シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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アロナをひとしきり宥め終わったあと、先生は青い教室から出てキヴォトスに帰還した。
教室とキヴォトスの移動────精神の転移も少なからず肉体に負荷を掛ける。そのため、体力が消耗している状態や、怪我をしている時の使用はアロナから禁止されているのだ。
先生に抱きしめられ多幸感に包まれていたアロナはその事実に気づいた途端、また泣きながら彼に説教をして────兎も角、今のアロナは非常にご機嫌斜めだ。また、色々と落ち着いた時にちゃんと構ってあげないと────と思い、肉の体に力を入れる。
痛む体に鞭を打ち、手を伸ばして取れた足の指たちを回収する。欠損してから少し時間が経っているのか、手に取った足の指は硬く、冷たかった。自分の体の一部だったとは思えないほどに。
その時に、体に接続されていたケーブルが何本か外れてしまうが……大丈夫だと判断する。恐らくナノマシン注入用のケーブルだ。体の修復が大体終わっている今、役目は無い。
腕に刺されていた点滴の針を手慣れた動作で抜く。そして、点滴のパックを見て僅かに違和感を覚え……スマホのナノマシンの動作履歴を確認、違和感が正しかったと確信に至る。回りくどい手口を、と内心で吐き捨てるが特に問題はないため放置した。
その他の全身に取り付けられたケーブルを全て引き抜く。こんな事をすればすぐに看護師か医者がすっ飛んでくるだろうが、この病院の基幹システムは全てアロナの手に落ちている。直接この部屋に訪れなければ、彼が起きている事にも気付かないだろう。
全てのパラメータを正常値へ書き換え、看護師による患者の確認も済んだものにしておく。そしてオートマタの巡回経路も書き換え、監視カメラの映像も全て差し替えた。これで彼の行動を記録する媒体はなくなった。
空白地帯となった病室で病衣を脱ぐ。その最中、体が幾度も悲鳴を上げ激痛を訴えるがそれらを飲み込んで、彼は生まれたままの姿となった。
少し前まで傷一つなかった体。今や傷跡と痣に塗れて見る影もない。勿論、時間を掛ければ跡すら残らない物もある。キヴォトスの医療は非常に優れているのだ。
だが、その技術を以てしても拭い取れないものがある。人の体も心も、変化しやすいだけで元の形には戻らないのだから。
一つ息を吐いて、制服を手に取り身に纏う。体は動かしにくいが、幾度となく袖を通した己の正装だ。ボタンを留める等の指先を使う動作はあるが滞りなく着用できる。寧ろ、病衣を脱ぐ時よりもやり易かった。
シャーレの白い制服とコートを纏った瞬間、彼は『誰か』から『先生』に成る。意識の切り替え、と言うよりは分散した自己を型に嵌めるような。何処にもいなかった自分を此方側に呼び戻すような────そんな変貌。
首からIDを下げ、車椅子に腰掛ければ、不自由はあるがシャーレの先生としての活動に大きな支障がなくなった。これでまた生徒の為に動ける。それに心から安堵した。
シャーレの回線、彼専用のアクセス経路を使用し秘密兵器の起動を行い────そのまま、
「じゃあ、行こうか────アロナ」
『はい、先生……くれぐれも、無茶はしないでください』
「あぁ、分かってるよ」
車椅子で屋上へと向かう彼。その無防備極まる背を────看護師の服を纏ったオートマタが見つめていた。右手に握っているのはカルテではなく、カスタマイズされたハンドガン。
「……此方、アルファ1。ターゲットが動いた。約3分後、D2ブロックに到着する。仕掛けるぞ」
『アルファ2、了解』
『アルファ3、了解』
▼
広大な砂漠を望む荒廃した道路を1台のごく一般的な車両が走っていた。法定速度を彼方に置き去りにした速さとF1レース宛らのドラテクはシロコがハンドルを握っているから。何とこの少女、ロードバイクを動かす感覚で車両を走らせているのだ。もしこの地にヴァルキューレが居たならば、まず間違いなく危険運転で逮捕されていただろう。
アクセルべた踏みの暴走機関車は徘徊していた不審なドローンやオートマタを何体か轢きながら短時間で砂漠と道路の境界線まで辿り着いた。
「……車は此処に止めておきましょう。この先は……」
「ん、徒歩だね」
この車両は極地での運用を想定していない。舗装された一般道路での使用がメインだ。もし仮に、此処から先を車両で進もうと思うと砂漠地用のオフロード車か戦車等の軍用車でもないと厳しいだろう。或いはヘリ等の航空機、砂漠に足を付けないものが望ましい。
無論、借金に喘ぐアビドスにそんな高価なものは無いため必然的に徒歩での移動に限定される。
車に詰め込んだ荷物の中から最低限必要な物だけを選別し、それを持って車外に出る。照り付ける太陽が容赦なく肌を焼き、日焼け止めを持ってくれば良かったと今更後悔。砂塵対策にマスクは持ってきたが、そこまで気が回らなかった。
煌々と輝く太陽を恨めし気に見上げながら、セリカは聞こえてくる会話に耳を傾ける。
「野宿用のキャンプ用品はどうしますか?」
「ん~……不自然な熱源までの距離は300kmだよね?」
ホシノの確認にアヤネが「はい」と肯定を返すと、彼女は緩んだ笑みを浮べて。
「なら要らないんじゃないかな? 妨害を想定しても昼過ぎには目的地に着けると思うし、使わなかったら荷物になっちゃうからさ~」
「もし移動中に夜が来たら、皆で肩を寄せ合って寝ましょう☆」
ノノミが楽しそうに言うと、張り詰めた雰囲気が緩む気がした。思えば、少し肩に力を入れ過ぎたのかもしれない。それ自体は悪い事でないが、それが原因で失敗したら元も子もないだろう。過ぎたるは猶及ばざるが如し、とはよく云ったもので、何事も程々が丁度良い。
「それにしても、アビドス砂漠……元々、砂漠地帯だった場所かぁ……」
「ドローンや警備ロボット、オートマタが普段から徘徊している危険な場所です。先ほどはやむを得ず撃破しましたが、以後はできる限り戦闘を避けて進みましょう」
「はーい」
理由は不明であるが、アビドス砂漠には良くドローンや警備ロボット、オートマタが徘徊している。嘗ての市街地を守るために配備されたものがそのまま残っているのか、或いは企業等が不要になったものを此処に遺棄しているのか。そんな事を調べる余裕も力もないアビドスにとって理由は不明であるが、この場は出所不明のオートマタが流れ着く場所であり、銃撃戦が想定される場所であった。
先程はやむを得ず轢いて破壊してしまったが、オートマタ等の間のネットワークが生きている可能性を考慮すると良くない選択だった。他の道を探す手間無く最短距離で砂漠の入り口まで辿り着けたのは僥倖であったが、それは結果論でしかなく、一瞬で破壊できていなかったら他の個体を呼ばれていた可能性がある。
その事を踏まえると、この先の砂漠では可能な限り騒ぎを起こさない方が良いだろう。オートマタ等の巡回経路と被るなら迂回路を探し、どうしようもなくなった場合のみ、最速で基幹ユニットを破壊する。
「皆さん、念のため今一度火器の動作チェックをお願いします」
「うへ、帰ったら即分解清掃コースかな~」
「サブでもう一つ銃持ってくるべきだったかも」
アヤネの言葉に了解を返した少女達は、各々持ち込んだ銃器のチェックを開始する。弾丸は装填されている。セーフティを外したら即座に発砲できる状態だ。加えて、予備の弾薬や消耗品もばっちり。
「アビドス砂漠で、カイザーコーポレーションが一体何を企んでいるのか……実際に行って、この目で確かめましょう」
▼
そうして砂漠を歩き続けて、どれほどの時間が経っただろうか。午前9時には砂漠の入り口に立っていて、そこから歩き始め……今、確実に正午は過ぎているだろう。最初は無風だった砂漠も、奥に進むにつれて強風が吹き始めた。今は防塵用の装備一式を身に着けていないと真面に進むことすらできない。砂嵐、と呼ぶには些か規模が小さいが、それでも過酷な環境である事には変わりない。
アビドスを襲った砂漠化のダウンスケール版を、彼女達はその身を以って味わっていた。
「ここが、棄てられた砂漠……」
「砂だらけの市街地に行った事はありますが、此処から先は私も初めてです……」
棄てられた、と云われた通り、今彼女達が立っているこの場所は随分前に遺棄されたものだ。来る手段も徒歩等に限られ、仮に来たとしても砂塵舞う大地が広がっているのみ。フィールドワークにも向かない地形のため、此処に来る用事なんて皆無だろう。
実際、ノノミ達4人は初めて足を踏み入れて、その極限環境に圧倒されている。吹き荒ぶ風と、それに伴う砂塵、小石。照り付ける真昼の太陽。数m先すら見通せない最悪な視界。成程、確かに此処は捨てるのも納得がいく。こんな環境では何もできないだろう。
だが、そんな環境を過去に訪れたことがある少女がこの場にはいて。
「いや~、久しぶりだねぇ。この景色も」
「ホシノ先輩は此処に来た事あるの?」
セリカの問いにホシノは「うん」と短く頷いてから────広大な砂漠を見渡した。
「1年生の時、生徒会の仕事の一環で何回かね~」
────尤も、前見たときはここまで荒んでいなかったけど。
あれから2年。たった2年で、専用装備一式で身を固めないと苦しい環境に変化したのだ。砂漠化の進行スピードは恐ろしいと言う他ないだろう。
「もう少し先に進めば、そこにはなんと……かつてアビドスの砂祭りが開かれていたオアシスが!」
「え? オアシス? こんな所に?」
「うん。でもまぁ……昔の話だよ。今はもう全部干上がっちゃったんだ~。元々はそんじょそこらの湖より広くって、船も浮べられるくらいだったとか」
何処か懐かしそうに話すホシノを尻目に、皆は辺りを見渡す。ホシノの云うオアシス、その跡地らしき場所は残念ながら視認できなかったが、以前の繁栄を聞くと興味を惹かれる。
「ま、私も実際に見たことはないんだけどさ」
「砂祭り……私も聞いた事がある。アビドスの有名なお祭りで、凄い数の人が集まるって」
「そうそう、別の自治区からもそのお祭り見たさに態々人が来るくらいだったからね。まぁ……砂漠化が進行する前の、何十年も前の事だけれどさ」
「へぇ、今はこんな荒れ果ててるけど、昔は此処でそんな凄いお祭りが……」
「前まではこの辺りも結構住みやすい場所だったらしいからね~。当時はこんな砂埃も無かっただろうし……」
嚙み締めるように呟く、アビドスの面々。嘗ての繁栄、キヴォトス最大規模の自治区を誇ったアビドスの大きなお祭り。だが、それはオアシスの消滅という形で幕を下ろしてしまった。そして、オアシスの消滅を契機にこの場所から人が去ってしまったのだろう。
今や人影一つすら残っていないこの街を見て、とても寂しくなった。今使っている校舎や、自分達が済んでいる家、郊外の町。それらも、抗う術なくこうなってしまうのだろうか。砂漠に埋もれ、生活の影すら残らず、段々と人々から忘れ去られる……そう思うと、とても悲しくなってしまう。
5人の間に流れていた暗く淀んだ空気を取り払う様にホシノは「ところで」と言って。
「アヤネちゃん、まだ目的地は遠そう?」
「えっと……一応設定したセクターまでは、もう少しですね。あと20分程度で到着するかと」
「もう少しですか……見た所、何もなさそうですけど……うーん……」
ノノミは目を凝らして遠くを見るが、相変わらず何も見えない────いや、今視界の端に何か映った。
「……今、なにか……」
ノノミと同じく、シロコも何かに気付いたようだ。その呟きに伴い、全員の足が止まり即座に警戒体制へ移る。近場にあった建造物の残骸に身を寄せ、その間にアヤネがドローンのサーモセンサで偵察を行えば、2人が捉えた『何か』のシルエットがタブレット上に表示された。
「これは……ドローンとオートマタですね」
「この辺り、何でかああいうのが良く集まるんだよね」
「……アイツ等、なんか変じゃない? 目的もなく歩いてるっぽいけど……」
「兎も角、最初の方針通り通り過ぎるのを待ちましょう」
8体のオートマタと、それと同数のドローン。この集団の行動は率直に言えば意味不明なものだった。嘗ての命令を忠実に守っているのだろうか。それとも、宛先なく砂漠を幽鬼のように彷徨い歩いているのか。
オートマタ集団の行動をじっと観察していると、不意にノノミが持ち込んだバッグの中を取り出して。
「少し遅いですが、お昼ご飯にしましょう☆」
防塵テントを取り出しながら、満面の笑みでそう言った。