シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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 私生活が忙しくなり執筆時間の確保がし難くなったため、暫く投稿ペースが落ちる、または1話当たりの文字数が減少する見込みです。申し訳ございません。


瞬き/Lost Room

 互いの命を燃やし、何方がより生き残るのに相応しいかを決める決戦。銃火と謂う花が夜空に狂い咲き、悪鬼の断末魔が反響する……この世の地獄の様な場所。そこを駆けるのはまだ子どもの少女達だった。自身の世界を否定させないという強い意志で以て、世界を終わらせる機構に牙を突き立てる。

 

 戦況は優勢。イレギュラーはない、番狂わせはない、相手に秘密兵器も切り札も奥の手も無い。いくら終末悪とはいえ、所詮は落胤。本物ではないのだ。本体から零れ落ちた第二世代であれば雁首揃えたところで底は見えている。ワカモとノアと共に戦っていた時に見た結論と同じものだ。結局の所、生命を呪うのに理由を見出している時点でそれは本当の終末悪とは呼べない。本物の終末悪は滅ぼすことに理由を持たず、唯息をするように生命を呪い、殺す自滅機構の様なものなのだ。それを踏まえればこの程度の悪性……恐れるに足りない。

 

 先生は皆の後ろで指揮をする。頭をフル回転させ、皆が怪我をしないように配置を変え、一秒でも早く相手を滅ぼすべく最高効率の殺戮を心掛け、悪性を踏み躙っていく。

 

 ────その、最中。

 

「……」

 

 先生は瞬く。0.1秒の暗黒。その僅かな暗闇の最中に……先生は夢を見た。

 愚かな男の夢だ。

 舞台装置として望まれ、救世主として捧げられ、人間性を削ぎ落され、ただそう在れかしと在った非人間。星に触れて、人間としての生を取り戻せたと錯覚した……愚かなシステムの夢。

 

 生徒の皆と、あの世界で生きる人々と。最期まで、何度も戦った記憶。この世界の終焉を覆すべく闘った記憶。

 

 心は常にあの子達の傍らにあった。あの子達の安寧を脅かす全てに対して殺戮の刃は振り下ろされた。星ではなく、今期の知性体に肩入れした者として、その選択の一切を悔いた事はなかった。

 

 ────しかし。

 

 心にはいつだって、黒い靄が蠢いていた。心にはいつだって壁があった、溝があった。それが負い目だと気づくのに、そう時間は掛からなかった。

 

 そうだ、負い目だ。負い目を感じている。誰に? 皆に。人の心の機敏に疎いわけじゃない。皆が自身を慕ってくれている事、信頼してくれている事、或いは……好いてくれている事。それはきちんと把握しているし、皆の信頼や好意に少しでも報いる事ができるように誠心誠意努めてきたつもりだ。

 皆が安心して頼れるような大人、先生。道に迷う事もある多感な少女達に、いつだって手を差し伸べられるように。

 

 だけども、同時に想うのだ。自分は、少女達の信頼を、好意を利用して必要のない戦いに駆り出しているのではないかと。

 

 胸の内側を抉る様な痛み、それを新たにして……瞬きという暗闇が終わる。痛みの理由を、忘却の淵に追いやって。

 

「ふ、ぅ────」

 

 息を吐く。息を吸う。汚染された空気。肺を蝕む呪詛。しかし、これはあくまでキヴォトスの生命を呪う類のものだ。フォーマットの異なる異邦の生命たる彼に対する効き目はさほど強くない。そもそも、今更背負う呪いの一つや二つ、増えたところで何だと謂うのだ。この程度の呪詛、容易く呑み干してみせる。

 

 瞳は鋭く。視界は蒼く。心は深く。善悪を超越した生存競争。どちらがより生き残るべきか、それを問う戦い。だが、それを問われているのはあくまで彼女達だ。彼は問われていない、この世界で生きる命としてカウントされていないが故に蚊帳の外。戦場に立っていながら彼の立場は部外者のそれに等しい。

 

 ────それに、何の感情も抱いていないと言えば嘘になるけれど。

 

「アズサ、カヨコとタイミングを合わせて。アルとコハルはポイントを更新。ヒフミ、ハルカはそのポイントのまま。ハナコとムツキは皆のカバーを。押し切るよ」

『了解ッ!』

 

 頼もしい声に先生は下唇を噛む。戦えない事がこんなにも歯痒い。あの子達の前に立てないのがこんなにも憎らしい。こんな安全圏で何をやっているのかと、胸倉を掴み上げて口汚く罵りたくなる。

 

 自分一人で何もかも済ませる事ができれば、あの子達に戦う事を強いるような事が無ければどれだけ良かったか。あまりにも傲慢な思考。自身を全能か救世主とでも錯覚しているかの如き想いは口にするのも憚られるほど幼稚で、空想的で。そんな理想の自分なんて何処にもいないのだと、他ならない自分が一番知っているはずなのに。

 

 アズサが吹き飛ばした生命の上半身が彼の真横を擦過する。撒き散らされる血は彼に届くよりも前に、何かに阻まれたかのように焼き尽くされる。シッテムの箱に守られている証拠。熾天の壁、浄化の炎、悪性に対するカウンター。或いは、連邦生徒会長が持っていた権能に近しい攻性防御。それを流し目で見て……それから、然程興味が無さそうに視線を再び真正面に固定した。

 

 やはりと言うべきか、その生命は彼の類推通りだった。蛇とも蜥蜴とも取れる爬虫類の様な姿は龍に近しい。顎を開けば万の呪詛、幾億もの毒血。この命の特徴は、()()()()()()()()()()()()()()()()()と合致する。

 

 曰く、その怪物は不死身に近い生命力を持つ。

 曰く、体に剣を突き刺してもその傷口から爬虫類などの邪悪な生き物が這い出したと言う。

 曰く、千の魔術を用いて火の神と戦い光輪を奪い合った。

 

 そして、何より────この悪性は()()()()()()()()()()()()。神秘はアーカイブ化され、その純度は落ち、誰もが忘れ去る程の年月が流れても尚……この悪は、まだ生きていた。尤も、正鵠を射るならば『まだ滅ぼされていない』とした方が正しい。如何なる神話に於いても悪は栄えない、栄えたとしても必ず滅ぼされる。それはこの悪性も同じで、既に滅びるまでの運命が既定路線で敷かれている。

 

 だが、それでも────死んでいない終末悪がどれだけ恐ろしいかは、骨肉に沁みて分かっていた。

 

「……ッ」

 

 思考を中断する揺らぎ、激痛。傷は思ったよりも深いらしい。服の下で傷が開き、じわじわと血が滲む。火傷を負った部分が化膿しかけて、咄嗟に呑み込んだ胃液は血の味がする。明滅する視界、意識の限界は近い。元より、無理矢理動かしている身体だ。戦闘終了まで持てば御の字、贅沢は言っていられない。

 

 この後の動きは全て協力してくれた少女達に伝えているし、これ以外にイレギュラーが無い事は確認済み。だからあとは、此処をどれだけ損耗なく、消耗なく切り抜けられるか。便利屋68に伝えている、トキとワカモが待つランデブーポイントの状況はどうなっているか。それは定かではないが……彼女達ならばきっとうまくやっているはずだ。

 故に、残る不確定要素はこの悪性と限界が近い自分自身(先生)のみ。

 

「……急がないと」

 

 できれば、意識を失うよりも先に戦闘を終了したい。人知れず零したその声は戦闘音に掻き消されて、誰にも聞こえず消えていった。

 

 

 ▼

 

 

 普段は穏やかな空気が流れ、気品漂う談笑が聞こえるティーパーティーのテラス。だが、今この場に満ちる空気はまるでメルトダウン寸前の原子炉のように張り詰めていた。

 

「────」

「……」

 

 トリニティ総合学園、ティーパーティー所属のパテル分派首長。トリニティ屈指の武闘派。鍛錬なしの、単なる才能のみであらゆる暴力を蹂躙し尽くす白い天使────聖園ミカ。

 

 トリニティ総合学園、正義実現委員会委員長。歩く戦略兵器。トリニティが誇る最終手段。血と破壊、圧倒的な力を治安維持に行使する黒い天使────剣先ツルギ。

 

 神秘の最奥に至る才能を秘めている2人の力量は共にキヴォトス最高峰。銃の火力も齎す破壊規模も、凡百の生徒とは文字通り次元が違う。世界最大信仰を誇る教え、唯一神の元に侍る熾天使の神秘を持つ2人が激突したらテラスは勿論、周囲の校舎群も吹き飛びかねない。何とかして止めなければ、とナギサは考えを巡らせるが……こうなった2人が言葉で止まるとは思えないし、実力行使なんてもっと無理だ。ナギサが彼女達の前に立ち塞がっても5秒と持たない。

 

「────あはっ」

「……きひッ」

 

 そうこうしている内に空気はどんどんと悪化する。

 

 ミカの掠れた様な、明るさの裏側に巨大な怒りを隠した声が声が響くと同時に愛銃……ランチェスター短機関銃(Quis ut Deus)が持ち上がり、ツルギの脳天に照準を定める。誰が神の如き、神の如き者は誰か。ミカエルの名前の由来そのもの。その名が与えられた銃はミカの使い込みと膨大な神秘により半ば聖遺物と化しており、まるで流星の様な煌めきを齎す闇夜に輝く一等星。その猛威は星を堕とすかの如く。荒れ狂う神秘がその内側に秘めた暴力を示している。

 

 そして、対するツルギも負けてはいない。クイックドロウのような洗練された所作で彼女は同じくミカの脳天に銃口を突きつける。その速度、練度はミカを上回っていた。ツルギの愛銃はウィンチェスター1887(ブラッド&ガンパウダー)。ショットガンの2挺持ち、という殺意を形にしたかのような前のめりな武装構成はツルギの戦闘スタイルと非常に合致しており、瞬間火力は勿論、制圧力も継戦能力も須く突出している。こと近接戦に於いては彼女と並ぶ生徒なんてネルしかいないだろう。

 

 睨み合う最高戦力同士。あと少し何かがあれば即座に戦闘に発展するであろう張り詰めた空気を切り裂いたのは────全く別の、第三者の声だった。

 

「2人とも、止まりたまえ」

 

 理知的な、叡智の結晶とも呼べるような声。聞き覚えのある声にミカは驚愕しながら振り返る。視線の先に立っていたのは予想通りの少女だった。

 

「セイアちゃん、どうして……」

「どうしても何も、此処まで騒がしくなっていたら気になるのが人の性というものだよ。それが在籍している学び舎なら猶更さ」

 

 ミカが入って来た状態のまま開け放たれた門、勝手知ったる優雅な足取りで入って来たのはセイアだった。これにて今期のティーパーティーの3名が揃い踏みする。だが、テラスに入室したのはセイアだけではない。彼女の両脇を固めている人物が2人いる。

 

 片方は救護騎士団の団長、蒼森ミネだ。ミカがセイアに割り当てた期間限定の護衛。彼女は良い、寧ろ彼女が居なかったら怒るところだった。だから、問題はもう片方の少女……シスターフッドの長、歌住サクラコだ。

 サクラコ、もっと言えばシスターフッドは基本的に政治の場に出てこない。それは過去の戒めなのか、門外不出の秘密があるからなのか、それとも別の理由があるからなのかは不明だが、兎も角シスターフッドはその出自や過去とは裏腹に政治と全く無縁の団体だった。シスターフッドの政治不干渉は徹底されており、少しでも政治色があると判断すれば関わらない……そんな方針が敷かれていた。そんな集団の長が、権力中枢の策謀渦巻くテラスに足を踏み入れるなんて明らかな異常事態だ。何が狙いなのだと、ミカの内側の猜疑心が鎌首を擡げる。

 

「ミネ団長に、歌住サクラコまで……」

「私はセイア様の護衛です。ミカ様であれば、よく分かっていると思いますが」

「うん、それは知ってるから良いんだけど……歌住サクラコは? 何でいるの?」

「私も同じですよ、ミカさん。いえ、万が一の備え……と言った方が良いでしょうか。兎も角、私個人に皆さんを左右する意思はありません」

「万が一の備え、ね……シスターフッドの力を借りないといけない事があるの?」

 

 ミカは苦笑しながら辺りを見渡す。

 フィリウス分派首長、神算鬼謀のナギサ。

 ナギサの付き人である行政官の少女。

 パテル分派首長、ティーパーティー屈指の武闘派たるミカ。

 サンクトゥス分派首長、予知夢のセイア。

 正義実現委員会委員長、トリニティ最強のツルギ。

 救護騎士団団長、鋼鉄の天使ことミネ。

 

 トリニティ総合学園の中でも屈指の実力者、権力者が一堂に会しており、此処よりも安全な場所など他にないと断言できるであろう戦力が集っているのにも拘わらず、セイアは万一の備えとしてサクラコを連れてきた。セイアは意味の無い行動をしない。故に、彼女だけに見えている何かがあって、それに対する備えなのだろう。

 

「あぁ。もし万一があった場合、総力戦になる。動かせる戦力のトップは1つに集めておいた方が良い。そういう意味では、ナギサの判断は英断だよ。此処にツルギを連れてきたのは良い采配だ」

「……セイアさん、お身体は大丈夫なのですか?」

「体は大丈夫だよ。寧ろ調子が良い位さ。だから私の心配はしなくていい」

「でしたら、良いのですが……」

 

 ナギサはそう言い、初めて柔らかい表情を見せる。ずっと療養中で、何処にいるかも分からなかったセイアがこうして元気な姿を見せてくれたのが何よりも嬉しかった。

 そして、それをミカがどこか冷めた表情を見ている。複雑な内心、制御の利かない感情の暴走。此処に足を運んだのもいつもの向こう見ずの果て。そして、そんなミカの内心を察したかのようにセイアは「さて」と声を上げて。

 

「私達に必要なのは情報の共有だ。今、何が起きたか。これから何が起きるか。だが、その前に……ミカ」

「……分かってるよ、でも……」

「ナギサを責めても仕方が無いと謂うのは君が一番分かっているはずだよ、ミカ。仮にナギサが先生を排除するならもっと上手くやる。それこそ、彼の血中ナノマシンの動作パターンを入手し解析してから、紅茶に毒を混ぜるなりすればいい。こんな派手な方法で始末しても内外に敵を増やすだけだ」

「……一応反論しておきますが、紅茶に毒など混ぜませんし、先生を物々しい手段で排除するつもりもありませんからね。そういう女だと思われていたなら……心外です」

「分かっているさ。あくまで例えだよ、ナギサ」

 

 どこか不服そうなナギサは口を尖らせて不服をアピール。例えだとしても、もう少し穏やかなものが挙げられなかったのか。紅茶に毒を混ぜるなんて真似はナギサのプライドが許さないし、先生を排除するなんてもっと許さない。そもそも、誰かを殺すなんてナギサにはできないのだ。

 そんな彼女の性格を一番近くで見てきたのは(ミカ)だろう、という声なき説得。それに応じたのかは不明であるが、ミカは大きく溜息を吐いてから漸く張り詰めた雰囲気を解いて銃を下した。そして、ツルギも同様に臨戦態勢を解く。暫くぶりに戻った穏やかな、火薬の香りを感じさせない空気にナギサと行政官の少女は大きく安堵の息を吐いた。ぶっちゃけ、生きた心地がしなかったのだ。

 

「では、現状の把握から始めよう。先ずは渦中にいる先生と補習授業部、あの場付近にいた監視員からだ。一全員無事なようだが正確な容体は不明。少々前にゲヘナ学園所属の便利屋68と呼ばれる団体と合流したようだが……現在位置は把握できていない。何かしらの妨害がされていると考えた方が良いだろう」

「それは電子的な妨害ですか? それとも、物理的に伝令役を拘束しているのか……」

「いや、分からないんだ。その何方の妨害が敷かれていたとしても私の視界で突破できるのだが……」

「できなかった、セイアちゃんの眼に皆の現状が映らなかったんだよね?」

 

 ミカがそう言うと、セイアは「あぁ」と言って。

 

「私の未来視、現在視、過去視。そのどれもに先生達が映らない。恐らくは指向性を持たせた、科学に寄らない神秘の妨害だ。この一点のみで正体不明の相手は私達よりも優れた神秘の行使方法を知っている。真正面から戦うのは得策とは言えないだろうね……ナギサ、ツルギ、砲手拘束の報告は届いたかい?」

「いえ、私の方は未だです。ツルギさんは……?」

「私もまだだ。だが、あと5分もすればドローンとオートマタの戦線は突破できると報告を受けている」

「ふむ……では、未だ私達は動かない方が良い。動くのは判断材料が出そろってからだ。ミネ、念のため補習授業部の合宿施設に救護騎士団のメンバーを派遣してほしい。サクラコはシスターフッドの生徒を」

「分かりました、では私からはセリナを」

「えぇ、承知しました。シスターフッドからはマリーを彼女達の元へ送りましょう」

 

 便利屋68は流石にトリニティの中までついてこれず、補習授業部のメンバーの中に医療の専門家はいない。コハルは軽い怪我の手当て程度なら出来るし、ハナコも知識としては持っていて、アズサは戦場に於ける応急手当の心得ならばあるのだが……やはり、可能なら専門家の手でやってもらった方が良い。そういう意味ではセリナとマリーは適任だった。

 本当ならば設備と人材が整っているトリニティ総合学園の内部で処置を行った方が良いのだが、今は何処に敵が潜んでいるのか分からない状況。学園内部よりも合宿施設の方が却って安全だった。特に先生は何が死因になるか分かったものではない。毒物はある程度無効化できるが、物理的な凶器を伴う手段はそうもいかず、仮にキヴォトスの民の膂力で力を振るわれた場合はその命を柘榴のように散らしてしまうだろう。

 相手がどれほど強大であっても抵抗は可能な補習授業部の生徒と、抵抗すらできない可能性がある先生。その何方に安全の基準を合わせたほうが望ましいかなんて、赤子でも分かる簡単な問いだ。

 

「では、現状把握の続きだ。補習授業部、先生、並びに監視員は外部協力者の便利屋68と行動を共にしているが、現状は不明。恐らく無事である、という事以外に目につく情報はない。次に、補習授業部と先生達の退路を確保しようと動いている生徒達だ」

 

 少女達はセイアが取り出したタブレット画面を凝視する。映っているのはゲヘナ自治区内の連絡橋。最短経路でトリニティに戻りたいのであれば必ず通らなければならない場所だ。普段は車が走る広い道路であるが、今は一台も通過せず、軍服の様な制服を纏った生徒と作業着を纏った生徒、ヘルメットを被った生徒などが入り乱れる戦場となっている。時折映像にノイズが走るのは爆風か、電磁ジャミングの影響か。だが、見る分には特に問題はない。

 戦車等の大型の兵器や重機なども惜しみなく投入されている苛烈な戦場、その中でも特に目立つ二つの影が、恐らくセイアの言っていた退路を確保しているシャーレの協力者。ナギサの視線は吸い込まれるように一方に寄せられていった。

 

「彼女は……」

「おや、知っているのかい、ナギサ」

「はい。報告にあった、バニー服? なる衣装を纏ったはしたない恰好の生徒……それが恐らく彼女でしょう。というより、彼女と似たような恰好の生徒が複数いるなんて考えたくありません」

 

 何処か遠くの学園の凄腕の特殊部隊4名が同時にくしゃみした気がするが、多分気のせいだろう。

 

「わーお、すごい恰好……あんなにお肌出して、恥ずかしくないのかな……? そもそも、なんであんな服着てるんだろ……?」

「先生の趣味ではないのかい?」

 

 セイアとしては軽い冗談のつもりで言った一言であるのだが、ミカは目を見開き頬を染めて驚愕する。それを見てセイアは内心で『すまない、先生』と懺悔した。冗談のつもりで言った適当な一言の所為で、彼が生徒に際どいバニースーツを着せる変態になってしまったのだ。

 

 ミカは花も恥じらう齢17歳の恋する乙女。あんなに大胆に素肌を見せるなんて恥ずかしくて顔から火が出そうだし、それを彼に見せるなんて物理的に発火しそうだ。だが、彼を狙っているであろう多くのライバルに負けたくない……その一念がミカの心を焚きつけた。彼の為ならバニースーツもユスティナ聖徒会の礼装も何のその、だ。

 ……いや、流石にユスティナ聖徒会の礼装は恥ずかしさが勝るけど。

 

「わ、私、頑張るからね、先生……!」

 

 違うからね────先生の声なき声が聞こえた気がするが、多分これも気のせいだろう。そもそも、色々と尾鰭背鰭が付いておかしなことになっている先生の風評に、今更変なものが一つや二つ増えた所で誰も気にしない。生徒の足を舐めて頭皮を吸って混浴して首輪散歩プレイする変態から、生徒の足を舐めて頭皮を吸って混浴して首輪散歩プレイしてバニースーツを着せる変態にランクアップするだけだ。

 

「彼女はミレニアムサイエンススクール、C&C所属のコールサイン04(ゼロフォー)、飛鳥馬トキ。凄腕のエージェントさ。全方位に優れた能力を持っているが、特に戦闘能力は目を見張るものがある。私が知っている情報と細部の装備が異なるが……あの騒動を発端にアップデートをした、という事なのかな」

 

 タブレットの画面越しに見える大立ち回り。それは特別戦闘行為に秀でていないセイアやナギサの眼を奪うほどに洗練されている。戦い方が美しいのだ。無駄を削ぎ落し、効率を上げた機能美。それは優雅さや貞淑さとは対極の位置にある無骨な戦闘行為を流麗なものへと変貌させている。成程、凄腕のエージェントという肩書にも納得がいく。しかも、これよりも上があると謂うのだから驚きだ。

 

 セイアが入手した情報によると、トキの全力は技術の粋を集めたパワードスーツとそれをバックアップする超巨大な演算装置にあるらしい。それ以外にも手足に纏うギア、様々な機能を持たせたドローンを保有しているようだが、今の彼女はG11K3(シークレットタイム)とアームギアしか持っていない。恐らく、少し前にミレニアムで起きた騒動により破損して現在修復中、或いは調整中なのだろう。もしかすると今回の任務には合わないと判断し持ち込んでないだけかもしれないが。

 

 トキの真骨頂は各種アタッチメントへの高い適合率。科学技術が進歩すればするほどトキは強くなり、ギアの数がそのまま手札に直結する。その全てを動員した場合、その力はミカやツルギを凌駕する……と謂うのがセイアの見立てだった。

 

「もう一人は……百鬼夜行の生徒でしょうか? 仮面を被った……」

 

 ミネが言い、指差したのは話題に上がっていたトキとは少し離れた場所で戦っている生徒。闇夜に映える赤い炎、それを切り裂くような銀の刃を携えた少女は和服のような黒い制服を纏っており、彼女も負けず劣らずの立ち回りをしている。何より目を引くのは素顔を隠す狐面だろう。

 

 ────この姿、何処かで見た事がある様な。

 

 ナギサは記憶の片隅に引っ掛かりを覚える。出鱈目に強い、狐面を被った百鬼夜行の生徒。何処かで見た事がある、直接ではなく画面越しに。ニュースか何かで、彼女を知っているはずだ。

 そうして頭を捻っているナギサの傍らでミカは露骨に嫌そうな顔をする。ミカは彼女の事を知っているのだ。主に恋のライバル、という点で。彼は彼女を頼りにしていて、彼女も全身全霊でその信頼に応えようとする。その真っ直ぐな関係性が羨ましかったのだ。別に自分(ミカ)と先生の関係よりも彼女と先生の関係の方が良い、と言うつもりはない。ただ単に隣の芝生は青く見える、というもの。自分とは違う彼女が眩しく、羨ましく見えただけだ。

 

「彼女は狐坂ワカモ。百鬼夜行の生徒……七囚人の一人、と言った方が分かりやすいかな」

「狐坂ワカモ……まさか、災厄の狐ですか!?」

「あぁ、だが、そう言われた危険性は現在鳴りを潜めている。これも彼の手腕、というべきかな。彼女はあくまで外部協力者の飛鳥馬トキと異なり、正式にシャーレに所属している。彼女へ協力を取りつけるのは容易だっただろう」

「……どう考えても過剰戦力だ」

「ツルギさん、それはどういう……?」

 

 キヴォトスに於ける戦闘能力の最高峰、その2人を単なる撤退支援ごときに使用している状況。それが不自然極まりないとツルギは言う。

 

「便利屋68、ミレニアムのエージェント、災厄の狐。戦い方さえ考えれば学校の治安維持組織とも戦える戦力を使ってやる事が先生と補習授業部の撤退支援だけ、だなんて考えにくい」

「ふむ。便利屋68は試験会場内を占有していた生徒の掃討、飛鳥馬トキは試験の妨害工作員の排除という任務が事前にあったが……」

「だとしても、だ。狐坂ワカモはこうなる直前まで動きを見せていない。だから後詰め要員、万一の保険として動員された事は目に見えて明らかだ」

「逆説的に、彼が万一の保険として狐坂ワカモを動かさなければならなかった何かがある……そう言いたいのかい?」

 

 彼がナギサと対峙するにあたり、どの様なルートを敷いたのかは不明だ。だが、一つ言える事は彼はナギサのみと戦うつもりではなかったという事。ナギサや彼女が動かすティーパーティーのみが相手であれば便利屋68と補習授業部のみで事足りる。にも拘らず、彼はワカモとトキを動かした。保険とするにはあまりにも大きすぎる戦力を。果して、彼は何が見えていたのか。何を想定して便利屋68、ワカモ、トキを自身の戦力としたのか。

 

「その万一、と謂うのがこの状況ではないのですか?」

「その可能性は否定できないが、それでも撤退支援なら何方か一人だけでも充分だ。先生にしては戦力の使い方が下手に思える」

「……先生達の現状が把握できない事と関連する、と見た方が良いだろうね。彼等を取り巻く状況はあまり好ましいとは言えない」

「……お言葉ですが、現地に戦える人材を送るべきでは?」

「いや、木乃伊取りが木乃伊になる可能性の方が高い。止めておくのが賢明だ」

 

 どこか沈痛な表情を浮べたセイアがそう言うと────決意に満ちたミカが徐に立ち上がった。

 

「……ミカ、何処へ行くつもりだい」

「助けに行くの、皆を」

「正確な現状も誰が敵かも分かっていないのに、かい?」

「うん、それでも私は行く。何が何でも先生達を助けて見せる。例え騙された結果だとしても、絶対にナギちゃんを人殺しなんかにさせたくない。だから、止めないで」

「ミカさん……」

 

 幼馴染の初めて見る姿にナギサは驚きながら見上げる。決意を星明かりのように灯した瞳は揺らぎなど一切ない。彼女は是が非でも状況を覆し、先生達とナギサを助けるつもりだ。その果てにどんな結末が待ち受けていようと、彼女は止まらない。大切なもののために全てを差し出す決意、願い。それよりも強固な言葉をナギサは持っておらず口を噤み、反面セイアは辟易とした感情で溜息を吐いた。

 

「向こう見ずの考えなしは止めたまえ。今のゲヘナ自治区にティーパーティーが足を踏み入れたらどうなるか、分からない訳じゃないだろう。ナギサの努力を無にしたいのか、君は」

「じゃあ先生達を見棄てればいいの!?」

「そうは言っていない。ただ、ある程度判断材料が出揃うまで動かない方がメリットが大きいだけだ。それに、未だ私の話は終わっていない。最初に言っただろう? 万一があった場合総力戦になる、と。丁度良い、此方も話そうか」

 

 セイアは理知に富んだ瞳を耽美に細め、まるで種明かしをするように────トリニティを覆いつつある不確定の暗黒を話し始める。





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