シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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真実はここに

 気が付けば最終日の夜。空は高く澄んでいて、疎らな雲の隙間からは深い藍色が覗いていた。明日の天気も晴れ。試験には……何かを始めるには、或いは終えるには絶好の空だ。

 

 補習授業部の少女達は試験前日の今日も、いつもと変わらない日々を過ごした。

 朝の決まった時間に起きて、歯を磨いて、朝食を食べて、歯を磨いて、シャワーを浴びて、教室へ。

 模擬試験を解き、採点し、間違えた問題の解説を確り頭に叩き込み、類題を解いて復習を行う。

 昼食を済ませた後は各自で苦手な部分や不安な部分を勉強し、最後に試験範囲全体をさらりと流して、今まで解いた計6回に及ぶ模擬試験を見直す。

 そうしていればあっという間に時間が経っていて、夕食を取り、入浴などの就寝の身支度を済ませて……今こうして寝室に集まった時には時刻が9時を目前にしていた。

 

「ついに明日、ですね」

「あぁ」

「……えぇ」

「うん……」

 

 差し迫った現実を改めてヒフミが口にすれば、少女達はそれぞれの内心を抱えたまま同意を示す。明日が試験だからといって少女達は浮足立つ事なく、程よい緊張感とリラックスを同居させて最後の日を充実なものへと仕上げてくれた。今日の努力、以前から重ねた努力は確実に力となっている。皆、それぞれ成長したのだ。

 

 故に明日の試験結果は神のみぞ知る。勝算はある。同時に負ける可能性もある。だから、如何にして勝利の可能性を手繰り寄せるか。その為の準備は可能な限りしてきた。あとは試験を待つだけ、過度に緊張する必要は無い……とは言っても、この結果次第で全てが決まるのだ。緊張するのは当然であるし、特に前回の特別学力試験がある以上、コハルの口から不安や疑問、恐れが零れるのは至極当然であった。

 

「ま、まさかまた急に、色々と変わったりしないよね?」

「はい、今のところは……」

「そうですね。試験範囲は依然拡大されたままですし、合格ラインも変わらず90点以上。場所はトリニティ第19号分館の第32号室。本館からは離れていますが、そこまで遠くありません。時間も……午前9時からで変わってませんね。今のところ、以前の試験のように夜明け前から動く必要は無いと思います」

 

 掲示板に書かれている第三次特別学力試験の情報は、前回から打って変わってかなり常識的なものだった。試験の開始時間は9時で、トリニティ総合学園の始業時間と同一。会場も学園の内部で、本校舎からは少し離れているが法外な距離ではない。少し早めに……8時頃に合宿施設を出発すればかなり余裕を持って到着できるだろう。

 

「寧ろ気になる点と言えば……昨日から本館が不自然なくらいに静かな事です。マリーちゃんから聞いたのですが、どうやら人気(ひとけ)がピタッと無くなってしまったようで……何かがあるといけませんし、念のため今晩も、私の方で掲示板をずっと見ておきますね」

「は、ハナコちゃんも寝た方が……」

「ふふっ、私は大丈夫です。寝不足程度で点数は落ちませんから。それに、私はこれくらいしかできませんし……」

「そ、そんな事ありません! ハナコちゃんがすごく丁寧に勉強を教えてくれたおかげで、私もアズサちゃんもコハルちゃんも、すっごく成績が上がって……!」

「それは皆さんが頑張ったからですよ。私の力ではありません。勉強を教えるのだって先生にも協力していただきましたから。皆さんの頑張りと、先生のおかげです」

 

 突然バトンを渡された先生は驚いた顔を一瞬だけ浮べて、タブレットをスリープモードにしてからふわりと微笑んだ。

 

「私なんかよりもハナコや皆の方がずっと頑張ってるよ。ヒフミもハナコもアズサもコハルも皆頑張った、それでこの話はお終いさ」

 

 そう言い、先生は少女達を見渡す。ヒフミ、ハナコ、アズサ、コハル。此処に初めて来た時、少女達はそれぞれ何かを抱えていた。不安、諦観、孤独、焦燥。トリニティで過ごす傍ら、心の片隅で育っていた痛み。

 この合宿施設で共に過ごしていく中で、少女達は少しずつ変わっていった。同じ学び舎に通う他人同士から掛け替えのない友人となり、大切なことを話し合える仲に。友情が深まるに連れて少女達個人も成長し、抱えていた痛みを乗り越えた。或いは向き合った。成績の向上だけではない、少女達は人間的な成長もしていた。この、青い日々の中で。

 それを想うと目の奥が少しだけ熱を持って、胸から言葉にできないほど大きな、花束に似た感情が溢れそうになる。先生はそれをもう一度仕舞った。この感情はまだお預け、少女達が大団円を迎えた後だ。

 

「……本当に、よく頑張ったね。偉いよ。だから、きっと大丈夫」

 

 何一つ無駄ではなかった。例え本意ではない結果になったとしても、この日々には意味があった。皆はちゃんと頑張った、だから安心して胸を張って前を見て。大丈夫、1人ではないよ。

 今までの全てを肯定する言葉を受け、少女達は胸の内側に誇らしさを覚える。それと同時に、先生の、この人の生徒として必ず吉報を持ち帰ろうと強く誓った。

 

「……結局、安定して合格ラインに達することはできませんでしたが、明日の試験が簡単だったり、得意な分野が出ればきっと……」

「……そうだな」

「……ッ! そ、そんな都合の良いことなんて起きるわけない! こんな大事なこと、運任せにできないわよ! 私はまだまだ深夜まで勉強するから!」

 

 コハルは鞄を弄り、先ほど仕舞った参考書とノートを取り出す。あまり使用感が無かった参考書は折り目が付くほど使い込まれ、合宿開始前に買った新しいノートに至っては余白がかなり少なくなっている。コハルがひたむきに努力した証明、頑張りを肯定する確固たる証拠。それを見れば少しだけ自信が湧いてくる、出来るって思える。

 ある意味お守りに近いそれを抱えて、コハルは再び勉学に励もうとした。

 

「100点! 100点取れば誰も文句なんて言えないでしょ!?」

「こ、コハルちゃん、気持ちは分かりますが、今日はもうゆっくり休んだ方が……」

「そうですよ。コハルちゃんが頑張ったのは皆知っています、だから大丈夫です。今日はもう休んで、明日に備えた方が良いと思いますよ」

「あぁ、休むのも戦略のうちだ」

「はい。でも、アズサちゃんも同じですよ?」

「……うん。今日くらいはゆっくり休もうと思う」

 

 ハナコの言葉がそのまま自分に向いてくるとは思ってもいなかったのだろう。キラーパスに目を多少白黒させながらも、ワンテンポの沈黙を挟んで彼女は休む意志を伝えた。それが嘘である事はきっとバレるだろうと思いながら。

 

「いよいよ明日……私達の運命が決まります」

「……必ず合格する」

「わ、私も! 絶対に負けないんだから!」

「はい。ここまでしっかり頑張ってきたのですから。後は最後まで最善を尽くすだけです」

「今までの頑張りを信じよう。大丈夫だよ」

「はいッ! 皆さん、頑張りましょう!」

 

 

 ▼

 

 

「……サオリ」

『アズサ、状況が変わった。今から3時間以内にアリウスの部隊がトリニティ総合学園と、お前がいる合宿施設に突入する」

「……ッ!」

 

 夜。いつもの様にこっそりと寝室から抜け出してきたアズサはサオリから衝撃的な、だがある意味では予想できた事態を伝えられた。漏れ出た声なき声を塞ぐように口を閉じ、周囲を警戒。誰も居ない。気配はない。

 

「……本当か?」

『あぁ。すまない、止められなかった。部隊の数は6個中隊、3個中隊ずつに分かれるつもりのようだが……トリニティ総合学園側の中隊には工作班がいる。それとは別に1時間後、機動小隊が桐藤ナギサ捜索に動く予定だ。アズサは先生と桐藤ナギサの安全確保を最優先に動いてくれ』

「……分かった。サオリ達は動くのか?」

『いや……私達は待機命令を出されている』

 

 アリウスの特殊部隊であるアリウススクワッドの4人は言うまでもなくアリウスの最高戦力だ。動かせるなら動かさない理由はなく、後詰めでもなんでも展開させておけば作戦は盤石になる事が確約されている。それでも尚、動かさないということは……作戦通りに動かない可能性があるからで。それはつまり、ベアトリーチェに『裏切るかもしれない』と思われている確かな証拠だった。

 

「まさか────!」

『いや、まだ完全に気付かれてはいないとは思うが……時間の問題だろうな』

 

 今のプランでは、この襲撃の際にアズサが明確にアリウスを裏切る事になっている。だが、今裏切ってしまうとサオリ達に向けられている疑いの目が更に強くなってしまう恐れがあった。

 ここで裏切り、アリウスと敵対しなければ補習授業部の皆や先生を守り切る事はできない。だが、裏切るとサオリ達を危険に晒してしまうかもしれない。補習授業部も先生もサオリ達も、全員同じくらい大事だ。選ぶ事なんて、切り捨てる事なんてできない。

 

 どうしたら────思い悩んでいると、電話の向こうから優しい声がアズサの背中を押す。

 

『私達は大丈夫だ。お前はお前の道を行け』

「だが……ッ!」

『心配するな、任せろ。ある程度は織り込み済だ。問題はあるが、支障はない。想定の範囲内だ』

 

 そう言って、笑って。

 

『先生の事、頼んだぞ』

「……この命に代えても」

 

 

 ▼

 

 

 クラフトチェンバーから顕現させた物資を机に並べる。

 追加のナノマシンが詰め込まれた注射器。反射神経、動体視力を引き上げるアンプル。神秘に対する耐性を底上げする髄液。肉体を強制的に再生させる細胞活性剤。

 これに加えて万全のシッテムの箱と、世界を切り替える蒼い視界、尊き者を蹂躙する特攻礼装、無限の殺傷能力を持つ未完成品、世界を捻じ曲げる大人のカード(権能)

 それ以外にもシッテムの箱に保存された数多の神秘のアーカイブや原典もあり、手札の数や質ならベアトリーチェと同等以上だろう。

 

 ────やはり、ボトルネックになるのは私自身か。

 

 先生は変えようのない現実を前に苦笑し、始まったと同時に身体に打ち込めるよう机の引き出し、一番手前に仕舞う。すると扉から軽いノック音が響いて、「どうぞ」と声を上げると、何処か申し訳なさそうな様子でヒフミが部屋に入ってきた。

 

「こんばんわ、ヒフミ。寝れないのかい?」

「あはは……頭では寝ないといけないって分かってますが、どうしても緊張してしまって……」

「何か大切な事がある日の前日あるあるだね。遠足の前の日に眠れなくなる、みたいな。ヒフミだったらモモフレンズのイベント前日かな?」

「そ、それとは少し違うような……」

「そうかもね。でも、脳が興奮状態にあるって意味では同じだと思うよ? ベクトルは違えどリラックスできてないって事さ」

 

 試験前独特の緊張感は誰しもが抱えるものだろう。もし、勉強した所が全然出なかったら。もし、解答に記入する答えが1つずつずれていたら。そんな、当たるかも分からない不安。普段なら笑い飛ばせる様なそれでも、大きな進退が掛かっている今なら不安の種も育つだろう。

 

「とはいえ、眠れないのは困るな……あ、そうだ。子守歌でも歌ってあげようか? 需要ないけど」

「い、いえ! そこまでしていただかなくても……!」

「ふふっ、冗談だよ」

「あら、冗談だったのですか? とっても興味あったのですが……」

 

 そう言い、ヒフミの肩の後ろからひょっこりと顔を出したのは満面の笑みのハナコだった。

 

「来ちゃいました♡」

「いらっしゃい、ハナコ」

「皆、何してるのよ」

 

 そして、補習授業部の寝室のドアを開け、ジト目を携えて現れたのはコハル。彼女もどうやら不安と緊張で眠れないようだった。

 

「明日は模試なのに……休む事も大事だって言ってたのはそっちでしょ……!」

「まあ、そうなのですが……」

「なんかアズサもどっか行っちゃったし……緊張する気持ちはすごく分かるけど……」

 

 模範的な健康優良児であるコハルにとって、寝たくても寝れないなんて謂う経験は皆無だった。何をしなくても、何を意識しなくても勝手に眠くなるし、気付いたら朝になるのが日常。眠る方法を検索したのなんて生まれて初めてで、その時に浴びたブルーライトで余計に目が覚めてしまって本末転倒。これなら頭の羽をアイマスク代わりにすればよかったと思いつつ、「そういえば」とハナコに視線を向けた。

 

「ハナコ、何で着替えてるの? もしかしてジャージ乾いてなかった?」

「いえ、少し出歩いていて……実は先ほど、シスターフッドの方々に少し会ってきたのです。色々と調べたい事があって……」

 

 ハナコはそこで言葉を区切り、先生に目配せ。意図を察した先生はあえて扉を開けたままにして、皆を部屋の中に入れた。

 

「明日、私達が試験を受ける予定の第19分館についてなのですが……」

「ま、まさかまた場所が変わって……!」

「いえ、そうではありません。ただ、そこにはこの後、主戦力の半数以上の正義実現委員会が派遣されて、建物全体を隔離するとの事です」

「ッ!?」

「た、建物全体を、ですか?」

 

 ヒフミとコハルが露にした疑問と驚愕にハナコはただ一言、「はい」と肯定した。

 

「『エデン条約に必要な重要書類を保護する』という名目でティーパーティーの要請があり、建物全体を正義実現委員会として守る厳戒態勢に入ったとか。もう既にツルギ委員長を筆頭とする主要なメンバーは分館に配置されているそうです」

 

 ハナコは「それから……」と言葉を続ける。

 

「どうやら本館を含めたトリニティ総合学園全体に戒厳令が敷かれています。昨日から変に静かだったのはこの所為ですね」

「か、戒厳令……そんなの聞いたの初めてです……」

「恐らく、誰一人あの建物への立ち入りは許されません。エデン条約の調印式が終わるまで、ずっと」

「ちょ、ちょっと待ってよ! そしたら私達の試験はどうなるのよ!? 入れないんじゃ、どうしようも……」

 

 そこまで口にしてコハルは気付いた。どんな意図があってこんな命令を出したのか。それはあまりに救いのない現実で、だがどうしようもないほど真実で。頭のいいハナコに否定してほしくて縋る様な視線を送っても、彼女は緩く首を振るだけだった。

 

「えぇ。つまりはそういう事です。試験を受けたいのであれば正義実現委員会を敵に回せ、と」

「あ……」

「そ、そんな……じゃ、じゃあ! 私がハスミ先輩に事情を説明すれば……!」

「難しいと思います。ハスミさんには裏の理由は知らされていないでしょうし……それに、ハスミさんが私達を助けたら、それはティーパーティーに対する明確な離反と同義。正義実現委員会から追放……いえ、最悪退学になるかもしれません」

 

 現実を見据えたハナコの意見にコハルは愕然とする。嘘とは言い切れない。それだけのものを今まで見てきた。やるかやらないかで言えばやるだろう。

 自分(コハル)の所為で先輩が何か危ない目に遭う、それだけは嫌だった。それがハスミであれば、猶更。

 

「正面突破も厳しいでしょう。果してツルギさんにやる気があるのかは分かりませんが、彼女の戦闘力であれば私達全員片手間で処理できてしまいます。そもそも、ナギサさんがティーパーティーのテラスの外に、ましてや分館にそんな重要書類を保管するとは思えません。十中八九、正義実現委員会を動かすための方便でしょう。第19分館と正義実現委員会そのものが、私達に揺さぶりをかけるブラフにしてジョーカー……」

 

 何処を見ても抜け道や活路はなくて。そのあまりにも八方塞がりな状況に辟易としてしまう。

 

「全く……どうやらナギサさんは本気で私達を退学にさせたいようですね。見事に手段と目的が入れ替わっている、というか……」

「どうして、そこまで────」

「……すまない、私の所為だ」

 

 音もなく、開けられたドアの正面に立っていたのはアズサ。彼女もどこかに出かけていたのかハナコと同じく制服姿だった。だが、皆との共通項はそれだけ。彼女の浮べる表情と纏う雰囲気は、ヒフミやハナコ、コハルの誰とも同一ではなかった。何かを警戒し、緊張し、不安を抱え、しかし揺ぎ無い決意を胸にしている姿。それはまるで、戦う前のようで────。

 

「アズサちゃん!? ど、何処に行ってたんですか……?」

「……」

「皆、聞いて。話したい事がある」

 

 ────私の、真実について。

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