シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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Gun,or Death

 

「────反応ありました! 北西方向、1000m先、どうやら戦闘中の模様です!」

「全く、何が起きてるのよ!」

「分かりません! 通信状態が酷くて音だけしか……!」

 

 アビドス対策委員会部室で開かれた4人の女子会。暫しの休息を謳歌していた彼女達は、今や砂漠地帯を全力疾走している。学校の近辺……半径10km圏内で異常が感知されたのだ。

 

 愛銃と装備を担ぎ、急いで学校を飛び出した彼女達はアヤネのドローンを先行させて現地での情報収集を行わせたが、ノイズ塗れの音声データしか送られてこない。何かに妨害を受けているような酷い電波障害は、アビドス対策委員会の面々に断片的な情報しか渡さず、自身の目で見る事を強制させた。

 

 彼女達には懸念事項が2つあった。1つは、この先────アヤネの指し示した方向の先には、セリカのバイト先である柴関があるのだ。万が一、大将や客が戦闘に巻き込まれていたら……そう思わずにいられない。

 

 もう1つは、異常が感知されたその直後にシャーレの名前でアビドスの一部地区への立ち入り禁止令が敷かれたことだ。

 

 この異常事態の中枢に、少なくとも先生と大将がいる。少女達を逸らせるには充分過ぎる劇薬であった。

 

 早く、早く、早く。足が縺れそうになる位に走り、一刻も早く現場へ行かんとするアビドス。近づけば近づくほど大きくなる戦闘音、それに伴い異質に張り詰める空気。

 そして────アヤネが飛ばしていたドローンが唐突に沈黙した。

 

「────ッ! ドローン、ロスト!」

「目を潰された……」

 

 アヤネの叫ぶような報告にシロコが奥歯を鳴らす。撃墜された、ということは気付かれたということだ。奇襲の成功率は目に見えて減り、状況が悪化する。敵も分からない、味方も分からない。それなのに、偵察用のドローンまで潰されては……頼れるのは自分の目だけしかない。

 

 だが、そんな事に構っている場合じゃない。あと少しで戦場の全貌が見えるのだ。撃墜されたことを悔やむより足を前に動かさなければ。

 

 ────そうして、戦場にたどり着いた彼女達の眼前に広がる光景は地獄だった。

 

「な、何よこれ、柴関が──」

「……!」

「これは……」

「酷過ぎます……!」

 

 ラーメン柴関は何処にもない。瓦礫の山が四方八方に飛び散っていて辛うじて『此処に何かがあった事』が分かる程度。絶え間ない銃撃音と爆発音を奏でて、周囲を硝煙と火薬の臭いが包み込む。

 

「戦闘を行ってるのは────便利屋の皆さんと……」

「便利屋!? いや、そっちは良いんだけどアレは!?」

 

 便利屋が何でこんな所で戦っているのだとか、色々聞きたいことはある。だが、そんな疑問は彼女達と敵対している異形の白いヒトガタを前に吹き飛んだ。

 何だアレは。悍ましい、気持ち悪い。あんなモノがこの世界に存在していいはずがない。まるで現実に空いた孔のような虚無、しかし何処か目を離せない高貴さがある。

 例えるなら、邪教の宗教画のような。尊く在れと祈られ、願われた暗黒の何か。

 

「分かりません! ですが、多分アレが────」

「柴関をこんな風にした悪い方ですよね?」

「はい、その可能性が高いかと……シロコ先輩?」

 

 アヤネの視界に映ったのは、屈んでいるシロコだった。なにやら地面に転がっている物を見て、顔を青ざめさせている。何か悪いものをみたような、そんな顔。呼吸が浅く、早く。開いた動向で茫然と見つめていた。

 

 彼女は震える指先でそれを掴むと、温かい感触が掌から伝わった。ぬちゃり、と湿っぽくて粘度の高い液体。鼻孔を擽る鉄の臭い。間違いなく血だ────シロコの頭に嫌なイメージが浮かぶ。

 

「皆、これ……」

「どうしましたか、シロコちゃ────ッ!」

 

 ノノミ達はシロコの手に握られた鉄製の棒を見て息を呑んだ。全体が赤で濡れている槍のようなそれの穂先は鋭く尖っている。もし仮に人体に深く突き刺せば『こういう汚れ方』をするであろう。まさか、いやそんな────全員の脳裏に想像が過った。

 

「まさか、先生が────」

「……まだ、断定できません。ですが、先生と大将さんのお姿が見えないのが気になります。一体、どちらへ……」

 

 アヤネの言葉に、ノノミは否を唱える。そう、まだ断定するべきではないのだ。確かに先生の可能性はある。だが、大将やそれ以外の……便利屋の少女達の可能性も充分に考えられる。先生が負傷したとなればアビドスの士気に悪影響を与えかねない────そう思った、委員長代理としての顔を持つノノミのフォロー。だが、不安を完全に押し殺すには至らず、先生の居場所を求める言葉が口から零れるに至った。

 

 先生の姿が何処にもないのだ。根っからのお人好しの彼が戦っている便利屋の少女達を置いて逃げる訳がないため、必ず何処かにいるだろう。だが、見つからない。大将もいない。彼らは一体何処に消えてしまったのか。

 

「ん、何方にせよ放っておけない」

「そ、そうです! 周囲を調べましょう! あ、ですが便利屋の方の加勢にも行かなければ────」

「セリカちゃんとアビドスの子達か!?」

 

 先生達を捜索するグループと便利屋に加勢するグループに分けようとしていた彼女達に声を掛けたのは、探し人であった大将であった。彼は一際大きな瓦礫の山の裏側から顔と手を覗かせていて、手招きしている。

 

「大将! 無事だったんだ! 良かった……!」

 

 大将の無事を確認した彼女達の顔が緩む。駆け寄り、彼の姿を見たアビドスの面々は一瞬表情を強張らせた。エプロン等の衣類が血まみれだったのだ。だが、それが表面上の汚れだという事に気付き、胸を撫で下したが────そこで、ふと思った。では、大将を汚す血は誰のものなのか。あの鉄の棒は誰の体に突き刺さったものなのか。

 

 そして、その不安を裏打ちするように、先生の姿は変わらず何処にもなかった。

 

「大将、先生って知らない? 多分、何処かにいると思うんだけど……」

 

 その問いに大将が表情を悲痛に歪めた。全員の背筋に嫌な汗が流れる。呼吸が荒くなり、瞳孔が開いて、胸を掻き毟りたくなる不安が全身に襲い掛かった。

 

「一応、応急処置はした。今はあそこで……」

 

 大将が指差した方には真っ二つになった乗用車が鎮座していた。まるで焼き切ったような切断面を見せるそれは至る所が凹み、汚れ、砕けている。恐らく戦闘によるものだろう。

 

 どう考えても廃棄処分されるであろう車の残骸、その裏側に彼は居た。

 

「せん、せ、い」

 

 変わり果てた姿で。

 

「先生ッ!」

 

 全員が先生の傍まで駆け寄り、その傷を見て息を吞んだ。白いコートは砂塵と血で汚れ、ボタンが開けられたシャツから覗く素肌も赤く、至る所に包帯が巻かれパッチが充てられている。だが、完全に流血は止まっていないようで時間が経つに連れて滲んだ血の面積が大きくなっていた。

 特に深い傷は2箇所、右脇腹と右腕の肘から下。兎に角、流血が多すぎる。早く輸血をしなければ失血死してしまうだろう。

 

「意識が戻らねぇんだ。今、便利屋68(あの子達)が病院までの道を切り開いてくれているんだが……」

「状況は最悪、ですね」

 

 アヤネは予備のドローンを飛ばし、上空から戦場を俯瞰する。タブレットに映る4つの光点は軍勢を相手にしている便利屋68。彼女達を囲むように夥しい数の敵が配置され、磨り潰さんと苛烈な攻撃を加えている。

 彼女達の傍には一際大きな反応。恐らくリーダー格だ。足止めをしてくれているのだろう。

 

「ん……」

 

 全員がタブレットを見ている中、シロコはふと空を見上げた。何かが起きるという虫の知らせ、野生の勘が警鐘を鳴らしたから。自然とグリップを握る力が強くなった。

 

 果たして、その直感は見事に当たってしまい────彼女は拝借したホシノのシールドを展開した。

 

「……飛行機雲(ヴェイパートレイル)。アヤネ、9時の方向、見える?」

「ッ! 確認しました! 時速300kmで接近する飛行物体です!」

「300km!? 噓でしょッ!?」

「嘘じゃありませんッ! 皆さん、間もなく接敵します! 衝撃に備えて────!」

 

 全員を守るように前に出たシロコ。彼女が持つシールドと未確認飛行物体が正面衝突する。爆発したように舞い上がる砂塵と響き渡る重低音。身体能力に優れる彼女であるが、流石に今回は分が悪かった。相手の運動エネルギーが大き過ぎるのだ。踏みしめた大地に靴の跡を残しながら後退り、過剰な衝撃を受け流そうと必死の抵抗を試み、何とか持ち堪えている。

 

 そして、相手も埒が明かないと思ったのか、原始的な突撃を止めて距離を取った。当たり前のように空中を飛んでいるが、それを気に留める者は誰もいない。シロコは僅か数秒の衝突で使い物にならなくなったシールドを投げ捨てて、銃を構えた。全員既に臨戦態勢、後衛のアヤネですら銃を抜いている。

 

 先程の突撃は────シロコを狙ったものではない。彼女の後ろ、先生を狙ったものだ。アイツは先生を殺すつもりだった。

 許せない、許せるわけがない。アレは必ず排除しなければならない敵だ。

 

「どの道、やることは変わらない」

「ですね……」

「取り敢えず、コイツをぶっ飛ばすわよ! 大将、先生をお願い!」

「敵、来ます!」

 

 白い羽が舞う。文明圏への憎悪と、救世主への殺意を発露する死天使はその喉を震わせ。

 

「Aaaaaa──────」

 

 それが、開戦の号砲だった。

 

 

 ▼

 

 

 血が流れる感覚。命が終わる感覚。体が冷却される感覚。何度も味わった、死に逝く感覚。

 

 それに安堵を感じ始めたのは、果たして何度目の回帰の頃だっただろうか。生きていることに違和感を覚えたのは何度目の生存だろうか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな当たり前の感覚で自身の生存を唾棄している。恵まれている生なのに、心の底から喜べない。

 

 大切な人達が傍にいてくれる幸福、彼女から託された夢、自分自身の誇り。満たされている。幸せなはずだ。例え他の誰かから地獄のような人生と言われても、彼は自身の幸福を疑ったことはただの一度もない。それなのに、その筈なのに、どうしようもない程苦しくなってしまう時がある。寂しくなってしまう時がある。

 

 先生はキヴォトスの住民とは違うのだ。この世界に同胞なんて一人もいない、孤独な生命。どこまでも外部の人間で、座席がなくて、名簿に名前が記されていない者。悩みを打ち明ける人もいなければ、頼れる誰かもいない。

 

 大切な人達が、彼女が遠い。こんなにも遠い。

 

 死ぬことはなく、生まれることはなく────そして、これ以上回帰することもない。既に生命として取り返しのつかないほど破綻してしまっているから、二度と誰かと同じ空を見上げることはない。例え同じ空の下でも、違うように見上げるしかできない。

 

 だが────。

 

 まだ体は動く。まだ心は折れていない。剣も祈りも、この手の中にある。

 

 例え、死に瀕していても────私は皆の先生なのだ。

 

 ならば、立ち上がらなければ。

 

 息を吸う。/息を止める。

 目を開ける。/目を閉じる。

 手を握る。/手を放す。

 足で踏みしめる。/足を投げ出す。

 

 私は生きている。/私は死んでいる。

 

 ────私は、自分の意志で生存を選び取ろう。

 

 

 ▼

 

 

 何とか白い怪物を撃退したアビドスの面々は、先生と大将を連れてアル達と合流した。この数相手に分散するのは悪手と判断したのだろう。狙うは唯一点、この包囲網を食い破らんと全員が奮戦する。

 

 そんな時に。

 

「……ぅ」

 

 掠れるような声が聞こえた途端、彼の近くで戦っていた少女達が振り返った。

 

「先生ッ! 大丈夫!? ねぇ!?」

「ムツキちゃん、揺らさないでください!」

 

 駆け寄り、涙を浮かべながら先生の肩を揺らしたムツキをノノミが咎める。だが、その振動が功を奏したのか、彼は薄っすらと目を開けた。

 けほ、と弱々しい咳を1つ。だが、喀血はしていない。

 

「先生ッ!」

「あぁ、私は……」

 

 そう言って、先生は立ち上がろうとする。状況は把握した。

 

 敵は複製(ミメシス)を応用した全能の端末の劣化版。際限なく生み出される眷属は統括個体たる神の知識(ザフキエル)を倒せば消える。攻撃方法は原始的な徒手空拳と、指向性を持たせた神秘の砲撃、権能をダウングレードさせた超重力のみ。防御も強固な概念装甲は無く、素のスペックが高いだけ。問題ない、切り札を使わずとも殺し切れる。

 

 既に量子波送受信機構(システム・メサイア)の効果範囲にアビドスの面々も加えている。

 此処は戦場だ。先生は己の仕事を果たすべく、その両脚に力を入れた。

 

「まだ立ってはいけませんッ!」

「皆が戦っているんだ。私だけ寝ている訳にはいかないさ」

 

 彼はそう言って、力なく笑う。意識が戻っただけで事態は何も好転していないのだ。血を流しすぎた事には変わらないし、傷は癒えていない。早く撤退しないと────そう思ったアヤネの思考を読んだように、彼女の望みと真逆の言葉を紡ぐ。

 

「撤退はない。神の知識(ザフキエル)は此処で倒す」

「……先生、本気ですか?」

「本気だよ。元より、アレは私を狙っている。何処にも逃げ場なんてないさ……」

 

 彼は案ずるノノミを通り過ぎ、最前線で命を張ろうとするが────その歩みはアヤネが立ち塞がる事によって止められた。

 

「行かせません」

「お願いだよ、アヤネ。退いてくれないかい?」

「嫌です。絶対に行かせませんッ」

「どうしても?」

「どうしても、です」

 

 互いに一歩も引かない攻防。交錯する視線、互いが互いに大切だと心から思っている。だから行きたい、行かせたくない。

 

「敵は私達が抑えます。だから、先生は────!」

「それこそ出来ない相談だよ。戦っている生徒を置いて私だけが逃げる訳にはいかない」

 

 愛すべき生徒達から敵を引き離す為の逃亡なら選択しよう。だが、自身を生かす為の逃げの一手など選べるわけがない。

 

「アヤネの心配は嬉しい。嘘じゃない、本心だよ。君に思われているのはとても光栄さ。でも、それでも────私は行くよ。皆を守りたいんだ。皆が大切なんだ」

 

 彼は「だから」と言って──────見惚れてしまう程、綺麗な笑顔を浮かべた。

 

「私にどうか、皆を救う選択を……許してほしい」

 

 

 

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