シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
「────以上が本件の報告となります」
「……分かりました、ありがとうございます」
ナギサはティーカップを置いて補佐官からバインダーを受け取り、ふわりと笑う。どこか疲れを滲ませた表情。よく見ると眼の下には薄らと隈が出来ていて、肌も僅かに荒れている。ナギサの背に在る重圧を知っていながらも、それを和らげる術を知らない補佐官は苦みを噛み締め、しかしそれを決して表に出さず、穏やかに一礼してテラスを去った。失礼します、と一言だけ残して。
それを見届けたナギサは本日何度目かも分からない溜息を吐いた。疲れは取れない。眠気はあるのに寝付けない。そんな日々が続いている。補習授業部の件が落ち着けば休めるかもしれないと思っていたが、蓋を開けてみれば全くそんな事はなく、寧ろ次々と明らかになるナギサの知らない真実に忙殺されるばかりだった。今ではすっかり山海経の薬師に処方してもらった頭痛薬と胃薬の隣人になりつつある。
独りぼっちのテラス。幼馴染、友人は居ない。近くに居る時は騒がしすぎると思っていたのに、いざ静寂が訪れれば寂しく思ってしまう。人間とは我儘な生き物だ。また騒がしい声を聞かせてほしいと思うのは傲慢なのだろうか……尤も、別に仲違いや決別をした訳ではないが。ただ彼女達が各自の事情で不在であるこの時に、ふと孤独を感じてしまっただけで。
ふわり、とナギサの頬を夏風が撫でる。風の吹いた方向を見つめると、そこはトリニティの中庭。あれほど美しかったはずの場所は、今や破壊痕に塗れブルーシートで覆われている。
それを痛ましそうに眺めたナギサはティーカップを摘まみ、一口含んで────少し前の事を思い返した。
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「……っ」
瞼が引かれ合って、弾かれる。動向に差し込む光は人口の明かりではなく太陽の明かり。ぼやけた視界が徐々に定まり、しっかりとした輪郭を浮かび上がらせた。知っている天井、救護騎士団の病室だ。という事はつまり、此処はトリニティの構内。何故、此処に居るのだろうか。確かセーフハウスに居たはずなのに……と、霞む記憶を手繰ろうとしたら、腹部に鈍い痛みが走った。
「ぐ、うぅ……ッ!」
「な、ナギサ様! 良かった、お気づきになられたんですね!」
ナギサのすぐ傍に居たのは専属の行政官の少女。彼女はナギサが眼を覚ますと大きな安堵の息を吐いて、上体を起こそうとするナギサの補助に入る。それにナギサは一言礼を言い、自分の体を見下ろした。見慣れたトリニティの制服。いつもと違う点があるとすれば、銃とホルスターが無い点か。何時もの自分より少しだけ身軽なはずなのに、身体は鉛のように重い。そして、思考も。
「何故、私は此処に……」
ナギサはそう呟き、脳の奥で霞む記憶を手繰り寄せる。自覚している空白の時間。此処で眼を覚ます前に何があったのか。そもそも何故救護騎士団の病室などに居るのか。確かセーフハウスの屋根裏部屋に居たはずなのに……と、そこまで思い出した所で、急速に記憶がフラッシュバックする。あぁ、全て思い出した。補習授業部を全員退学させるために強硬手段に出た事、正義実現委員会を動かした事。しかし、それが失敗に終わった事。ナギサが想定した最悪を上回る最悪のケースで以て、トリニティの裏切り者達はナギサの浅慮を嘲笑った。
────忘れるものか。ハナコに見下され、アズサに地面に伏せられ……ヒフミの声で嘲笑された、あの絶望を。
全てを思い出したナギサは顔をさっと青褪めさせるが、即座にその表情は焦りと怒りがごちゃ混ぜになった悲壮なものへと変わる。ナギサは両手で行政官の少女の肩を力任せに掴み、焦りのままに握り締めた。
「ッ! そうです、トリニティは!? 今、トリニティはどうなっているのですか!? 補習授業部は!? 正義実現委員会は!?」
「お、落ち着いてください、ナギサ様! 傷が癒えていないのに大きな声を出されては……!」
「落ち着いてなどいられません! 場合によっては今すぐ……!」
ぎり、と握りしめられている少女の肩が軋んだ。ナギサは膂力に秀でている訳ではなく、寧ろ平均よりも非力な方に入る。だが、少女も特別頑丈な訳ではないのだ。幾ら非力な方とはいえ、怒りで力のストッパーが外れている状態で握り締められては相応に痛い。軋む体に顔を歪める少女であるが、その痛みよりも少女の胸を打ったのは初めて見るナギサの表情だった。焦りがあり、怒りがあり、怯えがあり、絶望がある。だが、為政者としてそれに押し潰されないよう瀬戸際で持ちこたえ、やるべき事を探し続けていた。
だが、少女はもう全てが終わった事を知っていた。ナギサが眠っていた時間は8時間を上回る。アズサの想定した時間を大きく上回ったのは心身のショックの他にも蓄積していた疲労があったからだろう。残酷な言い方になるが、今ナギサが状況を聞いたところで何かができる訳ではない。発生したインシデントは全て終息しつつあり、現在は詳細な被害状況把握と現状の整理に移っている。文字通り、後の祭りだ。その上、起きた事の因果関係や前後関係を整理しないまま報告しても却って混乱を生むだけだろうと思った。
故にナギサのやるべき事は体を休める事だろうと判断し、少女は落ち着くよう宥めるが、それで止まるナギサではない。少女が口を開かないなら病室を飛び出してしまいそうなほど焦燥感に満ちていたナギサであったが……その焦りの火は病室の入り口近くから響いた冷たい声で弱まった。
「少し落ち着きたまえ、ナギサ。行政官も言っていただろう? 君の傷は癒えていないんだ。さほど重傷でないとはいえ、安静にしておくに越した事はない」
「セイアさん……」
病室のドアを開け、立っていたのはティーパーティーの一人であるセイア。彼女が此処に居るのは不思議ではない。彼女は体調が優れない事を理由にホストの座をナギサに渡していた。だから居るとすれば彼女の邸宅か、救護騎士団の病室の二択で、ミネが付いていることから後者と断定できる。そして、動いても問題ない状態というのも1週間ほど前の件で知っていた。だから同じ病棟に入院したナギサを心配し、お見舞いに来ることも不思議ではないのだが……タイミングが悪い。
友人達にはしたない……ティーパーティーらしくない姿を見せてしまったと内省し、内心で燃え盛る炎を落ち着かせた。
ふぅ、と深呼吸をしたナギサを見つめ、セイアは病室の中へと足を踏み込む。壁近くにあった来客用の椅子を一つ持ち寄り、ナギサの近くに腰掛けたセイアは行政官の少女に視線を送った。
「説明、代わってもいいだろうか?」
「は、はい、勿論です! セイア様でしたら私よりも詳しいでしょうから……!」
「いいや、持っている情報の総量は君と変わらないよ。ただ、状況を多面的に見る事が出来る術を知っているだけさ。何か齟齬や疑問があれば遠慮なく言ってほしい」
そう前置きしたセイアはタブレットを立ち上げ、ナギサに手渡す。電子化した資料。トップシークレットと記載された表紙を一枚捲ると、起きた事件などが時系列順に並べられていた。隅々まで読み込みたいが、恐らくこの資料に記載された内容が全てという訳ではないだろう。あくまで現状把握の一環として作ったもので、作った当時の最新というだけ。本当の最新はセイアや行政官の少女達……関係者の頭の中にある。
「ナギサ、現在のトリニティは厳戒態勢を取っている。トリニティ構内は特定の団体に所属していない限り全面的に立ち入り禁止だ。この厳戒態勢はエデン条約締結まで維持する予定となっている」
「そうですか……」
「トリニティを襲撃したのはアリウス分校だが、此方の被害は軽微だ。そこまで暴れず撤退したからね。問題はその後に起きた
「なッ……!」
ナギサは驚愕に顔を歪めた。アリウス分校の事は知識として知っている。だが、此処でその名を聞くとは思わなかったし、それが襲撃を仕掛けてきたなど悪い夢でしかない。だが、セイアがそう言い、行政官が口を挟まない事を鑑みるに、それはもう確定事項なのだ。この時点で聞きたい事が山ほどあるが、セイアがさらりと流したのだ。今は重要でない事なのか、それとも後で説明するから省いたのか。それは分からないが、ナギサもアリウスが襲撃を仕掛けた事だけを頭に入れておいた。だから、重要なのはその次。
「……アリウス分校がそう仕向けた、と考える事はできますか?」
「皆、口には出さないがそう考えているよ。だが、明確な因果関係は不明だ。アリウスの指導者とはいえ、機神体を自由に動かすことは難しいはずだからね。幸い、ログは残っている。詳細な調査はミレニアムに依頼してある。数日後に調査結果の報告と……あとは謝罪があるはずだ。だから今は『
「そうですか……以前から疑問でしたが、何故ミレニアムが出てくるのですか?」
「あぁ、そう言えば話していなかったね。今回トリニティで暴れた
初耳の事項にナギサは眉を顰める。何故乗っ取られたのか、乗っ取る前は何の用途で使おうとしていたのか。その辺りの疑問がふつふつと湧いてくるが、気にしても仕方がない事だと割り切る。ミレニアムの発明品は正直言ってよく分からないものばかりだ。合体させる必要のない機能を合体させたり、一般的な用途で使うには出力が高すぎたり、何故か自爆機能があったり。そのようなものを作った天才達が関与したものを理解しようとしても疑問を増やすだけだろう。
詳しく追及するのは調査報告のタイミング、それまではセイアの言う通り、『そのような事象があった』とだけ覚えておけばいい。
「では、トリニティの指揮はセイアさんが?」
「あぁ、私が主に行い、ミネとサクラコに補助に入ってもらっている。フィリウス分派も今は私が預かっているが、ナギサが目覚めたのなら指揮権を返そう」
これも予想通り。セイアが指揮を執っていたのであれば何の文句も無い。元より、彼女が本来のホストなのだ。それがあるべき姿に戻っただけ。フィリウス分派の指揮権に関しても感謝こそすれど不満はない。
サクラコ……シスターフッドが動いたのは気になるが、先の件で既に表舞台に立っていた。今回もその延長線と考えていいだろう。ミネは有事の際は積極的に動く人柄だ。今回も『動くべき』と判断し、動いたのだろう。
であれば、自身が不在の間でもトリニティの運営は問題なかったとナギサは思い────そこでふと、一人の名前が挙がっていない事に気付く。
「み、ミカさんは……?」
ナギサの幼馴染。大切な友人。どろどろとした政治工作など全く似合わない、純真な
「ミカは現在、自身の邸宅に居る。念のため言っておくが、何かがあった訳ではないよ。ただ。そうした方が良いという判断の結果だ。『隠し事をしていた自分がナギサ不在の間にトリニティを動かしたら不要な誤解を生む』と言っていたよ」
ちくり、と胸が痛む。ミカが隠していた事、ミカの隠し事。ナギサとてそれに全く気付かなかった訳ではない。ミカが何かを秘めている事など、ずっと前から分かっていた。小さい頃からずっと一緒にいたのだ。その程度の事は容易く分かる。だが、それでも……実際にそれが真であると言われると痛むものがある。
「ミカを信じたい心が意図的にナギサの眼を曇らせていた。ミカを信じたいあまり、ナギサはミカの不自然さから眼を逸らしていたのだよ。友情が盲目を生むとはそういう事さ」
信じたいから、壊したくないから、意図的にその要因になり得るものから眼を逸らしていた。眼を曇らせ、心を曇らせ、奥にある真実に目を向けないようにし続けた。それは────悪なのか? たとえそれが偽りであっても、大切な人と友達であり続けたいと思うのは駄目な事なのだろうか。分からない。何も、分からない。もし、ミカと顔を合わせたとして。
「この後、ミカから話がある。ミカはトリニティを裏切っていなかったが、君を騙し続けていた。そして私も、その嘘に加担した。無論、理由はある。だが、理由があっても許されないことはあるだろう。私もミカも、この行為が私達の関係性に亀裂を生むと分かっていた。全てを明かした暁には断罪を君の手に委ねる、とも。私達は君に許してほしいと思っていないよ。それだけの事を君にしたのだから」
隠し事、嘘。それはきっと善くない事だ。だが、隠し事や嘘を一つも許容しないと謂うのも間違っているはずだ。全てを相手に明かさなければ友人足りえない、とは思わない。それらを含めて、認めて、手を取り合える関係性こそ友人だろう。あの人もそう言っていた。相互理解し合えなくてもいい、と。だからナギサは許したいと思っていた。隠し事をしていた大切な友人達の事を。それがどんな罪であっても。
「それでは本題に移ろうか。補習授業部と先生についてだ」
その言葉にナギサの背筋が伸びる。補習授業部と先生について。今までの件はナギサが被害者、或いは部外者の事だった。だが、此処から先は違う。補習授業部と先生に関しては────明確にナギサが加害者だ。少なくともナギサ自身はそう思っている。
「まず、結論から話そう。ナギサが見つけようとしたトリニティの裏切り者に該当する存在は補習授業部に存在しなかった。そして、シンパも居ない。全てがトリニティ外部からの攻撃だった」
「……そう、ですか。では、補習授業部が私のいるセーフハウスに来たのは……」
「先んじてナギサの安全を確保しようとした結果、と言っていたよ。説明していては『本当の襲撃者』に間に合わなかった。実際、正しい判断だったさ」
あの時、一番危なかったのはナギサだった。アリウスの後手に回った時点で敗北が確定する。加えて、ナギサをセーフハウスから連れ出せたとして、次の逃避場所を知られても危険だった。アリウスの兵力で人海戦術をされれば生半可な場所だと陥落しかねない。求められたのはアリウスに知られずにナギサをセーフハウスから逃がす事であり……これを実現するには速攻しかなかった。ハナコもアズサも余裕ぶっていたが、実際の所かなりギリギリであったのだ。
「……では、ハナコさんのアレは全て芝居と?」
「あぁ。ハナコなりの仕返しさ。時間に追われている中でやる必要があったのか疑問だがね。その合理性を捨ててまで友人の為に怒りへ殉じたのは成長なのかもしれないが……あぁ、ヒフミは謝りたがっていたよ。今度、顔を合わせてあげると良い。ハナコは『お互い、これで謝罪は不要でしょう』との事だ。あの芝居でスッキリしたのだろうね」
「そうですか……」
補習授業部の生徒達。ナギサが傷つけてしまった生徒達。彼女達には謝罪しなければならない。沢山迷惑を掛けて、疑って、その上で退学させようと仕向けた。だから、きちんと謝らないと……ハナコは例外だが。不要だと言ったのは彼女であるし、正直に言えば彼女と仲良くなれる気がしなかった。主に同族嫌悪的な意味で。恐らくハナコからも同じように思われているだろう。
ナギサはその思考を頭の片隅に蹴飛ばし、本題の方へとまた戻る。
「本当の襲撃者というのは、やはり……」
「アリウス分校。補習授業部、先生の目的はアリウス分校よりも先にナギサの身柄を確保する事。その作戦は成功したが……一つイレギュラーが発生した。ミカもナギサの安全を確保するべく動いていた」
「ミカさんが……」
「だが、双方の目的は同じだ。争う事なく協力に合意し、補習授業部からナギサの身柄を受け取ったミカはトリニティに戻り、
良かった、とナギサは心の底から安堵した。補習授業部に裏切り者がいないと分かった時点で試験の合否に関わらず全員復学させるつもりであったが……やはり合格してくれた方が心の底から喜べるというもの。あとはナギサが諸々の手続きを済ませれば彼女達は何の憂いもなく元の所属に戻れるはずだ。
ミカにも感謝しなければならないだろう。彼女にどんな意図や隠し事があったとしても、ナギサを心配し駆け付けてくれたのだ。
補習授業、ミカの事は分かった。だからあと一人────気になるのは彼の事。
「……先生は」
補習授業部の事を心から案じ、ナギサの事を案じ、皆が笑えるような結末のために奔走した彼はどうなっているのか。それを知りたくてセイアを見ると、彼女は少しだけ悲しそうに、痛ましそうに顔を歪めた。
「先生はどうなっているのですか……?」
「……正直、先生の動きは謎が多い。今回の件の不明点も、その多くが彼に関わる部分だ。私の予知でも彼は現実に空いた虚無の孔のように見える」
何度か聞いた彼に対する評価、或いは表現。初めは理解できなかったが、今では多少なりとも理解できる。彼には『そこに実在している』感覚が無いのだ。異物ゆえに世界と馴染めていない、世界が弾き出そうとしているから彼は『何もない』ように感じてしまう。現実に空いた虚無の孔、正にその通りだ。彼にとっての現実はこのキヴォトスではない、彼の記憶に焼き付いた色褪せない地獄に彼だけの現実がある。
それはとても……悲しい事だ。キヴォトスが彼に『この世界にお前の居場所はない』と言っていて、彼もそれを受け入れているから。何故、何故、彼はこれほどまでに悲劇に魅入られているのか。分からないことだらけだ。
「とは言え、今回は彼の傍に補習授業部が居た。彼女達から聞けばある程度分かったよ。彼はアリウス分校を支配するゲマトリア……トリニティで生まれた全ての不和を操っていた黒幕を排除しようとした」
「全て、とは……何処から何処までの……?」
「文字通り『全て』だよ。フィリウスの情報網に不審な動きを掴ませナギサに補習授業部を作らせるように仕向けた。ナギサにマインドハックを仕掛けて疑心暗鬼を増幅した。ナギサの命令を改竄し第二次特別学力試験の会場にサーモバリック弾を発射した。アリウス分校の部隊を使ってナギサを排除しようとした。先生を殺害しようとした。全てがその黒幕の手によるものだ」
全て、全て。始まりから終わりまで、ナギサは黒幕の掌の上だった。黒幕にとってナギサはさぞよく踊ってくれる駒だっただろう。何せ、少し思考に介入するだけで勝手に自滅しようとしたのだから。裏切り者が内側にあると思い込み、その疑念を日々増幅させ、罪のない生徒達と先生を排除しようとした。だが、最後でつまらなくなったのか、ナギサごと全部を処理しようとして……ナギサは自身で作り上げた『裏切者を閉じ込めた箱庭』に助けられた。これを滑稽と言わず何と言おうか。
────痛い、痛い。撃たれた場所よりも心が痛い。沢山の人に迷惑を掛けてしまった。沢山の人を傷つけてしまった。大切な友人も、手を差し伸べてくれた人も、全部振り払って奈落へ足を進ませてしまった。視界がぼやける。喉の奥が痞えたように痛む。だが、それを零す事は許されない。
セイアは健気な友人の姿を何も言わずに見つめている。泣きたいなら泣けばいいだろうに、とは思う。だがこれは彼女のポリシーだ。それを否定するつもりはない。故にセイアはナギサが落ち着くまで口を閉ざし────それから、もう一度開いた。この先の事を話したらナギサは先よりも強いショックを受けるだろうが……彼女は知るべきだから。
「では、続けよう。その黒幕は先生を確実に排除するために合宿施設へ訪れた。だが、彼はそれも予測済だったのだろうね。彼は黒幕と心中しようとした。特権を使い、彼自身の体を貪らせ、殺戮の道具を握り、たった一つの殺意を手に握り締めてね。それほどまでに許せなかったのだろう……あの時の彼は何よりも凄絶だったと白洲アズサは言っていたよ」
「し、心中……!? まさか、そんな、先生は……ッ!」
「いいや、先生は生きているとも。アズサが心中を阻止したからね。だが、大丈夫と言い難い状態だ。彼はアリウスを退け、第三次特別学力試験の監督をやり遂げたのち、昏睡状態に陥った。今も目を覚ましていない。砲撃で受けた傷も癒えていなかったんだ。無理もないだろう」
今も目を覚ましていない────それを聞いてナギサは1つの決意を固める。
「先生のお部屋はどちらですか?」
「い、いけません、ナギサ様! お気持ちは分かりますが、ナギサ様も怪我をされているのです! ここは充分に傷が癒えてから……!」
「たかが1マガジン撃ち込まれただけです。傷にも含まれません。大丈夫です、痛みも引いています。この程度、先生が受けた傷に比べれば温すぎます」
「……いいとも、案内しよう」
有無を言わせないナギサの強い言葉に説得しても無駄だと思ったセイアは立ち上がり、先頭を歩く。ナギサは最初こそ痛みに顔を顰めていたが、痛みのピークは既に過ぎているため、確りとセイアの後ろを歩いていた。ナギサの行政官も心配そうにしつつも最後尾に立ち、リノリウムの廊下をそぞろ歩く。
そうして着いたのはナースステーションに近い一つの病室。空のネームプレートのドアをノックするが返事は返ってこない。眠る人以外誰も居ない病室を開け放ち、ナギサにその光景を見せた。
「……あぁっ」
ナギサの口から漏れ出たのは悲鳴とも取れるか細い声。ナギサの行った事がどのような結末を招いたのか、それを最も端的に、悪辣に突き付けた。
ふらり、ふらり、と彼の元へと歩く。ベッドのすぐ傍で座り込んだナギサは彼の掌を握り────大きすぎる後悔を吐き出した。
「ごめんなさっ、ごめんなさい、先生ッ! 私がもっと皆さんを信じていればッ! 私は、私はなんて、なんて事を……! なんて過ちを……! あぁ、あぁ────ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「……君だけの所為ではないとも。私もミカも先生も、君に隠し事をした。君に信じてもらうための努力を怠った事こそ、真に責められるべき罪だ」