シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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銀行終了のお知らせ

 

 平日の昼下がり、閑散としている闇銀行内には数名の客がおり、その全員が浮かない顔をしていた。当然だろう、ブラックマーケットの悪名高い闇銀行に来る客には相応の事情がある。例えば、借金とか身売りとか。此処にいる全員は搾取に次ぐ搾取により疲弊しきった社会的弱者であり、藁にも縋る思いで社会の暗い機構に頼ろうとしている。

 持つ者が持たざる者を支配する典型的な社会構造、表でも裏でもそれは変わらない。ただ、表では人道の観点から設けられていた制限が、裏においては紙切れよりも軽い口約束未満の何かになっているだけで。

 

 ブラックマーケット等が属する裏社会は『悪』なのか。この問いには多くの人が肯定するだろう。問題じゃない点を探すことの方が難しいほどであり、表沙汰になれば無事では済まない事件や事故を山ほど抱えている。

 

 では、裏社会は『不要』なのか。これは難しい問いだろう。無闇矢鱈に肯定してしまえば、悪戯に搾取される誰かや犯罪を肯定してしまう事になる。否定してしまえば、表にいられなくなった誰かの逃げ場所を奪う事になってしまう。

 

 悪は生まれるものではない。作り出されるものだ。これはその典型例。作り出された悪性、見て見ぬ振りをしてきた構造体。未熟な知性が構築した社会という機構を円滑に、効率的に運用するための必要悪。それこそがブラックマーケット等の裏社会の正体だろう。

 

 それが分かっているから、連邦生徒会はブラックマーケットを邪魔だと思いつつ排除しない。あの機構を生み出したのは表で生を謳歌している自分達であるという自覚があるから。

 

 完全な善はない。完全な悪はない。それはどこの世界でも、どの生命でも同じこと。善を求め、悪を成し、誰かに惜しまれて命を終える。矛盾と向き合って、一世紀の旅路を歩んでいくのが真っ当な人間だ。

 

 自分の世界にないものは救えない。不平等は覆らない。生きている以上優劣はあるし、優劣があれば特別は存在する。誰もが平等な社会なんてものは綺麗事を通り越して悍ましい。社会は基本的に下敷きになっているものを食い潰して成り立っている。それは誰にも否定できない現実であり、積み重ねてきた歴史が強固に裏打ちしている。きっとそれは醜悪な機構であり、醜悪な個人であり、醜悪な命なのだろう。

 

 だが、それでも──────誰かの犠牲の上で成り立っている醜悪な生であっても、恵まれているのなら笑って受け入れなければ嘘になってしまう。

 

 つまり、この世界は存外醜いし、それと同じくらい美しいのだ。

 

 闇銀行のロビーから溜め息が聞こえる。誰のものかは分からない。客か、それとも従業員のオートマタか、マーケットガードか。暗い空気と、憂鬱な呼吸音。自業自得、と言ってしまえばそれまでだが、それは余りにも残酷すぎる。酸素を吸って二酸化炭素を吐くだけの動作にも対価を求められそうで、明後日の事すら分からない。だが、それでも歩き続ける住民たちはきっと己の命と、生存と真に向き合っているのだろう。

 

 繰り返すような1日、昨日と変わらない今日をこの場所も他と同じように歩んでいく──────誰もが、そう思っていた。

 

 しかし、その想定は一瞬で崩れ去る事になる。

 何かが切断される音が聞こえた瞬間、辺りが闇で包まれた。

 

「な、何事ですか!? 停電!?」

「い、一体誰が!? パソコンの電源も落ちているじゃないか!?」

 

 フロアを照らす灯り、仕事に必要な機材、外部に連絡する手段に至るまで全てが一瞬で沈黙したのだ。一寸先すら見えない闇の中、誰かが叫ぶ声が反響する。

 

 外部からの攻撃をシャットアウトする堅牢な守りは、内部からの脱出を許さない牢獄へ早変わり。全ての電子的なシステムは掌握され、今や襲撃者の手の内にある。助けは来ない。そもそも連絡すらできない。武装自体は銀行内にも存在するが、この闇の中で銃は使用できない。フレンドリーファイアは誰だって怖いのだ。

 

 加えて、監視カメラは誰かの手によって『正常な映像』に移し替えられているため、この場で起きたことを事実であると証言できるのは今この瞬間現地にいる人のみ。外部にいる誰もが、『この銀行は通常業務を滞りなく行なっている』と思っている、思わされている。

 

 そして──────混乱に乗じて、数名の襲撃者が闇に紛れて従業員に襲いかかった。

 

「うわッ! ああああッ!」

「うわああッ!」

「な、何が起きて────ぐあッ!」

 

 1人、また1人と襲撃者の魔手により沈黙させられる。銃声は聞こえないため、恐らくは素手によるマーシャルアーツ。驚くべき速度と精密さ、手際で放たれる技は抵抗はおろか疑問に思う隙すら許さない。悲鳴と鈍い音、斃れる音が耳朶を擽る。暗闇という遺伝子にプリセットされた根源的な恐怖と合わさり、闇の中聞こえる音全てが死神の足音のように思えた。

 

 暗闇が続いた時間は1分にも満たない。精々、20秒かその程度。

 全ての音が止み数秒経った後、漸くフロアに明かりが灯った。とは言っても非常電源を用いた緊急用の明かりであり、主電源は相も変わらず掌握されたまま。

 薄暗いライトが照らす、フロアの中心ロビーに立っていたのは──────。

 

「全員その場に伏せなさい! 持っている武器は捨てて!」

「言う事聞かないと痛い目に遭いますよ☆」

「あ、あはは……皆さん、怪我しちゃいけないので……伏せてくださいね……」

 

 僅か30秒にも満たない時間で、銀行内に駐屯していたマーケットガードを全員戦闘不能にした集団が立っていた。向けられる銃器のセーフティは外されており、先ほどの言葉が単なる脅しでないことは誰の目で見ても明らかだった。

 

 余りにも現実離れした光景であったのか、オートマタはアイラインを数回点滅させた後────その表情ディスプレイを怒り一色で染め上げた。

 

「非常事態発生! 非常事態発生!」

「うへ~、無駄だよ~。外部に通報される警備システムは掌握しちゃったからね~」

 

 叫びながらタブレットを叩き割る勢いで操作するオートマタ。しかし、全ての基幹システムは先生が掌握済みだ。此処は既に電子的な空白地帯、凡ゆるネットワークから切り離されている。『無駄な抵抗は止めてね』と言わんばかりにホシノはショットガンで銀行員の顳顬(こめかみ)を小突くと、腰を抜かして倒れこんだ。

 

「ひ、ひぃッ!」

「いやぁ、おじさん達も銀行員さんの耐久テストはしたくないからねぇ~。できれば大人しくしてほしいんだけど……」

 

 そう言って、ホシノは気楽そうな態度のまま────非常ベルを鳴らしに行こうとしている銀行員に鋭い視線を向けた。そのまま腰のホルスターからサブウェポンのハンドガンを引き抜き、流れるような動作でロックを外して銃口を突き付けた。

 

「今、何しに行こうとしたのかな? ベル鳴らしに行こうとしたよね? もしかして撃たれたいのかな?」

「ひッ! ご、ごめんなさい! 撃たないでください!」

「ほら、そこ! 伏せてってば! 下手に動くとあの世行きだよ!?」

 

 残っていた銀行員と客を全員片っ端から地面に転がし、フロア一帯を流れるように制圧。この中で最も面制圧能力に優れているノノミがミニガンの銃口を光らせ、威圧する。少しでも不審な動きをすれば周りの人を巻き込んでスクラップになるだろう。極めて不本意だろうが、彼等は一蓮托生の仲となった。

 その後、アヤネが全員から所持品を没収し、シロコが持っていた結束バンドで手首を縛り拘束。銀行員1名だけはこの後大事な仕事をしてもらう予定のため、地面に伏せさせるだけに留める。

 

 この少女達、約一名(ヒフミ)以外ノリノリである。先生は苦笑いを浮かべながらシロコに問いかける。

 

「……皆、これ初犯だよね? 妙に手慣れてないかい?」

「ん、初めて。でも、頭の中でシミュレーションしてたから、予習はばっちり」

「そっかぁ」

 

 何処か遠い目をしながら、先生は平均的な高さの天井を見上げた。予習がこうして活かされているのは教育者として喜ばしい……喜ばしい? 事なのだろうが、如何せん方向性がぶっ飛んでいる。

 

「皆さん、お願いだからじっとしててください……あうう……」

「うへ~、ここまでは計画通り! 次のステップに進もうー! リーダーのファウストさん、指示を!」

「えッ!? えッ!? ファウストって、わ、私ですか!? リーダーですか!? 私が!?」

「リーダーです! ボスです! ちなみに私は……」

 

 ノノミはそう言って、例の決めポーズを取って。

 

「覆面水着団のクリスティーナだお♧」

「うわ、何それ!? いつから覆面水着団なんて名前になったの!? それに、ダサすぎだし!」

「え~……」

「うへ、ファウストさんは怒ると怖いんだよ~? 言うこと聞かないと怒られるぞ~?」

「あう……リーダーになっちゃいました……これじゃあ、ティーパーティーの名に泥を塗っちゃいます……どうすればいいんでしょうか、先……ラメントさん……」

「ちゃんと責任は取るよ。だから、心配しなくても大丈夫」

 

 作戦中に突然押し付けられたリーダーの役割。限りなく部外者に近かった筈なのに今や銀行強盗集団の首座に召し上げられたヒフミは涙目で先生をコールサインで呼んだ。そして、先生は安心させるような声音で、柔らかに言葉を紡ぐ。

 

 それを見ていたセリカはふと気になったことを彼に問いかけた。

 

「……そういえば、ラメントって名前、何が由来なの?」

「ん~……昔使っていたコードネームかな」

 

 哀歌(ラメント)。嘆き歌、悲歌、挽歌とも呼ばれる。有名なものはイーリアス、オデュッセイアだろうか。或いは、旧約聖書のエレミアの哀歌。

 芸術においては、救世主の哀悼が有名だろう。救世主の生涯からのよくあるテーマで、磔刑後、人々に悼まれる救世主の遺骸を描いたものである。

 

 酷く後ろ向きな、自身の結末を皮肉ったコードネームだ。

 

「監視カメラの死角、警備員の動線、銀行内の構造、すべて頭に入ってる。無駄な抵抗はしないこと」

 

 こつん、とシロコは銀行員に銃口を突き付ける。引き攣るアイライン、微かに香る硝煙、火薬。

 

「さあ、そこの貴方。このバッグに入れて。少し前に到着した現金輸送車の……」

「わ、分かりました! 何でも差し上げます! 現金でも、債券でも、金塊でも、幾らでも持ってってください!」

「そ、そうじゃなくて……集金記録を……」

「ど、どうぞ! これでもかと詰めました! どうか命だけは!」

「あ……う、うーん……」

 

 銀行員はバッグの中に近場にあった札束を溢れんばかりに詰め込む。それを見ていたシロコは微妙な表情をしていた。今回の目的は現金ではないのだ。重要なのは集金記録であり、紙のデータ。止めようか、と一瞬思ったが、手当たり次第に詰め込んでいる中身に集金記録が確認できたため、『まあいいか』とそのままにした。

 

 そして、先生は「現金は荷物になるからいらないんだけどなぁ……」とぼやきながら、詰め込んでいる銀行員の近くまで歩いていき。

 

「ねぇ、君。この顧客番号の取引履歴をあるだけ持ってきてくれないかい? あとは……」

「は、はい! かしこまりましたッ! お持ちするので命だけはッ!」

 

 アビドスを示す顧客ナンバーのやり取りと、ダミー用の適当な番号の取引データを幾つか。それを要求した途端、銀行員は血相を変えながら奥の保管所に向かい、慌ててシロコが後を追う。

 

 10分弱経った頃、数冊のファイルを抱えた銀行員が息を切らしながら到着。割と重いファイルを受け取った先生は中身を見て、間違いがない事を確認。そろそろ頃合いだろうと、シロコにアイコンタクトをすれば────彼女も頷いた。

 

「あの、シロ……い、いやブルー先輩! ブツは手に入った?」

「あ、う、うん。確保した」

 

 セリカが銀行員に銃口を突き付けながら叫ぶと、シロコはパンパンに膨らんだバッグを掲げる。目的の完遂された。もうここに留まる理由はない。

 ホシノは先生が今しがたロックを解除した非常用出口を指差した。

 

「それじゃ逃げるよー! 全員撤収ー!」

「アディオース☆」

「怪我人はいないようですし……すみませんでした、さよならッ!」

 

 襲来も鮮やかならば、撤収も鮮やかだ。嵐のように現れ、去っていった少女達を茫然としながら眺め────それから怒り心頭といった様子で叫んだ。

 

「奴等を捕えろッ! 道路を封鎖! マーケットガードに通報だ!」

「一人も逃がすな!」

 

 だが、彼らの叫びが誰かに届くことはない。少女達が通った出口は封鎖され、明かりも消えて闇銀行は再び無明に落ちた。最初から最後まで、闇銀行のシステムは先生の掌の上であり、何をするにも彼の思うがまま。

 無論、良心の呵責はあったものの……それでも、止まる訳にはいかなかった。だから、ごめんなさい、と心の中で謝罪しながら逃走する。中々に矛盾している気がしなくもない。

 

 牢獄と化した銀行のシステム権限が戻り、彼等が解放されたのは襲撃から1時間後であった。

 

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