シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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便利屋、始動

 

 アビドスを取り巻く問題が激変した日から1日が経った。

 砂漠に埋もれた住宅街、人の気配を殆ど感じないゴーストタウンを先生は歩いていた。風が吹くと砂塵が舞い、道の片隅に咲いていた花の花弁が散る。何処か風情を感じるその光景は、先生の目に焼き付いた。

 

 先生はアビドス高等学校から近い……とは言ってもバイクで1時間以上かかるが……距離にあるビジネスホテルを活動拠点としている。本音を言うならば学校そのものに泊まりたかったが、そんなことをすれば不審者コース一直線の為、ぐっと我慢した。

 

 今現在、先生はレンタルしたバイクを走らせてアビドス高等学校へ向かっている。彼は文明の利器に多大な感謝をしつつ、頭の中で本日の予定を整理。

 

 まず、アビドスに顔を出す。本日は自由登校のため誰もいない可能性があるが……その時はその時だ。

 次に、便利屋68の訪問。今朝アポを取ったのにトントン拍子で話が進み、今日の午後に面会をする事になった。十中八九、他に依頼が無くて暇だからだろう。

 

 なお、C&Cは現在任務の最中のため会うことができず、RABBIT小隊は現在の先生の権限では動かせなかった。ゲヘナの風紀委員は多忙の身の為、昨日の今日ではスケジュールを組むことができず数日後に面会となった。

 

 頼んでもない仕事が頻繁に舞い込んで来る風紀委員から30分もせずにメールが返ってきた事にも驚いたが、差出人が空崎ヒナ、天雨アコ、火宮チナツの連名だった事には更に驚いた。

 書かれていた内容は面会ができない事に対する謝罪、代替案の提示、そして3人からの挨拶。特に3人の挨拶は作文かと見紛うほどの文字数と熱量で送られてきたため、若干彼も文字列に気圧されたのだ。

 

 彼女達のメールを返信し終えた後は各方面の日程調節、ワカモへの連絡、持ち込んだ仕事を行っていたらいつの間にか午前6時。徹夜最長記録を絶賛更新中であった。彼の心の中の似非お嬢様が『眠いですわ~!』と叫んでいると──────ふと、眼前に見慣れた影に気付いた。ブレーキを掛けて速度を緩めて、影の隣に陣取る。

 

「セリカ?」

「げっ……」

 

 そこには『面倒な人に出会った』と言わんばかりに露骨に顔を顰めている少女……セリカの姿があった。昨日、彼等は喧嘩別れに等しい別れ方をしたため、セリカは若干気まずそうな雰囲気と、申し訳なさそうな顔をする。一方的に捲し立ててしまった事もあり、色々と思うところがあるのだろう。

 

「い、言いたいことがあるなら言いなさいよ……!」

 

 彼女は警戒心を強めて言う。だが、眼前の彼は「言いたいことか……」と呟いて呑気に考え込んでいる。そして、彼は3秒もせず口を開いて。

 

「おはよう、セリカ」

 

 柔らかな微笑みを浮かべて挨拶した。1日の始まりを告げるお手本のような声音と表情であった。

 小言が来るかもしれない、と身構えたセリカにとって、それは拍子抜けするほどであり毒気を抜かれそうになった。喉の手前まで上がってきた『おはよう』を咄嗟に飲み込んで、昨日と同じように彼を睨みつける。

 

「何が『おはよう』よ! 馴れ馴れしくしないでくれる!? 私、まだ先生のこと認めてないから!」

「ふふっ……あぁ、知ってるよ」

 

 彼がそう言うと、セリカは「ふんっ」と鼻を鳴らす。単純に面白くないのだろう。対応が達観しすぎていて、彼が大人すぎて──────まるで自分が癇癪を起こした子どもの様に思えてしまう。彼の指揮能力等は認めているが、人間性は気に食わないのだ。

 

「セリカは学校に行くのかい?」

「別に、私が何しようがどこ行こうが先生には関係ないでしょ? それに、こんな朝っぱらからうろついて……シャーレの先生って暇なの?」

「手厳しいねぇ」

 

 彼は苦笑して肩を落とす。少し暗くなった表情にセリカは『少し言いすぎたかも』と思う。彼女は基本的に善人であり、根っからの人情家だ。誰かの涙や悲しい表情は決して克服できない弱点になる。

 

 だが、彼の暗い表情も直ぐに奥へ引っ込む。飄々とした凪いだ顔が彼に戻ったことに何処か安堵を覚えながらも──────彼女は気丈に言い放つ。

 

「じゃあね! 精々のんびりしてれば? 私は忙しいの!」

「学校に行くなら一緒に行かない?」

 

 もう話す事はない、と言わんばかりに背を向けたセリカを引き止めたのは彼の能天気にも程がある申し出だった。先程まであれだけ邪険に扱われていたのにも関わらず、こんな事を言える図太さは何なのだろうか。セリカは「はぁ」と大きな溜息を吐いて。

 

「あのねぇ……なんで私がアンタと仲良く学校に行かななきゃならないわけ? それに今日は自由登校日だから、学校に行かなくてもいいんだけど」

「それは私も把握しているけど……じゃあ、どこに行くんだい?」

「アンタに教えるわけないじゃないッ!」

 

 セリカは怒気を込めて彼に言い放つ。ずっと彼の掌の上で転がされた様な感覚であった。面白くない、素直にそう思う。

 そして今度こそ彼に背を向けて、目的地に向けて駆け出そうとした所で。

 

「気をつけてね~」

 

 気が緩む柔らかな声が聞こえて後ろを振り返ると、微笑みを携えて手を振っている彼の姿が見えたから。

 

「うっさい! バーカ!」

 

 セリカは砂埃を上げて全力疾走で駆け出した。

 

 ──────あぁ、もう……本当に調子が狂う。

 

 

 ▼

 

 

「行っちゃったねぇ」

『行っちゃいましたねぇ』

 

 先生とアロナは彼女が巻き上げた砂塵を眺めて、そう呟く。行き先は終始言ってくれなかったが、恐らくバイトだろう。

 

『先生、あれがツンデレというものでしょうか?』

「多分そうだと思うよ」

 

 セリカがその場にいたらぶん殴られそうな会話を続けて、先生は再びバイクのエンジンを掛ける。タブレットのアロナにナビゲーションをお願いし、アクセルを踏むと咽せ返る様な砂埃が撒き散らされた。

 

 今日用事がなかったら彼女のバイト先を聞き出して、冷やかしに行っても良かったのだが──────生憎と今日は結構スケジュールがキツキツなのだ。楽しみはまたの機会に。

 

「では、私達も向かうとしよう」

 

 

 ▼

 

 

 アビドスへ顔を出し、細々とした連絡と雑談をひとしきり終えた後、彼は再び移動していた。

 

 行き先はゲヘナ自治区、ビル街。絢爛な都心は甘い腐臭を放ちながら熟れる魅力的なパラダイス。自由と混沌を肯定する学園の自治区らしい様子であった。

 

「──────ここか」

 

 その一角、数多の企業のオフィスが点在する場所に便利屋68は窓口を構えている。テナント料金だけで頭痛の種になりそうな場所にオフィスを構えているため、きちんと生活できているのか心配になるが……強かな彼女達ならば恐らく大丈夫だろう。

 

 自動ドアを潜って、エレベーターに乗り込み階層のボタンを押す。微弱な振動を味わい、目的の階に着く。案内図に従い、足を進ませると──────便利屋68の扉が見えた。

 

 ドアの隣に備え付けられているテーブル、その上に鎮座している電話がインターホン代わりだろう。彼は受話器を持ち上げて、数コール。回線が繋がった。

 

『はい。便利屋68、陸八魔です』

「こんにちわ。私は連邦捜査部シャーレの顧問です。本日、面会の約束で参りました」

『……かしこまりました。少々お待ちください』

 

 そうして、回線が切れる。受話器を元の位置に戻すと、壁の向こうでバタバタしている音が聞こえた。

 

 

 ────ちょっとムツキ! 本当にシャーレの先生だったじゃない! 

 

 ────え〜? 私はもしかしたらイタズラ電話かもよ? って言っただけなのにな〜。

 

 ────ア、アル様を困らせた……! ここは私が先生を……! 

 

 ────待って待って待って! シャーレの先生の爆破はやめてっ! 

 

 ────はぁ……だから最低限準備はしておいた方がいいって言ったんだけど……。

 

 

 女三人寄れば姦しい、と言う言葉があるが実際その通りだろう。便利屋の生徒は3人ではなく4人のため人数の差異があるが些細な事だ。部屋の中はきっと愉快な事になっている。

 

 何処の世界でも変わらない便利屋の彼女達に安心感を覚えながら先生は。

 

「……防音性に難あり、と」

 

 スマホでビルのレビューを書いていた。付けた評価は5段階中3、何とも微妙であった。

 

 

 ▼

 

 

 あれから10分弱が経ち、ドアを恐る恐る開けた紫髪の少女────伊草ハルカに案内されてオフィスに足を踏み入れた。一日一惡のスローガンが掲げられた室内、先生は懐かしいと思った。

 

「さあ、お掛けになってください」

 

 便利屋68社長、陸八魔アルが妖艶な所作で言うが──────彼女にはあまり似合ってなかった。後ろの浅黄ムツキが笑いを堪えているレベルで似合ってなかった。

 先生はくすり、と小さく笑って。

 

「ありがとう。でも、もっとラフでいいからね? 実は、私は堅苦しいのが苦手なんだ」

「そ、そう? なら私も……」

 

 アルはいつもの調子に戻る。やはりこちらの方が彼女らしい。先生としても、下手に畏まった言い方をされると調子が狂うのだ。生徒と先生であっても、関係は対等だ。

 

「では、改めて……面会してくれてありがとう。これ、細やかだけどお土産。皆で食べてね」

「え、あ、ありがとう、先生」

 

 先生から紙袋を受け取ったアルは、そのまま後ろに控えている鬼方カヨコに手渡した。中身は──────。

 

「これ、有名なパティスリーの……」

「へぇ〜、先生って案外お金持ち?」

「私個人はそこまでだよ。領収書を見せたら毎回怒られてるさ……でもまあ、この程度はね」

 

 先生は苦笑いする。彼の出費を管理しているユウカに無許可で買ったため、次会った時何を言われるか分からないのだ。願わくばあんまり怒らないでほしい、必要経費だったのだから──────と思う。

 

 彼は「ではそろそろ」と一拍置いて。

 

「私からの依頼について、お話しようか」

 

 先生の目の前に座るアルが息を呑んだ。優しい雰囲気はそのままに、何処か異物感を孕んだ……異質な空気。数多の戦場の轍を歩んだからこそ作り出せるもの。

 

「近々、君達に一件の依頼が来るはずなんだけど……それを断ってほしいんだ」

「依頼を断るのが、依頼……?」

「そう。勿論、報酬は出すよ」

 

 彼は内ポケットの手帳を取り出し、ページを一枚切り取ってペンを走らせる。

 

「前金としてこれだけ」

「……ふぇっ?」

「……1億」

 

 1億。カヨコが何かの間違いかと思って彼を見ても、その表情は微笑んだまま。つまり、間違いではない。

 

「先生、質問」

「なにかな、カヨコ」

「前金って言ったよね。じゃあ実際に依頼を達成したら……」

「あぁ。報酬として、断った依頼で提示された金額をそのまま私側で出そう」

 

 埒外の依頼だった。報酬の金額は桁外れで、達成の難易度は容易。何せ、断るだけなのだ。それだけであり得ない金額を報酬としてもらえる。

 

 故に、何か隠された意図があると疑るのは無理もない話であった。カヨコとムツキは訝しむ様な目に変わっている。アルは金額の大きさに若干フリーズしていて、ハルカはそんなアルを見てあたふたしている。

 

 そして──────彼も怪しまれる事は承知の上だった。

 

「まあ、こんなとんでもない依頼が来ても普通は怪しんで受けてもらえないよね。仮に私が君達の立場にいたら、鼻で笑って突っぱねていたとも」

「ふーん……この反応も織り込み済みなんだね」

 

 先生は「勿論」と返して、カヨコを見る。こういったデスク上での駆け引きは社長のアルや室長のムツキよりも彼女の方が勝る。とても冷静なのだ。恐らく彼女の脳内では既にリスクリターンの計算が行われている。

 

 それから、先生は彼女達に些細を話した。断ってほしい依頼のクライアントがカイザーコーポレーションの理事長である事、その内容がアビドス高等学校の奪取である事、その他諸々。

 

 彼の話を傾聴していた彼女達は其々思い思いに思考を走らせる。リスクリターン、疑問点のリストアップ等。

 そして、一番最初に口を開いたのはカヨコだった。

 

「先生、質問だけど……なんで、カイザーが私達に依頼する事が分かったの?」

「あれだけの大企業なんだ。動く際に全く痕跡を残さない、前兆を見せない……なんて事は不可能さ。私はその隠し損ねた尻尾を掴んだまでだよ。元々、戦場の構築や駆け引き、情報戦は得意でね。

 依頼される理由に関してだけど……元々カイザーはカタカタヘルメット団を雇っていたんだ。だけどアビドスの生徒達が彼女達の大半を撃退したから、現状戦力が大幅に削がれている」

「失った戦力の補填として私達に白羽の矢が立った。自社のPMCを使わずに」

 

 彼は「その通り」と言って。

 

「気軽に使えて、勝手がいい組織の方が何かと便利だからさ。その上、カイザーの活動は犯罪に片足を突っ込んでいる。そんなブラックオプスに自社のツールは使えない。だから外部に頼るんだ。いざとなれば『関係ない』ってシラを切って捨てられる様に、ね」

 

 辟易とした溜め息を吐く先生を見て──────カヨコは彼の評価を数段階上げていた。これまでの話の筋はきっちり通っている。カイザーがアビドスを付け狙う理由に関しては不明だが、彼が説明しなかった事を鑑みるに学校の機密に抵触するのだろう。

 

 そして、彼の依頼は──────便利屋68を守る意図も含まれている。恩着せがましくなるため話さなかったのだろうが……詳細を聞いてしまえば否が応でも辿り着いてしまう真実だった。

 

 ──────一応、悪い人ではないみたい。

 

 彼女がそう結論付けた時、彼はソファから立ち上がった。

 

「と、まぁ……ここまで色々話したけど、今依頼を受けるか否かは決めなくていいよ。考える時間は欲しいだろうし、今話したのは私側の……対立する二項の内の一方だ。もう一方の話は必ず近日中に舞い込んでくるから、それもちゃんと吟味して──────結論を出してほしい」

 

 先生はアルに1枚の紙を握らせた。書かれているのはアドレスや電話番号、SNSのIDだった。シャーレのものではなく、彼個人のもの。最も手っ取り早く彼にアクセスできる手段。

 

 個人情報の極みの様なものを渡されたアルは若干恐る恐る口を開く。あまり考えたくない話だが……社員の安全を預かる社長として、大切な友人としてif(もしも)を想定しなければならないから。

 

「仮に私達が先生の依頼を断ったら、どうするつもりかしら……?」

「? 別にどうもしないよ。君達がどんな立場にいようが、私の大切な生徒に変わりはない。もし断られたら、それは私の信頼が足りなかっただけで……皆に落ち度はないさ」

 

 陽だまりの様な笑みを浮かべた彼は踵を返し、ドアに手をかけて──────振り返る。

 

「会ってくれて嬉しかったよ、ありがとう。今度はシャーレに遊びに来てね。いつでも待ってるから」

 

 

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