シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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思惑、交差

 

 神の知識(ザフキエル)、及びその眷属の完全消滅を確認した先生は一つ息を吐いて量子波送受信機構(システム・メサイア)を解除した。

 

 今回は深く繋がり過ぎてしまった。本来は見えない、見えてはいけない神秘の流れすら可視化してしまうレベルの深度。宇宙色に変色した目は、有り得ざるものすら視認してしまう。過剰な情報を受信し、今の状況と数秒過去の状況、数秒未来の状況が全て重なって見えていた。

 一種の入神(トランス)状態。解除した今でも残滓を感じてしまう。使いすぎると戻れなくなる────遠い過去、ヒマリにそう言われた事を思い出す。

 

 まだ不可逆的な後遺症は負っていないが、このままでは遅かれ早かれ致命的な破滅を迎えるだろう。彼が壊れるのが先か、それとも彼が壊すのが先か。

 

 瞳の虹彩が完全に元に戻り、視界が通常の物に切り替わった彼はもう一度深呼吸。唇の両端を壊死しかけている指先で吊り上げて微笑みを作る。

 

「ありがとう、2人とも。一緒に戦ってくれて」

 

 彼がそう言うと、チナツとアヤネは緊張の解れたいつもの微笑みを浮かべてくれた。そして、もう1人の功労者──────風紀委員の生徒達を気前よく預けてくれたアコに向けてお礼を言う。

 

「アコもありがとう。君が風紀委員の子達を連れてきてくれなかったらどうなるか分からなかったよ」

『礼には及びませんよ、先生』

「それでもお礼くらいはさせてほしいな。今度遊びに行く時、ちょっと高めのお茶菓子でも持って行こうか?」

『……えぇ、では、その日を楽しみにしていますね』

 

 何とも言えない微妙な、それでも何処か喜びが見える表情でアコは頷いた。

 

 なお、先生が云う『ちょっと高めのお茶菓子』はトリニティのティーパーティー御用達店のものである為、ちょっと高いどころか桁が一つ多い程である。これを買う事によりユウカにお説教を受ける事になるが、別にいいだろう。領収書をちゃんと取り、用途を説明すれば長時間正座のフルコースは受けずに済む……はずである。

 

 そして──────アコは複雑な感情で此方を見つめているアヤネの方に視線を向けた。

 

『……奥空アヤネさん、何か私に御用ですか?』

「……私個人は、アコさんを始めとする風紀委員の方に心から感謝しています。皆さんがいなければ、私達の損害はもっと大きかったでしょうし……先生を、失っていた可能性もあります」

 

 アヤネ個人に、彼女達風紀委員に悪感情はない。寧ろ感謝の念が募るばかりだ。彼女達が土壇場で力を貸してくれなければこの戦いはもっと辛いものになっていたはずであり、そうなれば先生が帰らぬ人になっていた可能性があった。それを阻止してくれた彼女達にマイナスの感情なんか抱けるはずもない。これで風紀委員を糾弾しようものなら、恥知らずと罵倒されても仕方ないだろう。

 

 だが──────アヤネはそれでも言わなければならない事があった。個人ではなく、アビドス対策委員会の一員として。非常に心苦しいが、誰かがやらなければならない事を。

 

「ですが……アビドス自治区内で私達に無断で、この規模の公的な戦力を動かした理由を聞かせてください」

 

 静寂に包まれる空間。いつの間にか最前線で戦っていた少女達──────シロコ、ノノミ、セリカ、アル、カヨコ、ムツキ、ハルカ、ワカモ、イオリを始めとする風紀委員といった面々が集まっており、先生を境界線として真っ二つに別れている。

 

『……失礼しました、対策委員会の皆さん。私達ゲヘナ風紀委員会はあくまで、私達の学園の校則違反をした方々を逮捕する為に来ました────そちらの、便利屋68の方々をね』

「……ッ!」

 

 アコがそう言うや否や、風紀委員の少女達は銃を構え便利屋68にその銃口を向けた。急に敵意を向けられたアルは顔を青褪めながら肩を振るわせ、アビドスの少女達の背に隠れる。

 

「ねぇねぇ、どうするアルちゃん? 今やり合ったら確実にフルボッコだけど」

「厄介ごとが次から次へと……」

「あ、アル様……ここは私が自爆を……」

「ちょ、ちょっと! 自爆は駄目!」

 

 一番最初から戦い続けた便利屋の少女達はもう体力的には限界だ。予備の弾丸は粗方使い切ってしまったし、集中力も尽きている。仮に戦った場合、無惨に擦り潰されるのは明らかだ。一緒に戦ってくれそうなアビドスも限界が近く、先生にはこれ以上無茶をさせられない。

 

 控えめに言って詰みだった。

 

『私としては、大人しく便利屋の身柄を引き渡して欲しいのですが……アビドスの皆さんは如何ですか?』

「なんで私達に話を?」

『恐らく便利屋68は抵抗するでしょう。そうなった場合は私達も相応の武力行使に出なければなりません。此処は()()()()()()()()()()()ですから、一応許可を取っておこうかと』

「……?」

 

 アコの言葉にアヤネは僅かに眉を顰めた。今、何か……途轍もない程重要な情報が彼女の口から溢れた気がする。だが、その言葉の内容を探るよりも早く────シロコが口を開いた。

 

「私達アビドスの自治区でそれは駄目。それに、此処には先生がいる。先生の近くで戦わないで。それでも、どうしても()るなら────」

 

 シロコの銃のセーフティが外れる音が響いた。

 

「自治権の侵害と見做して、私達も黙ってられない」

 

 シロコの言い分は『やるなら他所でやれ』の一言に尽きる。ゲヘナ自治区やその他の場所で戦闘行為をする分なら構わないが、此処はアビドスであり、先程まで戦場であった場所。ゲヘナの治安維持機構が、ゲヘナの違反者を取り締まる場ではない。

 

 その上、怪我人と民間人が現場にいるのだ。自治区を預かる身として、これ以上の戦闘行為は到底容認できない事であった。

 

『他の皆さんも同意見のようですね……シャーレとしての意見はどうですか、先生?』

「んー、便利屋の子達を今この場で素直に渡せるか、と言われると……ちょっとそれはできないかな」

「せ、先生……! えぇ、えぇ! 信じていたわ! 流石私達の経営顧問!」

「くふふっ、先生らしいね」

「そんな体でよく言うよ……でも、ありがと」

「あ、あの……ありがとう、ございます……」

 

 先生の啖呵に感涙するアルであったが────これ以上の戦闘は不味いと、頭の冷静な部分が提言している。どう考えても勝てっこないのだ。此処は大人しく一旦捕まり、隙を見て脱出した方がいいのではないのか……そんな案が頭に浮かんでは消えて。

 

『ふむ……困りました。私個人はシャーレと敵対したくはありませんが……』

「お互い、これ以上の戦闘は厳しいだろう? この場で無駄な負傷者を抱えるより一旦引いた方が賢明だ」

『それは尤もな意見です。えぇ、模範解答だと思いますよ、先生。ですが────』

「君にも引けない事情がある。勿論、それは分かってるつもりだよ」

 

 先生は生徒の味方だ。だからアビドスの味方であり、便利屋の味方でもあり、風紀委員の味方でもある。何処にも平等に手を差し伸べ、何処にでも平等に肩入れしない。誰でも愛するし、誰も愛さない。今こうして便利屋側に立っているのはアビドスの自治権に抵触しそうな行為を避けるためだ。

 

 アコは口元に手を当てて、思考する。現在の状況自体は可能性の一つとして考慮していた。想定外なのは一時的に共通の敵を倒すために彼等と共闘した事と、先生が重傷を負っている事。

 ただ傷を負っているだけなら治療を口実に救急医学部の手を借りてゲヘナに連れ込む事もできるが────彼は想像以上に頭が回る。自治区の病院に連れ込もうとしても彼はきっと回避するだろう。キヴォトスに来訪してから1ヶ月も経っていないのに立ち回りが巧い。

 

 それに────あの傷。あれはどう考えても重傷だ。キヴォトス外部の脆弱な人の身で耐えられる怪我のレベルを超えている。意識を保っているのが不思議なくらいだ。それなのに、こうして正常な受け答えをしている。

 あの傷は大したことがないのか────否、そんなはずはない。チナツから送られたバイタルデータがそれを証明している。ならば、傷を即時再生させる手段を持っているのか。だとすると、それはどう考えても一般に公開されていない実験段階の新技術だ。シャーレの特権で回してもらっているのか、それともシャーレで開発しているのか。

 

 何方にせよ、彼の手札が読めない。何を持っていても不思議ではないのだ。しかも、戦術や指揮能力では確実に彼の方に分がある。動かせる戦力が彼よりも何倍も多いにも関わらず、圧勝できる気がしなかった。

 

 だが────彼自身の戦闘能力は皆無だ。そこに付け入る隙がある。

 

『シャーレとアビドスの意見は一致、便利屋も素直に捕まる気配はなし……少々、困りましたね。こうなっては仕方ありません。本当は穏便に済ませたかったのですが────』

 

 そう云ってアコはふっと微笑むと、片腕を緩く上げた。

 瞬間、空気がひりつく様な熱を帯びる。それは宛ら────厳かな審判の号令であった。

 

『総員──戦闘準備』

「ッ!?」

「アコ行政官!?」

 

 アコの伝令。No.2の指令に呼応するように、風紀委員が銃を構える。

 先生は怪我を負っている。重傷だ。だが、致命傷ではない。この戦闘を10分以内で済ませ、彼をゲヘナまで空輸し治療を受けさせれば目立った後遺症なく復帰できるだろう。負傷した先生をゲヘナで治療した、となれば信用も向上する。連邦生徒会は民間の────D.U.内の医療機関に搬送するように五月蠅く言うだろうが、防衛室長に依頼すれば火種を小さくできる。問題ない範囲だ。強いて言えば、あの腹黒糸目女に借りを作ってしまう事が気に食わない程度。

 

 チナツの非難の声に耳を貸さず、アコは淡々と指示を下し、銃口を向けた────刹那、黒が奔った。

 

「ッ!」

 

 瞬間、両断される銃火器。紙でも切るように先生へ向けられた敵意を寸断したのは当然ワカモであり、彼を庇う様に立ち────静かに、だが煮え滾るような怒りを込めた声音で告げる。

 

「下ろしなさい」

『七囚人の一角、災厄の狐────狐坂ワカモ』

「最後通告です────銃を下せ」

 

 下さなければ死ぬ────誰もが、そう思った。特に、彼に直接銃口を向けていた生徒は首筋に手を当て、安堵している。一瞬、落とされたかと思ったのだ。銃ではなく、首を。それ程まで、先ほどの一撃は速く、鋭かった。

 

 だが、それで『はい、分かりました』と言って銃を下げる風紀委員ではない。依然として銃口は彼等に向けられたものであり────ワカモは落胆しながら言う。

 

「警告はしました。呑めないなら……無様に死に絶えなさい」

『各員シールド展開ッ!』

「遅いですわ────欠伸が出てしまうほど」

 

 神速で翻る真紅の災厄。数多の血に濡れた妖刀妖銃は遂に命を摘み取るに至ると思ったが────。

 

「ワカモ」

 

 優しく名前を呼んだ先生によって、止められた。彼はそのまま首を緩く横に振って。

 

「いいんだよ」

「ですがッ……」

「私の為に怒らなくていい。私の痛みに、君が苦しまなくていいんだよ」

 

 そう言って、先生はワカモの肩を優しく抱き寄せた。これ以上、彼女が傷つかぬように。彼女が傷つけぬように。

 そう、彼女が怒る必要はないのだ。彼女が悲しむ必要も、苦しむ必要も、泣く必要もない。この怪我は別に誰の所為でもないのだから。今の状況は起こるべくして起こった事だから。それの為に、彼女が誰かを殺めるなんて────それは、先生として許容できる訳がなかった。

 

 彼に密着した途端しおらしくなったワカモ。他の誰かと何一つ変わらない、大事な生徒である彼女を撫でながら彼はホログラムの向こう側にいるアコを流し目で見て、呟く。

 

「君の本来の目的はアル達便利屋68の捕縛じゃない。私の身柄だろう?」

 

 そう言い、先生は影のように笑った。

 

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