シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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愛した出会い達

 

 

「ちょっと待って代行! 見つけた、待っていたわよ! 連邦生徒会長を呼んで来て!」

「主席行政官、お待ちしておりました」

「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が現在の状況について納得のいく回答を要求されています」

「トリニティ自警団、守月スズミです。現状について連邦生徒会長の意見を聞きに参りました」

 

 レセプションルームに到着した先生とリンを出迎えたのは、混乱した雰囲気と厳粛な対応を求める声だった。

 

 ミレニアムサイエンススクール、セミナーの早瀬ユウカ。

 トリニティ総合学園、正義実現委員会の羽川ハスミとトリニティ自警団の守月スズミ。

 ゲヘナ学園、風紀委員の火宮チナツ。

 

 ざわついている外野から代表するように声を上げたこの四人は、キヴォトス屈指のマンモス校の代表組織、あるいは治安維持組織に属している。ゆえに、ここで起きている未曽有の事態の責任を問いに来たのだろう。

 

 連邦生徒会の首席行政官たるリンの到着に、彼女達を押しとどめ対応していた行政官の顔色が明るくなった。反面、リンは顔を顰めた。

 

「あぁ……面倒な人達につかまってしまいましたね」

 

 ポツリと呟き、ため息を一回。そして、リンは頭を切り替える。

 

「こんにちは、各学園から態々ここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん。こんな暇そ……いえ、大事な方々が此処を訪ねてきた理由はよく分かっています。今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために……でしょう?」

 

 言葉の節々に毒と皮肉を混ぜつつ、確認を取る。それは言外に『お前達にかまっている時間と余裕はない』と言っているようであった。

 尚、この場にいながら現状仲間外れの先生は『リン(この子)も中々タフだよねぇ』なんて、至極どうでもいい感想を抱いている。

 

「そこまで分かっているなら何とかしなさいよ! その為の連邦生徒会なんでしょ! 数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ! この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」

「連邦矯正局で停学中の生徒達について、一部が脱走したという情報もありました」

「スケバンのような不良達が登校中のうちの生徒達を襲う頻度も、最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています」

「戦車やヘリコプターなど、出所のわからない武器の不法流通も2000%以上増加しています、これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」

 

 ユウカ、チナツ、スズミ、ハスミの順で現状を口にする。学生の自治が、治安維持機能が完全に麻痺していることが痛いほどよく分かる惨憺たる状態だった。

 電力というライフラインの途絶、キヴォトスの規範から外れてしまった生徒達、そしてそれらの危険な集団に武器という手段を提供する何か。

 

 つまり、キヴォトスは割と崖っぷちであった。尤も、先生が知るエデン条約絡みの件等に比べれば随分可愛らしい火遊び程度であるが、それでもかなり不味い状況であるのには変わらない。

 

 リンは無言で、彼女達の析出した不満に耳を傾けている。

 

「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの? どうして何週間も姿を見せないの? 今すぐに会わせて!」

「連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」

 

 キヴォトスの行政全てを一手に担い、運営している機関の最高責任者の不在。それはこの場にいる全生徒を驚愕させるには充分すぎる威力の爆弾であった。

 

「……え!?」

「……!」

「やはりあの噂は……」

 

 ユウカ、チナツ、ハスミは驚愕で目を見開く。スズミはその言葉がまだ真実か否かを判断しかねているようで、驚愕を表情に出さずリンに視線を向けた。『続きを』と。

 

「結論から言うと、サンクトゥムタワーの最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。認証を迂回できる方法を探していましたが……先ほどまで、その様な方法は見つかっていませんでした」

「それでは、今は方法があるということですか、首席行政官?」

 

 その言葉にリンは「はい」と肯定して、少し身体を横に移動させた。先生の姿を4名に見せるように。

 

「この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」

「この方が?」

 

 投げかけられた視線を先生は受け止め、リンの半歩後ろから……半歩前へ。物腰は柔らかに、紡ぐ言葉一つ一つに万感の思いをのせて。この出会いに祝福を。

 

「初めまして。私は連邦生徒会長から、とある部活の担当顧問を拝命した『先生』だよ。これからよろしくね」

 

 先生を知らぬ君達へ送る、君達を知っている先生からの『はじめまして』。

 

「え、あ、はい……よろしくお願いします……」

 

 ユウカは現在進行形で彼に掻き乱されていた。初対面のはずなのに、そうだとは思えない。彼を見ていると安心して、優しい気持ちになって、でも涙が出るほど悲しくて、死んでしまいたいほど悔しくて……どうしようもないほど、愛おしくて。

 

 差し出された右手。繋いだら何処までも連れて行ってくれそうな、優しくて暖かい温度。ユウカは恐る恐る、その指先に触れようと手を伸ばし──────。

 

「────じゃなくて! 挨拶してる場合じゃ……!」

 

 はっと正気に戻る。まるで自分が自分でなくなったような感覚だった。先生に酩酊したような、夢を見ていたような……そんな感覚。

 湧き出した感情を隠すように、触れようとした手を押さえるようにユウカは本題へと逃避した。先生を視界から意図的に外して、リンだけを見る。この状態で彼を見てしまうと────今度こそ、あの胸で泣いてしまいそうだったから。

 

 先生が手を差し出してくれたのに握手しなかった事にユウカは罪悪感を覚えるものの、当の本人はあまり気にしていない様子で微笑んでいた。『握手はお預けだね』なんて思いながら。

 

「彼をバックドアとして、サンクトゥムタワーの権限にアクセスします。先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げたある部活の担当顧問として、此方に来る事になっていましたから可能なはずです」

「その部活は?」

「連邦捜査部、シャーレ。

 便宜上部活と呼称しておりますが、一種の超法規的機関です。所属は連邦組織になりますのでキヴォトスに存在する全ての学園の生徒たちを制限なく加入させる事が可能です。更に各学園の自治区で、制約なしで戦闘行動も許可されています。

 なぜ、これだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが……」

 

 彼女の疑問は尤もだろう。言うなれば簡易的な連邦生徒会。しかもフットワークは比較的軽く、権力以外に武力も行使することができる。各学園の生徒会や治安維持部隊には良い顔はされないだろう。公的に治外法権が認められている組織なんて不信感しか抱かれないはずだ。

 

「シャーレの部室はここから30km離れた外郭地区にあります。今は殆ど何もない建物ですが……連邦生徒会長の命令でその建物の地下に()()()()を持ち込んでいます──先生を其処にお連れしなければなりません」

 

 リンはそう言って、端末を取り出して連絡先をタップ。数コールした後、回線が繋がった。

 

「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」

『シャーレの部室? ……ああ、外郭地区の? そこ、今大騒ぎだけど?』

「大騒ぎ?」

 

 オウム返しの様に呟かれた疑問の言葉。リンの知らない所で、既に事態は大きく動いていたのだ。

 

『矯正局を脱出した停学中の生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ』

「……うん?」

 

 事態がまだ飲み込めていない様子のリン……否、飲み込んでいるが故に、それを現実と認めたくないのだろう。それを認めるということはつまり、解決しなければならない事件が一つ増えるということだから。

 

 リンの眉間に皺が寄る。

 

『連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に周りを焼け野原にしているみたいなの。巡航戦車までどっかから手に入れて来たみたいだよ? それで、連邦生徒会所有のシャーレ部室を占拠しようとしているみたいなの。まるでそこに大事なものがあるみたいな動きだけれど?』

「…………」

『まあでも、とっくに滅茶苦茶な場所なんだから別に大した事な────あ、先輩! 頼んでいたお昼ご飯のデリバリーが来たから、また連絡するね!』

 

 一方的に切られた通話。居心地の悪い沈黙が流れて、リンの持つ端末から画面が剥離する音と軋む音が聞こえた。集まった4人の生徒は、リンの余計な怒りを買わない様に少し距離を置いている。

 

 特に罪はないが虐待されて現在進行形で悲鳴をあげているスマホに合掌しながら、先生は「大丈夫?」と穏やかに声をかけた。冗談抜きで、彼には彼女が心労で倒れて胃に穴が空いてしまいそうに見えた。終わったらきちんと労ってあげなきゃ、と思って。

 

「……大丈夫です、少々問題が発生しましたが大したことではありません」

 

 そう言って、一歩引いた4人をじっと見つめるリン。ユウカ達は面倒事の気配を感じた。

 

「…………?」

「な、何? どうして私達を見つめているの?」

「丁度此処に各学園を代表する立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」

 

 微笑みかけながらユウカ達を見るリンを見て、嫌な予感が見事に的中したと悟った彼女達。心なしか顔が引き攣っているような気もする。

 

「…………えっ?」

「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」

「ちょ、ちょっと待って! ど、どこに行くのよ!?」

 

 事態が飲み込めていないユウカと、これまでの経験から全てを把握している先生を一瞥して、リンは晴れやかな口調で告げた。

 

「勿論、先生が行かなければならない場所……戦場の中心地(シャーレ)です」

 

 

 ▼

 

 

 キヴォトス郊外の公道、暴徒と化した生徒達が占領する戦場が目的地だ。

 

 交通手段は近場まで車、その後は徒歩。本来ならヘリを使った方が良いのだが、チャーターするモモカがお昼休憩中だった事と万が一RPG等で撃墜されたら目も当てられない為、却下になった。

 

 尚、先生と生徒4名を戦場まで送り届けたリンは「では、後は任せます。くれぐれも先生をお守りする様に。私は後程別働隊を率いて合流しますので」とだけ告げて、車ごと去ってしまった。

 それを4人はぽかんと口を開けて、先生は「気をつけてね〜」と呑気に手を振りながら見送った。

 

 車が見えなくなった位で4人は再起動する。

 

「……何で私達が戦場に出ないといけないのよ!」

「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すために部室の奪取は必須条件ですから……」

「そうだけど! それは聞いたんだけど! 何でミレニアムのセミナー所属の私が……」

 

 気が立ち荒ぶるユウカと、それを宥めるチナツ。それなりに学園内で上のポストに就いているユウカはデスクワークがメインで、荒事に駆り出される経験はここ最近なかったのだ。別に戦闘行為が苦手なわけではないが、突然戦場のど真ん中に放り出されると流石に困ってしまう。

 

 対する、ハスミとスズミはそこまで慌てる事なく戦闘準備をテキパキと進めている。それぞれ正義実現委員と自警団に所属している2人だ。きっと連邦生徒会の件を聞いた後は、鎮圧に協力するつもりだったのだろう。

 

 その全てに『懐かしいな。愛おしいな』と思い、ユウカ達の方へ歩いていく。ブツブツと小言を呟いているユウカの手を握って、真っ直ぐその瞳を見て。

 

「ごめんね、巻き込んで。あとで埋め合わせはさせて貰うから、今は協力してほしい。連邦生徒会も人手が足りなくて形振り構ってられないんだ」

「──────ッ!」

 

 触れた手と手、そこから伝わる体温。35度台の少し冷たい彼の掌が、ユウカの手を優しく包み込む。鼻腔を擽るホワイトリリーは彼の香り。

 

「お願いだよ……頼めるかな?」

 

 そう言って先生の顔が蠱惑的に歪んだ瞬間、ユウカの頭がくらりと熱くなった。

 

「わ、分かりました! 協力すればいいんですね! 連邦生徒会直々の頼みは元々断れませんし……キヴォトスの為の行為は、結果的にミレニアムのためになりますし! それに、ここで先生に恩を売っておいた方が良いと合理的に判断したので! えぇ!」

 

 その熱に浮かされたように矢継ぎ早に言い訳の様な言葉を並べるユウカに、先生は「ありがとう、助かるよ」と言いながら彼女の頭を優しく、形を覚えるように撫でている。ユウカも健康的な肌に少し茜を散らして、満更でもない様子だ。

 

 チナツは若干引いていた。先程まで『私は反対です! 嫌です!』と全身で表現していたのが嘘だったように絆されている。幾らなんでもチョロすぎではないだろうか。その内詐欺に引っかかりそうだ、と変な心配をしていた。

 

 ひとしきり撫で終わって満足したのか、先生はユウカの頭から手を離した。それを名残惜しそうに、ちょっと残念そうにユウカが見ていたのは錯覚ではないだろう。

 

 ハスミは長銃を担いで先生の方を向く。頭の固いセミナーの生徒の意見を10秒も掛からずに曲げてみせた人心掌握術に感心しているのだろう。彼女の内側、僅かに燻っていた猜疑心は先程の先生の言動で消え去った。

 

 ──────それに、この人を疑いたくないのだ。何故だか分からないが、この人は無条件で信頼していいと、心の奥が叫んでいる。

 

「連邦生徒会所属ともなれば、主要な生徒は把握済みでしょうか? ですが一応、自己紹介を。正義実現委員会の羽川ハスミです」

「あぁ、えっと、ゲヘナ学園、風紀委員の火宮チナツです。よろしくお願いします」

「トリニティ自警団の守月スズミです」

「わ、私は早瀬ユウカです。ご存知の様ですが」

「宜しくね。私の事は、気軽に『先生』と呼んでくれると嬉しいかな」

 

 ──────この出会い達が愛おしいから、私は何度だって。

 

 誰かを傷つけられない拳を固く握りしめて、この少女達は必ず守りきってみせると天に宣言する。

 空の果てで嗤う悪意を越え、死線を越える鉄の決心。前人未踏の境地に足を踏み入れる第一歩。それが地獄への片道切符であろうと、数多の神話への挑戦だろうと────全て捩じ伏せ踏破して見せよう。

 

「戦術指揮は私がやるよ。情けない事に銃弾一発で死ぬから、前線では戦えないし後方から無線越しにはなるけどね……あぁ、安心して。こういった事は得意なんだ」

 

 異なる世界で何度も死線を越えてきた仲間達だ。たとえ記憶が欠落していようと、魂に刻まれた思い出達は消えはしない。彼女達のことは本当によく知っている。そして、これから戦う彼女たちの事も。

 この指揮能力こそが己の全てだ。最初は素人もいい所だったが学習とループを経て、長所と呼べるものへ昇華した。例え、頼れる相棒がいなくても問題はない。意識を拡張し、視座を高く。全てを第三者視点で見下ろし、リアルタイムで最適な戦闘手順を組み立てる。

 

 ガラリと切り替わった雰囲気を感じ取って、生徒達も愛銃を握りしめる。この人ならば、或いは──────と思ったのだろう。彼女達は力強く頷いてくれた。

 

「────了解しました、先生の指揮に従います」

「先生の言葉に従うのは自然な事、よろしくお願いします」

「信じます、先生」

「わ、分かりました……お願いします、先生!」

 

 生徒達からの信頼が心地よい。まるでそよ風に背中を押されているような気分だ。今だったら何だってできる気がする。

 

「────さぁ、行こう」

 

 勝利条件は、シャーレ部室の無傷での奪取。

 敗北条件は、シャーレ部室の損壊、又は先生の死亡。

 

 この世界で初の、先生の戦いの幕が切って落とされた。

 

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