前方、ゲヘナ自治区に繋がる側で混合勢力を相手に大立ち回りしているのはミレニアムお抱えのエージェント、コールサイン
「……」
夜空をバックに舞うように戦うその姿は本人の服装も相まって兎の如く。彼女は片手にアームギア、もう片方の手に愛銃を持ち、それを乱射しながら只管に相手の頭数を減らす。アリス奪還作戦の最中、ネルによって各種アタッチメントは全て破損してしまったため、今トキが使っているものは設計図を元にヒマリが一から作り、かつトキに合わせた再調整を加えたものだ。今回の任務はその性能試験、という側面もあるのだが……トキのやるべき事は変わらない。彼の為に道を切り開く、それだけだ。
「そこです」
音を立てて展開するアームギア。内部に格納されたミサイルが音速で射出されて着弾し、パルスを撒き散らしながら炸裂する。投擲された手榴弾を流れるように蹴り返し、近い相手の腹部をパワーアシストを切ったギアで殴り飛ばし、ついでに銃を拝借して乱射。
煙が尾を引き、薙ぎ払われればそこには新たな敵影。それを冷たい瞳で見つめるトキはドローンも展開し、構える。
────あの時、私は彼を傷つけた。その力で彼を潰そうとした。決して彼が生徒を傷つけないと知っていたのに、碌な抵抗ができない事を知っていたのに。思考を止め、何もかもを見ない振りして、口汚く罵られても当然の所業を繰り返した私。そんな私を、それでも尚彼は信頼してくれた。
「ならば、応えない訳にはいきません」
風紀委員会には風紀委員会の、温泉開発部には温泉開発部の事情や正義があるだろう。そもそも、そういったものは全ての人が当たり前に抱えているものだ。トキはそれに関心も示さないし、興味も抱かない。
トキは、トキを信じてくれた彼の為にこの力を振るう。誰よりも冷徹に、冷酷に、無慈悲に。
「コールサイン
▼
戒厳令が敷かれたトリニティ総合学園。静寂の帳が降りたのは煌びやかなティーパーティーのテラスも例外ではなく、朝や昼の麗らかさを過去のものとし、只管に肌を刺すような沈黙があった。
それを切り裂いたのは外の廊下へと繋がる扉を叩くノック音だった。現在、構内には一般生徒はいない。動くことを禁じられているティーパーティー傘下の生徒を除くと、ノックした人物は救護騎士団やシスターフッド、正義実現委員会のいずれかに該当する生徒と考えられる。そして、この状況でこの場所を訪れる生徒の所属なんて一つしかない。
ナギサが「どうぞ」と言えば、重厚な扉が開かれる。テラスに足を踏み入れた黒の少女はいつもの調子で椅子に座っているナギサと、その隣で腰を掛けている行政官の生徒を一瞥。あまり興味の無さそうな目を向けたのち、2人の方まで歩き出した。
「……あなたが我々の監視役なのですね。てっきり、ハスミさんが来るかと思っていましたが」
「適材適所だ。今の状況は不明点が多すぎる。いつイレギュラーが発生するか分からない以上、司令系統は一箇所に纏めておいた方がいい。この後の事も考えると尚更だ」
「この後……?」
ナギサが驚きと共に迎え入れた人物は、割とテラスに足を運ぶことが多い正義実現委員会の副委員長……ではなく、委員長の剣先ツルギ。全方位にナイフを向けているかの如く鋭い雰囲気を纏う彼女はまるで何かを警戒しているようだった。その警戒はナギサ達に向けられているものではなく、もっと別の……具体的には、外部からの襲撃に対して何時でも応戦できるように戦闘態勢を取っているかのように見える。
「ハスミさんは何方に?」
「イチカと砲手拘束に向かっている。何処からか侵入した
その情報は寝耳に水だったようで、ナギサは驚愕に目を見開いた。
「ま、待ってください。そのドローンなどの出所は……!」
「オートマタは兎も角、ドローンは市販品の改造版だ。だが、足が着かないようにシリアルナンバーは削除されて、パーツも
「一体、誰が……」
それを見つけるための補習授業部だった。裏切り者を、皆に仇なすものを見つけるための閉じた箱庭。危険因子を、不穏分子をきっちり閉じ込めたつもりであったのに……現実はこうも上手く行かない。
トリニティの裏切り者、それは確かに補習授業部の中に居るはずだ。首謀者はあの中の誰かだとしても……シンパが今も尚、トリニティの中でのうのうと過ごしている可能性は否定できない。砲手の独断か、それとも砲撃命令を歪めて伝えた誰かが居るのか、それとも……また別の真実があるのか。何方にせよ、ナギサの把握できていない何かが身近にある。
大多数の安全のために少数を切り捨てたはずだった。そのために補習授業部を作り上げて、無実であるはずの他の3人も裏切り者と一緒くたに纏めて捨てることを良しとした。
それなのにこの為体。首謀者を閉じ込めても独立している手足がフリーなら意味がないと謂う、単純な事を見落としていたのだ。
────これでは、何のための補習授業部なのですか。こうならない為に彼女達を……親愛なるヒフミさんでさえ疑ったというのに。
補習授業部の生徒達に強いた犠牲が、苦しみが、悲しみが無意味になってしまう。その最悪の未来が脳裏に過った瞬間にどうしようもないほどの吐き気が全身を襲うが、それを意地で堪える。
自身の不甲斐なさに血が滲むほどの怒りと後悔を覚えたナギサは歯を食い縛り、まだ見ぬ敵に『許さない』という思いを募らせた。
誰もが遣る瀬無さと不安を抱えていると、不意に外部に繋がる扉が重厚な音を立てて開く。先ほどとは違う、完全な予想外の来客。ナギサは入口に視線を送り……僅かに、目を見開いた。
「やっぱり、此処に居たんだね────ナギちゃん」
「……ミカ、さん」
そこに立っていたのはミカだった。だが、普段の天真爛漫さや明るさは一切ない。凍える夜のような冷たさ。瞳に宿る剣呑な色。声は鋭く、まるで切先のよう。全身から溢れる神秘に怒りが滲んでいて、その存在規模はツルギにも一切引けを取っていない。ナギサは初めて見る幼馴染の明確な怒りを前に思わず喉が震えてしまった。
────彼女が、自身の悪を裁きに来た断罪の天使のように見えて。
「戒厳令が敷かれている間、許可なく動く事は禁止していたはずです。この命令に例外はありません。私もミカさんも、セイアさんも対象です。ミカさん、今なら見なかった事にしますから、邸宅に戻って────」
「うーん、それだと此処に来た意味が無いから断るね」
「……許可なく動いた場合は裏切り者と見做して拘束するとお伝えしたはずですが? そもそも、貴方についていた正義実現委員会の方は────」
「裏切り者がどうとか、そんな言葉遊びはどうでもいいよ。ねぇ、ナギちゃん……これ、ナギちゃんの仕業?」
その問いの為に、それを聞くために此処に来た。被疑者として扱われようが、拘束されようがどうでもいい。
「アレはティーパーティーの砲手を使った単純な砲撃なんかじゃない。本気で誰かを殺そうとしていた。補習授業部も先生も全部纏めて死んじゃえって」
ミカから告げられた言葉にナギサは冷たく喉を鳴らす。殺そうとした。死なせようとした。キヴォトスではあまりにも遠い死。それの引き金を弾いてしまったのは、発端を作ったのは
「私、ナギちゃんがそんな事するわけないって思ってる。だから違うなら違うって言って。こんな事知らないって言ってよ。私、ナギちゃんの言葉なら信じるから」
────分かっている。ナギサがそんな事をするはずがないことを。ナギサがどれだけ優しい為人をしているかなんて、嫌と言うほど知っている。彼女は根本的に誰かを傷つける事に向かない人で、責任感が強くて、自分を抑圧しがちで、危なっかしくて放っておけなくて。先の砲撃は誰かの独断専行、或いはトリニティではない第三者の仕業であり、ナギサは全く知らないと考えた方が自然だ。
だが、それも全てミカの想像だ。本当のところはナギサにしか分からない。故にミカはナギサに問いかける。真実を。この惨状が果たしてナギサの意図したものなのかを。ナギサの言葉は全て信じよう、だから────お願いだから、否定してほしい。違うと言ってほしい。
「ナギちゃん、もう一度聞くよ────これ、ナギちゃんの仕業?」
そう言い、ミカは一歩を踏み出すと……すぐ真横で金属音が鳴った。ミカは流し目で見る、自身に銃口を向ける少女……トリニティの最高戦力を。
「止まれ、聖園ミカ」
「……ツルギちゃんはお呼びじゃないよ。私は今、ナギちゃんと話したいんだ」
「話し合いが望みならその殺気を仕舞ってから言え。今のお前は、何をしでかすか分からない」
ツルギが至って冷静にそう言うと、ミカは上辺だけ繕ったような乾いた声で「あはっ……」と笑って。
「……どいて、邪魔。剣先ツルギ」
「退かせてみろ、聖園ミカ」