シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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連鎖する悪意

「……では、どうして前の生徒会はカイザーコーポレーションにアビドスの土地を売ったんでしょうか?」

 

 気を取りなおすように、会議の軌道修正を行うアヤネ。そう、今は会議中なのだ。先程のホシノの誉め殺しは必要な事だったとはいえ、いつまでも脱線しているわけにはいかない。

 

 中断していた疑問を再び全員に投げかけると、最初にシロコが意見を述べた。

 

「実は裏で手を組んでたとか」

「いえ……それは違うと思います」

 

 その意見にアヤネは苦笑を交えて否を返す。アビドス生徒会とカイザーコンストラクションが手を組んでいたのならば、このアビドス地区は既にその名を無くしていただろう。アビドスの自治権が及んでいる地区も無くなっているだろうし、校舎も取り壊されていただろう。

 

 そもそも、2年前の時点で『そう』ならば、ホシノ以外の4人は高校に入学すらできていないだろうし、ホシノもこの場に残っていなかった。

 

「そうだね〜。私もしっかり関わってないからただの推測だけど……ちゃんと学校の為を思って、色々と頑張ってきた人達だったんじゃないかなーって思ってる。多分、最初は借金を返そうとして……って感じなんだろうな〜」

「借金のために、土地を……」

「はい、私もそう思います。取引が開始された時点で、学校の借金はかなり膨れ上がった状態でした。それを返済するための手段に土地の売却を選択したようですが、砂漠化が進行しているアビドスの土地に高値が付くはずもなく……少なくとも、借金自体を減らすには至らなかったようです」

 

 ホシノの言葉を肯定し、紙を捲りながら補足をするアヤネ。借金の増加に伴い、売却する土地が広くなっている事からも、この説は間違いないだろう。だが、幾ら売っても大した値にはならず借金は加速度的に増していき、かと言って他に手放せる、価値あるものがなかったアビドスは土地を売る行為をやめる事ができなかった。

 

「それで繰り返し土地を売ってしまう負の循環に……という事でしょうか?」

「何それ? なんかおかしくない? 最初からどうしようもないっていうか……」

 

 そう、根本的に破綻しているのだ。最初の方ならばまだ分かる。借金を課されようと、生徒数というマンパワーがあるならば十分返済できる見込みはあっただろう。それに、その時は砂漠化も今ほど進行していなかったため、土地の価値もそれなりにあったはずだ。

 

 だが、減少していく生徒と進行する一方の砂漠化を鑑みれば、その考えは覆らなければおかしいだろう。減少する生徒、住民。悪化する治安。自治区の管理すらできない学校。そんなガタガタな学校が貸し付けた莫大な金額を返済できる訳がない。

 

 必然、何処かのタイミングで見切りを付けなければ採算が取れなくなるだろう。カイザーがその程度の先見性を持ってないとは思えない。故に、その未来が見えた上でこの現状があるのだ。まるで、返済できない事を承知の上で貸し付けているような──────。

 

「……そういう、事か」

「シロコ先輩?」

 

 その解に至ったシロコは思わず声を上げる。今まで別々の問題として捉えていた全てが、線と線で繋がった。

 

「アビドスにお金を貸したのもカイザーコーポレーション、アビドスの土地を買ってるのもカイザーコーポレーション」

「……!?」

「初めからカイザーはアビドスに借金を返済してもらうつもりなんてなかった。その狙いは──────」

「広大なアビドス自治区そのもの、って事だね〜」

 

 シロコの至った解に即座に理解を示したのはホシノだった。状況証拠も完璧、疑う余地もない。目的は分かった、ならば後は────その手段だけ。

 

「カイザーローンが学校の手に負えないくらいのお金を貸して、利子だけでも払ってもらう為に土地を売るように仕向ける」

「……そうですね。きっと最初は要らない砂漠や荒廃した土地でも売ったらと、甘言を弄したのでしょう。どうせ砂漠化した使い道のない土地、その提案を断る積極的な理由もなく……」

 

 アヤネが理解し、言葉を続ける。

 当時の生徒会にとっては甘い誘惑だったのだろう。生徒に借金を課すこともなく、砂漠化で荒廃した土地を手放すだけで減るともなれば、飛びつく気持ちも分からなくない。少なくとも、アビドスの信用を落とすことや利子の増額をその場凌ぎとはいえ防止できるともなれば、全校生徒が団結して借金を返済することよりは余程現実的に映ったのだろう。

 

 それに、権利を手放すという事は同時に責任を手放すという事だ。砂漠化で荒廃した土地なんて保有していてもコストが嵩むだけ。利用できる見込みも無いのならば、何もかも手放し少しでも借金を減らす方を選ぶだろう。当時の生徒会も借金の事で頭が一杯で、他にリソースを割く余裕もなかったであろう事もその選択を後押ししたはずだ。

 

「ですが、そんな安値で売ったところで借金が減らせる訳でもなく、土地を取られる一方で……」

「アビドス自治区そのものが、ゆっくりとカイザーコーポレーションの物になる」

「元々、そういう計算だったのかもしれない」

「アビドスにお金を貸した時点で、こうなるように全てを……」

「随分前から計画してた罠だったのかもね。それこそ、何十年も前から……それくらい、規模の大きな計画だったのかも……」

 

 それ位には、大規模な計画だった。初期の方から……アビドスがカイザーに頼った時と同タイミングですら遅い。もっと前からこの状況を狙っていたとしか思えない。

 

 元々カイザーはアビドスの土地を手に入れる計画をしていたのだろう。だが、アビドスに怪しまれずに接近するタイミングがなく計画が滞っていた。そんな時に起きたこの砂漠化は渡りに船だとすら思ったはずだ。なにせ自社がブラックオプスに手を染める事なく、誰も悪くない天災によって勝手にアビドスが危機に陥ってくれたのだから。その危機に乗じて、善人の皮を被って接近する。君達学校に良いお話がありますよ────と、甘い誘惑を囁きながら。

 

 そうして、ゆっくりと窒息させていった。時間をかけて少しずつアビドスという地域を殺していったのだ。気づいた時には手遅れになるように、もうどうしようもない程事態が進行しているように。全て奪われ、壊され、殺されるのをただ待つだけになってしまうように。

 

 恐ろしいほど合理的で、非道な手段だった。

 

「何それ!? ただただカイザーコーポレーションの奴等に弄ばれてるだけじゃん!」

 

 当然、そんな現実を受け入れられるわけがないセリカは先ほどよりも更に強い怒りを込めて叫ぶ。

 

 何せ、これは対策委員会の全てに対する冒涜だ。今までの全てに泥を塗りたくる下劣な行為だ。

 

 最初から返せないと鼻で笑いながら貸し付けたのならば、今まで返そうと努力してきた日々は何だったのか。まだ無駄な事をしてる、と馬鹿にされるだけだったのか。対策委員会という組織も連中から見ればお飯事(ままごと)だったというわけか。

 

 駆け抜けた日々も、努力も、葛藤も、絆も────全て全て無駄だったと嗤われ、否定された。

 

 そんな事────到底、許せる訳がなかった。

 

「生徒会の奴等、どんだけ無能なわけ!? こんな詐欺みたいなやり方に、騙されてさえいなければ……ッ!」

「セリカ、落ち着いて」

 

 肩で息をしながら怒りのまま叫ぶセリカを宥めるシロコ。だが、彼女とてセリカの怒りを否定しているわけではない。むしろその逆だ。

 

 シロコも、他の全員も──────途轍もないほど、激怒している。

 

「悪いのは騙される方じゃなくて騙す方。こんなやり方、許せない」

「……わ、私も分かってるわよ! ちょっと前にマルチに引っ掛かっちゃったし、下手したら此処の誰よりも分かってる! 悪いのは騙した方だって事は!」

 

 セリカだって分かっている。もういない生徒会を責めても仕方がないと。彼女達だって必死になって学校を守ろうとして、この行為に及んだのだと。

 彼女は力無く地面に座り込み、涙声で怒りの裏側に隠れていた感情を吐露した。

 

「でも……悔しい、よ……どうして……ただでさえ苦しんでいるアビドスに、どうしてこんな酷い事できるのよ……」

「セリカちゃん……」

 

 助けを求める手を踏みつけた。泣いている人を振り払った。苦しんでいる学校を利用して、己の欲望と目的を追求した。

 

 何故、そんな酷い事を平然と出来るのだろうか。

 

「……苦しんでる人達って、切羽詰まり易くなっちゃうからね〜」

「─────え?」

「余裕がなくなると、人は何でもやっちゃうんだよ……ま、よくある話だけどね。ただ、それだけだと思うよ、セリカちゃん」

 

 汚い大人のやり口はよく知っているよ、とホシノは吐き捨てた。

 

 この話も世の中に掃いて捨てるほどある悲劇の1つだ。別に珍しくも何ともない、歴史を紐解けば星の数ほど見つけられる悪意の話だ。

 

 それは分かる、分かるが──────受け入れたくなんてなかった。悲劇を『よくある話』なんてカテゴライズにしたくなかった。そうした方が良いとしても、そうした方が賢いとしても……セリカにはできない。

 

 悲劇を受け入れろだなんて哀しすぎる。今、この場にいない先生は2人きりの時に言ってくれたではないか。『悲しければ嘆いて、腹が立てば怒っていいんだよ』と。

 

 ────ならば、(セリカ)も斯く在りたい。

 

 悲劇を前に涙を堪えて唇を噛む必要なんてないのだと、優しく教えてくれた彼のように。

 

「状況は決して良くありません。ですが……希望はあります」

 

 アヤネが強い口調で、輝く意志が伴った瞳で前を射抜く。

 

「学校の借金、このアビドスが陥ってる状況、そして先生と共に見つけてきた幾つかの糸口……これで、私達を取り巻く全てが明らかになりました」

「ん、そうだねー」

「カイザーコーポレーションはアビドス生徒会が解散して以降、土地を購入する方法が無くなり……だからまだ手に入れていない『最後の土地』であるこの学校を奪う為に、ヘルメット団を雇用していたのだと思います」

「……カイザーコーポレーションの狙いは、このアビドス高等学校そのもの」

 

 この場所以外全てを手中に収めたカイザーが狙っているのは、今なおたった5名にやって存続しているアビドス高等学校だ。カイザーの支配に抗い続けた証たるこの学校を、この学校を奪われたら全てが終わる。

 

 それが、全員の共通認識だった。

 

「そうなると、次の疑問が出てきますが……どうして、土地なのでしょう? アビドス自治区は、もうほとんどが荒れ地と砂漠、砂まみれの廃墟になっているのに……」

「それは、確かに……言っちゃなんだけれど、こんな土地を奪ったところで何か大きな利益になるの……?」

「それは────」

「話は纏まりましたか?」

 

 アヤネが口を開こうとしたその時、一陣の風と共に窓から舞い降りたのは────狐面と百鬼夜行の制服を纏った少女だった。

 

「狐坂ワカモさん……」

「貴方、何しに来たの?」

「伝えるべき事を伝えに」

 

 そう言う彼女は、はっきり言ってしまえばボロボロだった。致命傷や動けなくなる重症以外を全て無視し、前進する狂気的な戦闘スタイル。先生が悲しむから封印していたそれを、彼女は期間限定で開放していたのだ。

 

 戦況を決めるのはスピードだと判断し、彼が眠る間に出来る限り今後の憂いを減らしておこうとした結果。この傷は彼女にとっては彼の為に戦った勲章のようなものだった。

 

「これから私が発する言葉は、あの方の知識であり、意志です。よく聞いてくださいな」

 

 その怪我を心配するアビドスの面々を無視しながら、彼が『万が一』を想定してワカモに伝えていた言葉を彼女は反芻する。

 

「カイザーコーポレーションが砂漠で何かを企んでいます」

「……!」

「動くならお早めに。では──────」

 

 動揺する彼女達を置き去り、再び風と共に去るワカモ。一分一秒が惜しい今は他に話す余裕などないと言わんばかりの行動にアビドスの面々は目を白黒させながらも、彼女から伝えられた彼の言葉を咀嚼し、呟く。

 

「アビドスの砂漠でカイザーが何か……」

「嘘ではない、と思いますが……うーん……」

「ああもう、そんな難しい事考えるより先にやる事があるでしょ! アビドスの砂漠はうちの自治区なんだから! 実際に行ってみればいいじゃん! 何が何だか分からないけど、この目で直接確かめた方が早いって!」 

 

 先程の涙が嘘だったように意気揚々と銃を手に取り叫ぶセリカを見て、皆は笑って同じように銃を取る。あぁ、その方がシンプルだと思いながら。

 

「……ん、そうだね」

「……いや~、セリカちゃん良い事云うねぇ。こんなに逞しく育ってママは嬉しいよ〜。泣いちゃいそう……ノノミちゃん、ティッシュ貰える〜」

「はい、ど~ぞ☆」

「な、何よこの雰囲気!? 私がまともな事を云ったらおかしい訳!?」

「あはは、そんな事は……ですが、セリカちゃんの云う通りです!」

 

 伝えられた彼の意思。あれは信頼なのだ。彼女達ならばきっと『こうする』という、心地の良い思い。その暖かさに触れながら、皆は銃を掲げて。

 

「行きましょう、アビドスの砂漠へ」

 

 

 ▼

 

 

 皆が準備のために教室を出て、1人残されたシロコ。彼女は自身のバッグから1枚の紙を取り出した。

 

 そこには、こう書かれている。

 

『退会・退部届────対策委員会 小鳥遊ホシノ』

 

 紛れもなくホシノ本人の筆跡だった。偽装ではない。あとは顧問の承認のみ、という段階まで書き進められたその書類は決して遊びではなかった。

 

 彼女は本気でこの部活を辞めようとしている。

 

 ホシノがあそこまで長く席を外す事は珍しい。スマホで連絡しても一向に繋がらなかったのだ。誰よりもアビドスと対策委員会を愛し、メンバーのリーダーとして最前線で戦っていた彼女が見せた違和感。

 

 何かある、と勘繰り探った結果がこれだ。ノノミには気づかれたが、その詳細までは分からないだろう。反面、ホシノには完全に気付かれている。紙を抜いたことも確実にバレているはずだ。

 

 気心の知れた仲とはいえ、不在の時を狙ってバッグを探る行為は良くないと……あぁ、分かっている。だが、どうしても不安だった。そして、その不安は杞憂なんかではなかった。

 

「何か、きっと理由が……」

 

 ホシノがアビドスを去るなんて嫌だ。そんな寂しい選択なんてさせたくない。

 でも、彼女の問題が何処に起因するものなのか分からなくて。

 

「どうすればいいんだろうね、先生……」

 

 彼ならば分かるのかな、なんて願望ですらない何かを抱きながら────彼女は教室を出た。

 

 全てはこの居場所を、アビドスを、仲間を守る為に。

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