シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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無垢の罰

 

 カタカタヘルメット団の包囲網を突破し、奇襲を仕掛けてきた別動隊を全て撃退し、再編成された本隊を蹴散らし──────全員、大きな怪我もなく無事に学校まで帰還することができた。

 

 最終的に倒したヘルメット団の団員は3桁に上るだろう。両手で数えられない回数接敵した上、相手は一歩も引かなかったのだ。アビドスの面々の戦意と集中力よりも先に持ってきた弾薬の方が底を突きそうな勢いの軍勢は本拠点が近かった故なのか、それとも別の理由があるのか。

 

 太陽が僅かに西に傾いた時間帯、アビドス高等学校の車庫。弾雨に晒されたことにより銃創塗れになった車両から最初に出てきたのは先の戦闘で前衛を務めた4名だった。それに続く形でアヤネが降り、最後に先生とワカモが降車した。

 

「うへ~……おじさんもうクタクタだよ~」

「ん、気持ちは分かるけどちゃんと歩いて」

「ホント、しつこかったわね……アイツ等」

「ですが、もう追ってきていないようですね☆」

「そうですね、私が確認できる距離に敵影はありません……先生はどうですか?」

 

 銃撃にさらされた結果、半ばスクラップと化した車を見ていた先生はアヤネの言葉を受けてタブレットを操作して──────微笑みを浮かべながら。

 

「半径20km圏内にはいないから、もう戦闘終了だね。お疲れ様、皆」

 

 彼がそう言うと、アビドスの皆はやり切ったような笑みを浮かべる。だが、その笑みにも疲れが滲んでいた。ほぼ丸1日中戦場にいたのだ。無理はないだろう。

 

 彼女達は早めに休ませてあげないと──────彼はそう思いつつ、ずっと自分を守ってくれたワカモに視線を向けて。

 

「ワカモもありがとう」

「いえ、貴方様のためならば……このワカモはどの様な時でも」

 

 そう言って優雅に微笑むワカモには疲れの色が見えないが──────彼女をよく知る先生は疲労が溜まっている事が即座に分かった。彼女は聖歌隊(コーラス)、カタカタヘルメット団と連戦に次ぐ連戦で、戦闘時間はアビドスの面々よりも更に長い。彼女も早く休ませるべきだろう。

 

 彼がそう考えていると、ふと誰かに見られているような感覚を覚えた。心配の色を帯びた視線はセリカから向けられていて、おずおずとした様子で彼の顔──────正確には、彼の右眼に巻き付いている包帯を指差した。

 

「……聞いてなかったけど、大丈夫なの……?」

「これ? あぁ、大丈夫だよ。幾つか血管が破裂しただけ。そろそろ修復も終わってるかな……」

 

 先生はそう言って、右眼に巻きつけられた包帯を解いていく。それを皆は見守り、眺めている。

 そして全て解き終わると、彼は閉じられていた右眼をゆっくりと開いた。血の赤はどこにもない。瞳孔の収縮に支障はない。視界は良好。完治まではいかなくとも、日常生活に支障がないレベルまで治癒が済んでいる。

 

 規定量を超えて使用すると過剰回復により細胞がネクローシスを引き起こすデメリットこそあるものの、ナノデバイスは非常に優秀だ。頼り過ぎるのは良くないが、いざという時の保険、命を張るときの切り札には申し分ない。

 

「うん、問題ない」

「問題しかないですよ~」

「それについては全面的に同意しますわ」

 

 自身の器官の経過観察を適当極まる一言で終えた彼に鋭い言葉が突き刺さる。早く病院に行け、と言葉ではなく視線で訴えかけられている。その無言の圧力に、彼は苦笑いを返して。

 

「とは言っても、ナノデバイスが殆ど治療してくれたからね……今更医療機関に掛かっても冷やかしと思われるだけだよ。バイタルもメンタルも正常値、私は健康体そのものだ」

 

 彼は矢継ぎ早に言い訳じみた、だが歴とした真実を並べて、「それよりも」と言って生徒達を見た。

 

「私は皆の方が心配だよ。疲れてるだろう? 部室に戻ったら先にシャワーを浴びてきて。私はその間に食事を作っているからさ」

「いえ、そんな……」

「好意には甘えるものだよ。それに、私は今回は殆どお荷物同然だったんだ。これくらいはさせてほしいな」

 

 そう言って、彼は再びタブレットに視線を落とす。先日アビドスに持ち込んだレトルト食品、缶詰、冷凍食品、カップ麺をソートした表を見て頭の中で食事のメニューを考える。保存食という都合上、少々栄養が偏ってしまうが……1日ならいいだろう。果物の缶詰を使ってフルーツポンチでも作れば、不足した栄養価もある程度は補えるはずだ。

 

「へぇ~、先生って料理できるんだねぇ」

「ある程度はね。でも、今回は出来合いの物を組み合わせるだけだから凝った料理じゃないよ」

 

 ゲヘナ学園の給食部のフウカやジュリのようには出来なくとも、先生とてそれなりのものは作れる。彼女達と共に4000人を捌くために必死になってフライパンを振るったのは良い思い出であり、それ以来、2人と料理をするイベントが時折起こるようになり──────仲を深めることができた。

 特にフウカに関しては彼に料理の全てを教えてくれた師匠のような存在だ。誰かのために料理ができる楽しさを教えてくれた、大事な生徒。

 

 ──────彼女と一緒に握った包丁を、度々自決の道具に使ったことは今でも後悔している。

 

「皆は何食べたい? 生物(なまもの)以外なら、ある程度はリクエストに応えられると思うよ」

「私はご飯が食べたいです……」

「おじさんはアヤネちゃんに賛成~」

「私はなんでも大丈夫ですよ~☆」

「ん~、じゃあご飯系の何かを用意しておくよ。電子レンジとガスコンロ、使わせてもらうね」

 

 先生は、凪いだ笑顔を浮かべた。

 

 

 ▼

 

 

 シャワーを浴び、怪我の手当てを済ませ、食事を摂った彼女達は──────ベッドで熟睡していた。仰向けで寝ているシロコ。横になって寝ているセリカ、ノノミ、アヤネ。枕を抱いているホシノ。

 

 ソファに座っている先生の膝枕を堪能し幸せそうな顔で寝ているワカモ。

 

 穏やかな寝息を立てている彼女達と反するように、先生は起きて空を眺めていた。時折、ワカモの頭を撫でながら。

 

 どれくらいの時が経っただろうか。キヴォトスの青い、遠い空を見上げていると──────布が擦れる音が聞こえた。

 

「……ん……ぅ……」

 

 ベッドシーツから出てきたのはセリカだった。眠気で霞んだ瞳を数回瞬かせて、教室を見渡し────ソファに座っている先生に視線を向けた。

 

「おはよう、セリカ。よく眠れたかい?」

「……ん」

「そっか……」

 

 お互い、無言。先生は皆を起こすわけにはいかないという思い。セリカは起きたばっかりで頭が回っていないのだろう。ヘイローが点滅している彼女は、まだ大脳皮質が生み出した夢と現実の狭間に立っている。

 

 だが、暫くするとヘイローの点滅も収まり、実在に固定される。半覚醒状態から覚醒状態への遷移。くるくる廻るヘイローの円環。

 

 彼女は少し覚束ない足取りでソファに向かい──────先生の隣へ座った。近くはない、遠くもない。そんな距離感。

 

 彼女は少し居心地が悪そうに、俯きながら──────小さな声で言葉を紡ぐ。

 

「……あの……」

「うん」

「えっ、と……」

「ゆっくりで良いよ。セリカのペースで大丈夫だから、落ち着いて。私は何処にも行かないよ」

 

 先生は皆を起こさないように小さな声音でそう言うと、セリカは俯いていた顔を上げて彼の顔を真っ直ぐ見た。慈しむような、穏やかな顔でワカモの頭を優しく撫でている姿こそが、彼の本質なんだなと思って。

 

「ちゃんと、お礼を……言ってなかったって、思って……」

 

 セリカは立ち上がって彼の真正面に立ち──────頭を下げた。45°の最敬礼、赤い顔のまま彼女は混じり気のない感謝の言葉を送っていく。

 

「ありがとう、色々と……」

「あぁ──────どういたしまして」

 

 酷く穏やかな声で、彼はそう言った。本来ならば御礼を言われるほどの事ではない。生徒を助けるのは先生の本懐であり、存在意義そのもの。

 

 だが──────こうして真摯に御礼の言葉を紡いでいるセリカに対して、『礼は要らない』なんて言うのは不粋だろう。

 

「でも、この程度で認められたなんて思わないでッ。この借りは必ず返すからッ」

「ふふっ……気長に待ってるよ」

「何が可笑しいのよ……全く、もう……」

 

 言うべき事を言えたセリカは、真っ赤な顔を隠すように音を立てずドアまで歩いて行く。照れ隠し混じりの言動、後ろから見える耳まで朱に染まっていた。

 

「それじゃ、私は部室に戻るからッ」

 

 彼は部屋を出て行ったセリカを見送り──────タブレットを起動した。切り替わる世界、ズレる位相。先生はアロナの世界に降り立った。

 

 青い教室に立つ先生に──────アロナはとても心配そうな表情で話しかけた。

 

「先生……無理をしすぎかと思います。ナノマシンも鎮痛剤も万能ではありません」

「分かっているよ。だけど、今のうちにやっておかないと最悪に備えられない。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。休める時が来たら、ちゃんと休むさ」

「ですが……」

「ラインは見極めてるよ。それに、あんまり無茶をすると救護騎士団や救急医学部がやってきてベッドに縛り付けられかねないからね……まぁ、騙し騙しやっていくよ」

 

 救護騎士団も救急医学部も、かなりメンツが濃い。銃を撃つよりもシールドバッシュの方が強そうな騎士団のミネ、助けを求める声があればシャーレのセキュリティすら突破するセリナ、救護に1mmも関係なさそうなチェーンソーを持っているハナエ、死体以外は興味ないと公言するセナ。

 

 彼女達のお陰で無茶や無理を押し通せる場合もあるのだが、それはそれとして自制をしておかなければ後が怖い。誰だって包帯ぐるぐる巻きのミイラじみた姿にはなりたくないのだ。

 

 先生は苦笑いを浮かべて、近場の机に腰掛ける。俯いた顔、重力に従って垂れ下がった前髪と横髪。他の人から見えないように表情を隠す所作、アロナにはそれが時折怖く見えた。

 

「いつか、遠い星を掴むため。青空を突き抜けた先、誰かの笑顔に託す希望の光を見つけるまで……それまでは、精一杯虚勢を張ってみせるさ」

 

 アロナは知っていた。彼がよく言う『先』の話……全ての危機が去った後のキヴォトスに、彼の居場所が何処にもない事を。

 

「嫌です……そんなの。アロナには、そんなの……耐えられません……」

 

 アロナの懇願にも似た小さな嗚咽。先生は困ったような笑顔を浮かべて。

 

「……キヴォトスに居られなくなったら、外の世界を旅するのも良いかもね。もう忘れてしまった、どこにも残っていない私の……キヴォトスに来る前の世界を探して」

 

 彼は否定しなかった。居場所がなくなる事も、シャーレが不要となる事も。だが、暗い未来を見るよりも──────全てが終わったハッピーエンドを信じていたい。

 

「さ、この話はこれでお終い。本題は、プロジェクト・パラダイスロストについてなんだけど……」

 

 プロジェクト・パラダイスロスト。

 失楽園の名を冠するそれは、キヴォトス全体を巻き込む前人未到にして空前絶後の横紙破り。キヴォトスの前提そのものを覆す計画は──────先生たる彼と、連邦生徒会長によって考案されたものだった。

 

 彼女が望んだこと、彼が願ったこと。そして、彼と彼女の約束。先へ、先へ、ずっとどこまでも彼女たちの物語が続いていけるように。

 

 シリウスの光に届くようにと希った彼等が描く、彼方へ向かう巡礼の旅。

 

 そんな夢物語を実現させるために──────彼と彼女は戦っている。

 

 

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