シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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正しいと言ってくれた君へ

 

『先程、こちらの騒動を起こした主犯格が判明しました』

 

 そんなリンからの通信を先生が受け取ったのは、ユウカ達が道を塞いでいる不良達を粗方蹴散らし終わった後だった。

 通りを一つ挟んだ向こう側に聳え立つ純白の塔。キヴォトスの中枢たるサンクトゥムタワーほどの高さはないが、それでも周りのビルやマンションより頭一つ抜けて高いそれは、連邦捜査部シャーレ本部部室。何度もこうして足を運び、数多の自身の死に場所となった場所であり、生徒達との思い出を育んできた。

 

 甘い思い出も苦い思い出も沢山詰まっている、これからの自分の運命を決定付けるそれを先生は何も言わずに眺めていた。逆光で表情で伺い知れないが、きっと────。

 

『先生?』

「……あぁ、すまないね。少し考え事を。それで、主犯格の子は……」

 

 リンの言葉で意識がこちら側に戻ってきて、慌ててその話の先を促す。少々不自然な先生の様子を訝し気に一瞥するが、即座に硬い表情に戻る。ホログラムに映るリンが眼鏡の位置を正し、重苦しく口を開く。

 

『名は狐坂ワカモ。現在停学中ですが、百鬼夜行連合学院の生徒です。年齢は18歳。矯正局を脱出した生徒であり、多くの前科を持ちます。戦闘能力もキヴォトスの上位に位置しているため、気を付けてください』

「……そうかい。ワカモ……君は……」

 

 今でも鮮明に思い出せる。彼女はどんな時でも自分に付き従ってくれた。例え生徒を生かす為にキヴォトスを殺す選択をしようと、全く勝ち目のない戦いに挑む時も。彼女はいつだって味方でいてくれて、自分を何度も看取ってくれた。

 そのお面の下の素顔、好きなものと嫌いなもの。案外恥ずかしがりやで、可愛らしい側面があること。純情で、献身的で……沢山の物を先生に与えてくれたのだ。

 

『貴方様、どうか、どうか迷わないでください。例え、貴方様がどれだけ窮地に立たされ、世界から孤立していたとしても……貴方様は、()()()()()()()()()()()()()()。貴方様の正しさに救われたこのワカモが、保証させていただきますわ』

 

 いつかのループで彼女が送ってくれたこの言葉は、今でも先生の行動指針になっている。生徒を決して諦めない、悉くを救ってみせると誓えたのは彼女のおかげなのだ。

 

「……この世界の君は、どんな子なのかな」

 

 戦場のど真ん中だというのに、先生の唇が吊り上がって微笑みが零れた。

 

「先生! 前方に敵影! あれは……ッ!」

 

 チナツの報告に、先生は眼前の敵を双眸で捉える。シャーレへ続く道を封鎖するように広く展開している生徒達、数は凡そ30だろうか。制服はバラバラで統一感は全くないため、恐らく寄せ集めだろう。恐らくクライアントから好き勝手に暴れろ、とかその程度の伝令しかされていない。協力や連携などは見込めないはずだ。

 そして、展開している彼女達の最奥……白い狐のお面を見た。

 

「先生、彼女が主犯格のワカモです。何としても、捕えなければ……」

 

 元より、キヴォトス中の生徒の名前と顔を全て覚えている先生が見間違えるはずもないが、ハスミの報告でそれはより補強される。

 

「あら……」

 

 そして、先生の耳にはワカモの声が確かに聞こえた。彼我の距離は300m、余程の大声でもなければ音は届かない。そして、きっと、ワカモの声は呟くような……すぐ近くにいても聞き取れないほどの声量のはずだ。事実、先生以外の4人はその声は聞こえていない。

 

 だがしかし、先生には聞こえた。まるで耳元で囁かれたように、はっきりと。

 

 ────幻聴か? いや、しかし……。

 

 だが、そんなことを考えている場合ではないと思考を切り替える。何としてでも、シャーレを奪還しなければならないのだ。それを成し遂げなければ、物語のスタートラインにすら立てず、『滅び』と相対する権利すら持てないのだ。

 

 眼前の生徒達を見据える。既にワカモは姿を消しており、この場の指揮を任されたらしい少女が慌てている。彼女が敵前逃亡をするとは考えられないため、恐らく何かしらあるのだろう。ほかにやることや、罠だったり────この場から離脱してもどうとでもなるような隠し玉があるとか。

 

 そして、恐らく向かった場所はシャーレの部室だろう。

 

「……突破しよう。ユウカはシールドを展開して相手のヘイトを。チナツはユウカのサポートを中心に。スズミは閃光弾を北東(NE)へ投擲。ハスミは北東(NE)へ狙撃、ポイントは袖看板のボルト。タイミングはスズミの投擲が終わった後。ワカモはこの場から離脱して、相手の指揮系統は乱れている。これなら人数差は関係ない。真正面から行こう」

「分かりました。ワカモはどうしますか?」

「彼女はリン達の別動隊に任せてしまおう。逃げた場所の見当は付いているから、余裕があったら私達でやってもいいけどね」

 

 即興の作戦概要を伝えると、力強く頷いた。

 

 ────全く、頼もしい限りだ。

 

 先生は不敵な笑みを浮かべて、告げる。

 

「では、行こう……攻撃開始」

了解(ポジティブ)!」

 

 その伝令と共に、四人の生徒は駆け出した。先頭はユウカ、シールドを展開し、殺到する敵の弾丸を全て無力化し、両手のSMGを振り回して暴れまわっている。近・中距離の相手はその圧倒的な弾幕を前に封殺し、それを何とか搔い潜ってきた相手もCQCでなぎ倒している。

 そしてチナツはユウカのサポートをしながら、全体の戦況を把握。的確な援護でもってユウカを戦い易くしている。

 

 その戦闘能力と連係に怖気づいてしまったのか、数名の不良は逃げ出そうとするが……。

 

「スズミ、閃光弾を」

 

 その逃走と、逃走経路を事前に掌握していた先生にそんな手は通じない。彼の指示に合わせて、スズミの閃光弾が炸裂する。着弾と同時に辺りに180デシベルの爆発音と100万カンデラ以上の光量がまき散らされる。視覚と聴覚を一瞬で機能不全にされた彼女達は立ち止まってしまい────。

 

「ハスミ、射撃」

 

 事前に教えられた通りのポイントへ銃弾が向かう。経年劣化により錆付いたボルトは弾丸に焼き切られ、後は自重によって自由落下する。落下地点は勿論、先ほど閃光弾が爆発した場所。

 

 金属がひしゃげる音とコンクリートが砕ける音が喧しいハーモニーを生み出す。巻き込めた生徒は……6名ほど。彼女達はきっと何が起きたのかも分からないまま気絶しただろう。

 

「スズミはユウカのシールドで射線を切りながら、彼女が撃ち漏らした子を中心に。ハスミは2人の射程外の子を狙撃」

「はいっ!」

「了解!」

 

 先生の指示を受け飛び出して行く2人を見送り、チナツが共有してくれているドローンのカメラ映像を見ながらリアルタイムで指示を飛ばす。

 

 4人の潜在能力を全て引き出した結果、圧倒的な速度で相手を無力化し……辺りの銃声が一旦止んだのは、戦闘開始から約4分後だった。

 

 

 ▼

 

 

「状況終了、お疲れ様。怪我はないかい?」

「4名全員無傷です。先生こそお怪我はありませんか?」

「皆が守ってくれたからね、この通り無事だよ」

 

 彼女達を労いつつ、先生は周囲の状況を見る。辺りは酷い有様になっていて、抉れたアスファルトと、剥き出しになった配管、白いドラム缶が転がっている。修繕費を考えると頭が痛くなりそうだが、連邦生徒会の資金ならばどうとでもなるだろう。ハスミは先生の近くに立ち狙撃や伏兵を警戒し、他の3人は倒した生徒達を歩道等の道路脇に移動させている。

 

 3人の作業も滞りなく終了し、いざ目的地たるシャーレへ行こうとした瞬間────鼓膜を微かな振動が叩いた。

 

「……西、かな。建物奥」

「──────総員警戒ッ!」

 

 先生の呟きに即座にスズミは反応し、伝来する。先生を囲むように4人が四方を固め、各々が正面方向を確認しつつ彼が警戒した西方向へ最大限の警戒をする。

 

 微かな振動は徐々に地鳴りになり、何かを砕く音と金属を引き摺る重厚な音が鮮明に聞こえ──────その独特な機械音に心当たりがあるハスミが弾かれたように叫んだ。

 

「気をつけてください! この音は恐らく────!」

 

 ハスミの声は破砕音に掻き消された。廃墟と化していたコンクリート製の建物が大質量の物に粉砕され、破片が舞う。搭載されたキャタピラが瓦礫の山を踏み潰し、前へ、前へ……先生達の道を塞ぐように立ちはだかった。

 

「……こんな(オモチャ)まで用意するなんてね」

 

 粉塵のヴェールが解かれ、いよいよその威容が明らかになる。

 

「クルセイダー巡航戦車Mk.Ⅰ!? 不良がこんな物を持っているなんて……!」

 

 十字軍の名を冠する機体にして、トリニティ総合学園で制式採用がされている戦車。

 

 元はイギリス軍の戦車であり、同時期に並行で開発されていたカヴェナンターが問題点が多すぎる機体だったため主力機として北アフリカ戦線に投入された経歴を持つ。

 当初は5人乗りの予定だったが様々な兼ね合いにより最終的な搭乗可能人数は3名という中途半端な人数になり、被弾によって搭載弾薬の装薬が誘爆・炎上しやすい点やエンジンの寿命が短い点、細かい砂で冷却系の摩耗する故障が多発する……乗員には『連続36時間重大な故障が発生せず稼働すればそれは奇跡』と言われる機体であった。

 だが、優れた前進速度を誇り、主砲も2ポンド砲を備え副砲に7.92mmベサ機関銃を持ち、装甲も50mmと厚い。

 

 脳内からこれらの情報を即座に引っ張り出して、先生は生徒4人の装備を見る。SIG MPX、MCX、M1917エンフィールド、モーゼルM712。この中で50mmの装甲を貫けるのは……。

 

「ハスミ、徹甲(AP)弾は?」

「5発ほど。ですが、この口径で50mmは……」

「いや、貫かなくていい。あれを損壊できる可能性がある火力を見せればそれで十分だよ。あとは私が何とかする」

 

 ちらり、と戦場を見る。損壊した道路からは水道管が露出し、地形もあまり良くない。辺りに転がっている容器の中身は──────。

 

 その内容物を見て、作戦が瞬時に組み上がった。何故こんな物が置いてあるのかは不明であるが、使わない手はないだろう。賭け要素も多少あるが、仮に失敗したとしてもリカバリーはできる。

 

「皆、聞いてほしい。少し危険ではあるけど作戦が組み上がった。プランは──────」

 

 

 ▼

 

 

「作戦、開始」

 

 先生の号令と共に、ユウカが戦車の前に飛び出す。チナツはユウカの近くに聳える瓦礫を盾にしながらサポートをする。

 

「SMGじゃ、流石に厳しいわね……!」

 

 9mmパラベラム弾は多少の凹みを作る程度で、その重厚な装甲を貫くには至らない。それに苛立ちを交えて吐き捨てるが、ユウカの役割は撃破ではなく囮なのだ。本命は──────。

 

 小気味の良い破裂音が聞こえた。それと同時に、クルセイダーに明確な傷が生まれた。貫くには至っていないが、それでもあの装甲を食い破る可能性を持つ脅威が現れたのだ。

 

 主砲をぐるりと向けた3階建てのアパートの屋上には、ボルトアクションの銃を構え、膝立ち(ニーリング)で戦車を狙っているハスミがいた。あの脅威を取り除こうと、戦車はその主砲を発射しようとするが、射線が通りにくい事に気付いたのだろう。SMGを乱射しているユウカを無視してキャタピラを稼働させ、ハスミを打ち抜けるポイントへ移動する。

 

「先生、移動しました」

『了解。こちらも次のフェーズへ移ろう。ユウカはそのまま戦車に張り付いて、ハスミはポジションを変更。チナツとスズミもポイント更新。チナツ、タイミングは任せるよ』

 

 無線越しの通信を聴き、彼女達は即座に動く。ハスミは隣のアパートへ飛び移り、スズミは仕掛けのセッティングに奔走する。ユウカはそれらを悟らせないように注意を引き、チナツはタイミングを虎視眈々と見計らっている。

 

 そして──────。

 

「今ですねッ!」

 

 先生が予期したポジションになった瞬間、瓦礫からチナツは飛び出して銃を構えた。その弾丸の行く末は──────露出した水道管。彼女が狙いを外す訳もなく命中し、破裂した水道管からはスプリンクラーのように膨大な水が噴き出てくる。ユウカは咄嗟にシールドを展開して降り注ぐ水を防いだが、戦車はその水を思いっきり被ってしまったために水浸しとなった。

 

『最終フェーズだよ。スズミ、お願いね』

「了解」

 

 ハスミがいるアパートの、道路を挟んだ向こう側。4階建てのショッピングセンターの屋上には仕込みを終えたスズミが立っていて……彼女の周りには数個の白い容器が転がっていた。彼女はこれを影で運んでいたのだ。ハスミの火力を本命だと思わせ、その囮がユウカだと思い込ませ……戦車の搭乗員達の気を、本当の本命たるスズミから逸らさせたのだ。

 

『ユウカ、チナツ、離脱を』

 

 戦車から比較的近距離にいた2人を引き戻し、2人の撤退指令が届いた瞬間、スズミはその白い容器達を蹴り飛ばした。彼女達の膂力はこの程度の質量の物を10m飛ばすのは余裕であり……白い容器達は全て戦車に直撃した。

 

『射撃』

 

 狙いは──────白い容器。

 

 3名とも命中し、破裂した白い容器から液体が飛び出てくる。そして、それは戦車に触れた瞬間に白い煙を上げて気体となった。

 

 白い容器の内容物は液体窒素。-196℃の液体が周囲の熱を根こそぎ奪いながら気化していく。先程浴びせられた水が全て氷となり、主砲や副砲、駆動系も超低温で悉く機能不全に陥らせていく。

 

 十数秒もすれば戦車は氷漬けのオブジェと化した。仮に氷が解けたとしても二度と動かないだろう。また、搭乗員の3名は全員引き摺り出されて、ユウカ達によって意識を刈り取られた。

 割と容赦なく銃器と肉体言語でボコボコにされていたため、うら若き乙女として見せてはいけない顔を晒してしまっているが……運が悪かったと言う外ないだろう。

 

 何はともあれ、これにてワカモ以外の雑兵は全て片付け終わった。

 

 先生は本当によく頑張ってくれた彼女達へ、初対面の自分を信じてくれた彼女達へ……いつもの微笑みを向けて。

 

「皆、ありがとう。本当に助かったよ」

 

 そう言う先生に、4人もまた先生に微笑みと信頼を向けた。

 

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