シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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悪ノリに悪ノリを重ねて収拾不可能になった場はアヤネの怒りによって一旦リセットされ、一先ず全員が再び席に着く安定が齎された。ゲルマニウムブレスレットと覆面は各々の鞄に仕舞われ、碌な案が出なかった議題は後日の自分達に丸投げ。折角事態が好転しているのに、とアヤネは心の中で落涙した。
「……では、次の議題に移ります」
そう──────今回の定例会議の議題は1つではない。もう1件、非常に重要な議題が存在するのだ。
「カタカタヘルメット団の物資の出所についてです。先生がいらっしゃったときの戦闘、その後の奇襲作戦、セリカちゃん救出作戦……僅かな日数の間に3度も戦闘を行いました」
「そうだね〜、先生が来てから毎日が濃いよ〜」
いつもより少々長い会議が退屈なのか、それとも単純に疲れているのか眠いのか。ホシノは欠伸を噛み締めながら、机に上半身を乗せた。もう少し姿勢を良くしてください、とアヤネは内心で思いながらも突っ込んだらまた収集がつかなくなると思って無視することにした。
「その3度の戦闘はどれも大規模でした。そして、私達は全て撃退し大きい損壊を与えることに成功していますが……相手に大きい疲弊が見られません。一度前哨基地を壊滅させているのに、その翌日にセリカちゃんを誘拐する余力があるのはどう考えてもおかしいんです。
それに加えて、先の戦闘で確認された対空砲と戦車……どちらも維持するコストが高い兵器ですが、それを複数台保有していました。練度は兎も角、学校の治安維持組織とほぼ遜色ない物資量です」
アヤネはそこでいったん言葉を区切って。
「そこで、私は──────カタカタヘルメット団の活動に第三者が関与していると考えました」
「ん~……つまり、ヘルメット団にパトロンがいるってこと?」
「そうです。カタカタヘルメット団に此処を奪取するよう命令し、対価として物資等を提供する個人または組織が存在するのは間違いないかと。それに、証拠はこれだけではありません……先生、お願いします」
先生はタブレットを操作し、全員にpdfファイルを送付する。ページ数は10程であり、その全てに渡って表が記載されていた。
「先生、これは?」
「昨日、ヴェリタスとアヤネに協力してもらって纏めたデータだよ。不良達が使用していた型番の戦車がどのように市場で流通し取引されていたのかを……直近3ヶ月分。裏で行われた取引も可能な限り纏めたよ」
ユウカを通しヴェリタスに依頼を行い、集めた膨大なデータ。ミレニアム屈指のハッカー集団はブラックマーケットのセキュリティを容易く突破して見せたのだ。そのデータをアヤネと共に1日かけて吟味し、考察を行いながら文書データに纏めたものがこのファイルである。
「で、この取引の中に妙な履歴を見つけたんだ」
先生はそう言ってタブレットの画面を拡大し、それに連動していつの間にか接続していたプロジェクタースクリーンの画面が動く。
スクリーンいっぱいに表示されている取引データをアビドスの面々は食い入るように見つめて──────一番最初に、不自然な点を発見したのはシロコだった。
「……これ、もしかして盥回しにされてる?」
「そうなんですか?」
「ん、だって……」
シロコはそう言って、スクリーンを指差す。
「一件前の取引で買い手だったマーケットが、次の取引で売り手に変わっている。それも、少しの期間で……先生が言っていた妙な履歴はこれ?」
「その通り。流石シロコだ」
彼がそう言うと、シロコは満足そうに「ん」と胸を張った。
「実際に流通した台数に比べて、取引の回数が不自然なほどに多いんだ。足がつかないようにやるにしても限度がある。このやり取りを斡旋した誰かさんは余程慎重なのか、それともバレたら不味い何かがあるんだろうね……例えば、この戦車が学校襲撃に使われているとか」
足がつかないようにバイヤーやルートを経由すればするほどコストは嵩む。今回先生とアヤネが注目した取引は、いっそ病的と言えてしまうほど徹底的だった。バイヤーに別名義を態々使わせたり、誰も使わないレベルのルートを使用させたり……用心、と言うには行き過ぎている。
故に、何かがあると勘ぐるのは当然であった。
まず、コスト面。これだけ複雑な方法を使用しているのだ。発生するコストだけで余分に1台は戦車を買えてしまうだろう。ただ足取りを掴ませたくないだけなら幾分か簡略化できるのにも関わらず、この方法を選択した。
相手はそのコストを度外視できるレベルの資産を保有しているのだろう。
そして、慎重なのは……この裏取引が発覚したら不味い立場にあるからであろうと推察できる。
「この問題は私達が考えているよりも、ずっと深刻かもしれません。このレベルの資産を運用できる個人はキヴォトスには存在しないため、組織による動きだと思われますが……」
そこで、珍しくアヤネは言葉を詰まらせた。これを言ってもいいのか、という逡巡。確定ではない、妄想と呼んでも差支えないほど飛躍した考察結果をこの段階で皆に伝えることは……少々気が引けた。
「一先ず、この問題に関する進捗は以上です。今後は手に入れた部品の解析を進めて、詳細な流通ルートを割り出しを行います。引き続き先生と連携して進めていくので、何か進展があったら報告しますね……先生は、何かありますか?」
アヤネの言葉に先生は「んー」と言って。
「特には無いかな。アヤネが持つ情報は私も持っているし……あぁ、そうだ。アヤネの考察、言ってみたらどうかな?」
「いえ、ですが……」
「あくまで現段階から出せる結論の一つだから、言っておいて損はないと思うよ。先入観を持たせてしまう危惧は尤もだけど……それでも、言う価値は大いにある」
先生の真摯な、優しい温度が籠った視線と言葉に絆されたアヤネは「先生がそう言うなら……」と、自身の胸の内に留めておく筈だった考察を語り始めた。
「カタカタヘルメット団の背後の組織の詳細ですが……大企業や学校が存在すると考えています」
しん、と静まり返る室内。肌を刺すような静寂の中でアヤネは自身の考察の続きを紡ぐ。
「少し考察したんです。コストを度外視できる資産を持っていて、それでいてバレたら立場が危うくなる存在を……」
「その存在が大企業や学校だった……ってことだよねぇ、アヤネちゃん?」
ホシノの言葉にアヤネは「はい」と返して。
「ですが、結局の所、『
アヤネはそう言って、考察を締めくくった。予想以上に規模の大きい話になったのか、ホシノと先生以外は上手く情報を呑み込めていないようだ。
取り敢えず、話さなければならない事は全て話し終えた。議題もこれ以上はないため、定例会議はこれにてお開き──────そう思っていたアヤネを引き留めたのは「はーい」の声だった。
「ホシノ先輩、どうされましたか?」
「あぁ、いや、先生にちょっと聞きたいことがあってねぇ」
「私に、かい?」
自身に話が振られるとは思わなかったのか、その目を少し驚きに染めながら──────しかし、暖かな温度でホシノを見つめる。
「先生はどっちだと思う?」
どっち、とは企業か学校か──────そのどちらであるのか、という事だろう。現時点での先生の見解を聞きたいのだ。
そして、彼の意見が──────ホシノが知っている真実の一端と一致しているか否かを確かめる意図も含まれている。
「どっち、か……あぁ、学校ではないのは確実だよ」
先生は壁に背を預けながら、言葉を綴る。
「そこだけは断言できるとも。仮にアヤネの考察が正しい場合、提示された2択の中で解は企業の方になる」
「随分と自信満々だね~、何か理由でもあるの?」
ホシノの真っ当な疑問に彼は「勿論」と言って。
「学校が動いていた場合
先生は遠くを見つめながら。
「私は先生だからね。生徒を疑う事なんて、絶対にしない。最期まで信じると誓ったんだ」
「……そっか」
先生の言葉に、ホシノは満足そうに笑った。
──────きっと大丈夫。もし自分が居なくなっても、彼がいるならアビドスは迷わない。
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「……なんでまたウチに来たの」
若干呆れた様な目でそう言ったのは黒見セリカであり、その身はラーメン屋柴関の制服とエプロンに包まれていた。つまり、アビドスの面々は数日前冷やかしに行って怒られたのにも関わらず、性懲りもなく遊びに来たのだ。
違う点があるとすれば先生が初めからメンバーに入っている点と、ワカモがいない点。それと、セリカの態度がかなり軟化している点だろう。
「いやぁ、部室以外で集まれる場所なんて此処くらいでしょ? それにお腹も減ってたし~」
「人のバイト先を溜まり場扱いしないでよ、ホシノ先輩……」
セリカがジト目で見つめれば、ホシノは「たはは」と笑いながら箸でラーメンを摘まんだ。
「はい、アヤネちゃんこっち向いて。お口拭きますよー」
「自分でできますから……」
ノノミは隣に座るアヤネを甘やかそうとして、若干空回りをしていた。先の会議で一回アヤネを怒らせてしまった事を気に病んでいるのだろう。
だが、アヤネは今現在怒っているわけではなかった。2つ目の議題はきちんと真面目に聞いてくれたため、部室の机をひっくり返すこともない。済んだ話、と割り切っている。次の定例会議できちんと真面目に案を出してくれればいい──────そう、思っている。
向かいの席に座る3人を微笑ましいものを見るような優しい目で見つめていた先生であったが、ふと袖を引っ張られた。白いコートを引っ張るしなやかな指の主は彼の隣に座すシロコであり、彼女はいつも通りの表情で。
「ん、先生はもっと私を見るべき」
折角隣に座ったのだからもっと構ってほしい、そんな愛らしい欲求。何をするにもストレートな表現をするシロコらしい一言。
「ふふっ……あぁ、勿論」
「ん……」
先生は体を真正面から横に向け、シロコを見やすいように姿勢を変更し、シロコのオッドアイ……瞳孔の色が異なる瞳を眺めた。
妙な沈黙、妙な空気。それを生み出しているのは、大人の人に真正面から見つめられるというキヴォトスでは貴重な経験を現在進行形でしているシロコ。どこか、恥ずかしいような。でも、やめてほしくない。甘い痺れのような、切ない感覚。
なおシロコを見つめている先生はいつも通りであり、恥じらいも何もないフラットな心理状態である。
だが、そんな状態は長く続かない。蚊帳の外にされた3人と──────何より、この店で働いているセリカが黙っているはずがなかった。
「ちょっと先生!? こんな所でイチャイチャしないでッ! シロコ先輩もッ!」
セリカの至極真っ当な怒りに、彼は「怒られちゃったね」と悪戯っぽく笑ってシロコから視線を外した。それに少し悲しそうな、残念そうな顔を浮かべていたことはシロコの真正面に座っていたノノミしか知らない。
顔を真っ赤にして怒るセリカに、彼は「ごめんごめん」と謝り宥めていると──────不意に、入店のベルが鳴り響いた。