シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
「チームⅣ、ポイント更新完了」
黄泉から吹き込む亡霊の声の様な木枯らしが昏い闇夜に溶けて消えた。アリウスの生徒は必要最小限の音量でインカムに声を吹き込み、無線越しに本部へと連絡する。
丑三つ時……死者との距離が最も近くなる時間帯が近い。レインコートにも似た白い外套とガスマスク、急所を覆う防弾プロテクター。髑髏と薔薇の校章は夜に靡いてトリニティにその存在を突きつける。宛ら、亡霊のように。
────そう、正しく亡霊だ。此処に居る少女達は過去の憎しみと流血を骨肉に流し込まれ、悪意によって育まれた……過去を動力に動かされている亡霊。それしか与えられなかった子ども。彼女達は本作戦の要員として駆り出され、因縁浅からぬトリニティの自治区に足を踏み入れ……今はティーパーティーのホスト代行が利用しているセーフハウスの外壁に張り付いて作戦実行の時を待っている。
「周辺状況に変化なし、警戒レベルは
『HQより了解。チームⅣ、Ⅴ、Ⅵ、Ⅷ、全て準備完了。チームⅦ、応答せよ』
『チームⅦより応答、機材設置が完了した。何時でも作戦開始可能だ』
今回動かされたチームは計5つ。Ⅳ、Ⅴ、Ⅵの3つが
『HQより了解。チームⅦは定刻にシステムを起動し、ポイントをα7に更新。起動に合わせてチームⅣ、Ⅴ、Ⅵはセーフハウスに侵入し、桐藤ナギサを処理。チームⅧは裏口で待機し、桐藤ナギサの死体を回収しろ』
「了解」
『
告げ、チームのメンバーは2人組となりお互いの装備を確認する。メインウェポン、サブアーム、近接装備、プロテクター、各種予備弾薬、カラビナに吊るされた手榴弾と閃光弾。それぞれ確認し終えた後、少女達は各チームのリーダーに合図を送り、それを全員分受け取ったリーダーは更にHQに連絡し……全チームの確認が完了した。
『現時刻を以てチームⅤ、Ⅵ、Ⅷの指揮権をチームⅣの
その言葉を最後にHQとの通信が切れる。ボロボロの腕時計を見ると、時刻は作戦開始の60秒前。
「チームⅣハウンド1より了解。各員、己の役割を果たせ。我々の任務は桐藤ナギサの殺害だ」
受けた任務は唯一つ、桐藤ナギサを殺す事。殺害手段は問わない。ただ、確実に息の根を止める。万一にも生存の可能性を残さない。その為に此処に来た。その為に今、自分達は此処に居る。殺した先は知らない。興味もない。そんな疑問を持つ事すら許されなかったから。
そして────60秒が経過し、時計の長針が12を指した。即ち、死者が動く時間……作戦開始時刻となる。
「チームⅣハウンド1より通達。突入開始。作戦開始だ────桐藤ナギサを始末するぞ」
少女達は音もなく行動を開始した。
▼
────トリニティ総合学園本校舎の近隣、フィリウス分派所有の特別棟。地図にも載っておらず、ティーパーティーの中でもごく限られた者しか知らないこの場所は緊急時に於けるセーフハウスとなっていた。外壁は戦車砲の砲撃をダース単位で撃ち込まなければ破壊できない特殊素材、内壁も個人が携行できる火器ではどうやっても破壊できない高い強度を持っている。それ以外にも何重にも張り巡らされた防衛機構が至る所に設置されており、こと防衛に関しては此処よりも優れている場所など殆ど無いと言っても過言ではない。
特に屋根裏部屋は凄まじく、電波暗室やら緊急時のシェルターも完備しており、侵入された場合の逃げ場が無いという弱点を抱えているものの、その弱点を打ち消して余りある程の安全性を持っていた。それこそ、今建物外で護衛を行っている正義実現委員会が裏切ったり、或いはセーフハウスの防御性能を真正面から捩じ伏せるほどの能力を持った何かが現れない限りは……心配すら無用だろう。
そんな安全が保障された場所でナギサは神妙な表情を浮べてティーカップを傾けていた。トリニティらしくない簡素で無彩色の内装、ガス対策のため窓一つない部屋の唯一の光源は天井のシーリングライト。ナギサが座る椅子とティーポッドが鎮座する机も普段使いしているものよりも幾段かグレードが落ちる。セーフハウスに快適さを求めるつもりはないが、何時もと違うものを使うとどこか心が浮ついてしまっていた。
「……ふぅ」
ナギサは1つ息を吐く。何度吐いたか分からない溜息。普段から心労が多い立場であるが、最近……補習授業部の運用が決まってからは特に酷い。碌に眠れない日が続いていて、眼の下には隈ができていた。コンシーラーで隠した苦労、同じ分派のメンバーから心配の声を掛けられることが多くなっている。それを捩じ伏せて、ナギサは今此処に居た。
「……えぇ、私はこのような人間です。私は大義の為なら誰であろうと例外なく切り捨てられる、冷血な女なのです」
その言葉はまるで自分に言い聞かせるような色を持っていた。自分はこういう人間であると、自分はこのような事が平然とできるのだと、自分自身に納得させるように。
大義がある。何としてでも果たさなければならない悲願がある。その為に捨てるのだ。例外なく、誰であれ。幼い頃からの幼馴染も、権力とは全く関係ない場所で作れた大切な友人も、ずっと気に掛けてくれた大人も。果てには自分自身でさえ。
あぁ、そうだ。捨てよう、犠牲にしよう。自分自身よりも大事だと言い切れるものでさえ。全てはこの先の平穏の為。このトリニティで咲く無辜の生徒の為。これ以上の無用な流血と憎しみを生まない為。この先の、愛と平和の為に。
「先生も、ヒフミさんも……ミカさんでさえ、私は捨てられます。捨てなければならないのです。私の両肩にはそれだけの人の安全があります」
────今宵、審判が下される。全ての運命が決定される。
明日の試験で補習授業部の4名は退学になる。何の罪もない生徒と共にトリニティの裏切り者は追放される。その後はトリニティ内部に潜むシンパ捜索に全力を注ぎ、何としてでも逮捕する。そうすればトリニティは再び安全な箱庭になる。エデン条約を結ぶのに充分な場が整う。
エデン条約さえ結んでしまえば後はどうとでもなる。万が一ナギサに何かがあったとしてもセイアかミカにホストの座が渡され、トリニティは恙なく運用されるだろう。だからナギサの仕事は、ナギサにしかできない仕事はエデン条約を結ぶまでだ。それさえ終わってしまえばナギサの安全は最重要事項ではなくなる。
────本当に、これで良かったのでしょうか。
無音の部屋にいると声なき声に糾弾されているような気がしてならなかった。その声はある時はヒフミに、ある時は先生に、ある時はミカに変わり、絶え間なくナギサの決断を責め続ける。後ろを振り向けば黒い手に絡め取られてしまいそうで、手にはずっと罪悪がこびり付いて離れない。
ふとした時、脳裏にフラッシュバックするヒフミの顔。あの顔を、天使の羽が落ちたように笑う彼女の顔を穢してしまった。彼女にらしくない事を押し付けてしまった。大切な友人である彼女を……信じ切れなかった。
それこそ今更だ、とナギサは自身の浅ましさを鼻で笑う。形のない信用よりも万一の可能性を取ったのは他でもないナギサ自身だ。そんな自分が、選ばなかった『もしも』に縋るなんて噴飯物の質の悪いジョークだろう。穏便な手段、傷つけない手段、失わないでいた手段。確かにそれらはあったのかもしれないが、そんなものは夢想の絵画に過ぎない。後からであれば誰でも、幾らでも言えるのだ。故にナギサができる事は────この選択を結果として残すために足掻き続ける事だけ。この選択で一人でも多くの笑顔を守れるよう愚かさと共に進み続けるだけだ。
「私は、
全てはその為に。その為に沢山傷つけてきた。その為に沢山奪ってきた。だから、途中で投げ出す事は許されない。この現実を前に心を折る事は許されない。進まないと、歩かないと、掴まないと。この犠牲に、少しでも報いるために。
「あら、自己暗示ですか? てっきりその領域を通り過ぎていたと思っていましたが……私が思うより繊細な方だったんですね、ナギサさんは」
「ッ!?」
そんなナギサの悲壮な決意を道端に落ちる小石を蹴るような軽さで蹴飛ばしたのは、聞こえるはずのない声だった。幻聴ではない、幻想ではない。これは現実。だからこそ、何よりも信じがたい。だって、この声は。この声の持ち主は補習授業部の────。
「ふふっ、こんばんわ。ナギサさん? もしかして眠れませんでしたか?」
「なッ……!」
カツカツとローファーが床を叩く音と共に暗闇から姿を現したのは薄ら寒い余裕綽々な笑みを浮べたハナコ。彼女は悪意や敵意を全く隠そうともせず、だがまるで気の知れた友人に声を掛けるようなフランクさで以て椅子に座るナギサを見下ろした。
対するナギサは驚愕を浮べたまま硬直する。この場に誰かが、ましてや補習授業部として自由を奪われているハナコが姿を現すなんて思ってもいなかったのだ。
「それもそうですよね、正義実現委員会が殆ど傍におらず、ミカさんまでも離したのですから……えぇ、不安にもなりますよね。それに、ここは防音性も良いですから少し
ナギサの思考を先読みするようにハナコは言葉を重ねる。この場に大した戦力がいない事、ここで何かがあっても外には漏れないと謂う事。全て把握されている。拙い、と思ってもナギサにできる事は多くない。精々、精神的な優位を相手に明け渡さない事だけだ。
「浦和、ハナコさん……!? あなたがどうして此処に……!?」
「それはこのセーフハウスをどうやって知ったのか、と謂う意味ですか? それは勿論、全て把握しているからですよ。合計87個のセーフハウス、そしてそのローテーションも。今回の様なイレギュラーが起きた際の変則的なパターンまで……えぇ、ばっちり把握済です♡」
「……!?」
「護衛の数が少なく、頼れる方が近くにいない場合……或いは、今のように心から不安な時は、この秘密の屋根裏部屋に隠れる事も勿論知っています。殻に籠って閉じ籠るなんて、まるでカタツムリですね♡」
「……ッ!」
ナギサは椅子を蹴飛ばすように立ち上がりハナコと距離を離す。普段はデスクワークが多く荒事なんて滅多にしないナギサではあるが、そこは列記としたヘイローを持つ者。身体能力は非常に高い。
そして、眼の前に居るのはハナコ一人。もし複数人であれば、或いは立ち塞がる者が荒事に秀でた者であれば話は別だったが……ハナコであれば何とかなる範疇にある。ハナコとナギサの戦闘能力に大差はない。勝負にはなるだろうし、負けるとしても時間稼ぎはできる。その間にミカかツルギにコンタクトを取れれば巻き返しは可能だ。
そう思い、ナギサは腰のホルスターから愛銃を引き抜く。
ハナコの影に隠れるように潜んでいた何かが猛スピードで飛び出し、ナギサの行動を先んじて潰す。照準を定めた腕は跳ね除けられ、続く2撃目でナギサの手から銃が弾かれる。それに驚愕を覚える暇もなく影はそのままナギサの背後に回り、勢い良く地面に身体を叩きつけた。
ドン、と体に鈍い衝撃が駆け巡る。右手と左手は背に回されて固定されて、背中は踏み付けられて体を起こす事すら叶わない。蟀谷の部分にひんやりとする鉄の塊が付きつけられ、ナギサは詰みに陥った。
「────動くな」
「白洲アズサさんまで……!」
「動くな。従わない場合は右腕を破壊する」
自由に動く足を動かし脱出を試みるが、一際強く蟀谷に銃口を押し付けられて黙殺される。ハナコだけなら手に負える範疇だったが、アズサが居るなら不可能だ。彼女はゲリラ戦のエキスパート、ナギサが戦って勝てる相手ではない。奥歯が砕けんばかりにナギサは歯を食い縛り、しかし抵抗する意思を持ったまま気丈に顔を上げて睨み付ける。悠々と此方に向かって歩いてくるハナコを。彼女は地に伏せたナギサと目線を合わせるようにしゃがみ、まるで出来の悪い子どもに諭すような口調で話し始める。
「待てば外部で待機している正義実現委員会が助けに来てくれる、と思っていらっしゃるかもしれませんが……勿論、全て片付けさせていただきました。ですので、此処にはナギサさんと私達しかいませんよ」
「浦和ハナコさんに白洲アズサさん、それに加えて未だ見つけられていないシンパ……トリニティの裏切り者は3人だった、という訳ですか……ッ」
「ナギサさんの謂うシンパの事はよく分かりませんが……私もアズサちゃんも、単純な駒に過ぎませんよ? 指揮官は別にいます」
やはり裏切り者とシンパは別。その確証を得られたのは大きい収穫だったが、この2人が本命ではなく指揮官が居るのは初耳もいい所だ。
状況は絶望的。護衛の正義実現委員会は全員叩きのめされ、ナギサは抵抗を奪われている。仮に戦っても敗北は確実で、最早ナギサは鳥籠に入れられたも同然。だが、それでもまだできる事はある。何としてでも情報を集めて、ミカかセイアに託さなければ。
「それは、誰ですか……ッ!?」
「ふふっ……お答えしたいのは山々ですが、その前に幾つか質問させていただきますね」
そう言って、ハナコは今までの薄ら笑いを消し去る。後に残るのは『トリニティの才女』と呼ばれた知性、1年前に見た浦和ハナコそのものだった。
「お聞きしたいのは他ならぬ補習授業部のことです。トリニティの平穏がその背にあるナギサさんの心労は、よく分かります。ですが、こうして『シャーレ』まで動員して、何も此処までやる必要は無かったのではありませんか?」
「そ、れは……」
「私やアズサちゃんは仕方ありません。私達には怪しまれる理由がありましたから。ですが……ごく普通に学生生活を送っていたヒフミちゃんとコハルちゃんに対してはあんまりだと思いませんか? 特にヒフミちゃんは……ナギサさんと仲が良かったじゃないですか」
「……」
「それに、先生だって。先生は生徒の味方です。どんな時も生徒の味方で在ろうとして、ずっと誰かに寄り添おうとしていました。誰かを疑ったりすることが苦手で、荒事に向いていなくて、日常の象徴のような人で……それはナギサさんも分かっているはずです」
ヒフミ。阿慈谷ヒフミ。久方ぶりにできた友人。何の打算も無く、駆け引きも無く、肩書も無く、立場も無く、ただの『桐藤ナギサ』として接する事ができた……本当に大切な友人。彼女との時間がどれだけ楽しかったか、どれだけ心が温かくなったか、きっと誰にも分からないだろう。
先生。どんな時も味方だと言ってくれた人。彼の敵になる事を選んだのはナギサ自身だ。彼の知らない所で彼を利用した。彼を取引の材料にした。彼を傷つけた。だと謂うのに、彼は気に掛けてくれた。味方で在ろうとしてくれた。ナギサの先生で在ってくれた。
そんな人達を傷つけて、失う事に後悔していないかと言われれば────嘘になる。
「どうしてナギサさんはそんな人達まで巻き込んでしまったのですか? ヒフミちゃんやコハルちゃんがどれだけ傷ついたのか、先生がどれだけ苦心したのか、考えなかったのですか?」
「そう、ですね……ヒフミさんにも、コハルさんにも、先生にも……悪い事をしてしまいました。それに対しては弁明もしようがありません」
ナギサはその時初めて、ハナコから視線を逸らした。今漏れ出たものは紛れもないナギサの本音。誰かを傷つけて、誰かを失って、それを大義として正当化できないナギサの優しい本心の発露。彼等には悪い事をしたし、それに対しては弁明しようがない。恨まれて当然のことをした。罰も誹りも受け入れよう。それが当然の帰結だ。
だが、それでも。
「ですが、後悔はしていません。全ては大義の為。確かにヒフミさんや先生との間柄だけは守れれば、と思っていましたが……事此処に至っては、それは甘えです」
それを今更口にする事は許されない。それを捨てることを選んだのはナギサだ。切り捨てたものに縋る事は出来ない。自分の大切なものよりも、大多数の幸福を選んだ。ティーパーティーとして、その選択の責任を果たさなければ。だから声を上げろ。喉を振るわせろ。それがどれだけ罪深い事であっても……この選択に一握の後悔もないのだと。
その誓いだけを胸にナギサは顔を上げて、自身を磨り潰そうとする現実に抗った。
「私は、
「……そうですか」
悲鳴、誓い、祈り、鼓舞。それらが混じった悲痛な声を聞き届けたハナコは酷く淡泊な反応を返す。だって、それは結局────。
「切り捨てられた誰かの嘆きはお構いなし、と謂う事ですね♡」
耳障りの良い言葉を吐きながら、ヒフミ達に苦しみを押し付けただけだから。
「では、そんなナギサさん宛てに私達の指揮官からメッセージを一つ預かっています。今この場でお伝えしますね」
そう言って、ハナコは手元のスマホのボイスメモを再生した。スピーカーから聞こえたのは……聞き覚えのある、だが最も聞きたくなかった声だった。
『あはは……えっと、それなりに楽しかったですよ。ナギサ様とのお友達ごっこ』
万一がある────ナギサはそう思いながら意図的にその可能性を排除し続けた。そうでない可能性を探し続けた。疑い、切り捨て、それでも最後まで信じたかった人の声。それが裏切り者から聞こえた。その意味を分からないほどナギサは馬鹿じゃない。だが、それでも────酷薄な現実なんて、信じたくなかった。
「この声は、まさか……ッ!? いえ、そ、そんなッ、嘘ですッ! だって、ヒフミさんは────ッ!」
「さよならだ、桐藤ナギサ」
その心が絶望に埋め尽くされるより前に、アズサはナギサの意識を暗黒へと堕とした。
▼
「……目標を確保」
倒れ伏したナギサを見て、アズサはガスマスクを外して息を吐く。別にこの程度で肉体的な疲労を覚えたりしないが、慣れない演技をした所為で別の部分が疲労を訴えていた。
「至近距離で5.56mm弾を1マガジン分当てたから、1時間くらいはこのまま気を失ってるはず」
「ふふっ♡ ではアズサちゃん、ここからは敵の誘導をお願いできますか?」
「了解。これでアリウスには偽の情報が流れるはず。ハナコと先生の仮説通りなら恐らくアリウスは襲撃を急ぐが……
ナギサに情報を流して補習授業部を作らせ、ティーパーティーの命令を利用して先生に砲撃を仕掛け、今はナギサを始末しようとアリウスを動かしている……この騒動の全ての黒幕。その黒幕がどう動くか分からないが……今は気にしても仕方がない。
「……そちらは先生を信じましょう。私達は私達のやれる事をやるだけです」
「あぁ……ところで、さっきの最後のボイスレコーダー、必要だった? ヒフミもあんまり乗り気じゃなかったし……」
「あれはヒフミちゃんの頑張りの分と言いますか、仕返しと言いますか……あれだけの事をしておいて、ナギサさんだけが無傷だなんてちょっと虫が良すぎると思うので、ショックを受けていただこうかと。まぁ、全てが終わればすぐに誤解は解けるでしょう」
「……まあ、その……色々とすまない。後で謝らせてくれ」
どうやら補習授業部の件でハナコは相当頭に来ていたらしく、満面の笑みを浮べていた。アズサとしてはナギサに恨みはないし、寧ろ巻き込んでしまったため何方かと言うと負い目の方があるのだが……今は謝る余裕なんて無い。アズサとハナコは弾倉を入れ替えて、万全な状態に整えた。この先は……アリウス生徒との戦闘が待ち受けている。
「ところでアズサちゃん、アリウスの兵力はどれくらいか分かりますか? 正確に言うと、1人当たりどれくらい持つかを把握したいのですが」
「私が聞いた時点だと6個中隊と1個小隊。作戦が長引けばもっと増えると思う」
「それはまた、随分と大勢な……」
「だけど、備えは随分前からしてきた。どれほどの相手だったとしてもかなり時間は稼げるはず。この時の為に毎晩、学園の周辺にトラップや塹壕を作っておいたんだ。そこに誘導しつつ、ゲリラ戦で相手の頭数を減らしていく」
「分かりました。くれぐれも無理はしないでくださいね」
「あぁ、ハナコも。じゃあ、ナギサを────」
その続きの言葉は、セーフハウスの外壁が崩れる音によって掻き消された。