シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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閉じた世界に光を

「アズサちゃん……?」

「アズサ……? ど、どうしたの? 具合でも悪いの?」

「────」

 

 話したい事がある。様々な事情が明かされ、様々な真相が明かされ、リーマン予想のように複雑に絡み合った補習授業部を取り巻く事態が少しずつ見えてきて、やるべき事、やらなければならない事が掴めてきた。そんな折に放たれたアズサの言葉は場の空気を先ほどと同じような、だが規模の小さい混乱に落とすには充分すぎるもので、ヒフミとコハルは疑問を携えて声の主を見る。絞り出したようなその声も、その体も震えていた。

 

「アズサちゃん、身体が震えて……」

「……皆にずっと、隠していたことがあった。でも、ここまで来たらもう隠しておけない」

 

 ヒフミの言葉を遮り、アズサは言葉を紡ぐ。それは皆に聞かせている様にも、自分自身に言い聞かせている様にも聞こえた。

 

「────いや、違う。本当は最初から話すべきだった。でも私は話せなかった。皆と離れなければならなくなるかもしれないのが、怖かったんだ」

 

 吐露したのはずっと隠し続けてきた内心。苦しくて笑っていた日々、楽しくて泣いていた日々。脳裡にこびりついて離れないアズサだけが抱えた地獄と、それが齎す絶望と悲しみ。この気持ちはきっと誰にも分からないし、誰にも分かってほしくない。そう思いながら皆と過ごしてきた。

 どうか、どうか。この何でもない日々がいつまでも続きますように。壊れる事がありませんように。誰かが居なくなることがありませんように。そうやって永久を願った。此処に居続けたいと思った。この場所で皆に囲まれながら、日々の確かな喜びを噛み締めていられるなら……それはどれだけ、幸福なのだろうと。

 

 だけど────進まないと。安寧から脱して、幸福に背を向けて。世界と向き合わないと。誰かの為に。自分の為に。だから、これはその一歩。騙し続けた、嘘を吐き続けてきた幸福と……向き合う時だ。

 

「────ティーパーティーのナギサが探している『トリニティの裏切り者』は、私だ」

「……はい?」

「……え? きゅ、急に何の話?」

 

 困惑を浮べるヒフミとコハルを他所に、アズサはどこか捲し立てるように自身の身分を明かす。秘密にしていた生まれと育ち、自分はずっと昏い世界で生きていた────と。

 

「私は元々、アリウス分校の出身。今は書類上の身分を偽ってトリニティに潜入している」

「あ、アリウス? 潜入? アズサちゃん、一体何を……」

「……」

「えっと……何それ? アリウス……? どういうこと?」

「アリウス分校、或いはアリウス分派。トリニティ総合学園が現在の形になる前に存在した団体の一つです。ですが、トリニティの連合を結成する動きに反対した事により、第一回公会議に於いて表舞台から追放されてしまいました。その後はキヴォトスの何処かに身を潜めてひっそりと過ごしていると聞きましたが……」

「そう。私は此処に来るまで、ずっとアリウス自治区にいた」

 

 アリウス、という言葉に聞き覚えが無い2人に対して捕捉の説明を入れるハナコ。博識なハナコは当然その辺りにも精通していて、ある程度……シスターフッドが知り得る範囲での情報は当然の如く知っている。アリウスの悲劇、なんて呼ばれている……血生臭いトリニティの負の歴史を。

 

「だから私はアリウスとしての任務を受けて、今はこうしてトリニティに潜入している」

「アリウス……潜入……」

「えっと、アズサは転校生よね? だったら別にトリニティ出身じゃなくてもおかしくないでしょ? そのアリウスって所に居た事と、裏切り者に何の関係も────」

「いえ、それは違います」

 

 確かにアズサがアリウス出身である事は知らなかったし、そのアリウスが元々はトリニティの一翼であった事も今初めて知った。だが、別にそれ自体は何らおかしくない。アズサは転校生という触れ込みでトリニティに来ているのだ。だから出身地がアリウスだろうが百鬼夜行だろうがミレニアムだろうが不思議ではない。そこからトリニティに学籍を移した、というだけだ。転校や学籍の移行は確かに珍しいものではあるが、全く見ないという訳ではなく、アズサ以外にもトリニティの中に何人かいるだろう。だから転校してきたアズサが裏切り者と謂う話に繋がりが見えなかったのだが────ハナコはそれを揺ぎ無い言葉で否定した。

 

 問題なのは転校ではない。出身地がトリニティ以外な事ではない。アズサがアリウス出身で、そこで生まれ育ってきた事なのだ。

 

「多くは語りませんが、トリニティの……特にアリウスに関する歴史というものは非常に複雑で悲劇に溢れているんです。弾圧、魔女狩り、異端審問……他にも、色々。決してコハルちゃんやヒフミちゃんには聞かせたくないような、悲しくて酷いものが沢山あります……それこそ、アリウスの方が今のトリニティに対して憎悪を抱くには充分すぎる痛みが」

 

 ハナコが「細部は全く異なりますが、分かりやすく言うとゲヘナの生徒がトリニティに身分を隠して転校してきたようなものなのです」と言えば、コハルは驚愕でアズサとハナコを交互に見た。まさか、そんな────そんな逡巡。それを他所にハナコは話の段階をまた一歩、深層へと進める。

 

「アズサちゃん。その『任務』について、お聞きしても良いですか?」

「────あぁ。ティーパーティー、桐藤ナギサと百合園セイア。その2人のヘイローを破壊する事だ」

「……ッ!?」

「う、嘘でしょ!? それって、つまり……!」

「だが、それよりも優先して────」

 

 ヘイローを壊す事。それの意味が分からないキヴォトスの住民はいない。アズサの任務の重さに皆が驚愕を浮べるが、彼女に与えられた重荷はそれだけではなかった。アズサは泣きそうな、痛みを堪えるような表情で……先生を見つめる。まるで罪を告解するように。

 

「シャーレの先生を殺害しろ、と命令を受けている」

「そ、そんな……」

「アリウスはまず、ティーパーティーのメンバーであるミカを介して私をこの学園に入れた。トリニティと和解すると言って。だが、アリウス分校全体はトリニティと和解するつもりなんて無い」

「なるほど、ミカさんを……確かに彼女は政治に向いてないと言われていましたが」

 

 確かにミカであれば丸め込むのは容易いだろう────ハナコは苦笑いして、彼女の事を思い出す。彼女は彼女でトリニティから……ティーパーティーやパテル分派からは浮いていたな、と。彼女は孤独を感じなかったのだろうか。

 

「先ほどのアズサちゃんのターゲットに一人だけ挙げられていなかった理由も分かります。体のいいスケープゴートとして泳がせ、恐らくは全てが終わった後にその罪をミカさんに被せるつもりなのでしょう。そうすれば必要最低限の労力でトリニティを内戦へ陥れる事ができます」

「ま、待ってよ……急に何の話……? いや、嘘だとは思わないけど、別に今の私達と関係ないじゃん……? アリウスの事はよく分からないけど、それが私達とどう関係あるわけ……? アズサは何で急にそんな話をしてるの……?」

「今から3時間後、アリウス分校の生徒達がナギサを狙ってトリニティに侵入する」

「────ッ!」

「……私は、ナギサを守らなきゃいけない」

 

 鋼鉄の決意、不退転の意志。今のアズサを表すとすればそれでしか形容できないだろう。ナギサを守る、その為に全てを相手取るつもりだった。たとえそれがどれだけ無謀でも、無意味でも。全てはやってみなければ分からないのだ。

 

「さ、3時間後……!?」

「うん。残された時間は少ないけど、何とかして阻止しないと」

「本館には戒厳令が出ている状態……最後の試験でのナギサさんの無茶もあって、正義実現委員会が動けないタイミング……なるほど、要人襲撃には最適な日ですね。アリウスもだいぶ頭は回るようです」

「ハナコちゃん……」

「ま、待って! おかしくない!?」

 

 一度に様々な情報を与えられ過ぎて頭がパンクしかけているコハルは、それでも整理できている限りの情報を元に疑問を呈する。今の説明が正しいとすれば、アズサの目的は矛盾が過ぎるのだ。

 

「よ、よく分かんないけどアズサはティーパーティーをやっつけに来たんでしょ!? なのに守るってどういう事? 話が合わないじゃん!」

「それは……」

「アズサちゃん()()は最初からその目的でトリニティに来た。そういう事ですね?」

 

 ハナコの解にアズサは肯定も否定も返さず、唯沈黙を返した。だが、この場に於いてそれは何よりも雄弁な肯定だった。

 

「最初からナギサさんを守るために、ナギサさんを襲撃する任務に参加した……いわば二重スパイ。アリウス側には連絡係として、常に問題ないとずっと噓の報告をしながら……本当は裏切るための準備をしていた」

「……」

「どうして、アズサちゃんはナギサさんを守ろうとするんですか? 何の為ですか? 誰の命令ですか?」

「これは、私の……いや、私達の意志だ」

 

 この決定は、この選択は、私の、私達の意思。誰かに命令された訳でも、お願いされた訳でもない。こうしたいと思ったから、こうしなければならないと思ったから────アリウスとその憎悪を裏切ったのだ。

 

「桐藤ナギサがいなければエデン条約は取り消しになってしまう。あの平和条約が結ばれなければ、この先、キヴォトスの混乱は更に深まるだろう。その時、またアリウスの様な悲劇が生まれないとは限らない。ここで流れを食い止めないと、また昏い世界で無数の痛みが生まれてしまうんだ」

「だから平和のために戦うと……そういう事ですか?」

「……だが、それも結局自己満足だ。醜い世界を見たくないという利己的な傲慢さが無い訳じゃない」

「えぇ、とっても甘くて夢のような話ですね。今回の条約と同じくらい、虚しい空の響きです」

 

 どこか皮肉的に、あるいは自嘲的にハナコは毒に似た言葉を吐いて────罰を求めるアズサを見下ろした。沢山の人に『そのようにあれ』と望まれたハナコ、自身の望みのままに行動し続けたアズサ。対極にある2人、罰してほしいと望むアズサと、大切な友達の為に望みを叶えようとするハナコが互いに視線を逸らさず見つめ合った。

 

「アズサちゃんは、嘘吐きの裏切り者だった」

「うん」

「トリニティで本当の姿を隠し、アリウスでも本音を隠してきた。アズサちゃんの周辺にはアズサちゃんに騙された人ばかりだった。ずっと騙して、嘘を吐いて、アズサちゃんは自分を貫いてきた」

「……いつか言った通りだ。私は皆の事も、皆の信頼も、皆の心も思い出も裏切ってしまう事になる、と」

「アズサちゃん……」

「だから、ナギサが探しているトリニティの裏切り者は私。私の所為で補習授業部はこんな危機に陥ってる。本当にごめん。私の事を恨んでほしい。罰も誹りも受け入れる。もう友達と言ってくれなくていい。それだけの事を私はしてきたつもりだから」

「────違うよ」

 

 この状況は全て自分の所為だ────その言葉を、その罪を先生は否定する。

 

「それだけは違う。アズサの所為じゃない。君の所為じゃないんだよ」

 

 先生は一歩踏み出す。矛盾も罪も踏み越えた歩みはアズサが開けていた心の距離を踏破した。そうしてアズサに寄り添うように近づいた彼は優しい手つきで頭を撫でて、諭すように口を開いた。皺になるくらい握り締めた罪、それを掴んだ指先を解いてくれるように。

 

「きっと、誰の所為でもないんだよ。誰かが誰かに話していれば、誰かが誰かを信じていれば……誰かがもっと優しかったら、もしかしたらこんな事にはならなかったかもしれない────これは、そういうお話なんだ」

 

 或いは、私が全てを────その言葉を先生は言わなかった。

 

「……そうですね、そうかもしれません」

 

 彼が紡いだ言葉に小さく同意を示したハナコは、少し目を伏せながら。

 

「今のナギサさんのように、誰も信じられなくなってしまった人を変えるのは難しいです。そもそも、他人を信じること自体がとても難しいですから。ナギサさんや私のような人にとっては特に」

 

 その言葉にどれだけの真実が、どれだけの嘘が。見つめる目は透明か。心に偽りが無いか。他人と関わる時、そればかり考えてしまう。裏切られないように。裏切られても最小限の損害で済むように。打算的な人間関係しか、利害の一致でしか他人を信じられなくなった。

 

「……ですがアズサちゃんは私達にこうして本心を語ってくれました。きっとまだ語っていない事はあるでしょうけど、それでも黙り続ける事も出来たそれを話して、謝ってくれました……私の方こそ、先ほどはごめんなさい。辛いはずのアズサちゃんに酷い事を言ってしまいました」

「いいんだ。私の方こそ、隠し事ばかりでごめん」

「ふふっ、お互い謝りましたし、これで仲直りですね♪」

 

 そんな自分達をアズサは違う。アズサは隠し続ける事も出来たそれを話してくれた。これを信頼と言わず何と言おう。そんなアズサだから、どこまでも真っ直ぐな彼女だからこそハナコも変わろうと思えた。変わりたいと思えた。彼女の友達に恥じない自分であるために。

 

「補習授業部はちょっと変わった意味で、ある種の舞台のように注目を浴びる存在として生まれました。本来ならアズサちゃんの様なスパイはこんなに注目されるようなところに長居してはいけないはずです。誰にも気づかれないように消える……そういう手段やタイミングは今まで幾らでもあったはずです」

 

 ハナコは「ですが」と言って。

 

「アズサちゃんはそれをしなかった。その理由を聞かせてくれますか?」

「……楽しかったんだ。この日々が。皆と一緒になって過ごす補習授業部が本当に楽しくて……ずっと、此処に居たいと思った」

 

 あぁ、そうだ。ずっと居たくて、ずっと笑いたくて。この奇跡を手放したくなくて。もう二度と失いたくなくて。

 

「まだ、私は皆と居たい。知りたい事も、やりたい事が沢山ある。海とかお祭り、遊園地、ハロウィン、クリスマス、お正月、バレンタイン……沢山の思い出を私は皆と作りたい。ずっと、皆と一緒に────ッ!」

 

 この日々の続きを。この幸福の先を。その渇望は酷く当たり前で、あり触れていて……だからこそ、何よりも尊い祈りだった。

 

「その気持ち、痛いほど分かります────同じように淡い幻想を抱いた人が……確かに居ましたから」

 

 

 ▼

 

 

「浦和さんは本当に凄いですね! こんな問題も簡単に解けてしまうなんて……!」

「浦和様、この計画にはあなたの協力が必要なのです。ふふっ……」

「浦和さん、私達と共に行きませんか? あのティーパーティーを牽制するには私達が……」

「準備をしておいてください、浦和ハナコさん。来年のティーパーティーの席は、あなたでほぼ確定ですから」

「浦和さんはきっとトリニティの歴史に名を遺すほどの方ですから、ぜひお近づきになりたくて」

「浦和様、どうか私達の分派に……」

 

 ────私は、そんな大層な人ではないのに。私は、普通になりたいのに。普通に高校生活を楽しみたいのに。

 

「浦和さん」

「浦和様」

 

 ────いつしか、自分の名前も嫌いになりかけて。

 

「浦和さん」

「浦■様」

「■■■■」

 

 ────最後には聞くに堪えないノイズだけ。

 

 

 ▼

 

 

「すまない。君にそんな顔をさせたのは……私だ」

 

 ────私は、私は、私は。

 

 ────私は、一体何のために。

 

 

 ▼

 

 

「その人にとってトリニティ総合学園は、嘘と偽りで飾り立てられた欺瞞に満ちた鳥籠でした。誰にも本心を話す事ができず、誰にも本当の姿を見せる事ができないまま……ずっと息を止めて生きていました。ずっと目も耳も塞いでいました。その人にとって、全ての事が無意味でつまらなくて苦しくて……学校を辞めようとしていたんです。何せ、そのままの生活を続ける事は監獄に居るのと同じで……大切な何かを差し出し続けなければいけなかったですから」

 

 いつしかハナコが先生に語った後悔。此処に居なければ良かった。此処に居たくない。そればかりが頭を埋め尽くした学生生活。息を止めて、大切なものを失くさないようにした今よりも少し幼い自分自身の話。

 

「ですが、その人とアズサちゃんは違いました。その人は試験を態と台無しにして学園から逃げようとしていたのに、アズサちゃんは終わりのある日々だと知りながら、全力で頑張っていたんです。決して悲観的にならず、前を向いて、ひたむきに。いつか帰る場所も失くしてしまうとしても」

 

 どれだけ絶望的でもアズサは進み続けた。足を止めず、一歩を踏みしめながら明日に進んでいた。その先に幸福があるなんて分からない、寧ろ不幸になる可能性が高いと謂うのに。それでもアズサは立ち止まらずに進み続けた。その理由が、その人(過去のハナコ)には分からなかった。

 

「どうしてそこまでするのでしょう。そこに何の意味があるのでしょう。アズサちゃんが何時も口癖で言っている通り、『vanitas vanitatum(全ては虚しい)et omnia vanitas(どこまでいこうと、全てはただ虚しいものだ)』……その筈なのに。ですが、アズサちゃんはその後ろに、いつも言葉を付け加えていました」

 

 

 ────例え全てが虚しいとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。

 

 ────それが例え虚しい事であっても、抵抗し続ける事を止めるべきじゃない。

 

「アズサちゃんのそんな姿を見て、言葉を聞いて。その人も、漸く気付いたんです。学園生活の楽しさに。この日々の美しさに」

 

 きっと何年経っても、何十年経っても忘れないと断言できる日々。あり触れていて、本当なら何処にでもある筈の、ハナコが見つけられなかった小さな幸せ。それを補習授業部のお陰でハナコは漸く見つける事ができた。

 

「下着姿でプールを掃除したり、みんな水着で夜の散歩をしたり、裸で色々な事を打ち解け合ったり、先生の部屋に皆で侵入したり……自分を曝け出せる人達と、そういったよくある事を全力でするということが、こんなにも楽しかったんだと」

「う、うん……? いや、裸じゃなかったし、先生の部屋に侵入してないけど……」

「さ、散歩も水着ではありませんでしたよ……!?」

「え、やっぱりあれ下着だったの!? なら死刑よ!」

「ふふっ♡」

 

 そう言って小さく笑うハナコに影はない。今この瞬間、ハナコは過去の自分を受け入れて許す事ができた。貴方が探していた幸福は、此処にありましたよ────舞い込んだ花びらを一つ、祈りにも似た決別と共に届かぬ過去に送る。

 

「……アズサちゃんの言っていた通りです。虚しい事だとしても、最後まで抵抗をやめてはいけませんね」

「……うん。命ある限り、この世界に存在し続ける。現実に抗い続ける。それが、私達のできる存在証明だから」

「アズサちゃんはもっと学びたいんでしょう? もっと知りたいんでしょう? もっと経験したいんでしょう? 皆で色々な事をやってみたいって、あの時話したじゃないですか。海に遊びに行くとか、手持ち花火をやってみたりとか、レストランのドリンクバーで粘るとか、カラオケで夜更かしとか……そんな些細な幸せを諦めてしまうのですか?」

 

 その問いに対する答えなんて、原初から決まっている。

 

「────いいや。私は何も……何一つ、諦めたくない」

 

 目指すのは唯一つ、全てを乗り越えた先に在るハッピーエンド。何一つだって諦めたりはしない。

 

「うん、とてもアズサらしい答えだね」

 

 その真っ直ぐな在り方に先生は酷く眩しそうに目を細めて、ぱんと一つ手を叩く。今の少女達が向いている方向は同じ、故に後は────全ての責任を負う先生が皆にお願いをするだけだ。

 

「皆、どうか力を貸してほしい。誰かの歩みを、未来を、幸福を、ここで止めたくはない。皆が何の憂いも無く『また明日』と言い合えるように……皆の世界を守りたい」

「わ、私はよく分かんないけどッ! それでも、アズサが居なくなってバラバラになっちゃうのは嫌だから! それをどうにかできるなら、私だって頑張るから!」

「……私に出来る事はきっと多くないでしょうけど……それでも、此処に居る以上はきっと何かが出来るって信じています。それに、皆と力を合わせれば……どんな無理難題でも乗り越えられるはずです! アズサちゃんを一人ぼっちになんてさせませんッ!」

「えぇ、私も全く同じ意見です。やる事は1つ、桐藤ナギサさんをアリウスの襲撃から守りましょう。そして、私達は私達で無事に試験を受け、合格するのです。後からどんな文句も言えないように、かけておいた罠はそのままにして。それでも試験退場に辿り着き、どんな後出しじゃんけんをされても大丈夫な成績を取って、堂々と合格するんです。それが今の私達にとって救いとなる、唯一の答えではありませんか?」

 

 皆は強く頷く。やる事はシンプルだ。ナギサを守り抜き、試験に合格するだけ。しかし、それが極めて難しい事に変わりない。

 

「だが、難易度が高いミッションになる。ナギサを守り、アリウスの襲撃を潜り抜け、9時までに立ち入り禁止の試験会場辿り着く……」

「ほ、他の方達に助けを求めるとか……?」

「それもそうですが、私達がしっかりと合格するためにはそれだけでは足りません。今までは後手に回っていましたが、今度は私達から仕掛けるんです。何せここには正義実現委員会の期待の星、ゲリラ戦の達人、ティーパーティーの偏愛を受ける自称平凡な人、トリニティのほぼ全てに精通した人……それに加えて、あのシャーレの先生までいるんですよ?」

「き、期待の星って……」

「……?」

「へ、偏愛……?」

「何が『あの』なのかは聞かないでおくよ」

 

 此処に居るのはトリニティでも屈指のイレギュラー達と、キヴォトスのグラウンド・ゼロ。その力を合わせれば────ハナコが言う絵空事すら実現可能と断言できるものだった。

 

「ふふっ、この組み合わせであればきっと……トリニティくらい、半日もかからず転覆させられますよ♡」

「はいッ!?」

「えっ、どういう事!? 何する気なのよ!?」

「転覆、か……」

「何をするも何も、試験を受けて合格するだけです。ただ、立ち塞がる障害を全て薙ぎ倒す、というだけで。作戦内容は一旦、私にお任せください」

「私も一緒に考えようか?」

「いえ、対トリニティは私一人で問題ありません。これでも内部は熟知しているので。ですので先生は……」

「あぁ、分かったよ。そういう分担にしようか」

 

 ハナコが何を言いたいのか察した先生は頷き、戦闘用の思考回路に切り替える。トリニティはハナコに任せて大丈夫、己が対峙するのは────アリウスと、その背後にいる黒幕だ。

 

「では皆さん、各自準備を済ませて20分後にロビーへ集まりましょう!」

 

 

 ▼

 

 

 皆が準備をしに部屋に戻った中、既に戦闘態勢を整えていたアズサは先生の部屋に残っていた。どこか落ち着かない様子のアズサは数回目の逡巡を経て、意を決して口を開いた。

 

「先生、私は……どうすれば良いと思う?」

「私はアズサやアリウスの事情を詳しく知らないから何とも言えないけど、さ。まだ言いたい事があるなら言っておいたらどうかな? 話したい事、話していない事、あるでしょ? 急かすつもりはないけど、言える時に言った方が……私は良いと思うな。それが大切な事なら猶更ね」

 

 

 言えなかった後悔は何よりも重いから────彼の言葉の意味を、アズサは痛いほど知っていた。

 

 

 ▼

 

 

「皆、ちょっとだけいい? アリウスと……私自身について話したいんだ」

 

 いよいよ準備も整い、あとは号令を待つだけ。共に過ごした合宿施設のロビーに立つ皆にアズサは声を掛けた。もっと話したい事がある。聞いてほしい事がある。アズサと、アズサが生まれ育った場所について。

 その意志に、自分(アズサ)の事を知ってほしいという願いに少女達は一様に「勿論」と返した。するとアズサはまるで救われた様な表情を浮べて、先ほどは言えなかった真実を言葉として紡いでいく。

 

「さっきハナコが私を二重スパイって言ったし、それは正解。だけど、私は一人でアリウスを裏切った訳じゃない。極少数だけどアリウスにはトリニティとの融和とアリウスの解放を望む生徒がいて、その部隊から私は来ている。実はミカも私が二重スパイって事は知ってるんだ」

 

 政治には向いていないミカがそこまで深くかかわっているとは思ってもいなかったのだろう。ハナコは明確に驚きを浮べて、ミカに対する印象を少し改めた。ナギサやセイアに隠れているが、彼女も盤上での頭脳線や駆け引きが出来るようだ。

 

「だけど私達はアリウスの中で圧倒的に少数派。アリウスの多くは自らを光無き世界へと押し込めたトリニティを心の底から恨み、憎悪している」

 

 アズサは「だから」と呟き、前を見る。

 

「私は示さないといけない。世界はこんなにも────暖かいという事を」

 

 これこそがアズサの戦う理由。この世界が暖かい事を沢山の人に教えられた。沢山の人に助けられた。だから今度は自分が教えて、助ける番。あの閉ざされた世界を開こう。アリウスの生徒として、トリニティの生徒として。

 

「……えぇ、そうですね」

「よ、よく分からないけど、とにかくやるのよね!?」

「は、はいッ! 作戦はよく知りませんが、私達ならきっと上手く行くはずです!」

「うん、その意気だよ────さあ、行こうか」

 

 そう言い、先生は各種システムを励起させる。出し惜しみはしない、フルスロットルだ。先生の瞳に蒼が灯ると共に、少女達にも世界を見通す視界が渡される。

 

「補習授業部、出撃ですッ!」

「おーッ!」

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