シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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便利屋来訪

 ランチと夕食の間、飲食店においては最も客入りが疎らになる時間帯の来訪客はこの辺りでは見ない顔の生徒であり、見慣れない制服を纏っていた。

 

 おずおず、といった様子でドアを開けたのは紫髪の少女、伊草ハルカであり────便利屋の構成員の一人。彼女の姿を見た途端、セリカはアビドスグループが座っているテーブルから離れて来客を出迎えに行く。花が咲いたような笑顔を携えて。

 

「あ、あのぅ……」

「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」

「……こ、ここで一番安いメニューって、お、おいくらですか?」

「一番安いのは580円の柴関ラーメンです! 看板メニューなんで、美味しいですよ!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 セリカがそう言うと、ハルカは勢いよく頭を下げた。そして、ぞろぞろと店内に入る少女達。その人数はハルカを含めて4人。便利屋のメンバー勢揃いであった。

 

「えへへっ、やっと見つかった、600円以下のメニュー!」

「ふふふ。ほら、何事にも解決策はあるのよ。全部想定内だわ」

「そ、そうでしたか、さすが社長、なんでもご存知ですね……」

「はぁ……」

 

 嬉しそうな顔のムツキ、何故か自信満々の顔のアル、ハルカの顔も何処か嬉しそうだ。ただ、そんな3人に反するように頭の痛そうな、微妙な表情を浮かべているのはカヨコであり、溜息を吐きながら入店していた。

 セリカは騒がしい便利屋の少女達に、内心『愉快な人達だな』と思いながら、笑顔で接客対応を行う。

 

「4名様ですか? では、テーブル席へご案内します!」

「んーん、どうせ1杯しか頼まないし大丈夫」

「1杯だけ……? でも……どうせならごゆっくりお席へどうぞ。今は暇な時間なので、空いてる席も多いですし」

 

 セリカが流し目で視界に入れた店内はかなり空いていた。テーブル席もカウンター席も使っていない箇所の方が多い。だから、例え1杯でもゆっくりと過ごしても大丈夫────そんなセリカの親切心からの提案にムツキは嬉しそうな、人好きのする笑顔を浮べた。

 

「おー、親切な店員さんだね! ありがとう、それじゃお言葉に甘えて」

 

 ムツキは「あ」と声を出して、セリカの方へ振り返り。

 

「わがままのついでに、箸は4膳でよろしく。優しいバイトちゃん」

「えっ? 4膳ですか? ま、まさか1杯を4人で分け合うつもり?」

 

 ムツキのお願いにセリカは驚きの声を上げて────途端、ハルカが土下座でもするような勢いで頭を下げた。

 

「ご、ご、ごめんなさいッ。貧乏ですみません! お金がなくてすみません!」

「あ、い、いや……! その、別にそう謝らなくても……」

「いいえ! お金がないのは首がないのも同じ! 生きる資格なんてないんです! 虫けらにも劣る存在なのです! 虫けら以下ですみません……!」

「はぁ……ちょっと声デカいよ、ハルカ。周りに迷惑……」

 

 ハルカから発せられる卑屈な謝罪の数々に、カヨコは溜息を吐きながらも宥めに行く。彼女達にとってハルカがこうなるのは日常であった。

 だが、初対面のセリカはそうではない。突然頭を下げられ、畳みかけるように浴びせられた謝罪の数々。しかも、お金がないことに対する謝罪。

 

 お金がなくて困っているその様子がアビドスや自身の境遇と重なり、他人とは思えなくなってしまったセリカは目を見開いて、力強く言葉を発した。

 

「そんな! お金がないのは罪じゃないわよ! 胸を張って!」

「へ? ……はい!?」

「お金は天下の回りもの、ってね。そもそもまだ学生だし! それでも、小銭をかき集めて食べに来てくれたんでしょ? そういうのが大事なのよ!」

「えー……っと……」

「もう少し待っててね。すぐ持ってくるから」

 

 言うや否や、即座に厨房の方へ駆けていったセリカ。その瞳には使命感にも近い色が籠っていて止めるのも憚られた。

 

 店の入り口で取り残された便利屋の少女達は嵐に見舞われたような顔をしながら、近くのテーブル席に腰を下ろした。

 

「……何か妙な勘違いをされてるみたいだけど?」

「まあ、私達はいつもはそんなに貧乏ってわけじゃないんだけどね? つい最近、先生の達成報酬も貰ったし……強いて言えば、金遣いの荒いアルちゃんの所為だし」

 

 便利屋は先生の依頼通り、カイザーからの依頼を突っぱねた。それに対する報酬は勿論支払い済みであったが……わずか数日で使い切ったのだ。過度な贅沢をしなければ便利屋全員が1年間何もせずに暮らしていけるほどの資金を。

 

 それに加えて、アルは先生から提示された前金を受け取らなかったのだ。私のモットーに反する、と言って。成功報酬しか受け取らないと公言する彼女らしいが、中々に損な立ち回りをしているような気もする。

 

 故に、便利屋はギリギリの生活を営んでいた。ラーメン1杯を4人で分け合わなければならないレベルの。

 

「アルちゃん、じゃなくて社長でしょ? ムツキ室長、肩書はちゃんと付けてよ」

「ん? そもそも仕事しに来た訳じゃないじゃん? ところで、社長のくせに社員にラーメン1杯奢れないなんて」

「ぐっ……」

「色々溜め込んだ支払いとか、装備とかを新調する為に報酬ほぼ全部使っちゃったし~」

 

 背もたれに身体を預けながらムツキはけらけら笑う。それとは対照的に、ムツキの前に座るアルの顔は苦かった。痛いところを突かれたのだろう。確かに、社員に夕食も奢れないような甲斐性なしな現状には思うところはあるが……それでも、余裕を携えた微笑みは崩さない。最もそれは虚勢であり、余裕ぶった顔のすぐ裏側には、所謂『アルらしい』顔が存在することは……便利屋の面々には周知の事実だった。

 

「ふふふ。でも、こうして実際ラーメンは口にできるわけでしょ? それくらい想定内よ」

「たったの1杯分じゃん。せめて4杯分のお金は確保しておこうよ……」

「ぶっちゃけ、忘れたんでしょ? ねぇ、アルちゃん。夕飯代取っておくの、忘れたんでしょ?」

「……ふふふ」

 

 ムツキとカヨコが問いかけるものの、アルは明言せずにただ微笑むばかり。どう考えても図星であり、今の笑みはそれを隠すためのものだった。社員にカッコ悪い所を見せたくない、という年頃な少女らしいプライドは質問に対し黙秘権を行使した。

 意味深に、似合わない微笑を浮べているアルに対してカヨコは本日何度目か分からない溜息を零した。

 

「はぁ……」

「でも、本当にあのお金を一瞬で使い切るなんてね。アルちゃん、もうちょっと計画立てたら?」

「うるさい! じゃあ次の依頼が来て、報酬が手に入ったらすき焼きにするわ!」

 

 ムツキの小馬鹿したような愛らしい棘とカヨコの溜息に刺されたアルは机を軽く叩きながらそう叫んだ。どう考えてもラーメン屋でする話ではないが、今回それを指摘する者はいない。隣のテーブルに座るアビドスの面々は絶賛先生をおもちゃにしている。

 

 力強いアルの宣言に、ムツキとカヨコは目を白黒させながら顔を見合わせ────それからアルを見た。『そんな事言って後々後悔しない?』と思いながら。

 一方、ハルカはアルの言う『すき焼き』なる料理が分からないようであり、おずおずと問いを投げかけた。

 

「すっ……すき焼きとはっ……!? それは一体!?」

「大人の食べ物だね、すごく高価な……」

 

 カヨコが代わりに答えると、ハルカは途端に目を輝かせた。

 

「う、うわぁ……私なんかが食べていいものなんでしょうか? 食べた後はハラキリですか……?」

「ふふふ、ウチみたいなスゴイ会社の社員なら、それぐらいの贅沢はしないとね」

「へぇ〜、やる気満々じゃん、アルちゃん。あれ以来、間違い電話しかかかってこないのに」

「アルちゃん、じゃなくて社長!」

「はい、お待たせいたしました! お熱いのでお気をつけて!」

 

 4人で賑やかにしていると、セリカが注文の品たるラーメンを持ってきた。テーブルの中央に置き、伝票を端に置いた彼女は看板娘然とした笑顔を浮べた。

 

 そして、注文した柴関ラーメン並盛は────どう考えても並盛の量ではない。大きな器に(うずたか)く盛り付けられたラーメンはフードファイターが番組の企画で注文しそうな分量であった。思わず、便利屋の4人は顔を驚愕に染め、声を上げる。

 

「ひえっ、何これ!? ラーメン超大盛りじゃん!」

「ざっと、10人前はあるね……」

「こ、これはオーダーミスなのでは? こんなの食べるお金、ありませんよぅ……」

「いやいや、これで合ってますって。580円の柴関ラーメン並! ですよね、大将?」

 

 量に驚くムツキ、オーダーミスを疑うカヨコ、お金の心配をするハルカ。彼女達の内側に渦巻く疑念や不安といったものを払拭するようにセリカは声を上げて、笑顔で首を横に振って否定の意を表した。そして、セリカに呼ばれた大将は厨房から顔と右腕を覗かせてサムズアップ。とても良い笑顔であった。

 

「あぁ、ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ。気にしないでくれ」

「大将もああ言ってるんだから、遠慮しないで! それじゃ、ごゆっくりどうぞー!」

 

 セリカはそう言って、厨房へ戻っていった。残されたのは推定10人前の麺に、これでもかとトッピングが盛られた柴関ラーメン。並盛という建前すら彼方に置いてきたカロリーモンスターを前に、便利屋の面々は露骨に顔を輝かせた。

 

「うわぁ……」

「よく分かんないけど、ラッキー! いっただきまーす!」

「……ふふふ、さすがにこれは想定外だったけど、ご厚意に甘えてありがたく頂かないとね」

「食べよっ!」

 

 大将とセリカの好意に感謝しながら、便利屋の少女達はそれぞれ箸とレンゲ、取り皿を手元に寄せる。皿に取り分けたラーメンとスープからは暖かな湯気が立ち昇っており、鼻孔を良い香りが擽る。

 

 シャーレの先生とカイザー。対立しているであろう2項の中心点に立つアビドスにどのような人物が所属しているのか物見遊山気分で見に来たのは良かったが、洗礼を受けるかの如く砂漠で遭難しかけた。その後、何とか住民がいる場所まで辿り着き、昼食を取ろうと思ったが金額オーバーの店しかなく。それから更に徒歩に徒歩を重ねて漸くこの店に行き着けたのだ。

 

 そのような苦労も相まって、580円のラーメンが至高に見えてきた。アルは唾を呑み込み、熱々の麺をスープと共に一気に頬張る。

 そして、その瞬間、アルの顔が驚愕で染まった。

 

「!!」

「お、おいしいっ!」

「なかなかイケるじゃん? こんな辺鄙な場所なのに、このクオリティなんて」

 

 アルに続く形で他の3人も口に運び、一様に驚きの声や表情を浮かべた。580円で食べれる食事のクオリティとは思えない美味しさに便利屋の面々が舌鼓を打っていると、ふと隣の席から声が掛かった。

 

「でしょう、でしょう? 美味しいでしょう?」

 

 全員が声の方に顔を向ければ、そこには屈託のない満面の笑みを浮かべた少女が居た。通路の方に身体を向け、少し身を乗り出した彼女はとてもフレンドリーな様子で頷いている。

 

「あれ……? 隣の席の……」

「うんうん、ここのラーメンは最高なんです。遠くから態々来るお客さんもいるんですよ」

「ええ、分かるわ。色んな所で色んなのを食べてきたけど、このレベルのラーメンは中々お目にかかれないもの」

 

 アルがノノミの言葉に同意すると、その後ろからアヤネが嬉しそうな顔を覗かせた。他にもシロコとホシノも顔を覗かせており、2テーブルの間でアビドスとゲヘナの学園間交流が始まりそうになっていた。

 

「えへへ……私達、ここの常連なんです。他の学校の皆さんに食べていただけるなんて、なんか嬉しいです……」

「その制服、ゲヘナ? 遠くから来たんだね」

「私、こういう光景を見たことがあります。一杯のラーメン、でしたっけ……」

「うへ~、それは一杯のかけそばじゃなかったっけ?」

「……」

 

 アルとハルカ、アビドスの4人が楽しそうに話している傍ら、カヨコは無言を貫き────そっとムツキに小声で耳打ちした。

 

 ────連中の制服。

 

 彼女達4名の胸に下げられている生徒証、太陽と正三角形の校章は紛れもなくアビドス高等学校のものであり、自身達が興味本位で見に来て、探せなかった存在達。別に協力するつもりも敵対するつもりもないが、こんな所で見つかるなんて。

 

 ────あれ、ホントだ。じゃあ、もしかして……。

 

 そう思って視線を奥の方に向けると────腕章が付けられた白のコートに身を包んでいる青年がいた。奥の方に座っている彼は、覗き込まなければ視認できないだろう。

 彼は2人の視線に気づくと、悪戯っぽい笑みを浮かべて人差し指を唇の前に立てた。

 

 自身抜きで他学校との異文化コミュニケーションを楽しんでいる彼女達の邪魔をしたくない────そんな先生の心情。この状況を楽しんでいないと言えば嘘になるが、根底はそれである。だから、2人にも先生(ノイズ)の存在は黙っていてほしいのだ。

 

 そんな言葉として発せられていない先生の願いを受け取った彼女達は。

 

 ────先生も放置してるし、面白いから放っておこ。

 ────これでいいのかな……。

 

 取り敢えず、黙っていることにした。

 

「うふふふっ! いいわ、こんな所で気の合う人達に出会えるなんて。これは想定外だけど、こういう予測できない出来事こそ人生の醍醐味じゃないかしら」

 

 とても楽しそうな笑みを浮かべるアルを尻目に、2人は目の前のラーメンを啜った。

 

 

 

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