シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

209 / 236
 感想評価お気に入り登録誤字報告、本当に感謝です。


傷つきながら掴んだもの

「総力戦になる、と仰っていましたが……具体的にはどの程度の規模でしょうか?」

 

 ナギサが仕切り直すようにそう言い、セイアを見つめる。総力戦、と一口に言っても動員する戦力によって大きく意味が変わる。トリニティの公的な戦力、正義実現委員会をフル投入する総力戦なのか。それとも……トリニティという学校そのものの全てを投入する総力戦なのか。いや、今この場に集められたメンバーを見るに……明らかに後者の意味合いでセイアは『総力戦』と言った。

 一体、何が相手なのか。セイアには何が見えたのか、何を知っているのか。それを問うべくナギサは目を細めると、セイアはタブレットを操作し画面を切り替えた。先とは一転、無機質なフォーマットのメールアプリが開かれ、受信フォルダに溜まったメールの中で最も新しいものをタップした。

 

「先ほど、ミレニアムのセミナー直属の部活である特異現象捜査部の部長……明星ヒマリから連絡があってね。第八セフィラのピラーがトリニティ自治区近隣に落下した。既にミレニアムの部隊が破壊したが、神秘の状態を鑑みればいつ目覚めてもおかしくないそうだ」

「その第八セフィラを相手取るための総力戦……そういう事ですか?」

「あぁ。数か月前、第三セフィラがアビドスで完全顕現した事は記憶に新しいだろう。その時に動員した戦力が暁のホルス……小鳥遊ホシノを筆頭とするアビドス対策委員会5名。狐坂ワカモ。陸八魔アルを社長に据えた便利屋68。空崎ヒナを始めとするゲヘナ風紀委員会。ミレニアムからはビッグシスターを除くセミナーの3名、エンジニア部、ヴェリタス、特異現象捜査部。百鬼夜行の忍術研究部。砲撃部隊を率いた阿慈谷ヒフミ。これに加えて、先生の切り札である『大人のカード』と呼ばれる特権と、『礼装』と呼ばれる特攻兵器」

 

 改めて聞いても規格外の戦力達だ。マンモス校の総力と比較しても全く見劣りしない、ともすれば上回っている可能性すらある顔ぶれは第三セフィラ討伐という一つの目的の為に集められたもの。今回の第八セフィラ権限に際して、これと同等のものをトリニティで用意しろと言われても……正直な事を言ってしまえば不可能と謂うのがナギサの見解だ。

 確かにトリニティにも強力な神秘を持つ生徒は在籍しているし、正義実現委員会という治安維持部隊は動かせる。それ以外にもシスターフッド、救護騎士団、トリニティ自警団、各分派が抱える戦闘部隊などを動員すれば頭数を揃える事は可能だろう。一人で戦場を決定付ける突出した個人の枠もツルギとミカでどうにかなり、それに次ぐ戦力もミネとハスミが居るため、層自体はとても厚い。

 だが、どうしても足りず、代替も利かないものが……指揮官と特攻兵器、切り札だ。言うなれば、先生の関与しているものがトリニティにはない。幾ら強大で頭数が揃っていても、統率が取れない寄せ集めでは意味が無いのだ。

 

「無論、第三セフィラと第八セフィラは違うものだ。第三セフィラは対拠点を想定した超大型攻性兵器。第八セフィラは対システムを想定した大型電子兵器。用途の関係上、直接戦闘ではまず間違いなく第三セフィラが脅威となる。だが、完全顕現した神を攻略するためにこれだけの戦力が必要だった……その事実が何よりも重い」

「連邦生徒会を通じて他校に戦力に要請は出来ないのですか?」

「恐らく、要請自体は可能でしょう。過去にもそのような事例は、数こそ少ないものの幾つかあったと思います。ですが、機能不全に陥っている今の連邦生徒会が受けた要請を即時に処理できるかは……」

 

 サクラコがどこか憂うような口調でそう言えば、セイアは「あぁ」と肯定して。

 

「その為に各学園間の緩衝材となるシャーレが設置されたのだが、今彼を頼る事は出来ない。万が一、第八セフィラが目覚めた場合、起動場所にもよるがトリニティの戦力のみで相手取る必要がある。それだけは各自、留意してほしい」

 

 連邦生徒会長の失踪、サンクトゥムタワーの機能不全。数か月前に立て続けに起きたこれらの事件で連邦生徒会の受けた打撃の影響は凄まじく、機能の一部は未だに戻っていない。学生自治、各学園が自治区を持つという特性上、最も重要な『各学園の緩衝材』としての機能は袂を同じくする独立組織、連邦捜査部シャーレが受け持っており、平時であればそこに連絡すればどうとでもなる。だが、シャーレの責任者たる彼は現在音信不通であり、何処にいるのかすら分からない。頼る事なんて不可能だ。故に、万一目覚めた場合はトリニティはトリニティの戦力のみで神域の権能を相手にしなければならない。それがどれほど分が悪いのかは、口に出さずとも誰もが分かっていた事だった。

 

 未だに全容の掴めない、だが漠然とした悪い状況を前に少女達は一様に口を噤み、場を沈黙が支配する。すると、突如として通知音が鳴り響いた。発信元は────ツルギのスマホ。

 

「……ハスミからの連絡だ」

「スピーカーにしてくれたまえ」

 

 頷いたツルギは応答ボタンとスピーカーボタンをタップし、テーブルの上にスマホを置いた。

 

『ツルギ、聞こえていますか?』

「あぁ、聞こえている……どうだった?」

『現場検証等はまだ行っていませんが、恐らく砲手は白です。我々が到着していた時点で砲手とその補助、2名は意識を失っていました。全身に切り傷や擦過痕、圧迫痕、打撃痕があり……此方側で応急手当を行ったのち、救護騎士団に引き渡しを行います。ツルギにはミネ団長にその旨を伝えてほしいのですが……』

「大丈夫だ、伝わっている」

「えぇ、把握しました。強度の高い救護が必要な生徒が2名ですね。意識はどうですか?」

『2人とも意識を失っています。呼吸はありますが、此方の呼びかけには反応を返しません』

「……でしたら、応急手当等は不要ですので、そのまま至急救護騎士団の病棟までお願いします。手当等は全て此方で引き受けましょう」

『分かりました。イチカ、聞いていましたね。彼女達の運搬をお願いします。部隊のメンバーは好きに連れて行っていただいて構いません』

『了解っす。誰かついて来てくれる子いるっすかー? 募集人数は一人っすー』

『は、はい! 私がお供します!』

『お、立候補ありがとうっす。じゃ、届けてくるっすね~』

 

 ミカ、セイアの予想通り、砲手に関しては白。如何なる経緯を辿ったのかは分からないが、彼女達は先の砲撃に全く関与していなかった。彼女達も同じく被害者であり、徹底的に痛めつけられて意識を暗闇に落とされ、捨て置かれたのだ。責める事などできない。

 色々と彼女達に聞きたい事はあるが、先ずは治療が先だ。正義実現委員会ではそこまで専門的な手当はできないため、救護騎士団に引き渡す必要がある。イチカは平の正義実現委員会のメンバーを一人連れて、少女達を背負って病棟まで駆け出した。

 

 その気配を感じ取ったミネは立ち上がり、身支度を整える。人数こそ少ないものの夜間に努めている団員も何人かいるが、その多くは現在入院している患者のお世話をするための人員だ。無論、緊急外来に対応できない訳ではないが、ミネが居るならミネが対応した方が望ましい。それも、重傷なら猶更だ。

 

「……セイア様」

「あぁ、構わない。行ってくれたまえ。護衛、感謝するよ」

「何かあれば呼んでください。すぐに駆け付けます……サクラコさん、セイア様をお願いします」

「えぇ、お任せください」

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

 

 サクラコにセイア護衛の仕事を任せたミネは恭しく一礼し、テラスを足早に去っていく。様々な所属のトップが入り乱れる場に於いても救護を第一とする彼女の信条は変わらず、やはり最優先は患者らしい。優しく、思慮深く、救護騎士団員からの信頼も厚い、患者を最優先とするその姿はまさに模範的な医療従事者だろう。

 しかし、喧嘩などが発生した時は両成敗と言わんばかりに両方ぶっ飛ばして黙らせてから治療を開始したり、『ミネが壊して騎士団が治療する』と言われたり、話を聞かず突っ走ったりする事もあるため、色々と両極端だ。どちらもミネらしい、真っ直ぐな姿。

 

「ハスミ、砲手が白だとしたら……この件の黒幕は何処にいると思う?」

『難しい問いですね。現在のトリニティに外部から入り込み、工作するのは困難でしょう。内側に何かがある、と考えるのが自然です』

「だが、それだと辻褄が合わなくなる」

『えぇ。トリニティの生徒でもティーパーティーの命令系統の内側に潜り込むのは困難極まります。それが出来るのは同じくティーパーティー傘下の生徒のみでしょう。ですが、ナギサ様は補習授業部結成時にトリニティの生徒の身元を全て洗っています。特に、同じティーパーティー所属ともなれば念入りに調査しているはずです。背中から撃たれるのが一番怖く、対策しにくいでしょうから』

「はい……彼女達の事は時間を掛けて丁寧に調べました。ですが、怪しい部分はなかったのです。ティーパーティー傘下の皆さんは、模範的なトリニティの生徒でした。それなのに……ッ」

 

 全てを悔いるような口調でナギサは言葉を紡ぐ。彼女達は模範的なトリニティの生徒だった。裏切りの気配なんて一切感じさせない清廉潔白。それは直々に調査をしたナギサが太鼓判を押した事実であり、彼女達は紛れもなくトリニティの生徒だった。だからこそナギサはティーパーティーの中を安全地帯だと考え、自身や親友をその中に留めた。この内側に居るなら失わない、と。だが、その前提はこうも容易く覆された。ティーパーティーにもトリニティにも安全な場所などないと言わんばかりに、少女達の聖域はいつでも散らす事ができるとナイフを突き立てられた。誰かに。

 

『……恐らくナギサさんの調査は正確だったはずです。ティーパーティー傘下の生徒は最も潔白に近いでしょう』

「だが、それでもこれが起きた。桐藤ナギサ、裏切り者の件を知っているのはティーパーティーの生徒の一部と、ハスミと私だけで間違いないんだな?」

「……いえ、ヒフミさんと先生も把握しています。ツルギさんが先ほど挙げてくださった方々と、私が挙げたお二方。これで全てです」

 

 補習授業部の真相について知る生徒はティーパーティーの生徒でもごく一部だ。

 ホストの席に座る権利を持つナギサ、ミカ、セイア。彼女達の専属行政官達。ナギサと長い親交を持つフィリウス分派所属の生徒達。人数を数えれば10名程度だ。それにヒフミと先生を加えれば補習授業部の真相を知っている人物の選定は完了する。この中の誰かがこれを仕組んだのか、それとも────何処からか情報が洩れてしまったのか。それを知る術、犯人に繋がる重要な手掛かりを持つ生徒達は目を覚ましていない。今のナギサにできるのは正義実現委員会の現場検証結果を待つ事だけだった。

 

「他に何か目立った情報はあるか?」

『……現時点では特に。発見次第、連絡します』

「分かった……気を付けろよ」

『えぇ、ツルギも』

 

 その言葉を最後に電話が切れると、ツルギは思案顔でスマホを懐に仕舞った。流し目を前に送ると同じく思案顔で、顎先に手を当てたナギサとサクラコが言葉を交わす。

 

「砲撃の件はどうなのでしょうか?」

「私と砲手、その補助の方のみです。万魔殿のマコト議長にはゲヘナ自治区に榴弾を撃ち込む事を伝えて了承を頂いていますが……場所と大まかな日時のみしか伝えていませんので、詳細は知らないはずです」

「砲撃の命令タイミングは……」

「裏側で手を回していた温泉開発部との連絡が途絶したタイミング……砲撃が行われる大体40分ほど前です」

「……では、元々この砲撃は予定になかった……いえ、やるつもりがなかった、という事ですか?」

 

 サクラコの鋭い疑問。細められた視線は嘘を絞殺するような彩を帯びている。ナギサは言葉を選ぶように「……えぇ」と肯定を絞り出して。

 

「あくまで全ての策が潰れた場合の保険という位置付けでした。砲手の方に作戦の詳細を伝えたのも、全てが失敗したと確認したタイミングです」

「……では、情報を纏めようか」

 

 一通り出そろった情報を纏めるべく、セイアは軽く手を叩く。集まる視線、しかしそれに今更緊張感なんて謂う新鮮なモノを覚える事もなく彼女は何時もの口調でこの場で出せる流麗に結論を述べる。

 

「これを仕組んだ者は補習授業部、裏切り者の件を良く知っていて、ナギサが保険として用意していた砲撃の詳細すら把握していた。どの様な手を使ったかは不明だが、本来の砲手を排除し、サーモバリック弾を装填して補習授業部と先生を砲撃。何処からか入手したドローンとオートマタで差し向けられた正義実現委員会を足止めし、その隙に脱出した。サーモバリック弾を使用した事から補習授業部、先生に対する敵意は明白であり、ティーパーティーの命令を利用し排除しようと目論んだ……こんな所かな」

「……幾ら何でも荒唐無稽が過ぎます。こんな事ができるなんて……」

「だが、実際に今起きている。現実は私達の最悪の一歩先を行くんだ」

 

 トリニティに於いて極秘情報として位置づけられている裏切り者の件を把握し、ナギサの捜査に引っ掛からない身元を持ち、ティーパーティーの命令系統に侵入できる人物。どれか一つを満たす人物なら候補に挙がるが、これらを全て同時に満たす人物なんて存在しない。それはナギサが、フィリウス分派が太鼓判を押した事実であり、事が起きるまでナギサの封じ込めは万全の効果を発揮していた。平穏を脅かす不穏分子は確かに、トリニティに存在しなかった。

 だが、それがどういう訳かこうして蛮行が行われた。しかもそのターゲットはトリニティの不穏因子を集めたはずの補習授業部。ナギサとて補習授業部全員を先生ごと纏めて消そうだなんて思った事はないし、仮にナギサへの忠誠の発露だとしたら独断専行が過ぎる。こんな事、ナギサは望んでいなかった。

 

「……そもそも、桐藤ナギサの想定する裏切り者と砲撃を改竄した奴が同じ所属とは限らない。仮に繋がっているとしたら纏めてサーモバリック弾で吹き飛ばしたりなんてしないはずだ。何方が上か下かは知らないが、動かせるメンバーが一人減るのは痛手になる。特に、裏でこそこそ動くネズミどもにとってはな」

「それは考慮するに値する可能性だろう。補習授業部の裏切り者、今回実際に事を起こした不穏因子。居るとされる者と、確実に存在する者。さて、何方が真犯人なんだろうか」

「言葉遊びに興味はない。トリニティの内側、トリニティの外側。敵が何方に居ようが脅威には変わらないし、潰す事も変わらない……私も現場に向かいたいのだが、いいか?」

 

 形式上許可を求めているような口振りであったが、セイアを射貫くツルギの瞳は有無を言わさない迫力が籠っていた。まるで『断ったらどうなるか分かってるんだろうな?』と凄んでいるような暴力性に溢れた目を前にセイアは魂まで抜けてしまいそうな大きな溜息を吐いて。

 

「……まぁ、良いだろう。先ほど、第八セフィラの警戒度の低下を確認した。だが、何か状況に変化があった場合は……」

「あぁ、分かっている」

 

 その言葉を最後まで聞き届けることなく、ツルギは足早にテラスを出ていく。相変わらずの様子に溜息を吐き、だが同時に彼女が健在な限りトリニティは大丈夫だと安堵を抱いた。彼女は土壇場の判断を誤らない。もし万が一、逃げた黒幕が襲ってきたとしてもツルギが居るならば恐らく大丈夫だ。最悪勝てなくても、ミカやミネが参戦するまでの時間稼ぎならば容易く達成してくれるだろう。故に、今気にしなければならないのは。

 

「ナギサ、何時まで補習授業部を続けるつもりだい?」

「……裏切り者を見つけるまでです」

「存在しないかもしれないのに、かい?」

「いいえ、居るはずなんです。居なければいけないんです」

 

 ナギサの口から零れた言葉は、重すぎる強迫観念に突き動かされているかのようで。

 

「そうでなければ、私は、何のために────」

「ナギちゃんッ!」

 

 ミカがナギサの肩を掴み、そう叫ぶと、ナギサはハッとしたような表情を浮べる。それはまるで白昼夢から醒めたかのような変遷であり……長年彼女と連れ添ってきたミカは何とも言えない違和感を覚えた。理由の分からない漠然とした違和感、或いは異物感。ナギサである筈なのに、ナギサでないような。ナギサ本人である事は疑いようがないのに、一時の間だけナギサの思考回路に別の何かが混ざったような────。

 

「……ナギサ、今日はもう休みたまえ。後の事は私達で済ませておく。戒厳令も終わりだ。行政官の君も今日は帰ってゆっくり休むと良い」

「……すみません、お言葉に甘えさせていただきます」

「あぁ……サクラコ、ナギサ達を送ってくれてもらってもいいかい?」

「えぇ、勿論です」

 

 憔悴し取り繕う事も出来なくなったナギサと、ナギサの行政官の少女を引き連れてサクラコはテラスから退室する。これで残ったのはテラスに残ったのはセイアとミカのみ。セイアはこのタイミングを見計らっていたかのように、慎重そうな口ぶりで切り出す。

 

「……さて、君はどう思う? ミカ」

「十中八九ベアトリーチェの仕業だと思う。アリウスの地下通路を使えばトリニティ内なら融通は効くし、ナギちゃんの命令を入手するのだって……できなくはない、はず。アイツ、無駄に目と耳がいいから。ドローンとオートマタも協力している他の奴らとか、カイザーとかから手に入れたと思うし……」

 

 トリニティに張り巡らされている地下墓地(カタコンベ)の構造は依然として不明だ。構造自体を変化させる事ができるため一時の地図なんてものは頼りにならず、迷わずに踏破するには構造を熟知している者が案内役として必須となる。出入口はトリニティの内外問わずに数多くあり、それを通れば何処にでも……は言い過ぎかもしれないが、ある程度狙った場所には出れるだろう。そうしてベアトリーチェは機械を連れてトリニティの自治区内に人知れず侵入し、砲手達を排除して先生を砲撃したのだ。

 

「これで先生がトリニティ関係で襲われるのは2回目。1回目はアリウスの生徒の狙撃、2回目は今回の砲撃」

「……彼を排除しようとしている、と言うよりは彼を害する手段を探しているようにも思えるね。狙撃も砲撃も用いている兵器は違えど、認識範囲外からの遠距離攻撃というアプローチは一貫している」

「だとすると、今回もあくまで小手調べ……ってこと?」

「その可能性が高い。あわよくば彼を削れるだけ削っておこうという狙いがあるのかもしれないがね。かの嚮導者が持つ手札の中でどれが最も効果的かを探っている段階だろう。本気の殺意ではない。彼女が本気で彼を殺そうとするのは……」

「先生の防御を抜く手段が見つかった後、って事だよね……」

 

 シッテムの箱に由来する先生の防御は強固極まる。物理的な防御も概念的な防御も完備しており、それを貫くには相応の装備や準備が必要だ。もし仮に消耗していない状態の彼の防御を貫通しようと思うと、最低でも権能域に足を踏み入れた攻撃を要する。いくらベアトリーチェと雖もそれを簡単に用意するのは難しいため、先ずは代替できる手札の中でどれが効果的かを探っている段階だろう。そして、先生もベアトリーチェがどの様な手段で以て生徒や彼自身を排除しようとしているかを観察している段階。だからこれはあくまでお互い様子見の化かし合い。膠着状態に思えるこれが大きく動くのは……互いにアプローチ方法が決定したその時だろう。

 

「……なぁ、ミカ」

「何、セイアちゃん?」

 

 これから本題が来ると悟ったミカは佇まいを正して、愛すべき友人を何時も通りに眺める。

 

「何時までこれを続けるつもりだい?」

「……」

「もう君も分かっているだろう。いつまでも隠し事はできない。ナギサは権謀術策の中で強かに立ち回ってきた。君が思うよりナギサはずっと嘘や隠し事に敏感だ。恐らく私達が裏で何かを仕組んでいること自体は薄っすらと感づいている。この辺りが潮時だろう」

「でも……」

「躊躇う気持ちは分かる。ナギサ、補習授業部、アリウス、先生……君には様々な懸念事項がある。今この場で直ぐに決めろとは言わない。そこまで簡単に結論を下せる問題でない事は分かっているつもりだ。だが、明かしておかないとナギサの心が持たない。君だって見ただろう、ミカ。ナギサは思い詰めている。今のナギサは誰を疑って良いか分からないから、誰もを疑っているんだ。当然だろう、裏切り者は補習授業部に居るという前提が覆されたのだから」

 

 様々な事情を呑み込んだ後のナギサの眼はまるで敵意に怯える少女のようだった。敵を見る眼をこの場に居る全てに向けていた。それは長年の幼馴染であるミカも、同じティーパーティーであり良き友人であるセイアも例外なく。あの時のナギサには全てが敵に見えていた。

 

「ここでナギサに私達の事情をある程度開示して、この裏に居るはずの黒幕を彼女に知らせないと先に彼女が崩れてしまう。例え善意だとしても、事情があったとしても、それでナギサが傷ついた事は現実だ。善意も事情も免罪符にはならない。私達は『そうしなければナギサが危険だから』と、耳障りの良い欺瞞で目と耳を塞いでいる。私も君も、ナギサを傷つけている。嘘を吐いている、追い詰めている。それは正しく認識すべきだ。たとえ目的があったとしても、傷や痛みは正当化できないんだ」

 

 さあ、選べ。テミスの天秤に掛ける時だ。事態は既にミカ個人の手に負える範囲に無い。ナギサの心と、ミカの大切な人達の安全。その何方を選ぶのか。選んだら何かが変わるかもしれない。何も変わらないのかもしれない。選ばなかった方はどうなるのか、それは誰も分からない。

 

 だが、少なくとも────このままでは遠からず、ナギサの心が限界を迎える。

 

「……兎も角、私は開示するべきだと思うよ。最終的な判断は君に任せる。私はあくまで協力者だ。君が開示するべきと思ったタイミングで開示したまえ。早い方が、互いにとっての為だよ」

 

 セイアがそう言うと扉が静かに開き、「ただいま戻りました」とサクラコの声が通り抜けた。セイアは俯くミカに僅かな感情を向け、立ち上がる。

 

「サクラコも戻った事だし、私も邸宅に戻るとするよ。ミカはどうするんだい?」

「……私は、まだいる」

「そうか……サクラコはどうするんだい? 戻ってもいいし、勿論この場に居ても良いが……」

「セイアさんの護衛をミネ団長から任されましたので、最後までお供いたします」

「そうかい、ありがとう。では、最後まで頼むよ……ミカ、私の言った事を忘れないようにしてくれたまえ。我々も彼も、ずっと薄氷の上を渡っている事をね」

 

 セイアとサクラコも去り、広いテラスに一人取り残されたミカは項垂れる。

 

「分かってるよ。私だって、そんな事分かってる」

 

 誰もが傷つきながら進んでいる事。誰もが痛みを背負いながら、それでも何かを掴むために、掴んだ何かを離さないために走っている事。

 ナギサも、セイアも、補習授業部の生徒も、先生も、自分(ミカ)も……何かの為にずっと走っている。目指した何かの為に、この儘ならない現実を必死で生きている。傷つきながら、痛みを増やしながら、悲しみながら、怒りながら。

 

 この状況は薄氷の上で成り立っている。いつ、どんなタイミングで崩れてしまってもおかしくはない。だから、そうなる前にナギサに話して、補習授業部を止めて。確かにそうすれば今より状況は良くなるのかもしれないけれど。

 

 でも────この計画にナギサを巻き込んでしまう。

 

 何を今更、と自分でも思う。ベアトリーチェが動いている以上、トリニティに安全な場所なんて無い。誰もが被害者になってしまう。言っても言わなくても危険度に差はない。ナギサの不安を払拭するためにも言った方が望ましいのだけど……それでも、心の何処かでブレーキが掛かってしまう。喉の奥まで出てきた言葉が痞えてしまう。胸の内側で蠢いているこの感情の名前は分からないけれど、きっと碌でもないものだ。

 

「────私、どうすればいいんだろ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。