シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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ゲヘナ学園風紀委員長

「便利屋の子達はゲヘナの校則を違反しているけど、被害の規模は然程大きくない。少なくとも、彼女達を捕えるためにこの人員を動かす必要はないし、態々ゲヘナのテリトリー外に出向いてまで迅速に動く理由はもっと無い。彼女達を捕えるために起こす自治区侵害の方が大きな問題になるからね。言ってしまえば、リスクとリターンが釣り合っていない」

 

 便利屋の少女達には申し訳ないが、この子達は小悪党なのだ。ゲヘナで問題を起こせば捕らえられるだろう。だが、温泉開発部や美食研究会のような他の自治区との抗争に発展する可能性のある問題を起こしていないし、起こす可能性も高くない。故に、風紀委員の中ではプライオリティが低いのだ。細々とした悪さを時折している4人の問題児────それ以上の認識をしていない。

 

 だが、それでも動かしたのは────何か他に理由があるからだ。例えば、訳の分からない組織のトップに、輪をかけて訳の分からないおかしな人間が大きな権限と共に赴任したとか。

 

「便利屋の子達はあくまで他の自治区で風紀委員を動かすための方便。彼女達がアビドスに潜伏していると分かったときは、渡りに船だと思ったんじゃないかい?」

『……』

 

 何のために与えられたのか分からない大きな権限────戦力の保有と戦争の自由。

 キヴォトスに起きた大きな事件のグラウンドゼロ。

 災厄の狐を容易く手懐ける人心掌握術。

 ティーパーティーに執着される理由。

 間違いなく五本指に入る戦術眼と指揮能力。

 優れた頭脳と、それを十全に活かす能力。

 

 益々、訳の分からない人物であった。彼の来訪と共に、キヴォトスは徐々に変化しているような気がしている。悪い方向ではなく、良い方向に。

 

 そして────彼の発生に伴うように消えた連邦生徒会長。まるで何かの小説のようだ。多くの意志と願いが交錯する謀略版リーマン予想は、彼が来てから更に複雑に変貌した。蜘蛛糸のように絡み合い、結び、新たな糸を紡ぎ上げる。アコは思わず匙を投げたくなった。

 

「君達の狙いは、連邦捜査部シャーレの顧問である私だ」

 

 先生は春の陽の様な温度の眼差しでアコを見た。そんな彼とは対照的に、彼女は鋭く冷たく────何処か末恐ろしいものを見るような視線で彼を見た。

 

 少々前、彼は「ある程度予想できる」と言っていたが……此処まで正確に予想されるとは思ってもいなかった。一体、どのような頭の構造をしていれば今日初めて会った人間の思考を言い当てられるのか。洞察力が優れているとか、そういった次元ではない。もっと異なる深度、直感が有り得ないほど鋭いのか。まるで、思考基盤そのものが『違う』印象を受ける。

 

 何処までも不気味な人だ──────アコは心からそう思った。そして、そんな彼に対して何処か心を許している自分がいる。先程の軽口も思わず口から飛び出たもの。まるで気心の知れた掛け値なしの親友のような、或いは愛する人のような……そんな繋がりを彼との間に感じていた。

 

『……えぇ、素晴らしい考察です。正解ですよ。連邦生徒会長が直々に任命するだけはあります。私もヒナ委員長の側近としてより研鑽が必要という事ですか……私もまだまだ未熟ですね』

 

 そう言って、アコは露骨に肩を落とす。先生の能力を過小評価していたつもりはないが……想定以上だ。彼の評価を大幅に上方修正しつつ、彼女はちらり、と────頭脳に優れたもう一人の少女を見る。

 

『尤も、貴女も気付いていたでしょうが────ねぇ、カヨコさん』

「……まぁ、こんな事だろうと思ったよ」

 

 カヨコは愛銃たるH&K P30(デモンズロア)に視線を固定したまま、言葉を紡ぐ。

 

「私達便利屋は、ゲヘナの中じゃ小悪党もいいところ。もっとヤバい集団なんてザラにいる。私達を捉えるために態々ゲヘナ自治区を手薄にするレベルの人数を連れて、ましてや他の学園の自治区まで追い回す必要なんてない」

『流石の判断力です』

「何回もお世話になってるから、大体分かるよ……それに、先生が怪我してるって分かった時はかなり焦ったんじゃない? 私達便利屋が先生を吹っ飛ばしてたら、それこそ大問題。連邦生徒会との全面戦争もあり得るからね」

『えぇ、ご明察ですよ、カヨコさん。今の私のデスクはコーヒーで水浸しになって大変ですので……実態は訳の分からない超存在の攻撃でしたが……というか、よくご無事でしたね、先生。あの場には瞬間的に50G以上の超重力が働いていましたのに』

 

 一般的な人間に耐えれるGが6G程度……心臓のポンプ能力とGによる負荷が釣り合う生理的な限界点……だというのに、彼は生きている。あの軽装を見るに耐Gスーツ等を着込んでいるとは思えない。故に、彼は何らかの手段で致命傷を回避したのであろうが……その方法が皆目見当がつかない。それを探るための質問に彼はくすりと笑いながら。

 

「皆と……彼女が守ってくれたんだ」

 

 大事そうに持っている白いタブレットの表面を優しく撫でる。何処か遠い場所を見つめる眼差しの彼に、アコは暫くの沈黙の後、『そうですか』と短く呟いた。彼を誰かが咄嗟に庇ったのか、それとも運に助けられたのか。或いは、『彼女』と呼ばれた誰かが彼を守ったのか。当事者ではない彼女に、その詳細は分からない。分からないが、彼には何らかの手段があり、それを以って回避したと判断した。

 

 無論、アコも彼の手札は気になる。だが、この場においてそれは本題ではない。彼が致命傷を負わずに生きている、それで充分なのだ。彼の事はゲヘナで保護した後、じっくりと調べれば良い。

 

『まぁ、幾つかのイレギュラーが起きてしまいましたが……幸い、流れや大筋が大きく変わった訳ではありません。私は私のやるべき事を果たすとしましょう────待機組、前進』

 

 タブレットを片手に、遊びのない指示を出すアコ。彼女が下した命令によって起きた変化に気付いたアヤネは、同じく真っ先に気付いた先生に向けて声を上げる。

 

「12時の方向、それから6時の方向……3時、9時……風紀委員会の更なる兵力が四方から集結しています!」

「増援!? まだいるの!?」

「……!」

 

 彼と接続された視界に映る生体反応の数が膨れ上がった。敵性反応、目を凝らせば黒の軍服のような制服に身を包んだ少女達が隊列を組んで此方に向かって来ている。そして、彼女達を支援する部隊が更に後方に控えており、ビルの屋上や路地裏にも配置されている。蟻一匹通さない、と言わんばかりの包囲網。先生は肩を落とした。

 

「随分集めたねぇ」

『貴方を相手取るには最低でもこれ位は必要だと感じましたからね』

「過分な評価、痛み入るよ」

『そうでしょうか? 先ほどの先生の活躍を鑑みると、私はこれでも不足に感じてしまいます……あと倍は連れてくるべきでした』

 

 涼やかな声音でそう告げるアコに対して、先生は内心歯噛みした。此方側が万全であればこの人数……大隊規模が相手でも突破口を開くことはできただろう。例え彼女がこの倍の戦力を持ってきても、この場にヒナが居ても全員を逃がす事はできる。彼と彼女では潜り抜けた修羅場の桁が違うのだ。

 

 だが────今、この場で戦える生徒は多くない。便利屋は言うまでもなく限界。アビドスとワカモはまだ戦えるが、近いうちに限界が来るであろう。そして、先生もじきに限界を迎える。元々気力だけで意識を保たせているが、それも終わりが近い。暫くすれば撃ち込んだ薬の副作用が現れて意識を失うだろう。そうなれば、先生というストッパーを失ったワカモが彼の為に暴虐の限りを尽くしながら辺りを血の海に変える。それは、それだけは何としても避けなければならない。

 

 ────血に濡れるのは、私だけで充分だ。

 

 彼は気合を入れ直し、目を開く。虹彩が変色し蒼となり、破裂した毛細血管の血と混ざって不思議なマーブルを描いた。

 

『そう言えば、先ほどのお2人のお話は正解です……尤も、得点としては半分ですが。確かに、私はシャーレと衝突するという最悪のシチュエーションも想定していました。ですが、事の発端は────』

「トリニティのティーパーティー、桐藤ナギサだろう?」

『────凄まじいですね、そこまで把握していましたか』

 

 アコは僅かに目を見開いた。まさか、そこまで見透かされているとは思わなかったのだ。やはり彼は油断ならない人間だ。情報収集能力も彼の方に分があるとなれば、現状勝っているのは兵力程度しか思い至らない。彼女はシャーレと彼の重要度を更に引き上げた。

 

『えぇ、その通りです。我がゲヘナ学園と長きに渡って対立関係にあるトリニティの生徒会、ティーパーティーの1人がシャーレに関する報告書を入手している……と、そんな話がうちの情報部から上がって来まして』

「……そっか、ヒフミが……」

 

 ────皆さんの現状は伏せて、カイザーローンの事だけ伝えさせていただきます。

 

 数日前、ヒフミがそう言っていたことを思い出す。ブラックマーケットで出会い、交流し、共に銀行を襲い、別れた1人の友人。彼女はきっと、ティーパーティーの3名の誰かにカイザーの事を伝えたのだろう。そして、その伝達内容の中にはシャーレの件が含まれていた。

 

『当初は私もシャーレとは何なのか、全く知りませんでしたが……ティーパーティーが知っている情報となれば、話は別です。私達も同様に知る必要がある────それで、チナツさんが書いた報告書を確認しました』

「……アコ行政官、確認するの遅くないです?」

「ティーパーティーが掴んでいる件に関しては、シャーレのホームページに報告書をアップロードしたんだけどなぁ……」

 

 チナツの何処か呆れたような口調と先生の苦笑いをアコは無視した。彼女は多忙なのだ。下から上がってくる報告書を一々確認していては文字通り日が暮れてしまう。

 

『連邦生徒会長が残した正体不明の組織……大人の先生が担当している、超法規的な部活。どう考えても怪しい匂いがしませんか?』

「私もそこには概ね同意だよ。大きな権限と武力を保有できる、何処にも所属していない機関────私の命令1つで動く組織なんて、怪しくて仕方がない」

『そうでしょう? シャーレという組織は、とても危険な不確定要素に見えます。これからのトリニティの条約にも、どんな影響を及ぼすのか分かったものではありません。しかも、顧問たる先生は災厄の狐を従え、聖園ミカに入れ込まれている……何処からどう見ても、厄介事の種でしょう』

「……」

 

 アコの語りを聞く先生であったが、その内心は1つの疑問が埋め尽くしていた。

 

 ────私がミカに入れ込まれてるのは何処の情報なんだい? 

 

 今回のアコもそうだが、情報収集能力に優れた少女達……ヴェリタスやヒマリといった面々が口々に言う『聖園ミカが入れ込んでいる先生』という情報。ミカのプライバシーは大丈夫なのだろうか、とか色々と聞きたいことはあるが、疑問を口に出さない事にした。この場にいない華の女子高生のプライベートを深掘りするのは人としてのモラルに欠ける。

 

『ですから、せめて条約が無事締結されるまでは、私達風紀委員会の庇護下に先生をお迎えさせて頂きたいのです』

「……それはそれでトリニティとの軋轢が生まれそうだけどね。それに、条約が締結されても、先生を手放すつもりなんて無いでしょ?」

『ふふっ……えぇ、締結後も綿密な連携をさせて頂こうかと』

 

 カヨコの言葉に、アコは飄々とした態度で答える。それに対して苛立ち交じりの舌打ちをしても、相手の笑みは変わらない。

 そして────そんな笑みを睨みつける人影が4つ。アビドスの生徒が、先生を守るように立ちはだかる。

 

「ん、寧ろ状況が分かりやすくなって良いかも」

「先生を連れていくって言われて、私達が『はいそうですか』なんていう訳ないでしょ!? あったまくるッ……!」

「そうですね~、私も同感です☆」

『ふむ……残念ですが、交渉は決裂ですね』

 

 シロコ、セリカ、ノノミがそれぞれ銃を取り風紀委員に向ける。アヤネは目を伏せ、ワカモは先生の手を優しく振り解き再び銃を取った。

 

『ふふ、やっぱりこういう展開になりますか。では仕方ありませんね、奥空アヤネさん?』

「……」

『ゲヘナの風紀委員は、必要でしたら武力を行使することに躊躇しません』

「助けてくれた方と戦いたくはありませんが……先生が連れていかれるのを、黙って見ている訳にはいきません」

 

 アヤネも消極的ながらも戦う姿勢を見せる。銃を握り締め、風紀委員に取り繕った敵意を向けた。

 そして、そんな少女達を便利屋は見つめながら。

 

「……社長、どうする? 今なら多分、アビドスと先生が注意を引いているし、私達だけなら逃げようと思えば逃げられるけれど────」

「逃げないわ」

 

 アルらしくないノータイムの返答、それにカヨコは驚きつつも────頷いて、銃のリロードを済ませた。社長が戦う姿勢を見せたのだ。ならば、彼女の部下として応えない訳にはいかない。

 そして、その気持ちはカヨコ以外も同じのようで。

 

「くふふっ、アルちゃんかっこいい〜」

「ふふ、ふふふッ、ぜ、全員、ぶち殺して見せます! あ、アル様、先生、見ていて下さい!」

 

 アビドス、便利屋、ワカモ……全員、戦意は充分。先生の為に武器を取る事に全く異論はなかった。そして、風紀委員も退く理由はなく。

 

 今一度、戦いの号砲が下されこの場が戦場になる──────誰もが、そう思っていた。

 

『……アコ』

 

 白髪の少女が、通信越しに現れるまでは。

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