シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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「それじゃあ、気を付けてね!」
「お仕事、来るといいね!」
「あははっ、了解! あなた達も学校の復興、頑張ってね! 私も応援しているから! それじゃあ!」
ラーメンを食べ終え、会計を済ませて店を出たアル。心からの笑顔を浮べながら手を振る彼女の先には、同じ笑顔を浮べたアビドスの少女達が手を振り返している。
便利屋とアビドスは会話を楽しみ、食事を共にした僅かな時間で友人になった。お互いの身の上の話や、その他諸々。アビドスは便利屋を知り、便利屋はアビドスを知る。先生が望んだ友人関係は瞬く間に構築された。
なお、結局アルは先生の存在に気付かなかったため、カヨコは呆れ、ムツキは笑った。
視線の先、アビドスの少女達の背が見えなくなるまで手を振っていたアルは、満足げに笑顔を浮べている。そして、完全に見えなくなった後、少し寂しそうに、別れを惜しむように呟く。
「……いい人達だったわね……」
その声に答える者は居なかった。カヨコは『コイツまじか』と言わんばかりの微妙な表情を浮かべている。アル達の会計も纏めて行ってくれた彼の顔を見てないのかと。ムツキは満面の笑み、ネタばらし後のアルの表情が楽しみで仕方ないとしか言い様がないもの。
カヨコはムツキにアイコンタクト。もう頃合いだろう、と。その答えは悪戯っぽい笑み、即ち了承。カヨコはまた溜息を吐きながら、言葉を紡いでいく。
「社長……あの子達の制服と奥に座ってた人、気付いた?」
「えっ? 制服? 奥に座ってた人は私達の会計も纏めてしてくれた人よね? 良いわよね、ああいうスマートな大人……アウトローではないけど、目指すべき大人って感じがするわ」
そう言って何処か満足げに頷くアルは本当に気付いていない様だった。お礼を言ったときに顔を見ていないのだろう。
「アビドスだよ、あの子達。社長の思い付きで今日探していた子達。一緒にいたのはシャーレの先生。私達に依頼してくれた人」
カヨコの呆れ交じりの言葉に、アルは目をぱちぱちしながら咀嚼し呑み込んでいく。
アビドス、先生……シャーレ……今日の、目的……。
そして、真実に辿り着いたアルは白目を剥いて叫んだ。
「なななな、なっ、何ですってーーーッ!!!???」
「あははは、その反応ウケる~!」
「うるさっ……本当に気付いてなかったんだ」
「えっ、そ、それって今日私達が探していた方達ですよね……」
アルの絶叫は市街地ならば確実に近所迷惑になっていた声量であった。ハルカも気付いていなかったのか、その表情を驚きで染めている。
「う、嘘でしょ……あの子達がアビドス? う、うぅ、なんて運命の悪戯……」
「何してんの、アルちゃん。これで目的は果たしたでしょ? ほら、帰るよ」
「ちゃんと『先生が与しているアビドス高等学校及び所属生徒の調査』は終えれたし、成果なしって結末にはならなかった。これ以上、私達がここに留まる理由はない」
カヨコはそう言って、「電車あるかな……」と呟きながらスマホに視線を落とす。過疎地帯ということもあり、電車の本数はかなり少ない。それこそ、この時間がラストの便ということもあり得るのだ。
公園でのテントを用いた野宿の経験はあるが、こんな砂漠地帯で野宿などしたくない。髪や肌、服が砂まみれになってしまう。顔が怖いだの何だの言われるカヨコであるが、18歳の多感な少女。砂まみれは乙女的にNGであった。
────当初のアルの予定では『そう、貴方達が……先生の……』とアビドスの面々に意味深な事を言ってカッコつけるつもりだったのだ。理由はなんかかっこよくてアウトローっぽいから、というアルにとっては非常に重要な、それ以外の少女達にとっては至極どうでもいい理由がある。
何はともあれ、アルの予定や計画通りとは行かないものの、無事にアビドスの面々と会え、交流を深め、その実情を把握することができた。成果としては上々だろう。
「でも、アルちゃん良かったね~。カイザーの依頼受けてたら、あの子達と
ムツキの言葉にアルは息を呑んだ。先生があの日に来なければ、きっとカイザーコーポレーションの依頼……アビドス高等学校襲撃を受けていたはずだ。そうなった場合、あの少女達……自由と混沌を肯定する問題児だらけの『ゲヘナ学園』の生徒だと知ってなお、優しく笑顔を向けてくれた彼女達と矛を交えなければならなかった。
善人しか形容する言葉が見当たらない少女達に、お金が無い自分達に気を遣ってラーメンを大盛りにして出してくれた少女達に非情にも銃口を向け引き金を引く未来が、一歩間違えれば現実になっていた。想像するだけでも、アルの心は揺れ動いてしまう。あの人達に銃口を向けずに済んで良かったと、心から思う。
「それにしても、復興か……なんでカイザーはあの学校に拘るんだろうね」
「宝探しだよ。あの砂漠に沈んだオーパーツを見つけるのにアビドスが邪魔だった……そんな、身勝手極まる理由さ」
カヨコの疑問に答えた人物は、便利屋の真正面から現れた。春の陽のような、命の息吹を謳う口調。浮かべた微笑みは優しく、暖かい。真白いコートに身を包んだ青年は軽く手を振って。
「久しぶり……って、言うほどじゃないか」
「あ、先生だ。やっほ~」
「先生!? いつからそこにいたの!?」
先生はにこやかな笑みのまま「さっき戻ってきたばかりだよ。人払いを終えて、ね」と言った。
彼の発言通り、ここは人払いが完了している。この場にいるのは先生と便利屋の少女達を除くとラーメン屋の店内にいる客と店員だけ。そして、店の中から外の音は聞こえない。
加えて、彼はアロナの能力を用いてこの場のあらゆる電子機器を一時的に機能停止に陥れた。言うなれば、電子的な空白地帯。全てのデータに残らない会合であった。
「……宝探し? 大企業がそんなものに夢中になるなんて……」
「まあ、大事な物なんだろうね……彼等にとっては」
方舟は確かにキヴォトスの切り札になり得るだろう。だが、それを扱う彼等のスケールが小さい。視点が狭い。児戯と呼んで差支えない程度だ。支配者を気取るには器が足りていない。そも、武力と権力で敵を捩じ伏せる時点でより大きな武力で叩き潰されるのは自然の摂理。新たなる支配者になる手段として暴力を選択した時点で、彼等の敗北は決まっていた。
「まあ、権力ばかり手に入れた頭の足りない大人の誇大妄想だよ。そんなものは鼻で嗤ってあげるのが礼儀さ」
「随分辛辣だね。嫌いなの?」
「嫌い、というわけではないよ。手段も方法も思想も気に食わないけど、憎んでもいないし嫌ってもいない。興味がある訳でもないから……無関心、と言うのが正しいかな」
宝探し、なんて巫山戯た理由でアビドスとそこで過ごしている生徒達を狙う事には怒りを覚えるが……それまでだ。傍迷惑な特権階級への憧れに取り憑かれた唯の大企業に思考のリソースを割くほど、先生は暇じゃない。カイザーに割くくらいならば、その背後にいるゲマトリアについて思考した方がよほど建設的で価値があるだろう。
先生の吐き捨てるような発言に便利屋の面々は少し驚きながら、ハルカは「あ、あの……」と控えめに切り出した。
「せ、先生はどうして此処に……いえっ、も、勿論、悪いわけじゃないですけど……」
「そんなに卑屈にならないで。可愛い顔が台無しだよ、ほら笑顔笑顔」
先生はそう言ってハルカの近くまで歩いて行き、その頬にそっと触れて──────笑顔を形作らせる。少し歪ながらもさっきの泣きそうな、自身を責め立てるような顔よりもずっと綺麗で、ハルカらしい顔。それを至近距離かつ真正面という特等席で見た先生は花が咲いたような笑みを浮かべて、言う。
「うん、やっぱり君は笑顔が一番可愛いよ、ハルカ」
「……あ、うぅ……」
先生の殺し文句にハルカは顔を真っ赤にして俯いた。可愛いとか、笑顔とか。そういった優しい言葉を投げかけられた経験なんてハルカには数えるくらいしかない。しかも、こんな真正面から混じり気のない純粋な言葉を伝えられた経験なんて──────皆無だった。だから、どんな態度を取ればいいか、どんな言葉を伝えればいいか分からなくて。
自身を救ってくれたアルと、唯一の居場所の便利屋。それ以外で、自身の存在を無条件で肯定してくれる人がいるなんてハルカは思わなかった。自分にそんな資格なんてない、と思って俯いても彼は気を全く悪くせずに微笑むばかり。瞳にこもる感情は溢れんばかりの慈愛、触れる手の温度がそのまま彼の暖かさを表している。
そうやって俯きながら百面相しているハルカをただ穏やかに見ている先生に、アルは訝し気な視線を向けた。
「ちょっと先生? 私の社員を口説かないでくれるかしら?」
「口説いたつもりはないんだけどなぁ……」
彼はそう言ってハルカの頬から手を放し、頭を一回撫でてからアル達の方を見る。アルは自身の目の前で社員を口説かれたことに若干顔を引き攣らせていて、ムツキは新しい玩具を見つけた様な表情。カヨコは微妙な顔をしている。
3人はそれぞれ表情こそ異なるが、その内心にある一つの感情は共通している。
──────アレで口説いているつもりないってマジ?
この先生は思ったよりも重症かもしれない、主に
「皆の顔を見にきたってのが8割」
「8割がそれなんだ……」
「残りの2割は……便利屋に頼みたいことがあってね」
先生は柔らかい表情から切り替える。冷たく、理知的で、真剣な──────戦場に立つ、一人の戦士としての顔。
「便利屋に依頼って形だけど、この依頼は私個人ではなくシャーレとしての物だ。だからこの依頼を君達が受託した場合、君たちは完了するまでシャーレ所属になる……とは言っても、何かが劇的に変わる訳じゃないよ。期間中に発生した費用全てがシャーレ持ちになるくらいかな?」
「シャーレとしての依頼……つまり、戦闘ってこと?」
彼は「察しが良いね、カヨコは」と言って。
「現状だと、そうなる。私も何とかしようとしているけど……恐らく戦闘は避けられない。しかも、規模はかなり大きい」
「ふ~ん、どれくらいなの?」
「私側で動員しようとしているのは君達便利屋68、ゲヘナ風紀委員、C&C、セミナー、SRTのRABBIT、FOX小隊、狐坂ワカモ、アビドス対策委員会。まだ全員の賛同を得られている訳じゃないけど……取り敢えず、このくらい」
その羅列された戦力に4人は息を呑んだ。控えめに言って過剰戦力だ。どの学校と戦争を始めるつもりなのか、と言いたくなるレベルの圧倒的な武力であるが……先生とアロナが算出した、この戦力で対峙した場合の勝率は50%前後。1/2を引き当てなければ勝てないのだ。勿論、失敗は許されない。必ず勝利しなければならない戦いだ。
加えて、此方側の切り札にして敵を殺し切れる唯一の礼装である『天命』は未完成品だ。機能面において完成版に劣る事はないが、相手の霊的装甲を貫く為の出力が不足している。そのため、礼装で貫ける段階まで、敵の装甲を削るアタッカーが必要となる。
「リスクはどうなっているのかしら?」
「高い。相手の攻撃に対する防御プロトコルは用意しているし、相手の手札は全て分かっている。それでも勝てるか怪しいんだ」
「……勝てなかった場合は」
「私の死と戦場になるアビドス地域の滅亡は必定。最悪、キヴォトスが半壊する」
本日何度目かの驚愕。スケールが大きすぎるのだ。アビドスの滅亡? キヴォトスの半壊? 馬鹿げているだろう。妄想だと一蹴しそうになるが、先生の苦い表情が現実を突きつける。
それに加えて、先生の死。実際に起きてもいない出来事なのに、何故だろうか。想像するだけで吐き気がする。胸を掻き毟りたくなる程の苦しみを覚える。泣き叫びたい程悲しくなる。
これまで語った話は全て本当だと──────理屈ではなく、直感で理解した。
失敗したら彼は死ぬのだろう。アビドスも臨終するのだろう。もしかしたらキヴォトスは壊れてしまうのかもしれない。
その結末を覆す為に、彼は抗っている。必然だと、なるべくしてなる未来だと。だが、それでも──────足掻くのだ。
故に、彼から求められたのは──────世界を救う戦い。キヴォトスで最初に行われる聖戦。
アルは息を呑み、意を決して口を開く。
「……最後に質問していいかしら」
「勿論。なんでも聞いて」
先生の柔らかな笑みに背中を押されるように。
「先生は、失敗した事があるの?」
それは当然の疑問だった。だって、彼は余りにも用意周到過ぎる。声掛けも、攻撃手段も、防御手段も。何から何まで完璧過ぎる。知っている、にしては無理がある。ここまで完璧な対応は実際に対峙していないと不可能なはずだ。
そして、その対峙した結末。それは、きっと。
「…………」
アルの疑問に、先生は答えなかった。彼女の疑問に対して、沈黙を貫く──────今の彼ができる解答。
肯定すれば後悔しか零れないから、否定すれば今までの歩みを無くしてしまうから。
この痛みは先生だけのものだ。この歩みは先生の旅路だ。この罰も罪も結末も──────全て、先生が選んだ道。それを生徒に背負わせる事はできないから。
だから、黙したままに。残骸のような笑顔を浮かべる。
「──────そう」
彼の
「私達便利屋68はシャーレの依頼を受託するわ」
「アルちゃん、本気?」
「……ッ!」
「ア、アル様の決定なら……わ、私、頑張ります」
その性急過ぎる決定にムツキとカヨコは驚いた。そして、この依頼を持ち掛けた先生でさえその表情を僅かに驚愕に染めている。
この場で参加を表明すると思っていなかったのだろう。彼としてはゆっくり考えた上で結論を出してほしかったが──────こうなったアルは中々止められない。
「金さえ貰えばなんでもする、が私達のモットーよ。一度良くしてくれたクライアントがあんな風に頼み込んでいるのを無碍にするほど、私は鬼じゃないわ」
アルは「それに」と言って。
「世界を救う戦いって、すっごくアウトローじゃないかしら?」