シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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うたかたの

 

「……ん……?」

 

 大きな振動によって、セリカは目を覚ました。

 

 周囲は暗黒に閉ざされている。周囲の状況は何も分からない。分かるのは此処が自分の知る場所ではない事程度。頬と掌に伝わる冷たい温度、6方向を壁で囲まれた簡易的な牢獄と、一寸先すら定かではない暗闇は、目覚めたばかりのセリカを不安にさせるには充分なものだった。

 

「ここ、何処……」

 

 先ずは自身の置かれた状態を知るのが先決だ。心細いが、いつまでも蹲っているわけにはいかない。そう思い、立ちあがろうとして──────。

 

「ぐ、ぅ……」

 

 右脇腹を鈍痛が駆け巡った。それに伴い、鮮明になる意識と記憶。

 

 ────そうだ。柴関のバイト帰りに、ヘルメット団の連中に待ち伏せされて。それからライフルで撃ち抜かれて……ガスで眠らされて……。

 

「──────ッ!」

 

 全てを思い出したセリカは両目を見開き、立ちあがろうとするが失敗する。原因を探ろうと視線を下に向けると、鈍色の輝きが目に入った。ワイヤロープ。金属製の縄で両手足が固く縛られていた。ナイフで切断することすら難しそうな太さを前に、解こうとするだけ無駄だと悟り体を捩る。

 

「これ、トラックの荷台よね……アイツら、私を何処へ……」

 

 地面に伏せていた状態から仰向けへ。視界が広くなり、見えなかったものが見えてくる。床に散乱しているロープとボロボロの布、数発の弾丸。銃は見当たらなかった。

 

 トラックの揺れが酷い。乱暴な運転に文句の一つも言いたくなる。硬い床に体を何度か打ちつけられながらも、セリカは壁の亀裂──────陽の光が差し込む場所へ向かう。

 

 太陽が照らしているという事は、既に夜が明けている事を指す。

 襲撃を受けた時刻は昨日の22時過ぎ。正確な時間は不明だが、日の出の時刻から逆算すると7時間から8時間は経過していると考えた方がいいだろう。

 

 銃弾が貫通した事により出来たと思われる穴に目を当て、外を覗く。セリカの視界に飛び込んできたのは見慣れない光景だった。

 

「砂漠と──────」

 

 視界いっぱいに広がる砂漠。埋もれた建築物。風化した民家。

 

 そして──────

 

「線路?」

 

 それが、セリカが『見慣れない』と思った原因であった。所々砂漠に埋もれ、既に機能しなくなった列車のレールを見た途端──────セリカの顔が青褪めた。

 

「線路って……まさか此処、アビドスの郊外の砂漠!?」

 

 アビドス自治区はキヴォトスの中でも有数の広さだ。現在は砂漠に埋もれ見る影もないが、過去には地域も賑わいを見せ、オアシスで開かれる祭りには他の自治区からも訪れる人がいたほどだった。

 

 そういった事情もあり、広大な土地に住む住民のため、或いは訪れる人のために移動手段として鉄道が引かれていたのだ。だが、砂漠化の進行による利用者の減少、または線路そのものが砂に埋もれた事による運行停止が相次ぎ、現在まで生きている路線はごく僅か。動いている線もまだ住民が残っている住宅街に集中している。

 

 故に──────利用されなくなって久しい砂漠に埋もれたレールはアビドスの端の象徴であった。アビドス高等学校はおろか、対策委員会全員の活動範囲から大きく離れているだろう。

 

 その真実を認識した瞬間、セリカの体に入っていた力が急激に抜けてしまった。

 

「そ、そんな……これじゃどこにも連絡が取れない……もし脱出できたとしても、対策委員会の皆にどうやって報せれば……」

 

 セリカは力無く、そう呟いた。近場に銃がないのは確認済み。もし仮にあったとしてもこの状態では触れない。バッグもない。スマホも没収されている。そもそも、両手足を縛られた現状では身を捩る程度しかできない。自力での脱出は困難であると断言する他なかった。

 

 セリカにできる事はない。助けを呼ぶことも、抗うことも。このままトラックで運ばれて、それから──────。

 

「…………ッ」

 

 思わず下唇を噛む。俯いた顔を上げられない。良い考えが浮かばない。明るい未来を思い描けない。

 

「……このままどこかに埋められちゃうのかな。誰にも気づかれないように……」

 

 吐き出した弱音。現実味に溢れた言葉は誰にも聞かれることなく消えてゆく。

 真正面から戦わず、一人一人闇夜に紛れて消す──────戦術としてはとても理に適っている。いくら戦闘が強くてもアビドス対策委員会は5人の集団であり、セリカにやった襲撃を5回繰り返すだけで終わってしまう。

 

「連絡も途絶えて……私も他の子達みたいに、街を去ったって思われるんだろうな……」

 

 いつだって別れは突然だった。昨日まで一緒に学校へ通っていた友人が何も言わずに街からいなくなってしまう体験をセリカは何度も重ねてきた。連絡しようとしても繋がらず、家に行っても蛻の殻。

 

 何も言わずに学校から去った友人達に思うところはあるにはある。お別れの挨拶をできなかったのは寂しかったし、無言は悲しかったが──────何処かで元気にしているならそれでよかった。

 

 だが、自分がその様になるのは──────我慢ならない。

 

「裏切ったって、思われるかな……」

 

 じわじわと蝕むように学校から消えていく生徒達。蜃気楼のように街から去る住人達。別れと呼べない別れを繰り返し、幾たび現実を突きつけられて尚諦めず学校に残ったのが──────対策委員会の5名。

 

 苦楽を共にし、逆境に抗ってきた仲間達に──────嫌われる。罵られる。軽蔑される。疎まれる。冷めた視線で、裏切り者と言われる──────。

 

「誤解されたまま、皆に会えないまま死ぬなんて……嫌だッ!」

 

 それだけは嫌だ、と──────セリカは叫んだ。折れかけていた心に再び熱が灯り、手足の拘束を解こうと必死になって力を込めて引き千切ろうと奮起する。

 しかし、いくら力を入れても千切れてくれる気配は皆無だった。摩擦で生まれた熱で手首の皮膚が赤くなりヒリつくだけ。ヘイローを持つ少女達を拘束するために作られた金属縄は微動だにせず、セリカの体から自由を奪い続けている。

 

「そんなの……ヤダよ……」

 

 再び力を入れて縛鎖を千切ろうと、枷を壊そうとするが結果は同じ。酷薄な現実がセリカを嘲笑うように暗闇の中、鎮座している。

 

「う……うぐぅ……」

 

 視界が滲む。涙が流れそうになる。現実に打ちのめされそうで、好転しそうにない未来に潰されそうだった。

 

 しかし、まだ泣くには早いだろう──────そう思って、ぎゅっと涙を堪える。無力でも、無駄でも、足掻かない理由にはならない。奇跡は起きるものではなく掴むものだと信じているから──────諦めない。

 

 全ては、またあの文芸室で皆と笑い合う為に──────! 

 

 一度で駄目なら二度、二度で駄目なら百でも千でも。思い通りになんてさせない、必ず此処から脱出してみせる。そう思って再び心を奮い立たせ、体に力を込めていたセリカだったが──────刹那、巨大な爆発音と振動がセリカを襲った。

 

「う、うわぁぁぁぁッ!」

 

 まるで荷台ごとシェイクした様に揺れる車内。セリカはその振動に体を預ける他なく、打ちどころが悪くならない様に最低限の方向転換だけを心掛ける。床や壁に体をぶつけ、ようやく衝撃が止んだと思って目を開けたら──────そこは暗闇ではなく、砂塵舞う大地。

 

「カハッ、ケホッ……ケホッ……何なのよ、もう……!」

 

 突然と言う他ない変遷。セリカを閉じ込めていた鋼鉄の牢獄はひしゃげ、外へ放り出された。あまりにも突然の出来事で、何が起きたのか脳が処理しきれずキョロキョロと辺りを見渡していると──────聞き覚えのあるローター音と、見覚えのあるカラーのドローン。

 

『セリカちゃん発見! 生存確認しました!』

「あっ、アヤネちゃん!?」

「こちらも確認した。半泣きで拘束されてるセリカ発見!」

 

 聞き覚えしかない、今一番聞きたかった人達の声が聞こえた。姿が見えた。助けが来たのだ。

 

「なにぃー!? うちの可愛いセリカちゃんが泣いてただと! そんなに寂しかったの? ママが悪かったわ、ごめんねー!」

「う、うわぁぁぁ!? う、うるさいっ! な、泣いてなんか!」

「嘘! この目でしっかり見た!」

「泣かないでください、セリカちゃん! 私たちがその涙を拭いて差し上げますから!」

「あーもう! うるさいってば! 違うったら違うの! 黙れーッ!」

 

 続々と集まる見知った顔達。セリカの姿を見た途端に心底安心した様な表情を浮かべた彼女達。心配して此処まで来てくれた事実にただ心が温かくなる。どうしようもなく嬉しくなる。

 

「いやー、元気そうでよかった。さ、あとはその拘束を外しちゃおう。シロコちゃん、ナイフ持ってる?」

「持ってるけど……流石にこの太さのワイヤロープは」

 

 無理──────そう続くはずだった言葉は、音もなく降り立ったワカモに遮られた。

 

 彼女の登場にシロコとホシノの顔が強張る。急速に下がった空気にセリカも不安そうな顔を浮かべるが、ワカモはどこ吹く風で銃剣を構えた。鋒を向けた先は──────地に伏せたセリカ。

 

「……ア、アンタ……」

「動かないでくださいな」

 

 光、二閃。ワカモが銃剣を振るい、セリカを縛っていたワイヤロープを切断した。勿論、彼女には傷一つ付けずに。

 それに瞠目したのは他ならぬセリカであった。どう見てもサブウェポンに過ぎない、銃身下部に取り付けられた刀剣であの太さの金属縄を切断するなんて──────一体どれほどの技量が有れば可能な業なのだろうか。

 

 自由になった手足に呆然としているセリカと、ワカモの一挙一動を監視していたアビドスの面々。そんな彼女達にワカモは背を向ける。

 

 ワカモの居るべき場所は先生の隣で、その役割は護衛だ。だが、先生が『セリカの縛を解いてきてほしい』とワカモに願ったから──────彼女は先行し、ここに来た。そして、その願いも無事に果たしたのだ。これ以上この場にいる理由はない。

 

 昨夜の一件から彼の元を離れることがストレスになっているワカモは、一刻も早く彼の側に侍るために足を進めようとしたが──────セリカの「あの」という声に一瞬歩みを止め、振り返った。

 

 少し赤くなった目を携え、セリカは仮面の少女を真っ直ぐ見据えて。

 

「ありがと……」

「礼には及びませんわ。では、あとはお任せします」

 

 ワカモは感情の読み取れない声で告げ、去って行った。彼女の在るべき場所、彼の元へ。

 アビドスの面々はその姿を何とも言えない表情で見送り──────そして、インカムを装着。銃を構えて戦闘態勢へ。そんな時に、声が響いた。

 

『セリカ』

 

 先生の声だった。落ち着いた、でも何処か心配を滲ませる声音。3文字の名前を心底愛おしそうに呼ぶ彼の姿が脳裏に鮮明に浮かびそうだった。

 

「な、何よ……」

『無事でよかった』

 

 無事を喜ぶ言葉に、咄嗟に返す言葉が浮かばなくて。

 

「うん……」

 

 何に対する頷きかも分からない、そんな声しか出せなかった。だがそれでも彼は満足してくれた様で、通信越しに小さな笑い声を零していた。

 

 その少し緩んだ空気を引き締める様にシロコは「まだ油断は禁物」と言って。

 

「戦術サポートシステムで車両は制圧したけど、まだここは敵のど真ん中だから」

「だねー。人質を乗せた車両が破壊されたって知ったら、敵さん怒り狂って攻撃してくるよ〜」

『前方にカタカタヘルメット団の兵力、多数確認! 更に巨大な銃火器も確認しました! 徐々に包囲網を構築しています!』

 

 アヤネの通信に車の影から顔を覗かせると、続々と集まってくるヘイローの影。ヘルメットの姿。相手も襲撃を考慮し、こうして対応できる様に兵力を配置していたようだ。

 

 だが──────。

 

『包囲網、と言えば聞こえはいいけど何点か穴がある。形成されても脱出できるけど、可能なら潰した方がいい。今端末に位置情報を送ったから、そこを一点突破で行こう』

 

 数多の戦場を血みどろになりながら歩いてきた先生を相手に、それは悪手だった。統率が取れていない。連携が取れていない。この包囲網も現場指揮官が急造したものだろう。故に、探せば探すほど穴が見えてくる。

 

 先生には勝利に至る道が、全員が無事に逃走できるルートが幾つも浮かんでいた。

 

 だが、セリカには一つ懸念点があった。彼女が襲撃を受けた時、使用こそされなかったが持ち込まれていた対空砲──────Flak41改良型。対地有効射程14000mの高射砲。

 そして、その装備はこの戦場でも健在だ。存在感のある88mm(アハト・アハト)は10kmほど先から此方側を狙っている。明確な脅威と言う他ない射程距離と威力。

 無事に脱出するならば、あの兵器の破壊は必須条件だ。

 

「ん、ノノミのリトルで壊せる?」

「背面、もしくは側面なら壊せますね。正面は時間がかかり過ぎちゃいます」

「ノノミちゃんが釘付けになるなら、実質3人……」

 

 先生が提示したプランに従い、形成されかけている包囲網を食い破る。その後、敵を蹴散らしながらノノミをFlak41改の元まで送り届け、彼女が破壊している間は3人で不良の軍勢の相手をしなければならない。

 

 状況は不利──────セリカはそう思っていたが、側にいるホシノはどうやら違う様で。彼女は大胆不敵な笑みを浮かべて、通信機の向こう側へ言葉を届ける。

 

「でも、何とかなる。そうでしょ? 先生」

 

 ホシノの信頼に、先生は『あぁ』と力強い肯定を返して。

 

『Flakは私達の方で対処するよ』

 

 その言葉が聞こえた瞬間、Flak41改が爆発した。

 

「…………は?」

 

 漏れ出た声音は誰のものか分からないが、全員の総意である事は疑いようがなかった。何せ、彼が言ったそばから脅威が粉砕されたのだ。笑ってしまうほど明確に、明瞭に、木っ端微塵に。

 

 起きた出来事は単純だ。ワカモが先生の元に戻るついでに破壊した。先生にとって脅威だと判断したから壊した。

 

 言葉にするとたったこれだけで説明できる事。だが、説明はできても理解は難しく、先生と共にいるアヤネを含めたアビドスの面々は勿論、カタカタヘルメット団すら何が起きたのか分からないだろう。

 

『これで遠距離からの砲撃は気にしなくても良くなった。カタカタヘルメット団の子達は突然の出来事に混乱中、結果として私がポイントした穴は更に大きくなった』

 

 マップを見ると、素人目でも分かるほど明らかに穴があった。これなら突破するのは充分可能だろう。

 

 新たに表示されたマーカーはアヤネ達との合流ポイント。ここに到着すればアビドスの勝ちだ。

 

「チャンスだねー、皆、準備は?」

「いつでも!」

 

 ホシノの声に応え、皆が愛銃を構える。戦意は充分。脅威だった対空砲も破壊済み。敵の数こそ多いが実際に接敵するのはそこまで多くないだろう。

 

 アビドスの皆と先生の力があれば──────必ず勝てる。

 

「それじゃ──────先生?」

 

 ホシノが先生に語りかける。

 それに応じる様に、彼は声を上げて。

 

『あぁ。全員揃って、無事に帰ろう──────行くよ、アビドス!』

 

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