シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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反撃

 

 彼の救済の懇願、あまりにも救世主らしい願望の発露。彼は根底から『こう』なのだ。だからこそ救世主だった、誰よりも救世主に向いていた。

 

 自分の為には怒れなくて、自分の為には戦えなくて。何度失敗しても決して挫けずに、必ず自分の道をやり遂げる。

 

 でも────今、そんな高潔な心は誰も求めていないのだ。生きたいと、逃げようと言ってほしかった。後の事は逃げて、傷が癒えてから考えればいい。

 

「……それでも、駄目なものは駄目です」

「私もアヤネちゃんと同意見です。委員長代理として、先生の戦闘指揮は認められません。この機能も早く切ってください」

 

 ノノミはそう言って、先生が齎した眼を指差す。この機能も先生に少なくない負担を掛けているはずだ。以前、彼が負傷したときにワカモが使わせなかったことが何よりも証拠になる。

 

 そして、先生は今度こそ困ったような顔をした。我儘だということは彼女達も自覚している。でも、退くわけにはいかない。他ならぬ彼に生きてほしいから。あまりにも戦場が似合わない彼に、一刻も早く此処から離れてほしいから。

 あの脅威と彼抜きで戦うのは確かに怖い。彼が一緒に戦ってくれると言ってくれた時……喜ぶ自分が居なかったと言えば嘘になる。

 

 でも、もうこれ以上彼に無理はさせられない。泣かない彼を戦わせるわけにはいかない。傷だらけで歩む彼に、重荷を背負わせてなるものか。

 

 それなのに。

 

「私はシャーレの先生なんだよ。君達を守り、教え、導き、寄り添い────ずっと傍にいることが私の望みなんだ。君達が安心して帰れる場所で在り続けることが私の使命なんだよ」

 

 君達だけに背負わせない。銃で撃たれても斃れない君達を守りたい。生徒だけに戦わせてなるものか。

 

 そう────こういう人だから、自分達は、アビドスは彼を信じたのだ。例え死の淵に立たされようとも、変わることのない彼の本質、根源。誰かの悲劇を認めない、誰もが陽だまりで笑える世界を作りたいという夢。例え、その景色の先に自分が居なくても────それでも走るのは、花束と共に渡された願いがあるから。

 

連邦生徒会長(かのじょ)が託してくれた生徒達(みらい)と、ずっと一緒に居たいんだ」

 

 この言葉の裏側に隠された感情を、ノノミ達は読み取った。

 

 狂おしい程の熱量。甘く、蕩ける、切ない思い。ただ、彼女に会いたい。一目でいい。会って話したい。胸に残る煌めく思い出の数々を伝えたかった。

 

 ────だけど、それはきっと叶わぬ願い。彼女と彼はもう会うことはないのだから。

 

 彼は花のように笑う。弾丸が飛び交う戦場にはあまりにも似つかわしくない笑み。

 

 ────それを見て、ノノミも覚悟を決めた。

 

「……分かりました」

「ノノミ先輩ッ! 本気ですか!?」

「こうなった先生は折れてくれません。此処で押し問答を繰り広げるなら、一刻も早く敵を倒して先生を病院に送った方が良いです」

「ですが……!」

 

 多くの感情を押し殺したノノミの声音に、アヤネは言葉を詰まらせた。彼女の言っている事は正しい。確かに、敵を排除した何の憂いもない状態で治療を受けさせた方が彼も納得するし、被害も拡大しにくいだろう。しかし、しかし────。

 

「……先生、それは譲れないことなんだよね?」

「あぁ、譲れない。これは私の誇りなんだ。誰が止めても、私は征く」

 

 その蒼い瞳に宿るのは、尊き者を守る為の決意。煌々と燃えているのに、その熱は灯のように温かい。彼の心の温度は、不安で一杯だった少女達を優しく溶かした。

 ムツキは俯きながら言葉を紡ぐ。彼を止めれない己の無力さを噛み締めるように、悔いるように。

 

「じゃあ、絶対またウチに遊びに来て、一緒に遊んでね……約束だよ?」

「あぁ、約束だ」

 

 先生は優しく微笑みながら、ムツキの小指を自身の小指と絡める。ゆびきりげんまん、彼が彼であるために破れない誓いを一つ。

 大切だと言いながら誰かの心を傷つけている己に嫌気がする。この誇りを守ることは、生徒を泣かせることだと改めて突きつけられた。

 戦えない己が憎くて堪らない。簡単に死に絶える己が嫌いで堪らない。

 

「……理解できません。死ぬのが、怖くないんですか。もう会えないんですよ……」

「……私だって死ぬのは怖いさ。痛いのは怖い。誰かに会えないのは寂しい。でも、それでもやらなきゃいけない事がある。それが今なんだよ」

 

 死ぬのは怖い。痛いのは嫌だ。戦うのはしんどくて、憎悪も嫌悪も疲れてしまう。毎日を笑って過ごせるなら、それに勝る幸福は無い。だけど、何を犠牲にしても帰りたかった日常に背を向けてまで守りたいものがあるから。

 

 アヤネは俯いて、唇を噛み締める。こうでもしないと、嗚咽が零れてしまうから。彼に泣きついて、また困らせてしまうから。

 彼はアヤネの頭を優しく撫で、「ごめんね」と一言。彼女を傷つけた己に嫌悪が募るばかりだ。だけど、自責は後でいい。

 

「────ワカモ、毎回……辛い思いをさせてごめんね」

「いえ……それが貴方様の選択であれば、このワカモ、どこまでも付いていきます」

 

 音もなく彼の隣に立つワカモ。泣き腫らしたような瞳、嗚咽交じりの声音。それらは先生を縊る罪の茨だ。彼は一度目を伏せて、彼女の手に握られたキットを手に取り、中身を取り出す。

 

 活性アンプル(スズラン)止血用血液凝固剤(アネモネ)毒素焼却剤(スイセン)。それに加えて細胞活性ナノマシン。

 

 考えられる副作用は幻覚、幻聴、激痛、神経の変調、末端の壊死、凍傷、体温低下、血中のヘモグロビン濃度の減少、細胞のネクローシス────他にも、色々。だが、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに彼は躊躇いなく劇薬を打ち込んだ。

 体の内側から歪な音が聞こえる。傷が再生する。損傷した細胞が健常な細胞ごと駆逐され、新たな細胞が生まれる。傷口の血液が凝固し、流血が停止。毒を燃やす花が彼の体を内側から崩壊させていた神秘を喰らい、強制的に正常状態へと持っていく。

 

 莫大な負荷を肉体に掛けた結果、彼の口から赤黒い血と不要になった肉片が溢れ、もう一度地面に緋色の華を咲かせる。拒絶反応に近い震えが全身を悪寒と共に襲い掛かり、一瞬意識を飛ばしかけるが何とか繋ぎ止めた。それから鎮痛剤を服用し、脳内で限界稼働時間のカウントダウンを開始する。

 

 駆け寄ろうとしたアヤネ達を手で制止させた彼は口元の血を袖で拭い────鋭い眼光で敵を射貫く。血塗れでありながら獰猛に笑う姿は、凄惨でありながらも何処か美しく見えた。

 

「ハッ……」

 

 アレは生徒の敵だ。生徒を傷つける悪意だ。今は先生を狙っているが、その目的である『箱庭の浄化』を鑑みれば、先生を殺した後は矛先が生徒に向くだろう。そんな事は看過できない。故に、必ずここで殺すべきだ。彼が生徒の為の先生で在り続けるならば、避けては通れない道。

 

 深く、深く。アロナの世界と接続する。通常戦闘ではカットしていた機能が稼働しニューロンが赤熱した。視界が沸騰し、燃える世界を見ながら最果てへと飛翔する姿は正しくイカロス。()()()()()()()()()()()事によって発生する莫大な負荷を理屈もクソもない唯の根性論で耐えながら、生徒に戦う術を齎す。

 

さぁ、反撃開始だ

 

 

 ▼

 

 

「……これは」

 

 その変化に最も早く気付いたのはワカモであった。彼と接続されている視界がよりクリアになった……否、本来は見えない筈のものが見えるようになった。

 

 眼前の天使達の弱点が、殺しやすい点が、壊しやすい綻びが見える。試しにそのポイントに向けて銃弾を1発撃ち込むと、忽ち白い悍ましい体が崩壊し、土に還った。再生することはない。増殖することもない。ほぼ無尽蔵の再生力と増殖性能を誇る天使の眷属を完全に殺し切った。

 

 ────この現象を、確かにワカモは覚えている。何度も助けられた彼の権能であり、彼が最も嫌った────殺戮を効率的に行うための力だった。

 

 これを使うという事は即ち、彼は本気なのだ。此処で相手を終わらせるつもりだとワカモは分かった。

 

 とくん、とくん、と聞こえる音は彼の命の鼓動。彼が持つ神殺しの技術が──────遂にその真価を発揮した。

 

 相手のスケールを減らし、神秘を解釈し、殺しやすい弱点を強制的に作り出し、崇高を撃ち落とす──────解体の牙。ゲマトリアから学んだ数秘術は、酷く論理的なロジックを以て相手を暴き、その存在規模を大幅にスケールダウンさせた。

 

「皆さんッ! 眼に映るポイントを狙ってください!」

 

 先生の代わりにワカモが叫ぶと、各所から頼もしい返事が返ってくる。視界に映る敵影が加速度的に減少し、その総数は漸く1000を切った。

 

 それを視認した彼女は突貫する。雑兵の掃除はアビドスに任せたのだ。元より、彼女の装備は殲滅能力に秀でたものではない。此処で雑魚を掃除するよりも、親玉の方へ加勢した方が戦場全体の負担が減る上に、彼女自身も出来る事が増える。それに、アビドスにはミニガン使いが居るのだ。彼女を全員でカバーしながら戦えば持ち堪えることは出来る。

 

 そう思ったワカモは本命を叩くべく便利屋がいる戦場へ突撃。向かってくる雑魚を銃剣を巧みに振り回しながら切り刻み、撃ち抜き、道を切り開く。

 

 開けた視界に収まるのは、神の知識(ザフキエル)の魔手がハルカを捕えんとしている場面だった。カヨコやムツキ、アルが助けようとしているが、間に合わない。例え間に合っても、銃弾数十発を肉体で受け止めながらでも殺すだろう。アレはそういう生き物なのだ。『天』に『使』われているから、その命令を投げ出す事は決してない。故に、彼女の頭蓋は速やかに握り潰され、柘榴のように命が散る────その筈だった。

 

『アロナ、詩篇(テヒリィーム).109.17、起動(アウェイクン)

『はい! ────彼は呪うことを好んだのだから、呪いは彼自身に返るように』

 

 しかし、その敵は止まったのだ。先生と、誰かの詠唱(ランゲージ)が聞こえた途端に。あと数mmでハルカの頭蓋を砕ける、その距離で。

 

 突然の一時停止に面食らいながらも、アル達は次々に発砲し天使の部位を吹き飛ばす。止めのようにハルカはHK FABARM FP6(ブローアウェイ)を撃ち込んだ。ゼロ距離で散弾銃を貰った敵の白い胴体に幾つもの風穴が空くが────全く気にしていない様子であった。

 

 天使は歯車を軋らせる。それは嚇怒だった、それは憎悪だった。超常的な存在にしては酷く人間的な行動。それを見た先生は遠くで嗤った。

 

 敵を止めたのは彼とアロナの呪詛返しだ。聖典、詩篇の109.17の唄────『彼は呪うことを好んだのだから、呪いは彼自身に返るように。祝福することを望まなかったのだから、祝福は彼を遠ざかるように』、その一部を抜粋して相手を呪い返すカウンターに仕立て上げた。

 

 言うまでもなく先生との相性は最高だ。救世主と見做される彼はこの聖典を最も有効に活用できるだろう。しかし、彼には神秘を扱う事が出来ないため、式の構築だけを行い、出力はアロナに任せている。

 

 そして────この呪詛返しを回避することは不可能だ。何せ、傷を負った者と負わせた者という因果の糸で結ばれている。何人たりとも因果律から逃れる事は叶わない。やった事はそのまま自身に返ってくる、誰でも分かる世界の摂理だ。

 

「──────ッ!」

 

 天使が絶叫する。先生が負わされた数多の傷が返ってきた。足が折れ、腕が抉れ、他にも諸々。人の身で負った致命傷の成り損ないは天使の身であろうとも堪えたようだ。明らかに動きが鈍っている。

 

 物理的な傷であれば即座に修復できただろう。先生により徹底的に叩き堕とされたと云えど、莫大な神秘は健在だ。それを肉体の再生に回せば、この程度の傷であれば瞬きの間に修復できる。

 しかし、呪詛となれば話は別だ。呪いは治すものではなく解くもの。幾ら治癒力が高くとも、適切な手段でなければ呪いで負った傷は癒える事がない。そのようなルールなのだから。

 

 声にならない悲鳴を上げる天使。その眼前に、便利屋68が集結し────その隣に、ワカモが立った。

 

「加勢しますわ」

「え、えぇ、ありがとう……」

「……先生って本当に……」

「くふふっ。まぁ、いいじゃん。これでアイツを早くぶっ飛ばせるし」

「あ、あの……よろしく、お願い、します……」

 

 奇妙な共同戦線。先生が繋いだ縁を感じつつ、アルはその顔をニヒルに歪めた。

 

「さぁ、第2ラウンドと行きましょうか」

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