シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
感想評価お気に入り登録誤字報告に感謝を込めて。
昇ったばかりの太陽が地平を照らす頃、先生は通り慣れたアビドスまでの道をバイクで走らせていたら──────後ろから「先生」と呼ぶ声が聞こえた。エンジンを止め、振り返ったその先にいたのは、見慣れた制服を着たアヤネ。
「おはようございます」
「おはよう、アヤネ。随分と早いね。何処か行くのかい?」
「えっと、今日は利息を返済する日でして……色々と準備があるんです。早めに登校してお金の整理もしないとですし、今後の計画も見直さないとなので……」
先生は「なるほど……」と呟いて、思考を巡らせる。だが、この時点で特にできることがないと即座に思い至った彼は微笑みを浮べて。
「せっかくだし、学校まで一緒に行かない?」
そんな提案を持ち掛けた。
▼
「お待たせしました、変動金利等諸々適用し、利息は788万3250円ですね」
「えっと、ではこれで──────」
「……はい、確認しました。788万3250円丁度、頂きます。全て現金でお支払い頂きました、今月は以上となります。カイザーローンとお取引頂き、毎度ありがとうございます。来月も宜しくお願いいたします」
スーツを隙なく着こなしたロボットは、顔の表情ディスプレイに笑顔のアイコンを浮べて深々と一礼した。そのまま踵を返し、強固な守りを誇る現金輸送車へ乗り込みエンジン音を呻らせながら、砂埃を立てて去っていく。それを、アビドスの面々は苦々しい面持ちで見つめていた。
カイザーローンはアビドスが借金をしている金融企業であり、その大本たるカイザーは何かと黒い噂が絶えない企業である。違法スレスレの取引や人身売買、その他諸々。だが、そのような噂は僻地たる此処まで届いていないのだろう。彼女達はいつも通りの手順で現金が入ったケースを従業員に手渡し、何とか今月の集金を滞りなく乗り切った。
現金輸送車が完全に視界から去った後、彼女たちは溜息を吐いて露骨に肩を落とした。
「……」
「……」
「はあ、今月も何とか乗り切ったね~」
「……完済まであとどれくらい?」
「309年返済なので……今までの分を入れると……」
「言わなくていいわよ。正確な数字を出されると更にストレス溜まりそう……」
「だねぇ~」
月末の恒例行事である集金。この日を乗り切る為に1ヶ月間バイト等を頑張ってきた彼女達であるが、集金後は基本的に愚痴を言いながらお菓子を食べる女子会になる。常に廃校の瀬戸際に立たされているアビドスの面々に溜まったストレスの発散。特にこの現状を良く思っていないセリカは不平不満を隠さずに、不貞腐れながら口を開く。
「どうせ死ぬまで完済できないんだし! 計算しても無駄でしょ!」
「……」
「ところで、カイザーローンはなぜ現金でしか受け付けないのでしょうね? 態々、現金輸送車まで手配して……」
ノノミの口から零れた疑問、その答えを先生は知っている。それは
紙や硬貨の価値がなくなったわけではないが、それでもキヴォトスに住まう限りは大抵端末決済とカードで済む。利便性やセキュリティの面でも見えない電子データ上のお金の方が上だ。
だが、現金にはそれらの電子決済に存在しない利点が存在する。それが取引の秘匿性だ。電子決済は基本的に認証をしなければならず、取引のデータが残り続ける。何か不審な点が存在したら直ぐに追跡され、その全てを詳らかにされてしまう。
しかし、現金での遣り取りに認証は不要であり、取引データも残り難い。つまりは、追跡されないお金と取引。お前は誰だ、どんな取引をするんだ、と自己証明を要求しない現金は後ろ暗いトレードにとても便利だ。
そして──────現金輸送車というワードにシロコはハッとしたような表情を浮かべた。まるで天啓を受けた様な、なんで今まで気付かなかったんだと言わんばかりの顔。それに気付いたセリカはジト目でシロコを見つめて釘を刺す。多分止めなかったら確実にやっていただろうという妙な信頼を彼女に対して抱きながら。
「……現金輸送車」
「シロコ先輩、あの車は襲っちゃ駄目だよ」
「……うん、分かってる」
「計画もしちゃ駄目!」
「うん……」
しょんぼりとした顔のままシロコは頷く。バレなきゃ犯罪じゃない、と何処かの這い寄る混沌が言ったような台詞こそが彼女のスタンスだ。セリカが止めなけば、そう遠くない未来において確実にあの現金輸送車は鉄屑になっていただろう。特徴的な狼耳がぺたんと倒れている彼女を尻目に、ホシノとノノミは楽しそうに笑って。
「ま、取り敢えず先に解決するべきは、目の前の問題の方でしょ。兎に角教室に戻ろ~」
▼
「全員揃ったようなので始めます。まずは、1つの事案についてお話したいと思います」
アビドス対策委員会の部室。早朝の集金を終えた彼女たちはいつもの部屋のいつもの定位置に座っていた。先生は壁に背を預けている。
定例会議ではなく、軽い情報共有程度の物。数分と掛からず終えられるミーティングはアヤネの声と共に開始された。
「セリカちゃんを襲ったヘルメット団の黒幕についてです」
「分かったの!?」
弾かれたように立ち上がったセリカとは対照的に、アヤネは冷静な声で「はい」と肯定した。
「先の戦闘で手に入れた破片を分析した結果、現在は取引されていない型番だということが判明しました。生産が中止された型番を手に入れる方法は……キヴォトスではブラックマーケットしかありません」
「ブラックマーケット……とっても危ない場所じゃないですか」
「じゃあ、あの戦車はブラックマーケット産だったんだ」
ブラックマーケット────キヴォトスの中でも最大の規模を誇る、連邦生徒会に認可されていない非正規市場の1つ。表側では決して流通しない重火器や弾薬、戦車や軍事ヘリ、偽装の身分証、学生の情報が売り物として買い手に提供されている場だ。更には、生物兵器や薬物、化学兵器といった危険物まで卸されている、なんて噂も流れている。他にも卒アルや古書も売っているらしいが、詳しい実態は不明だ。
連邦生徒会にとっても目の上のたん瘤となっており、早急な対処を求める声が各所で上がっている場所。それがブラックマーケットだ。どう考えても碌な場所ではないだろう。
「そうです。あそこでは中退、休学、退学……様々な理由で学校を辞めた生徒達が集団を形成していて、連邦生徒会の許可を得ていない非認可の部活も沢山活動していると聞きました」
「じゃあ、そのパーツが使われた戦車とかも……」
「はい。ブラックマーケットで組み立てられ、取引されたものだと思います。なので……今日はブラックマーケットで現地調査を行いたいです」
あの場所に行けば、アビドスを着け狙う誰かの影を追えるかもしれない。きっと大きな進展となるだろう。
アヤネの提案に異を唱える者はいなかった。全員の可決を受け取ったアヤネはリーダーたるホシノに視線を向ける。そして、彼女は不敵な笑みを浮かべて。
「よし、じゃあ決まりだね~。ブラックマーケットを調べてみよう。意外な手掛かりがあるかもしれないしね~」
椅子から立ち上がり、握った小さな拳を空に突き上げてホシノはいつもの号令をかける。
「よぉし、それじゃあ、アビドス、しゅっぱーつ!」
「おー!」
▼
ブラックマーケット、入口。雑多な建物に囲まれ陽の光が当たりにくい此処は、文字通りキヴォトスの裏世界だ。だが、人の喧騒に満ちており活気がある。散乱する銃器と機械部品、ほのかに香る甘いエチレン、客同士の会話。ゲヘナの自治区の治安を更に悪化させたような雰囲気にアビドスの面々は目を丸くしている。
剥き出しの人間性、とでも言うべき世界。響く声、聞こえる音、流れるアングラで怪しげな空気。どれもこれもアビドス自治区には存在しないものだ。
未知との会合は恐怖心を刺激する。少女達5人は自然と先生の方へ寄って行った。
「ここがブラックマーケット……」
「わあ☆すっごい賑わってますね」
「本当に。小さな市場を想像してたけど、街一つくらいの規模だなんて。連邦生徒会の手が及ばないエリアがここまで巨大化してるとは思わなかった」
シロコは辺りを物珍しそうに眺めている。実際、そうなのだろう。彼女を含めたアビドスの少女達は自治区の外に出ることは少ない。出たとしてもショッピング等が目的のため、こういった人々の生活の裏側に根ざしている場所を見たことがないのだ。
「うへ〜、普段私達はアビドスにいるからね〜。学区外は結構変な場所が多いんだよ〜」
「ホシノ先輩、ここに来たことあるの?」
「いんやー、私も初めてだね〜。でも、他の自治区にはへんちくりんなものが沢山あるんだって聞いてたんだ。ちょーデカい水族館もあるんだって。アクアリウムっていうの! 今度行ってみたいな〜。うへ、魚……お刺身……」
ホシノはそう言ってアクアリウムに思いを馳せる。煌びやかな熱帯魚や巨大魚、そして食用の魚。どうやら彼女は水槽を生け簀だと思っているようだ。
「よく分かんないけど、アクアリウムってそういうのじゃないような……」
「なら、今度一緒に行こうか? 色々と片付いた後に、さ」
「えっ!? 良いの!?」
先生がそんな提案をすると、ホシノは目を輝かせながら聞いてきた。それは年頃の少女としての顔。ようやく見せてくれた等身大の少女像に、彼は嬉しさを覚えながら「勿論」と答えて微笑んだ。
「皆さん、油断しないでください。そこは違法な武器や兵器が取引される場所です。何が起こるか分からないんですよ」
「そうは言っても、先生がいるし……」
「先生がいるからこそ、です! 先生は銃弾一発でも危ないんですから、本当に気をつけてください。何かあってからでは遅いですから!」
「ッ! そういえば、そうよね……」
先生と自分達は違う、という当たり前の事実を思い出したセリカは彼の死角になりうる方向を警戒して側に寄る。他の面々も同じように彼の傍を固めていつでも不測の事態に対応できるようにポジショニングする。
5人の少女達に守られている先生はキョロキョロと店を見渡しながら、ポツリと呟いた。
「んー、幾つか見慣れない店が……名前を変えたのかな? 新規店、という訳じゃなさそうだ」
「先生は来たことあるの?」
「何度かね。連邦生徒会よりフットワークが軽い分、こういった所にも顔を出したりするんだ。行政官の子達をフォローするのも私の仕事さ」
そんな事を話しながらブラックマーケット内を歩いていると、唐突に聞き覚えのある音が聞こえた。乾いた炸裂音、薬莢が地面に転がる音、鼻腔をくすぐる火薬の匂い──────即ち、銃声。
「ん、銃声」
シロコは銃のグリップを握り、射撃準備。既にセーフティは外されている。ぐるり、と周囲を見渡すが敵はいない。少し離れた箇所の出来事だったようだが──────油断はできない。
一方、ホシノはシールドを展開し、先生の盾となっていた。目を奪うような速さの防御は先生を失う恐怖心から咄嗟に生まれたもの。
「待て!」
「う、うわぁぁ! まずっ、まずいですー! つ、着いてこないでくださいー!」
「そうはいくか!」
ふと、前方から声が聞こえた。追いかけられている1人の生徒と、追いかけている2人の生徒。此処から彼女達までの距離は少々あるが、彼女達の身体能力を以てすれば即座に詰められる。故に、雑踏の隙間から──────目立つ金髪の少女が見えた。纏っている制服は白。
「あれ、あの制服は……」
アヤネがそう呟いた時には、件の少女は既に目前に迫っていて──────回避は不可能だった。
「わわわっ、そこどいてくださいー!」
シロコと少女が激突するが、転倒にも怪我にも至っていない。運動によって鍛えられたシロコの体幹は少女1人の体当たりを容易く受け止めたのだ。
「いたた……ご、ごめんなさいっ!」
「大丈夫……な訳ないか、追われてるみたいだし」
「そ、それが……」
少女が申し訳なさそうに続きを口にしようとした途端、目の前に現れたのは改造セーラー服を纏った2人の少女。如何にもスケバンという出立ちの2人は、少女を庇う様に立っているアビドスの面々に苛立ちを交えた視線を向けた。
「なんだお前らは。どけ! アタシ達はそこのトリニティの生徒に用がある」
「あ、あうう……わ、私の方は特に用はないのですけど……」
「っ! 思い出しました! その制服……キヴォトス最大規模のマンモス校の1つ、トリニティ総合学園です!」
トリニティ総合学園。ゲヘナとは対極にあるような学園は真面目で善良な生徒が多く属しているため、限りなく黒に近いグレーであるブラックマーケットに近づく用事なんてなさそうであるが……何はともあれ、此処で出会ってしまったのだ。見捨てることなんてできるわけがない。
「そう! そして、キヴォトスで一番金を持ってるお嬢様学校だ! だから拉致して身代金をたんまり頂こうって訳さ!」
「拉致って交渉! 中々の財テクだろう? くくくくっ……」
「どうだ、お前らも興味あるなら計画に乗るか? 身代金の分け前は……」
不良達は計画を自信満々に解説していて──────気づかなかったのだ。いつの間にか、ノノミとシロコが射撃のポジションについていた事と、追いかけられていた少女を庇うように先生が立っている事に。
「──────ノノミ、シロコ」
「ん」
「は〜い☆」
先生の静かな号令と共に、2人のトリガーが引かれる。シロコは
無慈悲に放たれた2発の弾丸は狙い外さず不良2人の頭部にクリーンヒットした。
「うぎゃあッ!」
「あだッ!」
「悪人は懲らしめないとです☆」
「うん」
「あ……えっ? えっ?」
一撃でノックアウトされた不良2人を前に──────追いかけられていたトリニティ生、阿慈谷ヒフミは視線を右往左往した。