シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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暗がりからの逃避

 時刻は午後11時前。セリカがカタカタヘルメット団に拉致されてから約40分が経過した。

 

 先生とワカモはアビドス高等学校の正門前に佇んでいた。街灯は殆どなく、光源として頼りになるのは空から降り注ぐ明かりのみ。冷たい夜風が吹き抜ける此処は、彼が対策委員会の面々との待ち合わせに指定した場所。

 

 先生はタブレットを見つめていた。ディスプレイに映るのはアビドスの或る一画。中型トラックが砂漠を走る映像。それを、ぼうっと眺めている。

 

「──────来ましたわ」

 

 ワカモの静かな、だが聞き取りやすい声に釣られて先生は顔を上げる。包帯を隠すように下した前髪に鬱陶しいと思っていると──────夜闇の中から4人分の足音が響いた。ホシノ、シロコ、ノノミ、アヤネのもの。アビドス高等学校正門前を目指して全力で走っている彼女たちの視界に、白のコートと和服が映った。

 

「先生ッ!」

「こんばんわ。こんな夜遅くに呼び出してごめんね」

「気にしないでください。あんな文面を貰ったら居ても立っても居られないですよ」

「そう言ってくれて嬉しいよ……じゃあ、本題に入ろう」

 

 先生は光が当たらない場所にいるため、表情の変化は分からないが──────それでも、彼が今真剣な表情をしている事は直感できる。変質する雰囲気。硬化した空気にアビドスの少女の顔も強張った。

 

「本日22時過ぎ、セリカがカタカタヘルメット団に拉致された」

 

 確定事項として告げられた情報に4人の少女達が息を呑んだ。彼は緊急時に冗談を口にする人ではない。これはれっきとした事実であり、現実であると改めて突き付けられた。

 

「先生はなんで分かったの?」

「アビドスに厄介な物が持ち込まれてね。それを処分するためにワカモと動いていたら、ヘルメット団の子達と会って……そこから聞き出した」

 

 聞き出した訳でなく実際に攫う現場を見た、というのが真実であるが……それを指摘する者はいない。

 

(ブラフ)かもしれない、と思って念のため確認したら────この通り」

 

 彼はタブレットを操作し、画面表示を切り替える。新たに映したのは地図アプリ。差し出した画面を食い入るように見つめる生徒達。移動する赤いマーカーがやけに目立っていた。

 

「ここは……アビドスの端……ですよね?」

 

 周囲一体が砂漠化が進行し、数年間人の手が全く入っていない場所。記憶を頼りに情報を言葉にしたノノミの疑問に彼は「あぁ」と肯定して。

 

「そして、セリカの現在地でもある」

「ッ! ……信憑性は?」

「高い。セリカの誘拐に使用されたトラックのナンバーと、ドローンで追跡中のトラックのナンバーが一致している。加えて、私の方で確認したセリカの現在地もここを示した」

 

 そう言って、先生は再びタブレットを操作する。今度は白黒の監視カメラの映像と、彼のドローンに搭載されているリアルタイムカメラ。確かにナンバーが一致している。

 

「プライバシーの侵害も甚だしいから、私の権限を使用した生徒の現在地表示機能はできれば使いたくなかったんだけど……どうしても、確認しなければならない事項だった。その結果、普通じゃないポイントが表示された」

「セリカちゃんがこんな場所に自分から足を運ぶわけがありません……」

 

 アヤネの言葉に、シロコが唇を噛む。許せないのだろう。闇に紛れてセリカを攫った卑怯な手段が。正面から戦うことを諦め、人質を使う恥知らずな所業が。そして、その怒りはシロコだけのものではない。ホシノも、ノノミも、アヤネも怒りを抱いていた。

 

「それに、セリカちゃんが居るこのエリア……以前危険要素の分析をした際にカタカタヘルメット団の主力が集まっていると確認できた場所です。住民も退去済みで、治安も悪く……不良が拠点を構えるにはうってつけです」

「……なるほどねー、帰宅途中のセリカちゃんを拉致して、自分たちのアジトにご案内──って訳か」

「前回の大攻勢で失敗したから、今度は人質で……って事?」

「詳しい意図は不明。交渉するためかもしれないし、戦力を削ぐ目的も考えられる……だけど、何方にせよ私がやるべき事は変わらない。最優先事項はセリカの安全の確保だ」

 

 先生はタブレットを操作した直後、アビドスの面々の端末に一件の通知が来た。内容は──────救出作戦概要。

 

「セリカを助けに行きたい。だから──────協力してほしい」

 

 暗がりから見える先生の眼差し。本気の熱量が灯った瞳に、シロコが頷く。ノノミとアヤネ、ホシノも釣られて頷き──────ワカモは言わずもがな。この場にいる全員の了承を得た。

 

「ん、勿論。寧ろ私達がお願いする立場」

「はい!全面協力です☆」

 

 仲間を助ける戦い、それに向けて皆が戦意を滾らせている中──────ホシノは冷静だった。違和感を覚えていた。何かがおかしい、何度か見た彼とは決定的に異なる部分が。その感じた不自然さを言語化し、先生にぶつける。

 

「ねぇ、先生さ~。なんで顔の右側を隠してるの?」

 

 ホシノの疑問に、先生は微かに歪めた。やはり気付かれたか、と思って。

 

「……私が暈した『厄介なもの』を聞かないんだね」

「勿論『厄介なもの』ってのも気になるけど……おじさんは先生の事の方が気になるな~。ね、前髪上げて、見せて?」

 

 静寂。1秒が途方もなく長く感じる無言の空気。ホシノのオッドアイと先生の左眼が交錯する。

 

 それを切り裂いたのは先生の溜息であり、観念したように口を開く。そして、ゆっくりと暗闇から光が当たる場所へとその足を踏み出した。

 

「分かったよ……全く、鋭いなぁ」

 

 悪戯がばれた様な口調で、苦笑を浮かべながら彼は前髪を上げた。

 

「────ッ!」

 

 僅かに赤が滲む包帯は、血が完全に止まり切っていない証拠。月明かりに照らされた顔色も悪い。血が足りていないのだろうか。よく見ると、シャーレの制服に血痕が点在している。

 

 ホシノは自分の想定より深い傷に歯噛みした。

 

「先生、目……」

「大丈夫だよ。失明はしていない。血管の幾つかが破裂しただけで、見た目よりはずっと軽傷さ。救出作戦に支障は……あるにはあるけど、大した事じゃない」

 

 そういう問題じゃないです────そう叫ばなかった自分をノノミは褒めてやりたかった。常識的に考えて、眼球というデリケートな部位を負傷して大丈夫な訳ないだろう。まず間違いなく彼が行くべき場所は医療機関であり、戦場ではない。

 

 だが、そんな事は彼の隣にいるワカモが一番分かっているはずだ。先生が救出作戦を行おうとした時、きっと彼女は止めただろう。しかし、彼は彼女の反対を押し切ってここに立っている。その意味が分からないノノミではなかったから────こうして、口を噤んだ。

 

 今、自分達のやるべき事は一刻も早くセリカを救出する事だ。彼を病院に叩き込むのはその後。彼は自分の傷を押してまでセリカを、アビドスを優先してくれたのだ。

 

 その善意を、踏み躙りたくない。

 

「支障はあるんだね、先生」

 

 シロコの問いにワカモが「えぇ」と答える。そして、先生にアイコンタクト。彼は頷く。『話していいよ』と。

 

量子波送受信機構(システム・メサイア)の使用を禁止させていただきました。なので、貴方達は先生のサポートは無線越しでしか受けれません。勿論、私は先生のお側で護衛をするため、貴方達と共に戦いません。そこはご留意を」

 

 条件が呑めないならこの場で撃ち殺してやる────ワカモは暗にそう言っていた。言葉に込められた莫大な殺意。カタカタヘルメット団が可愛く思える、圧倒的な存在感と単純明快な暴力。

 

 場を満たしていた彼女の殺意は、彼が「ワカモ」と名前を呼ぶと霧散した。軽くなる空気、消えるプレッシャー。首筋に迫っていた魔手が下ろされる。

 先生は上げていた前髪を下ろし、包帯をまた隠して。

 

「……ワカモが言ってくれた通りオルタナを介したサポートはできないけど、無線とドローンは変わらず使えるからアシストは任せて」

「……ん、色々と言いたい事はあるけど、全部終わってからにする」

「そうですね。私も先生に言いたい小言が山のように増えました」

「セリカちゃんを連れ戻したらお説教ですよ〜☆」

 

 シロコ、アヤネ、ノノミが口々に言う。どれも耳が痛い内容であり、先生を思っているからこそ発せられるもの。

 

「……お手柔らかに」

「ん〜、それは無理じゃないかなぁ」

「手厳しいなぁ」

 

 ホシノの容赦ない追い討ちに、先生は分かりやすく肩を落とした。セリカも必ず怒るため、これで最低でも5人の説教が確定してしまった。

 

 だが、逃げる事はしない。潔く受け入れるべきだろう。

 

「では、今から5分後に出発しよう。それまでに準備を済ませて、また此処に集合ね」

「了解!」

 

 彼の声に頼もしい返事を返し、シロコ、ノノミ、アヤネの3人は各々準備のため校内に入って行った。校門前に残されたのはホシノ、ワカモ、先生のみ。

 

「ホシノは大丈夫なの?」

「私はもう装備は持ってるから、あとは出発するだけ〜」

 

 ホシノはそう言って、シールドとショットガンを持ち上げる。確かにフル装備だ。弾薬等も準備済みで、いつでも戦地に赴けるような格好。

 

「そっか……私も包帯だけ替えておこうかな」

「私がやりましょうか?」

「包帯くらい自分で巻けるよ。ワカモの手を煩わせるまでもないさ」

 

 彼はそう言って、校内に入っていく。この場に残されたのはワカモとホシノのみ。

 共通項があまり無い2人の間に作られた拮抗。それを崩したのはホシノの疑問だった。

 

「ねぇ、先生は何を背負ってるの?」

 

 ずっと、気になっていた事。彼の真実の一端、深淵に足を踏み入れようと──────ホシノは決めた。

 嘘偽りを許さない色を帯びた彼女に、ワカモは僅かに頭上の狐耳を動かして。

 

「──────驚きました。貴方が、私に聞くなんて……えぇ、ですが、お答えできません」

「理由は?」

「貴方が知っても如何しようもないからです。貴方だけではありません。他の方もそうです。私も例外ではありません。このキヴォトスで、あの方の抱えているものを解決できる存在は無いのです」

「如何しようもないなんて……」

 

 ワカモは狐面を外し──────金眼でホシノを見つめる。黄金を溶かしたような妖しい輝きは月夜によく映えていて。

 

「それだけ、あの方が背負っているものが重いという事です。軽くする事を選べたはずなのに、あの方は背負い続ける茨の道を選んでいます。それが責務だと思って、ご自身を許さなかった……」

「一緒に背負う道だってある筈なのに」

「あの方にとって私達は守るべき存在であっても、痛みを分かち合う存在ではありません。ホシノさん、貴方が思っているよりも──────あの方と生徒(わたくし)達の溝はずっと深いのです」

 

 ワカモは「故に」と言って、目を伏せる。虹彩に映る表情は有り余るほどの悲しみ。愛する人の苦しみを取り除けない自身に対する不甲斐なさ。

 

 だけど、だけど──────それでも、何もしないのは諦めと同義だから。

 

「私にできる事は、最後まであの方の味方でいることだけです」

「……」

 

 何があろうと、誰が敵になろうと──────自分だけは必ず側にいる。それがワカモの原初の誓い。世界が移ろっても違わないと契った、己の戒律。いつだって磨り減る事だらけの彼に、いつだって笑っていてほしいから。

 

「無駄話もこの程度にしましょう。もうすぐあの方が戻ってきます」

「……最後に一つだけ、質問」

 

 装着しようとした仮面を下ろし、前に踏み出していた足を止める。まだあるのか、と言わんばかりにワカモは後ろを向いた。

 

「──────先生は味方?」

「当たり前です。あの方は何があっても生徒の味方です」

 

 そう、彼は生徒の味方だ。彼が敵になった事は一度もない。彼が好んで力を振るった事は一度もない。そもそも、彼は根本から暴力が似合わないのだ。

 

 彼の真意を理解できず、彼の敵を選んだのは──────生徒(わたくし)達だった。

 

 話は終わりだ、と言わんばかりにワカモは仮面をつける。既に彼女の中でホシノとの会話は終了しており、その意識は──────別のものに向けられている。この会話を盗み聞きしている者達へ。

 

「盗聴はあまり良い趣味とは言えませんよ?」

 

 和服から拳銃を抜き、校門へ向ける。トリガーを引く真似はしない。だが、その脅しは聞いたようで──────校門の影から3人が出てきた。シロコ、ノノミ、アヤネ。

 

「ん、気になったし仕方ない」

「ですね〜」

「あはは……」

 

 アヤネだけが申し訳なさそうな表情を浮かべて、シロコは涼やかな表情、ノノミは楽しそうな表情だ。2/3が反省していない現状にワカモは忌々しそうに鼻を鳴らす。

 だが彼女の不機嫌そうな空気も一瞬で、此方に向かって走ってくる先生を見ると途端に雰囲気が柔らかくなった。

 

 先生も帰還し、3人も戻ってきた。計6名、作戦メンバーは勢揃い。

 

「全員、準備はいい?」

 

 ホシノは周囲を見渡す。銃を構える3人と無言で頷く先生。ワカモは空を妖艶に見つめている。

 

 全員、気合十分。ホシノは握りしめた小さな拳を空に向けて振り上げて。

 

「アビドス対策委員会──────出撃!」

 

 少女を救う戦いが、始まった。

 

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