シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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第二の落陽、静止する世界

「……」

 

 セイアは徐に閉じていた眼を開く。夜明けの空を想起させる色の瞳は知性の火を灯した。そのワンテンポ後、ドアが開錠された。静寂に満ちる室内はその程度の音でもよく響いて、重苦しい音と共にドアが開かれる。硬い床を靴底で叩く音は2つ。

 

「やぁ、ナギサ、ミカ。早い到着だね」

「一番乗りのセイアちゃんに言われても皮肉にしか聞こえないんだけどなー」

「その様な意図はないのだが、先の言の葉では皮肉と捉えられても不思議ではないね。すまない」

 

 セイアはこの会合のホストで、ゲストを歓待する義務がある。だから誰よりも早く来て、ゲストである2人を待っていたのだ。そして、2人が来たのは会合の開始予定時刻の15分前。充分に早い時間だろう。だから『早い到着だね』と言ったのだが……言い方が少し悪かった。思っていることを思っているままに相手に伝えるのは、とても難しいのだ。

 

「……セイアさん、此処は一体……?」

 

 ナギサは室内を見渡す。集合場所として指定された此処は、ティーパーティーが保有するテラスではなかった。トリニティ自治区の外れにある発電所……その地下。冷たいコンクリートに囲まれた無機質な空間に、必要最低限の生活用品が置かれている此処はセーフハウス、或いはシェルターと呼んで差支えなかった。

 

「此処はサンクトゥス分派(我々)が保有するセーフハウスの一つさ。ナギサやミカが持つものと概ね同じだよ。特段珍しいものではないだろう」

「いえ、それは分かっているのですが……なぜ発電施設の地下にセーフハウスを……?」

「それは私も預かり知らぬ所ではあるが予想は付く。大方、()()だろうね」

 

 ミカはオウム返しのように「脅し?」と聞くと、セイアはどこか呆れたように「あぁ」と短く返した。

 

「此処の供給電力量はトリニティ自治区の総電力需要の2割を占めているインフラの重要拠点だ。此処に立て籠もれば、相手も慎重にならざるを得ないだろう? インフラを握っているというカードをちらつかせ、交渉を有利に進める……なんて算段だったのだろう」

「じゃあ、脅しって外部じゃなくて」

「あぁ、他の有力な分派に対するものだろうね」

 

 尤も、今回はそのような目的はないのだが。この場所を指定したのは単にトリニティ総合学園の校舎からそれなりに離れており、外界から遮断されているからだ。盗聴、盗撮の恐れがない空間はこれから行うひそひそ話にぴったりだ。

 

「最近は落ち着いているが、今も昔もトリニティは権力闘争の本拠地だ。この程度のことはどこの分派だってやっているだろう。その名残が現存しているかは兎も角としてね」

 

 そう言い、セイアは席を立つ。向かった先は食器棚のようなキャビネットで、彼女は鍵穴に鍵を差し込んで開錠する。古めかしい音とともに現れたのは現代的なコンソール。モニターに映っているのは施設の稼働状況、発電電力量。何かを操作するための無数のレバーやボタン。そして、如何にもな雰囲気を醸し出している赤いスイッチ。

 

「ほら。丁度ここに発電所を木端微塵に吹き飛ばすスイッチがある」

「……ナギちゃん、絶対に押しちゃダメだからね」

「押しませんよ!? ミカは私を何だと思っているのですか!?」

 

 昔の呼び名で怒られたミカは「ナギちゃんが怒った~!」と、とても怒られているとは思えないような嬉しそうな表情。幼年期に戻ったかのような時分だった。そうして少しの間、ティーパーティーのホストとしてではなく単なる友人として談笑して……それから、少女達は襟を正す。

 

 此処に来たのは歓談するためではないのだ。

 

 緩慢した空気に緊張感が戻ったタイミングでセイアは数枚の紙をミカとナギサに手渡しする。手書きの資料をコピーしたもの。PCなどで作っていないのは、どこでデータを抜かれるか分かったものではないからだろう。それだけ、この会合と話し合う内容を秘匿としたいのだ。

 

「私なりに現状と今後の展開を纏めた資料だ。何か齟齬や意見があれば気軽に言ってほしい。また、資料はこの会合が終わった後に焼却処分する。ここで獲得した情報はくれぐれも外部に持ち出さないようにしてくれ」

 

 話し合うのはトリニティを取り巻く事。ゲヘナ学園。アリウス分校。ゲマトリア。デカグラマトン。エデン条約。そして────シャーレの先生。

 

「さぁ、この先のことを話そうか」

 

 

 ▼

 

 

「では、時系列順で纏めていこう。そうだな……第一回公会議と、それを発端とするアリウス分校の追放。全てが始まったターニングポイントはそこだ」

 

 第一回公会議後に発生した、連合によるアリウス分校の迫害。今のアリウス分校を取り巻く全ては其処を発端とする。ただ一点、譲れない教えがあった。黙認できない協議があった。そんな些細な違いだけでアリウス分校は大きな悲劇に見舞われてしまった。

 

「連合から逃れたアリウス分校は人智の及ばぬ深淵である『カタコンベ』を通った先にある地に自身達の自治区を設立した。だが、その土地はどうやら特殊なようでね。分厚い雲が年中空を覆い、特異現象が常態化していたようだ。白い祭服の亡霊、喇叭を持つ天使、燃える車輪、巨大な目玉……他にも多数。我々の常識が通用しない場所に今も昔もアリウス自治区は存在する」

 

 キヴォトスには未開の地が幾つか存在する。人の手が入らない理由はそれぞれだが、共通しているのはキヴォトスの法則(ルール)が通用しない点だ。

 旧き文明の残骸が横たわるミレニアムの『廃墟』、人類を拒絶する極限環境に座すゲヘナの『ヒノム火山』および『アビス』……他にも幾つか。トリニティの『カタコンベ』もその一つに数えられる。

 

 アリウス自治区は人の手こそ入ったが、その異常性は全く解消されない。アリウスの少女達は怪異が発生する暗がりの下で必死に命を繋いできた。

 

「そのような土地に満足な食糧、飲料は当然存在しなかった。あるのは廃棄されたガラクタと汚染された土壌のみ。他の自治区と取引しようにも、アリウス分校には対価として差し出せるものすら無かったのだよ。彼女達はあの場所に自治区を作った時点で詰んでいた」

 

 常に空を雲が覆い、太陽光が届かない土地では第一次産業は成り立たない。自給自足ができないのであれば外部からの輸入に頼るしかないのだが、対価として輸出できるものはなく、仮に取引できたとしても物資は複雑怪奇なカタコンベを経由する必要がある。

 加えて、連合に追放され自治区を追い出されたアリウス分校は正式に認可の降りた学校ではなく、外部から見れば非合法な組織に他ならない。そのような団体と取引する自治区や企業など存在せず、存在したとしてもそれは碌でもない組織だろう。

 

 外部からの干渉が行えない安全地帯は、見方を変えれば脱出を拒む檻に変貌する。

 自給自足が行えない痩せた土壌、カタコンベを経由しなければ辿り着けない土地、正式な認可の降りていない学校。アリウス分校を取り巻く状況は悪くなる一方だった。

 

「故に、アリウス自治区は常に飢餓状態だった。稀に流れてくるごく僅かな物資を生徒達で分け合っていたのだが……そのような状態で不満が蓄積されない訳もなく、溜まった不満は争いという形で噴出した」

 

 空腹状態によって発生した小さなストレス。満たされない現状への苛立ちと不満。いつ追手が来てもおかしくない恐怖。何処にもぶつけられない黒い淀みは皆の間に着実に沈殿し……取るに足らない小さな切っ掛けによって溢れた。

 

「その後、小規模な争いはアリウス分校全体を巻き込んだ内戦に規模を拡大させた。文字通り、血を血で洗う泥沼さ。共に連合に抗った同胞達に銃口を向けるストレスは語るに及ばない。内戦はアリウス自治区と、そこに住まう生徒達を削っていった」

 

 アリウス分校を取り巻く問題は争って解決するものではない。寧ろ争えば争うほど解決は遠のくと、誰もが心の奥底で分かっていただろう。アリウス分校がやるべきことは現状の正確な把握と飲食料の手配、インフラの整備。争いで人手を減らすことではない。

 

 しかし、争いは激化こそすれど収束する気配は一向になかった。内戦が激化した理由は幾つか考えられるが、最も大きなファクターは連合による迫害で植え付けられた『抗わなければ殺される』という恐怖だろう。それが共に難を逃れた同胞たちに向けられる銃口の意味だった。

 

 故に、瞬く間に自治区全域に争いは広がった。まるで流行り病のように。先の見えない争いは生徒達をすり減らすには充分すぎる鑢だった。そこから時間が流れ、何と戦っているのかすら分からなくなった頃……アリウス自治区に一つの転機が訪れる。

 

「しかし、そこに外部からの干渉があった。それが────」

「ゲマトリア、ベアトリーチェ」

「そうだ。約一世紀前、彼女はアリウス自治区に訪れた。彼女は内戦を終結させ、疲弊したアリウス自治区を統治し、生徒でないにも拘らず『生徒会長』の座に君臨した」

 

 当時のアリウスの生徒達はベアトリーチェが救いの女神に見えただろう。彼女は見事な手腕で内戦を終結させ、一時的にアリウス自治区に平和を齎した。命を脅かされない平穏はアリウスが何よりも求めたものだ。自治区を取り巻く問題は何一つ解決しておらず、漸くスタートラインに立ったに過ぎなくとも……それでも、アリウスの生徒達にとっては希望だっただろう。

 内戦は終わった。強い指導者も得た。追手が来る気配もない。遠い回り道だったが、これから失った居場所をまた一から作り直そう……生徒達はそんな些細な願いを胸に前を向こうとしていた。

 

 だが、救いの女神に見えた彼女は────その実、質の悪い詐欺師だった。

 

「彼女は徹底した虚無思想と憎悪、戦闘技術を軸とした教育体制を築き、アリウス自治区の生徒達を使い捨ての兵器として育て上げてきた」

 

 生徒達が抱いた希望は一切顧みられることなく踏み躙られた。内戦を終結させたのは自身の領域とするため。指導者となったのは効率よく乗っ取るため。生徒達のことなど一切考えていない。彼女は徹頭徹尾、自身の欲望のためにアリウス自治区と、そこに住まう生徒達を利用する算段だった。

 

 当然反抗する生徒は居ただろう。だが、ベアトリーチェはそのような生徒を見せしめにした。どこまでも残虐に、残酷に。一目見ただけで反抗する気力を根こそぎ奪えるように。彼女は恐怖でアリウス自治区を支配した。

 

「尤も、彼女が教育現場に降りて来ることは滅多になく、生徒達への教育は指名手配された傭兵や犯罪者に任せていたらしいがね」

「ですが、そのような者達に教育など……」

「あぁ。故に、実際に現場で行われていたのは教育という名の暴行だ。だが、ベアトリーチェもそれを止めなかった。どうやら彼女は教育体制を順守する限り内容は個人の裁量に任せていたようでね。人殺しの技術を教えているのであれば、他に何をしていようが構わなかった。そのような自由を手に入れたならず者が何をするかなんて、君達であれば想像できるだろう」

 

 閉塞的な環境。劣悪極まる環境で瘦せ細った少女達。教育係として裁量を与えられている犯罪者達。単純な暴行で済むならまだ温情で、中には一生残る傷を負わされた少女も決して少なくないはずだ。

 

「話を戻そう。劣悪極まる環境で生徒を兵器へと育て上げている傍ら、ベアトリーチェ自身はアリウス自治区に住まう生徒たちの血統調査を行っていた。世襲制だったアリウス分校の生徒会長の血統……もっと言えば、ユスティナ聖徒会の子孫であるロイヤルブラッドの子を探してね。そして漸く見つかったロイヤルブラッドこそが秤アツコだった」

 

 戸籍謄本なんて上等なものはない。そもそも、内戦によって血統が断絶している可能性すらあった。しかし、ベアトリーチェは『ロイヤルブラッドは必ず存在する』という確信を持って地道に調査を続け……そうして見つけた生徒こそが秤アツコだった。

 

「ベアトリーチェは自身の支配に正当性を与えるために秤アツコをアリウス分校の生徒会長として擁立した。今のベアトリーチェは生徒会長代行、という立ち位置らしい。加えて、今まで好き勝手にさせていた戦闘訓練の方式についても統一し、より強い兵器へと仕立て上げた。アリウススクワッドと呼ばれる精鋭部隊が設立されたのもこのタイミングのようだね」

「アツコを見つけて計画が実現可能になったから、色々本腰を入れてきた……ってことだよね?」

「あぁ、そうだろう……と、少々駆け足だったが、これがアリウス自治区の変遷だ。ここから現在の話に繋がっていくのだが、何か疑問はあるかい?」

 

 その問いに二人は首を横に振ると、セイアは「そうかい」と言って。

 

「では、この先のことは本人から話してもらおう。ミカ、頼んだよ」

「うん。私は元々、アリウス自治区の解放を目指していたんだ。仲良くしたい、喧嘩したくない、楽しく過ごしたい。だって元は皆一緒じゃん? だから、そこに仲間外れなんて作りたくなかったの」

 

 誰もが手を取り合えるはずだという甘い夢。誰もが仲良くなれるという幻想。そう唾棄されても文句が言えないような理想をミカはずっと持っていた。だが、夢物語の理想論すら語れないようであれば、それを実現する事など到底不可能だ。

 

 だからミカはどこまでも愚直に、真っ直ぐに、理想を描き続ける。いつかそれが現実のものとなるように祈り、走るのだ。ミカの想い人がそうであるように。

 

「でも、アリウス自治区を解放するにはベアトリーチェの打倒が必須。しかも、アイツは一筋縄じゃ倒せない。だから、まずは懐に潜り込めるチャンスを探さなきゃいけなくて……アリウス自治区に接触したんだ」

「それがアリウススクワッドのリーダー、錠前サオリだった訳か。しかも、サオリを含めアリウススクワッドもミカと同じくベアトリーチェ打倒を掲げていた。手を組むのは必然だね」

「そうそう。だから同盟を組んで、アリウス自治区に食べ物とか飲み物を流しつつ、その対価としてアズサちゃんをトリニティ(こっち)に編入させてもらえるように手配したの」

 

 簡単そうに言っているが、その実綱渡りだったのは言うまでもない。ベアトリーチェに少しでも怪しまれたら途端に瓦解する状態で、トリニティの転覆という嘘の目的をでっち上げて接触しているのだ。ベアトリーチェを騙し、トリニティに隠し事をしている状態。信頼できる味方にアリウススクワッドとアズサがいるとはいえ安心などできなかっただろう。

 

「ここまではある程度計画通りだったんだけど、一個イレギュラーが起きっちゃって。ベアトリーチェを打倒する日付を前倒ししなきゃいけなくなったの。その為に色々無茶をしてスケジュールに間に合うように調整していたら……」

「これ幸いとベアトリーチェがフィリウスの情報網に偽の情報を流したのですね。ベアトリーチェにとってトリニティの転覆などどうでも良いでしょうし、アズサさんをトリニティに編入させた時点でミカさんの役割は終わっていました。これ以上は邪魔になる可能性があったため、その前に排除したいという魂胆でしょう」

 

 ナギサは「しかし」と続けて。

 

「アリウス自治区に物資を供給しているミカさんを一方的に排除してしまえば、自治区生徒から不満が析出する可能性があります」

「それを防ぐためにトリニティの内紛という形で排除しようとした、ということだね」

「はい、恐らくは。万事が上手く行き、ミカさんが排除できれば上々。そうでなくても、トリニティ内の戦力や結束を削ぐことができます」

 

 融和を試みたミカが排除されたとなれば、トリニティ総合学園はアリウス分校と和解する気が全くないという証明になる。しかも、ミカはアリウス分校に物資の支援までしていたのだ。憎悪の対象であるトリニティに現れた、信頼していいかもしれない生徒。彼女が排除されればアリウス分校の生徒達も黙ってはいられない。

 

 ────アリウス分校に歩み寄った聖園ミカをトリニティ総合学園は裏切り者として排除した。両校の架け橋となり得る人物をトリニティは魔女と看做したのだ。もはやトリニティと融和する事はない。和解を望んだアリウス分校の意志を踏み躙ったトリニティは滅ぼすべきだ。

 

 このようなプロパガンダを立てれば、トリニティに対する憎悪も『過去』ではなく『現在』になる。現在進行形で燻る憎悪ほど強いものはない。こうなればアリウスとトリニティは第一回公会議後の再現をしただろう。

 ミカにさえ疑いの目が向けられれば、どう転んでもベアトリーチェの勝ちは揺るがなかった。

 

「しかし、ナギサの疑いの目はミカではなく別に向き、生徒を集めて補習授業部を作った。これはベアトリーチェも誤算だっただろう。だが、更なる誤算は……補習授業部の顧問に先生が就任したことだ」

 

 ナギサがミカを疑わなかったのはベアトリーチェにとっては面白くなかっただろう。しかし、先生が補習授業部の顧問に就任したことは……きっと嬉しい誤算だったはずだ。何せ彼は生徒を疑わない。酷く気に食わないお人好しな気質も利用できるのであれば、多少は溜飲が下がるというもの。アズサを動かせば簡単に彼を殺害できる……と、ベアトリーチェは踏んでいた。

 

「ベアトリーチェにとって彼は最優先排除対象。サオリを経由してアズサに殺害命令を出しただろう。だが何度も拒否され、痺れを切らして仕掛けたのが……第二次特別学力試験。トリニティ本校舎にはホドのピラーを仕向け動きを制限し、彼女はナギサの用意を使って彼を攻撃した」

 

 セイアの言葉にナギサは机の下で硬く手を握り締める。許し、許されたとはいえ、それはいまだに癒えぬ傷跡。取り返せぬ罪の証に他ならない。彼はきっと気にしていないだろうが、それに甘えて罪悪感を放棄することは……ナギサにはできなかった。

 

「しかし、これも失敗した。何としてでもエデン条約調印式前に彼を殺しておきたいベアトリーチェが仕掛けた次のタイミングは第三次特別学力試験前夜。目標は我々ティーパーティーおよび先生の殺害。2つの目的を持つ作戦はトリニティ総合学園本校舎と合宿施設で展開され……先生はベアトリーチェと直接対峙した」

 

 先生と補習授業部も後手に回ってばかりではない。相手が二面で展開するならば、先生達も二面で展開するまで。ハナコとアズサはナギサの安全確保を目標に行動し、ヒフミとコハル、先生は合宿施設でアリウス分校の部隊とベアトリーチェを待ち構えていた。

 

 ────そして、その果てに。

 

「ベアトリーチェと対峙した先生は特権と呼ばれる何かを使用したらしい。曰く……自分の身を喰らわせて奇跡を成す御業、救世主であることを証明する契約。それを用いて彼はベアトリーチェのリソースの大半を吹き飛ばし、撤退に追い込んだようだ。その上で補習授業部と共に第三次特別学力試験の会場へ向かい、晴れて全員合格を勝ち取った……と謂うのが、今回の顛末さ」

 

 把握できていなかった全貌を把握したナギサは思考を巡らせる。知っていた情報、知らなかった情報。独立して点在していたそれらが漸く線を結び、実態を持ち始めた。それらに一度区切りをつけたナギサは思考を切り替える。過去の解析は終わった。これからやるべき事は……その解析結果を元にした未来の予想だ。

 

「ミカさんとアズサさん、アリウススクワッドの方の目標はベアトリーチェの打倒……で、お間違いないですか?」

「うん、アイツを倒す……最低でもアリウスから手を引かせる。最終的にアリウス自治区を解放するのが私達の目標」

「では、アリウススクワッド以外の……アリウス分校全体の目的はご存じですか?」

「アリウス分校全体の目的はトリニティ総合学園への復讐、ゲヘナ学園への報復だ。それが成せるタイミングとしてエデン条約の調印式が行われる日を選ぶだろう」

「エデン条約の調印式、ですか……もしかして、ミカさん達の作戦の決行日も?」

「うん、同じ日。だからごめんね、ナギちゃん。調印式で起きる戦いの手助けに私は行けない。一応アズサちゃんはフリーにしておくけど……それも状況次第。増援に来てもらうかもしれないし、私達が全滅したら各校の最高戦力を搔き集めてもらわなきゃいけないから」

 

 ミカの言葉は冗談でも何でもない。確かな確率として存在する最悪の事態がミカ達の全滅だ。そうなった場合はアズサは戦力を搔き集めなければならない。最低でもホシノ、ネル、ヒナ、ツルギの協力は必須。欲を言えばワカモ、トキ、ハスミも戦力として充てたかった。

 

 当日の状況がどうなるかなんて誰にも分らない。だからこそ、アズサはどのようにも動かせるようにフリーにしておかなければならない。もし仮に作戦が上手くいけば調印式会場の戦闘に、失敗したら残存戦力を搔き集めて抗戦を。それも上手くいきそうになかったら、アズサには先生を連れて可能な限り遠くへ逃げてもらう。その手筈になっている。誰一人として遊ばせておく余裕などない。トリニティとゲヘナの全戦力を巻き込んだ総力戦が、この調印式の全貌だ。

 

「本当は調印式とは別の日……儀式の日を作戦の決行日にする予定だったんだ。実際、そっちの方が私達にとって都合が良かったし。でも、その日まで待てない事情が急にできちゃって。だから第二候補の調印式の日に変更したの」

「……そこが疑問でね。何故日程を前倒しにしたんだい?」

 

 セイアはミカに視線を送る。その瞳には隠し事は許さないという思念が透けていた。

 

「様々な手回しをして立てた作戦だ。君の一存で変更できるものではなかっただろう。不審な動きをして気づかれれば全てが台無しになる。そのようなリスクを背負ってまで変更しなければならなかった『事情』とは一体何だい?」

「それ、は……」

「あぁ、今ので察したよ。先生だね?」

 

 逡巡、視線の動き、言葉の詰まり方。そんな些細な律動からセイアは真実をこじ開けた。

 

「第一候補の日……つまり、後回しにすると先生に何らかの害が生じる。それを防ぐために第二候補にしたんだね? 先生に害を与える可能性が最も高いのはベアトリーチェだろう。彼女が彼に何をするのか、彼女が彼に与える害とは何か。それを知るには第一候補の日……儀式の日に何が行われるのかを紐解く必要がある。さぁ、ミカ。話したまえ。君は一体、何を恐れているんだい?」

「……ミカさん、私からもお願いします」

 

 開示を求める2人の視線。無論、ミカも別に話したくない訳ではない。憂いは共有しておくに限るし、事此処に至って隠し事をするつもりなどない。だが、いまいち全容を把握しきれていない可能性を上手く話せるかという不安があった。

 ミカは考えを頭の中で取りまとめながら、「あくまで可能性ってのを念頭に置いて聞いてほしいけど」と前置きした上で、アリウススクワッドが想定した最悪のシナリオを慎重に語りだす。

 

「……ベアトリーチェの目的は孵化すること。より強力な存在……平たく言えば神様になりたいっていう願望なの。神様になって何するのかまでは知らないけどね」

「ふむ。その神とやらに孵化する為に必要なプロセスが儀式、という訳か。では儀式とは一体何をやるんだい?」

「具体的にどんな手順を踏むかは知らないけど……一個だけ知ってる」

 

 儀式が果たされたらどうなるかなんてミカは知らない。そうなる前にベアトリーチェは消えた。最期までミカを庇った想い人と共に。

 

 だから知っている情報なんてアリウススクワッド、特にアツコから又聞きしたものに限られる。だが、その情報の中に『これだけは確実』と呼べるものがある。

 

「儀式の完遂には生贄が必要なの。ベアトリーチェがアツコを保護した本当の目的は儀式の生贄にするため。だけど、別にアツコ……ロイヤルブラッドじゃなきゃいけない訳じゃない。その時、最も条件が良かったのがアツコだってだけ。ベアトリーチェと親和性が高くて、強い神秘なら何でもいいの」

「生贄、か。では、ミカ。君の危惧している最悪は」

「……うん。儀式の生贄に先生が選ばれること」

「ま、待ってください。前提がおかしくないでしょうか?」

 

 筋は通っている。理屈も理解できる。確かに先生が生贄として消費されるなどあってはならない未来だ。そうならないように手を打つのも至極当然だろう。だが、それは『先生が生贄として成立する』という前提がある。

 

 先生は神秘を持たない。肉体強度、生命としての強さなどキヴォトスで最下位だ。言い方は悪いが、彼はこの世界で最も脆弱だろう。血眼になって探し出したロイヤルブラッドを差し置いて彼を生贄として使う事は、ナギサからしてみれば考えられないことだった。

 

「ベアトリーチェが強い神秘を持つ生贄を求めていることは分かります。ですが、それは先生と結びつかないはずです。先生は外部からいらっしゃった方、私達と同じように神秘を持つ事は……」

「あぁ、その通りだ。彼は神秘を持っていない。だが、彼本人が持っていなくても、彼と(ライン)を繋いでいる何かが神秘を持っている。それも、途方もないほどに強力な神秘をね。今は彼が封じ込めているが、目覚めればキヴォトスは間違いなく終焉を迎えるだろう。確かにあの神秘が関与する可能性は排除した方がいい。ミカ、君の判断は正しいとも」

 

 彼に埋め込まれた神秘は世界最大の信仰を誇る宗教の唯一神。数多の神話、文化、人間を絶滅させた一神教。

 人類史に最も影響を与えたといっても過言ではない神秘は強力という言葉で表現することすら生温い。アレが関わるのであれば、最低でも世界滅亡を考慮しなければならないのだ。

 

 それを知るセイアはミカの判断が正しいものと迷いなく断言する。今のキヴォトスにあの神を相手取る事はできないのだ。

 

「……セイアさんもミカさんも、随分先生の事情に詳しいのですね。仲間外れにされている気分です」

「私は時折、彼の夢に入り込むことがあってね。その夢の情景で大方の事情を察しているだけさ」

「私はセイアちゃんとは違う理由だけど、先生から直接聞いてないから! だからナギちゃんを仲間外れにしてるってわけじゃ……!」

「ふふふっ、知っていますよ。冗談です」

 

 少し場の空気を和ませたナギサは襟を正し、「では、今までの情報を整理しましょう」と言い……この会合の統括に入る。

 

「ナギサ、正義実現委員会、シスターフッドはエデン条約の調印式に参加し、襲撃に来るであろうアリウス分校の生徒を迎撃する。あぁ、両組織には襲撃の件を伝達済だ。事が起きたら即座にナギサの指揮下に入ってくれるだろう。ミネも参加予定だが、彼女は先生の護衛に充てる。ナギサの指揮下にはいないと考えてほしい」

「はい。今回は事が事なので、ゲヘナの方達にも協力を仰ぐ必要がありますね。風紀委員会と万魔殿には私の方から話を通しておきます」

「頼んだよ、ナギサ。特に空崎ヒナの協力は必要不可欠だ」

「えぇ、存じています。本校舎の方はセイアさんにお任せしてよろしいのですね?」

「あぁ、任せたまえ。君達が憂いなく戦えるよう、全力でバックアップするとも。では、最後にミカは……」

 

 その言葉には『本当に行くのかい?』という心配が込められていた。

 セイアもナギサも分かっている。この先、ミカを待ち受けているのは本当の殺し合いだと謂う事を。本音を言えば引き止めたい。死ぬかもしれない場所に友人を送り出したくなんてない。でも、ミカは行くのだろう。これ以上悲劇を広げないために。少しでも多くの生徒が青空の下で平穏と幸福を享受できるように。

 

 だから、この言葉の続きは予想できていた。

 

「うん、私とアリウススクワッドはカタコンベでベアトリーチェに奇襲するよ」

「分かっているとは思うが、君が最も危険な立ち位置に居る。勝てないと思ったなら撤退したまえ」

「……私からも。ミカさん、無茶だけはしないでくださいね」

「……うん。ありがとう、二人とも。大好きだよ」

 

 これが最後となっても悔いがないように、ミカは本心を2人に告げた。

 

 エデン条約の調印式まで、あと僅か。

 

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▼・Vol.1▼ホシノは主人公のことを身体の隅々まで知っている。▼なお、馬鹿タレ主人公はまったく心当たりないし、童貞を捨てた記憶もない模様。▼・Vol.2▼穏やかなアビドス高等学校での日常。頼れる? 先輩と同級生。▼でも、今自分が過ごしているありふれた生活にはどこか、違和感を覚える。▼※『ブルーアーカイブ』アビドス編3章までクリア済みの方じゃないとストーリー…


総合評価:21593/評価:9.12/完結:71話/更新日時:2025年05月17日(土) 07:00 小説情報


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