シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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「なっ、何これ!? 一体どういうことなのっ!?」
勢いよく机を叩き、絶叫するセリカ。その瞳は、表情は明確に分かるレベルで怒りで塗りつぶされており、普段の快闊な様子は欠片もない。
ブラックマーケットの闇銀行を襲った後、ある程度追手を気にしながらアビドス高等学校まで戻った。その後、1時間ほど休憩を挟んだ後、奪取した書類を机に並べ、確認作業を行っていた。
果たして、そこには────アビドスに巣食う悪意の答えが記されていた。収めた利子の、その後の流れ。どの様なルートでやり取りされて、何があったのか。そして、それらを斡旋した担当責任者の流れ。
アビドスの面々は勿論、先生やヒフミも険しい表情で記録を眺めていた。
「現金輪送車の集金記録にはアビドスで788万円集金したと記されてる。私達の学校に来たあのトラックで間違いない」
シロコは「でも」と言って、その下の記録を指でなぞる。
「……その後すぐにカタカタヘルメット団に対して、『任務補助金500万円提供』って記録がある」
「ということは……それって……」
「私達のお金を受け取った後に、ヘルメット団のアジトに直行して任務補助金を渡したってことだよね!?」
「任務だなんて……カタカタヘルメット団に……? ヘルメット団の背後にいるのは、まさか……カイザーローン?」
至った結論を『信じられない』と言わんばかりの表情で呟く。返済された利子を、顧客を攻撃する目的で利用するなどマッチポンプも甚だしいだろう。
それではまるで────。
「ど、どういうことですか!? 理解できません! 学校が破産したら、貸し付けたお金も回収できないでしょうに……どうしてそのような事を……」
「ふーむ……」
愕然とした表情で首を横に振るノノミ。その隣では、ホシノが腕を組みながら思案顔を浮べている。
これにて証拠は出揃った。これから二転三転することはない。推理小説なら最終局面、といった所だ。
カイザーローンはブラックマーケットの仄暗い闇銀行を通じて犯罪行為に加担している。そして、これまで執拗に攻撃を繰り返していたカタカタヘルメット団の雇い主もカイザーローンだった。
アビドスから回収した利子を源泉としてカタカタヘルメット団に依頼を行い、その一環として設備や装備、兵器の提供を行っていたのだ。そう考えると、莫大な兵力、充実した装備、コストがかかり過ぎる兵器群にも納得がいく。巨大な多角企業なのだ、それ位は余裕でできてしまうだろう。
ブラックマーケットでの取引を隠すのも、その莫大な資金と人員を使用すれば可能のはずだ。ヴェリタスに取引データを引き抜かれ焦った彼らは僅か数日という時間でブラックマーケットにて根回しをし、徹底的な隠蔽を行いアビドスの捜査を攪乱したのだろう。
「この件、銀行単独の仕業じゃなさそうだね。カイザーコーポレーション本社の息がかかってるとしか思えない……」
「……はい。そう見るのが妥当ですね。ですが、何のために……」
「そうよ! こんな事して何の得になるの!? 返済を滞らせて、私達からより多くのお金をむしり取ろうって訳!?」
先生は「んー」と言って。
「だとしても、この方法は回りくどすぎる。手っ取り早く金銭が欲しいなら利子を引き上げるだけで済む。それに、800万弱の返済金に対して500万を補助金としてつぎ込んでいるから、手当とか物資の運送料とかを考えるとどう考えても採算が取れない。彼らはアビドスに関しては赤字だ」
「なのに、その赤字の依頼を続けている以上────仮に成功したら、赤字が覆るだけの何かがある。そういう事だよね、先生?」
彼は「そういう事さ」と言って、安心させるように微笑んだ後────その表情を寒気がするほど透明で、冷徹な顔に変質させた。だが、それには誰にも気づかない。
「なら、カイザーローンの……いや、カイザーコーポレーションの狙いは────」
昔から連綿と続く、カイザーローンとのやり取り。どこかのタイミングでそこに悪意が介入し、暴力を発注するようになった。
貸し付けた莫大な借金を気にもしないような、学校を滅ぼすことを目的に置いた攻撃。回収した資金以上の労力、人員、資源を浪費し、今も尚執拗にアビドスを襲撃するカタカタヘルメット団とカイザー。その目的が、金銭だとは到底思えない。
したがって、カイザーが求めているのは────。
「アビドスが持つ『何か』。それが、彼等の狙いだと考えられます」
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「皆さん、色々とありがとうございました」
アビドス高等学校、校門前。
ひょんなことから今日一日をアビドスの面々と行動していたヒフミは、取り敢えずトリニティ総合学園自治区へ帰ることとなった。深々とお辞儀をしたヒフミに対し、少女達5人は苦い顔をする。面倒な事に巻き込んでしまったのだ。寧ろお礼を言わなければならないのは此方側だ、と言わんばかりにノノミは口を開く。
「私達の方こそありがとうございます。お陰で色々と知ることができました。それに、変な事に巻き込んでごめんなさい、ヒフミさん」
「あ、あはは……」
「今度遊びに行くから、その時はよろしく〜」
「はいっ! 勿論です!」
ホシノの言葉に、ヒフミは笑って答える。保守的なトリニティの生徒、ともなれば学外の友人は多くない。学園の外に新しい友達ができたヒフミはとても嬉しそうだ。アビドスの面々からしても、便利屋に続きヒフミとも交流を持てて喜んでいる。
そして、トリニティの自治区はかなり賑わっている。アビドスからは離れているが、大型の施設や話題の店、娯楽施設が集っているため、行く価値は大きいだろう。遊びに行ったときはヒフミに案内をお願いしようと、ホシノは内心で笑った。
「まだ詳しい事は明らかになってませんが……これはカイザーコーポレーションが、犯罪や反社会勢力と何かしらの関連があるという事実上の証拠になります。戻ったら、この事実をティーパーティーに報告します! それと、アビドスさんの現在の状況についても……」
「まー、ティーパーティーはもう知ってると思うけどねー」
アビドスに巣食う悪意を詳らかにしようと息巻いていたヒフミに、申し訳なさそうにホシノは呟いた。
──────そう、ティーパーティーはとっくの昔に知っているだろう。アビドスが廃校寸前な事も、借金に喘いでいる事も。何せ、アビドスからトリニティに転校した生徒だっているのだ。大まかな事情は必ず把握している。
把握した上で、無視する──────それが、トリニティとしての決断だ。
「は、はいっ!?」
「あれほどの規模を持つ学園の首脳部なら、それぐらいはもうとっくに把握してると思うんだよー。みんな、遊んでばかりじゃないだろうしさ」
「そ、そんな……知っているのに、皆さんの事を……」
「うん、ヒフミちゃんは純真で良い子だねー。でも世の中、そんなに甘くないからさ」
阿慈谷ヒフミは良い子である。優しく、友達思いで、頼まれたことは断れず、誰に対しても手を差し伸べられる──────分け隔てのない、本当に善い人。それは共に行動した時間でよく分かっていた。
先ほどの提案も『困ってる友達を助けたい』という────打算なんて欠片もない、唯の親切心によるものだ。差し伸べてくれた手を振り払うようで心苦しいが、アビドスという学校にとって、その提案は到底受け入れ難い。
「ヒフミちゃんの気持ちはありがたいけど、そっちに知らせた所で、これといった打開策が出るわけじゃないし、却って私達がパニくることになりそうな気がするんだよねー」
「そ、そうなんですか……?」
「ほら、今のアビドスって廃校寸前じゃん? トリニティとかゲヘナみたいなマンモス校からのアクションをコントロールできる力がないんだよー。言ってる意味、わかるよね?」
敢えて続きを口にしなかったのは、根っからの善人たるヒフミにそんな言葉を聞かせたくなかったからか。それとも、他の理由があるのか。それはホシノしか分からない。
「……サポートするという名目で悪さをされてもそれを阻止できない……ってことですよね」
だが、聡明なヒフミは濁された言葉の続きをちゃんと把握していた。
アビドスにはマンパワーが不足している。たった5人しかいない全校生徒で、マンモス校たるトリニティの動きをコントロールする事なんて到底できない。援助、という名目で何かしらの工作をされても阻止できず、好きに行動されてしまう可能性がある。
それに、相手はあのトリニティ。権力闘争の本拠地、とでもいうべき場所なのだ。頭脳戦では確実に相手の方に分がある。
更に『助けられた恩』というのはかなり重いのだ。仮にトリニティに一片の悪意が無くとも、今後の学校存続に大きな影を落とすことは間違いない。学校間に明確な序列を作ってしまう──────それは避けたかった。
故にアビドスは、誰の手も借りられない。今この場に先生がアビドス側として立っているのは特例中の特例なのだ。
ヒフミはどこか悲しそうな声音で「……そうですね」と呟いて。
「その可能性もなくはありません。あうう……政治って難しいです」
「だから、ヒフミちゃんがアビドスの現状を知って心を痛めてくれた、それだけで私達は嬉しいんだよ。元々、学校を何とかするのは私達の役目だからね〜」
ひらひらと手を振るホシノ。これはきっと、誰のせいでもないのだ。だからヒフミが落ち込む必要はない──────と言っても優しい彼女は落ち込んでしまうから、その想いを喜ぼう。心優しい彼女が、心を痛めて手を差し伸べてくれた事に。たとえ受け取れなくとも、ちゃんと想いは伝わっているのだと。
「でも……ホシノ先輩、悲観的に考え過ぎなのではないでしょうか? 本当に助けてくれるかもしれませんし……」
「うへ〜、私は他人の好意を素直に受け取れない、汚れたおじさんになっちゃってねー」
ヒフミに気を遣ったアヤネのフォローに、すかさずホシノは言葉を挟む。彼女は頭の後ろで腕を組みながら、いつも通りの────だが、冷たさが滲む声音で。
「『万が一』ってことをスルーしたから、アビドスはこの有様になっちゃったんだよー」
最年長のホシノは、この学校のために戦ってきた時間が一番長い。故に、他の──────ノノミですら知らない過去を彼女は実体験として知っている。
アビドスを支え、戦い続けた彼女の砂漠と弾薬の記憶。その中にはきっと……信頼した誰かや何かに裏切られた事があったのだろう。彼女の大人嫌いも、もしかしたらそこに起因するのかもしれない。
「では……えっと……皆さんの現状は伏せて、カイザーローンの事だけ伝えさせていただきます」
「ん〜……まぁ、それ位ならいいと思うよ。多分、カイザーはアビドスだけじゃなくて他にも手を回していそうだし」
ヒフミの提案に、ホシノは笑って頷いた。これがベストな落とし所だろう、と。
キヴォトスに住まう以上、多角的な大企業たるカイザーの影響力は無視できない。ティーパーティーにその危険性を伝えるだけでも、決定的な何かは避けられるだろう。
少なくとも、第二第三のアビドスは生まれなくて済むはずだ。
「本当に……1日で色んな出来事がありましたね」
「そうだね。凄く楽しかった」
「楽しかったのはシロコ先輩だけじゃないの?」
「セリカも割とノリノリだったよ?」
「ち、違うし! あれは臨場感を出すためにやったの!」
「あ、あははは……私も楽しかったです。新鮮で……」
「いやぁー、ファウストちゃん、お世話になったね」
「そ、その呼び方はやめて下さい!
「よっ! 覆面水着団のリーダーさん!」
それらの言葉に、ヒフミは勢い良く首を横に振った。流石に銀行強盗集団のリーダーなんて洒落にならない。
「皆さん……ヒフミさんが困ってるじゃないですか……」
「と、兎に角……これからも大変だとは思いますが、頑張ってくださいね。応援してます。それでは……皆さん、またお会いしましょう」
そう言って深々と一礼し、踵を返すヒフミだったが──────先生の「待って」の声で止められた。後ろを振り返った彼女の視界に入ったのはICカードキーを片手に持った彼だった。
「送っていくよ、ヒフミ」
「え、ですが……」
「気にしないで。元々、私が巻き込んだんだ。これくらいはさせてほしいな」
それでも尚申し訳なさそうな顔をするヒフミに対して、彼は「それに」と言って。
「此処からトリニティまで遠いからね。土地勘がない広大な場所を一人歩く君を見過ごせないよ……ちょっと待ってて、バイク取ってくるから」
人好きのする笑みを浮かべた彼はバイクの鍵たるICを手元で弄びつつ、この後の事をアヤネに問いかける。
「──────という訳で、ヒフミは私が責任を持ってトリニティまで送り届けよう。皆はこの後どうするんだい?」
「そうですね……今日はこれでお終いにしようと思います」
「そっか。では、私もヒフミを届けたらホテルに戻るとするよ。何かあったらまた連絡してね。すぐ駆けつけるから」
車庫に向かって歩いていく2人を見送り、アヤネは締めの言葉を紡ぎ始める。
本当に、いろいろな事があった1日だった。ブラックマーケットを練り歩き、友達ができて、銀行強盗をして──────真実に一歩迫れた。
「皆さん、お疲れ様でした。今日はゆっくり休んで、明日改めて集まりましょう」
「それじゃ、解散〜」