シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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たった1人の、この世界で最も弱い生命によって覆された戦場。有事の際に自身の身すら守れない先生は、最前線に立ちながら生徒と共に戦っている。
全員に満遍なくリソースを割き、共有している視界と痛覚、聴覚で以って生徒一人一人のコンディションを具にチェックしながら治癒と攻撃をその時の状況によって入れ替えながら、負担を最小限にしている。
「ぐ、ぅ……」
だが、彼は自身の負担を度外視していた。ナノマシンの過剰投与により過回復が発生し右手の指先が壊死し始めてきている。黒くなった部位を隠すように手袋を着けたため、一目でばれる可能性は無いが……あまり時間は掛けられない。確認できていないだけで、他の部位でも同様の壊死が起こっているだろう。足先は凍傷だろうか。酷く、寒い。
そして、投与した薬の効果時間はどれも1時間程度。それを過ぎたら意識を保つことは難しくなり、一気に死の
ゲヘナ風紀委員が参戦してくれた事によって、アビドス側の数的不利は何とかイーブンまで持って行けた。イオリやチナツ……2名の強い生徒の参加と、後方からの火力支援。恐らく、雑兵処理はこれにて決着が付くだろう。
後はワカモと便利屋の少女達が対峙している本命だけ。不意打ち等で負ってしまった傷を転用した呪詛、システムの完全展開を以ってやっとイーブン。変わらず油断は許されない状況のため其方側に思考のリソースを割こうとするが、中々考えが纏まらない。怪我の影響だろうか。それとも、火力支援の終末誘導を行っているからか。
脆弱なこの体に嫌気を覚えながら、先生は胸ポケットの奥────
いざという時はこれで誰かを守りなさい────遠い日、誰かに言われた事を思い出す。対価を払い、代償を受け入れて奇跡を起こす、彼がキヴォトスにおける大人である証。彼が自身を裏切らなかった証明。
この世界でも、誰かを守り、導く灯とならん事を────そう願った時、シッテムの箱が震えた。
『先生ッ、それは……!』
「知ってるよ。でも、何時でも使えるようにしないとね」
これを使う危険度を誰よりも知っているアロナは、彼の行動を制止しようとした。だが、彼は止まるつもりなんて皆無である。使わないに超した事はないが、使わずに敗北……なんて無様を晒すつもりはない。打てる手は全て打ち、全力で相手を迎え撃とう。
「正念場だ。アロナ、バックアップは任せたよ」
▼
アル、ムツキ、カヨコ、ハルカ、ワカモの共同戦線。いつもの4人に加わったワカモは驚くべき順応性で以って、便利屋の少女達と共に戦っていた。
カバーの正確さと速度はカヨコが瞠目するほどであり、あの悪名高い災厄の狐がこんな細々としたことができるなんて────と内心で思っている。
カヨコがワカモについて知っていることは多くないが、それでも協調性やチームワークといった言葉からかけ離れている人物である事は明白だ。特定の誰かと協力することもなく、唯孤高に己の欲望を満たす災害────七囚人とはそういうモノであろう。
だが、どうだろうか。今の彼女は伝え聞いていた人物像と全く異なる。誰かと共に戦うことを熟知している……否、それだけではない。便利屋68のメンバー全員の事が分かっているかのような立ち回りなのだ。
まるで何度も戦場を共にした事があるかのような、そういった違和感。あまりにも巧すぎる。幾ら先生のサポートがあったとしても、この動きを咄嗟に行うのは不可能だ。
故に考えられるのは、便利屋の戦闘スタイルを彼女に流した『誰か』がいる事だろう。一番可能性が高いのは先生であるが──────彼であっても不可能に思える。何せ、彼の指揮の元で一度も戦った事はないのだ。
色々と彼は謎が多すぎる。ファーストコンタクトから謎塗れで、今回で更に謎が増えた。彼はつい最近キヴォトスに来たと聞く。それなのに、様々な文献をひっくり返す勢いで調べてようやく見つけた情報を当然のように保有しており、より詳しいものまで持っている口振り。
先程の奇妙な詠唱も、トリニティの生徒……特にシスターフッドが聞いたら驚愕のあまり銃を取り零してしまうだろう。
「……本当に、どこまで知ってるんだろうね」
数発残ったマガジンをそのまま地面に落とし、新たな弾倉を叩き込む。スピードリロードと呼ばれる技法。無論、リロードしている間は敵から視線を外さない。
──────というか、5人合わせて数百発撃ち込んでるのに斃れないのはおかしいでしょ。
と、カヨコは至極真っ当な事を考える。ここまでボコボコにされているなら、そこは斃れておけと。現象だか何かは分からないが、ここまで頑丈なのは色々と駄目だろう。色々と不条理だ。
「チッ……」
舌打ちを1つ。射線が通りにくい場所へ移動された。遮蔽物の裏から顔と銃を覗かせ一発撃つが、当たらない。故に、こちらも危険を承知で移動するしかない────が、カヨコの直感が警鐘を鳴らしている。無策で飛び出れば殺されると。
だが、彼女は1人で戦っている訳ではないのだ。
「ぶっ殺してやるッ!」
「あははッ! いいねハルカちゃん!」
散弾銃片手に命知らずの突貫をするハルカとノリノリでカバーするムツキ。発射された弾丸は吸い込まれるように敵に殺到するが、掌から形成された謎の力場により全て明後日の方向に逸らされる。
その弾丸は何の痛手も与えずに失墜する──────その、筈だった。
「甘いわ」
だが、その常識はアルの存在により覆される。逸らされた弾丸に自身が発射した銃弾を当てる事により無理やり軌道を補正したのだ。言ってしまえば、立体空間におけるビリヤードの要領。想像を絶する神業は見事に敵を射抜く事に成功した。
その隙を突き、カヨコはポジションを変更する。だが、その場所にはどうやら先客がいたようで。
「あら……」
破損した狐面を着けているワカモだった。お面が損傷している以外は全く傷はなく、精々鮮やかな着物の裾が汚れている程度。彼女も色々と規格外だ。戦争が巧い、とでも言うべきだろうか。
そんな事を考えていると、「鬼方カヨコさん」と呼ばれる声がして振り返る。
「埒が明きません。一度打って出るので、カバーの方、お願いできますか?」
「……埒が明かないのは同意。でも、打って出るって──────」
刹那、ワカモは飛び出した。その表情を焦燥に歪めて。
「なッ──────!」
その突然さに驚愕しながら飛び出したカヨコが目にした光景は、銃剣から取り外した刃で敵の突撃を受け止めているワカモの姿だった。
「やらせる訳ないでしょう……!」
吹き荒ぶような怒り。犬歯を剥き出しにし、眼を見開いて獰猛に怒る姿は狐と云うよりは大型の肉食獣に見える。
──────先生が狙われたのだ。恐らくデコイが全て壊され、彼を隠すものが無くなったからであろう。或いは、この5人との戦いを不毛と判断した結果なのかもしれない。何方にせよ彼が狙われた事実は不変であり、それはワカモにとっての地雷だった。
そもそもこの状況……彼が怪我を負っている事自体が許し難い。敵を三度焼き尽くしてもなお飽き足らぬ怒りだ。そんな時に、彼に傷を負わせた張本人が、今一度
──────許せるわけがなかろう。彼がその突撃に対してカウンターを合わせ、一撃で以て天使を滅ぼすつもりであっても……あぁ、許せるわけがない。
彼に武器を振るわせない。彼に銃を握らせない。対話と相互理解、誰かと誰かを繋ぐ絆が似合う彼に──────他者を傷つける道具を使わせたくない。
故に、彼女は危険を承知で身を晒して受け止めた。この程度、どうって事ない。だって、彼の方が何倍も痛い思いを、怖い思いをして────その悉くを乗り越えてきたのだから。
燃え続ける彼への愛の熱を感じながら、眼前の敵を睨みつけた。機械仕掛けの歯車、ロジックの塊に舌打ちをして、受け止めている左腕に更に力を籠める。鋭利な手刀と職人の手により打たれた鋼が衝突し辺りに火花が散った。
「突撃しか脳がない猪如きに……!」
ワカモの手元で翻る短刀。銀の閃光が空を裂き、返す刃でもう一閃。無駄を徹底的に削ぎ落とした流麗な二太刀で以て天使の両腕は膝から先が消え失せる。
続く一撃、構えたライフルからのゼロ距離射撃で敵を退け反らせた。
その一連の動作で大きなダメージを負った敵は堪らず距離を取るが────そんな事をワカモが許すわけもなく。
取られた距離を低姿勢の全力疾走で潰した彼女は天使の肩に飛び乗り、その大腿部で真正面から頭をホールド。
そして──────。
「へし折りますわ」
ワカモはホールドした頭を、自身の体ごと180°回転させた。ゴキン、と鈍い音が鳴り敵の後頭部が正面を向く。首の骨を砕き、肉を捩じ切った事を確認したワカモは飛び降りて射撃。それに合わせるように便利屋の少女達も銃撃を重ね、一瞬で天使の体が穴だらけになった。
しかし、絶命には至らない。虚空の四肢を動かす動力たる神秘は外部から供給されている。経路は不明。恐らく先生であれば分かっただろうが、どの道切断する手段はない。
故に、狙うのは神秘が供給されている炉心。考えられる場所は脳か心臓だろう。怪物の弱点は昔からその2つと決まっている。
敵の圧縮された神秘の砲撃を瓦礫に隠れてやり過ごしつつ、ワカモはリロードを行う。先生が張ってくれたシールドはあるが、それも無限ではない。リソースが尽きれば切れて、再展開には時間がかかる。使わずに済む場面なら温存すべきだ。
「アルちゃん、服の裾焦げてるよ?」
「嘘ッ!? この服高かったのよ!?」
「せ、先生に続いて、アル様まで……!」
ふと隣を見ると、便利屋の少女達もワカモと同じ場所に退避していた。牽制射撃を行いつつ戦場を見ると、あれだけあった瓦礫の山が今や数える程度しか残っていない。恐らく今隠れているこの場所もそう遠くないうちに消し飛ばされるだろう。ジリ貧になってきた、そう思った彼女は外した短刀を銃下部に取り付ける。
それにしても、この極限状況で漫才ができるのは図太過ぎるだろう。緊張感が無いのかもしれない。ワカモの溜息とカヨコの溜息がシンクロした。
何はともあれ、此処が運命の分岐路だ。これから行う攻撃を外せば、圧倒的な速度と精密さ、威力を兼ね備える神秘砲撃を遮蔽物が無い空間で回避し続けなければならない。幾ら先生の未来予測に等しいアシストがあっても、全て避け切るのは至難の業だ。
故に、此処で決め切るつもりで仕掛けなければ。
「貴方様、此処で決め切ります」
『分かった。作戦は────』
頷いた彼は頭の中で瞬時に作戦を組み立て、己の権能を限界まで駆動させ、皆に伝達しようとするが────ワカモの「いえ」という言葉に止められた。
「それ以上貴方様がお体を酷使するのは、このワカモ、耐えられません。どうかご自愛ください」
『……』
「私のお願いです。どうか、ご一考ください」
ワカモの真摯な願いに、先生は観念したように溜息を吐いて。
『分かったよ。でも、万が一君たちが失敗したら後は任せてほしい』
「えぇ、絶対に失敗できない理由が1つ増えましたわ……ご武運を」
『ワカモの方こそ……必ず、私の元に帰ってきてね』
その声を最期に、彼との通信が途切れる。やはり、かなり無理をしていたのだ。今も恐らく気力だけで量子通信機能を保たせているのだろう。それが悲しくて、悔しくて。ワカモは目を伏せて────開眼した。
「皆さん、私の作戦を聞いてくださいな」
散々辛酸を舐めさせられた憎らしい相手、そいつを爽快にぶっ飛ばす方法を。
▼
「じゃあ────作戦、開始」
カヨコの静かな声と共に、最後の攻撃が始まった。
「これで何も見えないよねぇ!」
初手はムツキが戦闘の最中に仕掛けておいた煙幕。白く煙る景色は5名の姿を覆い隠し、カモフラージュする。対救世主に特化して生産されたこの天使は然程感覚が鋭くない。先生の生体反応はダミーであろうが感知できるが、それ以外は捉えるのに時間が掛かってしまう。故に、この煙幕でも目隠しとしては充分な成果を上げた。
そして────立ち往生している天使に向かってムツキはそのバッグを放り投げる。次の瞬間には耳を塞ぎたくなるような爆音が聞こえ、火薬の匂いが嗅覚を刺激した。
咄嗟に飛び退いた敵は下半身がごっそりと消失しており、先ほどの爆弾セットの威力の高さを物語っている。だが、これで終わりではない。
刹那、突撃する影二つ。
「死んで下さい死んで下さい死んで死んで死んでッ!」
「物騒過ぎませんか、この方」
鬼気迫る、普通の人が見たら迷わず背を向けて逃げてしまいたくなる表情を浮かべ、散弾銃を乱射しながら突撃するハルカ。それを軽く引きながらカバーするワカモ。
「うわぁアアアアァッ!」
狂ったようにトリガーを引きまくるハルカにより全身穴だらけになった敵は、掌に神秘を圧縮し致死の弾丸を発射しようとするが────ワカモのサマーソルトキックにより逸らされる。そして、サマーソルトの陰に隠れるように放たれた真一文字の銀閃。それは、敵の首と胴体を切り離すに至る鋭さであった。
「仕上げは任せましたわ」
「えぇ、外さないわ」
「こっちもね」
宙を舞う頭部にはカヨコが、地面に崩れ落ちようとする胴体にはアルが銃口を向けている。2人は全くの同タイミングでトリガーを引き、狙いを外すことなく着弾。心臓と脳、神秘の炉心を同時に打ち砕かれた天使は即座に絶命に──────至らない。
この天使はまだ尚生きていたのだ。だが、炉心を崩されたためこれ以上の戦闘行動は不可能。故に選んだ手段は自爆だった。残っていた神秘を爆縮させ、先生ごと辺り一帯を纏めて吹き飛ばそうとするが────それは叶わない。
「ぶちのめすわ」
その一言と共に、アルが放った銃弾が爆発した。肉体内部という回避不可能の場所からの攻撃は残存していた天使の肉体を纏めて吹き飛ばし、塵すら残さない。
これにて、
感想へのリンク
以下、本編とは関係ございません。加えて、ブルーアーカイブ最終章のネタバレが含まれているため、ご注意ください。
ここで、最終編により吹き飛ばされた拙作のエンディングに至るための前哨戦について認めさせていただきます。
・連邦生徒会長と共にキヴォトスを治世した、所謂0番目の世界線の先生との対峙。
0番目の世界において同時多発的に訪れた数多の神話の滅びの再現、生徒達は言わずもがなキヴォトスに住まう凡ゆる生命(ゲマトリアとかカイザーも含む)が一丸となって戦い、何とか最後の一つ────これを引き起こした元凶と対峙する事に成功する。
だが、相手は文字通りの全知全能。この時点でキヴォトスは滅亡し二度と復興することは叶わなくなる。最後の策としてキヴォトスに存在する全ての神秘とリソースを先生に注ぎ込み、集約させた。
キヴォトス唯一の生き残りとなった先生との壮絶な死闘の末、敵は撤退。
彼一人を残し、キヴォトスの全ては滅亡した。後に残されたのはキヴォトスの全てを託されてなお敵を殺すことすらできなかった弱い己と、空っぽになった星。
更に、多次元解釈を多用し過ぎた結果、生きていた世界にすら帰れなくなった先生は自発的に狂い続け、殺し損ねた敵の影を追い次元の狭間を彷徨い続ける。
そんな時、アトラハシースとウトナピシュティムまでたどり着いた現世界(今連載している世界線)を観測してしまう。追い続けた敵の残滓を感じ取った元先生は果たせなかった約束を果たすため、死んでいった全てに報いる為に世界へ攻撃を開始し……。
という感じです。元先生は凡ゆる生徒と神秘のミックス体の為、凡ゆる生徒のスキルを行使できます。シロコ*テラーの全生徒版みたいな。
これを考えたのが、2022年10月半ばの1話投稿前くらいです。この時はまさか実際にもう一人の僕が出てくるとは思わなかったんだ……。
没になった理由は『先生は発狂しない!』って私が解釈違いを起こしたのと、ほぼ同じ設定を持つキャラが某ソシャゲで出てしまったという点です。
ぶっちゃけ没にするには結構設定を練ってしまったのと、ここからラスボス戦への道が開けるって感じでプロットを組んだので使いてぇ〜ってなってます。現在進行形で代替案を考えていますが、良いのが浮かばなかったら多分これを使います。発狂の理由だけはどうにかこうにかこねくり回して。
因みに、先生に集約させた理由は生徒を一番知っているからです。生徒の能力を十全に活かすなら彼しかいないって感じで満場一致しました。勿論、リソースと神秘の集約=リソース元の生徒の死なので先生は猛反対していましたが、増え続ける犠牲者と連邦生徒会長を目の前で惨殺された事によって覚悟を決めました。
色彩によって反転したにも関わらず2人を守り抜いた自分との対決を終えたら、守りたかったものを何一つ守れず全て取り零したった一人残された空っぽの自分と対峙するって中々素敵じゃないですか?