シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
感想評価お気に入り登録誤字報告が最高に嬉しいです。
先の待合室から階層と棟を移動し、一般病棟の病室までやってきたアビドスと便利屋の面々。どうやら個室があてがわれているようで、病室を表す番号の下には大将のネームプレートが1つだけ存在していた。
他の入院患者さんに迷惑が掛からないようにグループを分けようと考えていたが、大将1人だけならば纏めてお見舞いした方が良いだろう。その方が大将にも負担が掛からない。
なるべく早めに切り上げる事を条件に、ドアを3回ノックし真白い病室に足を踏み入れた。
「こんにちわ、大将。お見舞いに来ました」
「大将、大丈夫?」
「やっほ~、大将」
「あぁ、大丈夫だ。こんな早い時間からありがとう、セリカちゃん、アビドスの生徒さん達も……あぁ、便利屋の生徒さんまで」
入院ベッドのリクライニング機能を使っているのか、上体を起こしている大将が生徒達を朗らかに出迎えた。喜色を滲ませる声音、この声が聴けただけでも来てよかったと思う。
「お怪我のほどはいかがですか?」
「ちょっと擦りむいただけさ。入院なんてしなくていいくらいだ」
ノノミの問いに、大将は撒かれた包帯や絆創膏を指しながらそう告げる。見たところ確かに軽傷だ。処置がされている場所は然程多くなく、受け答えもしっかりとしている。一先ず、大将の無事を自身の目で確認できた彼女達は胸に安堵を抱き、息を吐いた。
そんな中、大将は「それよりも」と言って。
「先生の具合はどうだい?」
「今は容体が安定しているようです。面会はできませんが意識は数日後に戻る、と……」
「そうか……」
噛み締めるように呟き、ベッドに体重を預ける大将。その顔には安堵が強く表れていた。大将も自身より重い傷を負った先生の事が気が気でなかったのだろう。彼の無事を聞いた大将はとても嬉しそうであった。
だが、その嬉しそうな表情は申し訳なさそうな顔になり────セリカの方を見据えた。
「ごめんな、セリカちゃん。折角のバイト先を潰しちまって」
「そういう問題じゃないわよ……」
セリカの呆れるような呟きに大将は豪快に笑い────誰もが驚愕する真実を告げた。
「まぁ、いい機会だ。元々、もう直ぐ店を畳むよていだったからな。予定がちょっと早くなっただけと考えれば済む話さ」
「お店を……?」
「えッ」
「ちょ、それホントなの大将!?」
柴関が近日中に店仕舞いをする予定だった────大将から言われたその事実は便利屋は勿論、アビドスにとっても驚愕すべき事であった。信じられない、と言わんばかりの顔で大将を見ると彼は「あぁ」と何でもない事を話すような声音で誰も知らない事柄を紡ぎ始めた。
「少し前から退去通知を受け取っていてね」
「た、退去通知って何の話ですか? アビドス自治区の建物の所有者は、アビドス高校で……」
「────そうか、君達は知らなかったんだな」
茫然とした顔でキヴォトスにおける常識を話すアヤネ。大将が経営している柴関の土地の所有者は、自治を任されているアビドス高校だ。
故に、柴関に退去通知を出す権限を持つ者は土地の所有者たるアビドス高校しかないが……当然、アヤネ達の身に覚えはない。ならば彼女達よりも前の代か? いや、大将は「少し前」と言った。そこから推察するに、恐らく数か月前。年度を跨ぐことはないだろう。
一体、何が────そう思っていた皆に、大将が何処か気の毒そうな顔をしながら知っている事を告げる。
「何年か前の話なんだが……アビドスの生徒会が借金を返せなくて、建物と土地の所有権が移ったんだ」
「えッ!?」
その声はアビドス全員から上がったものだった。便利屋も声こそ上げないが驚愕している。
何せ、そんな話は聞いたことがないのだ。自治区の土地を売買するなんて信じられない。売る方は勿論、買う方も。学生自治を謳うキヴォトスにおいて限りなく黒に近いグレーゾーンのやり取りだ。
「う、嘘!? アビドスの自治区なのに!? じゃあ、一体今は誰が……!?」
「……悪いな、名前ははっきりと覚えていないんだ。力になれなくてごめんな」
「ん、大将が謝る事じゃない」
「……そんな……でも、そういう事なら……」
これまでの事、掴んだ事実────そして、大将の発言。それらを総合し、ある結論に至ったアヤネは全員を見渡した。
「皆さん、先に学校へ戻っていてください。私は少し、早急に確認すべきことができましたッ」
「ちょ、アヤネちゃん!?」
「大将、少し早いですが私はこれで失礼します。お大事になさってくださいッ」
そう言い残し、1分1秒すら惜しいといった様子で足早に病室を去るアヤネ。誰が止める間もなくドアの外へと駆けて行った彼女の背中を追うようにセリカも足をドアの方へ向けた。
「何の事かは分からないけど、私も一緒に行くわ! 先輩たちは先に戻ってて!」
アヤネに追いけるように少々駆け足で病室を飛び出したセリカであったが、言い忘れた事があるのか廊下の向こう側から顔を覗かせて「大将!」と叫んで。
「まだ引退なんて考えないでよッ! 退去通知は私達で何とかするからッ! それじゃ、お大事にね!」
そう言い、今度こそ病室を去るセリカ。廊下からは2人の走る音と看護婦の注意する声、それに対する2人の謝罪が響いてきた。それに対して苦笑いを浮かべながら、ホシノは噛み締めるように呟く。
「また、知らなきゃいけない事が増えたね~」
「ですね……では、私達もお暇させて頂きます。大将、お大事になさってください」
「ん、何かあったら遠慮なく呼んで」
「あぁ、ありがとうな」
苦い表情を浮かべるアビドスの面々。これ以上いると、病室全体の雰囲気を悪くしてしまうと考えた彼女達は病室を後にしようとする。残っているメンバーの間で話したい事は確かにあるが、部室に戻ってからでも構わないだろう。
「それじゃ、おじさん達は帰るよ。またね、便利屋の皆」
「また何処かでお会いしましょうね☆」
「ん、またね」
「え、えぇ、また……」
「まったね~」
「……」
「は、はい……」
そうして、アビドスは便利屋68、大将と別れた。
▼
同刻、シャーレオフィス。無人の薄暗いその場所に1人の生徒が訪れていた。肌を刺すような静寂の中、ぽつりと呟く声は寂しい音色を響かせた。
「……先生」
早瀬ユウカ。最も早い段階で先生に接触した生徒の1人であり、ミレニアムの生徒会に当たるセミナーに所属している彼女は主がいない机に腰掛けて黄昏れていた。
先生が重傷を負った事、緊急入院した事を聞きつけた彼女は仕事を全部コユキに放り投げて病院に駆け付けたが、受付で「面会謝絶です。お引き取りを」と取り付く島もなく告げられ。それからセミナーに戻る気にもなれなくて、彼の残滓を搔き集めるようにこの場所を訪れた。
コユキに仕事を押し付けてしまった事は申し訳なく思う。泣き顔で「うあぁああああ────なんでえぇ────!」と叫ばれれば流石に良心が音を立てながら痛んだ。今度、謝罪ついでにお昼ご飯でも奢ってあげよう。
だが、それよりも気がかりなのはノアだ。彼の一報を聞いた時、酷く傷ついた顔をしていた。目を見開いて、持っていたペンとメモ帳を落とし、白い肌を更に白くして。彼の傷をとても重く受け止めていた。彼と会ったことが無いはずなのに。
無論、ノアが見知らぬ誰かの不幸に全く心を痛めない冷血だとは思っていない。柔らかな態度と強かさを持つ、少しお茶目で優しい……自慢の親友だ。
だが、それでも……あの青褪めた顔には少々疑問が残る。あの悲しみは、まるでよく知る親しい人が傷ついたかのような────。
そこまで考えて、軽く頭を振る。もしかしたら自分が知らない場所で会っていたのかもしれない。彼はいつの間にかエンジニア部とヴェリタス、特異現象捜査部と仲良くなっていたのだ。ノアとも何処かで会って、親交を深めていた可能性は充分に考えられる。
「……だとしたら、伝えておくべきよね」
呟き、スマホのスリープを解除しトークアプリを開く。選択するのは当然ノアであり、彼女に先生と面会できない旨と病院で聞いた現在の容体を綴った文章を送信した。
「はぁ……」
溜息を1つ吐いて、ロックを掛けたスマホを仕舞う。酷く憂鬱だ。何も手につかない。先生は外の人間、自分達とは異なる命。日常的に飛び交っている弾丸1発が彼にとっては致命傷になる。分かっていたつもりの事実を改めて突き付けられた気分だった。
「……怖く、ないんですか」
このキヴォトスには、彼にとっての死因があちこちに転がっているのだ。弾丸だけではない。キヴォトスの住民は彼を素手でも殺せる。それはユウカだって例外ではない。無防備な彼の頭蓋を握り潰し絶命させることは簡単にできる。勿論、彼女はそんな事をやるつもりは欠片もない。だが、これはするしないの問題ではなく、可能不可能の話なのだ。
自分以外の全てが自身を簡単に殺せる力を持っている環境。そんな中、自分を守る最低限の力すらない彼は真面に日常を送れているのだろうか。
そう思っていると、突然オフィスに明かりが灯った。ユウカの操作ではない。故に、この場に自身以外の誰かが現れたと直ぐに思い至る。さて、誰が訪れたのやらと後ろを振り向くと────。
「ッ!」
乱れた和服を纏う美少女がいた。黒の百鬼夜行の制服、仮面こそ無いがユウカが見間違えるはずがない。彼女は────!
「狐坂ワカモ……!」
記憶に新しいシャーレ占領事件、その主犯格の凶悪生徒だ。
「何が目的? 返答次第では撃つわよ」
咄嗟に
────何故ここにワカモが? 先生の不在を狙って? あの事件の焼き直しをするつもりなのか? いや、考えても仕方がない。七囚人は常識で測れない狂人ばかりだ。兎にも角にも、シャーレで変な真似はさせない。
「……此処で発砲は御法度ですわ。ガンラックはそこにあるので、物騒な物は仕舞ってくださいな」
「は、え……?」
聞き間違いだろうか。今、災厄の狐からルールは守れと言われた気がする。溜息混じりの言葉、呆れたような視線。確かに、彼女は愛銃たる
ちらり、とオフィス入り口のラックの方を見れば2つの銃が立てかけられており彼女がシャーレのルールをきっちりと守っている事が分かる。
この場に於いてルールを破っているのは己だと気づいたユウカは視線をワカモから逸らさず、苦虫を噛み潰したような表情で凶器を仕舞い────鋭い目で眼前の少女を射抜く。
「何が目的なの?」
「あのお方のお召し物を取りに参りに」
「……」
本日2回目の衝撃にユウカは絶句する。思ったよりも数倍常識的な理由であった。彼女の表情を見るに、嘘を言っているようには思えない。確かに、入院ともなれば衣服の替えは必要だろう。それを取りに来るのは何ら不思議なことはない。1番の謎は、それを何故ワカモがやっているかという事なのだが……。
頭の中が疑問符で埋め尽くされたユウカをワカモは興味なさそうに一瞥し、横を素通りする。彼女は「失礼します」と呟きクローゼットを開けて、ハンガーに掛けられている制服とコートを1着ずつ手に取り丁寧に畳んでバッグの中に入れる。下着も同様の手順でバッグに仕舞い、用が済んだ彼女は「失礼しました」と言ってクローゼットを閉めた。
「あと、医務室へ……」
そう呟くワカモは踵を返し、次の目的地へ向かおうとする。先の戦闘と手術で大量に消費してしまった彼の輸血パックを補充するためだ。
先生は全く神秘を持たない身のため、神秘を纏ったものは彼にとって毒になる。故に、体に神秘が満ちている生徒の血液は使えないのだ。
そのため、彼は平常時は献血の要領で自身を血を抜き緊急時に使えるようにパッキングして保存している。その保管場所が医務室なのだ。他にも初撃で粉砕された
────彼が、再び彼らしく戦えるように。
ワカモは決死の想いで落涙を堪える。酷く痛む胸、掻き毟りたくなる苦しさ。彼への恋情。彼に捧げる愛。どうしてあの陽だまりのような青年がこんな風に苦しまなければならないのだろうか。そう、思わずにいられない。
必ず守ると誓った筈なのにこの体たらく。たった一人の愛しい人すら守れないこの無力さに何度己を呪い殺そうと思ったことか。だが、そんな事は許されない。歩み続ける彼の側に居るためには、同じ速さで歩かなければならないから。
ワカモは伏せていた顔を上げる。彼の全てを守る為に、彼の願いを叶える為に────武器を取ろう。
「──────早瀬ユウカさん。1つ協力してほしい事があります。他ならぬ、あの方の為に」
だからまずはその為の一歩。痛みの中、目を覚ました彼が彼の意志を貫けるように────必要な全てを掻き集める。