シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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誰が影を追い

 

 昼食を取ろう、と云うノノミの提案は皆に受け入れられた。思えば出発してから碌に休憩も取っていない。体力的にも、集中力的にもこの辺りで休憩を挟んでおいた方がこの後が楽だろう。その時間にあのオートマタ集団をやり過ごせるならば効率的にも良い。反対する要素なんて何もなかった。

 

 全員で協力し、建物の残骸を風除けに使いながら作業をする。支柱を立て、シートを張り、ピックを地面に突き刺すと、簡易的なテントが作り出された。5人全員が入るには少々手狭だが、贅沢は言えない。砂塵と風、直射日光を防げるだけでもありがたかった。

 

 少女達はテントに入るや否や、纏っていた防塵装備を全て脱ぎ捨てた。

 

「あ~……暑かった……」

「うへ、おじさんもげんか~い」

「結構着込んでいましたからね……」

 

 額に張り付いた前髪を鬱陶しそうに払いながら手で仰ぐセリカと、その横で伸びをするホシノ。そんな彼女達を見つめながら、アヤネは苦笑いを浮かべる。尤も、口に出していないだけでアヤネやノノミ、シロコも内心は同じだった。制服の上に防塵装備を着込んで、更に荷物を持ち数時間ぶっ通しで移動し続けるのはかなり堪えた。

 

 何時もの制服姿に戻っただけなのに開放感が凄まじい。だが、同時に少し休んだ後にまたこの装備を着込まなければならないと思うと少々憂鬱だった。

 

 空気を切る鋭い風の音はテントの中からでも良く聞こえ、巻き上げられた砂利や小石がシートの外側を喧しく叩いている。装備を固めていたため然程気にならなかったが、風に乗った砂利は体に当たると普通に痛い。砂漠地帯で活動するのであれば必ず対策しておかなければならないのだ。

 

 そして、これらの装備は決して安価ではない。極地運用を想定している物は基本的にとても値が張る。無論、砂漠地帯に在る学校であるアビドスはこれらの装備を有していた。だが、借金を負ってからは碌に手入れも更新もできておらず、今回使おうと思い倉庫に足を運んだアヤネとシロコが見たのは経年劣化で使い物にならなくなった装備達であった。

 

 しかし、彼女達は砂漠での運用が充分に可能な装備を所有している。その理由は────。

 

「こんな物まで持ってきてくれたなんて、本当先生様々よね」

 

 今この場にいない先生が関与している。

 

 アビドスに訪れた初日、クラフトチェンバーによる物質生成で持ち込んだ物の中に5人用の防塵装備と野外活動用のキット一式が入っていたのだ。これを見つけたときアビドスの面々は感謝と驚愕、ほんの少しの不気味さを彼に覚えた。

 

 必要な物が、必要だと思った時には既に用意されている周到さ。まるでこうなる事が分かっていたかのような先読みは今に始まった事ではない。だが、今回ばかりは少々異常だ。何せ、アビドスの来訪初日から準備されていたのだから。あの日から何度も状況が変わった。予想外の事ばかりで、頭の処理が追い付かない場面だってあった。それをあの始まりの日から予測する? 常識的に考えて不可能だろう。

 

 出発前のワカモの伝言も例に漏れず必要な情報だった。あのタイミングで伝えられたから、行動の方針が固められた。

 

 ────一体、彼は何が見えているのだろうか。同じものを見ている筈なのに視点が全く異なる感覚すら覚える。暗闇のようでいて迷いを晴らす光のような時もある、何処までも理解不能な人。

 だが、同時に納得した。彼に感じた違和感は、きっと他者とは異なる断絶した視点や価値観に起因するのだろうと。

 

 他者と同じ視点を持てない。他者と同じ価値観を持てない。他者と同じ生き方ができない。

 

 そして、この差は彼自身が一番分かっているだろう。キヴォトスに彼の同胞はいないのだ。神秘の有無という肉体的な差違、隔絶した視点という精神的な差違。彼とキヴォトスの住民達の共通点なんて肉体のフォーマットがある程度一致している事しかない。

 

 ずっと彼のそばにいるワカモだって彼の味方で在り続ける事は選べても、彼の理解者になる事はできない。

 言ってしまえば、彼はこの広い世界で独りぼっちなのだ。

 

 ────それは、なんて哀しい物語。

 

「うへ、そうだね~。お見舞いに行ったら、ちゃんとお礼言わなきゃだ」

 

 でも、それでも一緒に歩めるとホシノは思っている。彼を信じる事はできるし、彼を頼ることも頼られることもできる。彼に触れることも出来るし、彼を抱きしめることだってとても簡単だ。

 

 彼は孤独な救世主ではないのだ。底抜けに優しくて、麗らかな陽だまりと暖かな笑顔がよく似合う────普通の青年だ。

 

「……先生、大丈夫かな」

 

 ぽつりと呟いたその声。外で吹き荒ぶ風よりもかなり小さい音の筈なのに、テントの中の4人にはとても良く聞こえた。少女達が声の主たるセリカの方に視線を向けると、彼女は顔を少しだけ俯かせたまま。

 

「ごめん……心配になっちゃって……」

「謝ることじゃない。先生が心配なのは、皆一緒」

「そうですよ。それに、きっと大丈夫です。今頃、病室で暇を持て余してると思いますよ?」

 

 少し笑いながらノノミがそう言うと、皆も釣られて笑みを浮べた。

 

「……そうですね。どうやら、就任以降は碌に休めていないようなので、体を労わる良い機会かもしれません」

「だからと云って入院は良くないんだけどね~」

「ん、確かに。先生はもっと自分の体を大事にしてほしい」

 

 シロコの言葉に、全員が肩を落としながら苦笑いをする。確かにその通りだ。彼にはもっと自分の体を大事にしてほしい。ひとつきりの体なのだ。あんな……まるで消耗品の様に使い潰す真似はしてほしくない。

 

「そろそろご飯できますよ~」

 

 と、そんな風に雑談に花を咲かせているとノノミが声を掛けてくれた。其方の方に視線を向けると、使い捨ての容器と紙コップ、加熱用ヒーターに入れられたレーション、それらが入っていたであろう袋が5つずつ準備されていた。

 

 各々が1つずつ手に取り、ヒーターの中身から主食とおかずのレーションを取り出し容器に盛り付けると良い香りが鼻孔を擽った。セリカのレーションの中身は炒飯と麻婆豆腐の中華系のラインナップであり、戦闘糧食とは思えないほど食欲をそそる見た目をしている。

 

 他の少女達はまた別のメニューのようであり、肉じゃがだったりハンバーグだったりと非常にレパートリーに富んでいた。少女達は「いただきます」と呟き、スプーンでレーションを掬い、口元に運び咀嚼すると────その目を驚きで染めた。

 

「わぁ! 美味しいですね☆」

「これは凄いですね……!」

 

 ノノミとアヤネが声を上げると、それに同意するように皆が頷いた。軍事に使用される携帯食料は即座に食べれる事や栄養価が最も重要視され、味や見た目は殆ど顧みられる事がない。

 だが、アメリカ軍で使用された初期のMREのような余りにも不味い食料と云うのも当然宜しくなかった。3大欲求の1つである食が満たされないともなると兵士達の士気に悪影響を及ぼすであろう。そのため、軍事面での有用性はそのままに、味などの娯楽面の改善が始まった。

 

 そのような動きもあり、レーションの味は年々と進歩しているのは知っていたが……これは想像以上だ。利便性も、栄養価も、味も、見た目も全て今までの物と一線を画している。

 

「これ、SRT制式採用のお高めのやつじゃない? 付属品も一杯ついてるし」

 

 そう言ってホシノは袋の中の付属品を取り出した。中身は調味料とウェットティッシュ、ミントガムが入った小さめの袋が1つ。粉末のコーヒーと緑茶が1つずつ。デザートのパウンドケーキ、ナッツとドライフルーツ、チョコレート。正に至れり尽くせりのラインナップであった。

 

「ん……これも先生から?」

「はい。補給品として初日に頂いたものです……ここまで良くしてくださるなんて思っていませんでした」

「だね~……それにしても、このレーション美味しいね。種類も一杯あるし、これなら普段から食べちゃいたい位だよ~」

「普段から食べたらあっという間に体重が怖くなるわよ、ホシノ先輩……」

「うへ、それはヤダな~」

 

 そんな軽口を叩きながら、雑談交じりで少し遅めの昼食を取るアビドスの少女達。最近は慌ただしくて5人で落ち着いて食事を取る頻度が少なかった事も相まって、時間はあっという間に過ぎ去った。

 レーションをぺろりと完食し、お湯に溶かした粉末のコーヒーとパウンドケーキを用意する。

 

「……砂漠のど真ん中で、こんな優雅なデザートを楽しめるなんてねぇ……」

「ですね☆ それに、デザートも美味しいですし」

 

 そう言い、付属していたデザートを頬張る。若干パサついているが、味は普通に美味しい。パサつくのもコーヒーと一緒に流し込めば然程気にならない上に、口内の甘味と苦みのバランスが丁度良くなるのだ。恐らく、企業側もコーヒーと一緒に楽しむことを想定しているのだろう。

 

 そうしてデザートまで楽しんだ少女達はゴミを圧縮し片づけ、出発する準備を進めていると────ふと、先ほどまで聞こえていた風の音が止んでいる事に気付いた。

 

「ん、外見てくる」

 

 シロコは立ち上がり、入口から顔を出して外の状況を視認する。無風、とまではいかないが、そよ風が吹く程度で巻き上げられる砂塵は殆どない。これならば密閉度が高い防塵装備を着込まなくても充分進めるだろう。

 

 入口のロックを解いたシロコは外に足を踏み出し、伸びをする。そして、それに続く様にアビドスの面々も外に出て、設営したテントの撤去作業を開始した。

 5分もすれば撤去は終わり、再び目的地へ歩を進めようと思ったアビドスの面々であったが……。

 

「……あれ、は……」

 

 最初に気付いたのはシロコであった。向けた視線の先、視界には何か角ばったものが見える。距離があるのかシルエットははっきりしないが、それでも蜃気楼でない事は分かる。

 

「さっきまで風が吹いていたから砂埃で見えなかったけれど……巨大な街、工場? 良く分からないけれど、何か、大きい施設が向こうに……」

「確かに何か見えるけど……こんな所に街?」

「岩場、ではなさそうな……ごめんなさい、私じゃこれ以上は……」

「ん~……アヤネちゃん、ドローンから何か拾えそう?」

「はい! 少々待ってください!」

 

 そう言い、待機状態にしていたドローンを飛ばし、限界高度ギリギリでズームカメラを稼働させる。その映像がタブレットに送信されると、皆がそれを覗き込んで観察する。

 

「……シロコちゃんが正解だね、これ」

 

 確かに、それは人工物に見えた。無機質な角ばったデザインをしている施設のような何かが、この砂漠に鎮座している。

 

「……こんな、誰も居ない棄てられた砂漠に? 埋もれた街とかじゃなくて?」

「うーん、確証は持てないけど……なんか、綺麗なんだよね。全体的に。だから、多分違うと思う」

 

 砂漠に埋もれている街ならば、もっと荒廃しているだろう。だが、ドローンからみた映像では形が非常に整っていたのだ。それも、確実に人の手が入っていると言い切れるレベルで。

 

「兎に角、肉眼で確認出来る位置まで近づいてみましょう」

「えぇ、そうですね」

 

 アビドスは新しくできた目的地に向けて足を進める。この先に、自分達の知りたかった何かがある────そう、何かが叫んでいた。

 

 ▼

 

 

 

 建築物はアビドスの少女達の足で30分程度の距離にあった。ヴェールを剥がすように明らかになる建物の全貌を前に、アビドスの少女達は茫然と立ち尽くし────そして、ポツリと呟いた。

 

「────何、これ」

 

 誰の口から発せられた言葉か分からない。だが、その一言がアビドスの総意である事は疑いようがなかった。

 

 大小様々な工場が乱立する工業都市。数種類の発電施設を複数と電波塔、規格化された倉庫、運搬用の大型トラックが何台も。そして、その工業都市を囲む外壁と、至る所に存在する侵入者用のトラップ。

 

 アビドスの砂漠が工業地帯として栄えた過去はないため、これは誰かが新しく建造した物だろう。少なくとも、此処にいるアビドスの少女達はこの工場の存在を全く知らなかった。

 

「侵入者用のトラップが幾つもある。迂闊に触れない方が良い」

「かなり大規模ですね、これは工場でしょうか? 実験施設……いえ、何かを掘っている……?」

 

 シロコとノノミが中の様子を観察し、この施設の用途等を考察する中で……ホシノは施設を外部から隠す壁を見つめながら、呟く。

 

「──こんなの、昔はなかった」

 

 此処に来たのは、今回を除くと1年生の時だけ。つまりは2年前だ。当時、こんな施設は影も形もなかった。恐らく、比較的最近に建設され、運用されているものだろう。

 

 だが、何故こんな場所に建てたのだろうか。立地は最悪。レアメタルや石油といった貴重な資源が眠っている訳でもない砂漠地帯のど真ん中に工場を立てるなんて酔狂にもほどがある。そもそも、一体誰が工場を……いや、思い出せ。此処の所有者を。アビドスから土地を毟り取ったのは────。

 

 そこまで思考していたホシノの耳に不意に銃声が鳴り響いた。

 

「────ッ!」

 

 その刹那、思考回路が切り替わる。ホシノは一瞬でシールドを展開し4人の前へ躍り出て、銃のセーフティを外し銃口を銃声の鳴る方へ向けた。

 

 敵手から放たれた銃弾はシールドや外壁、足元の砂に着弾し火薬の香を周囲に充満させる。

 

「侵入者発見!」

「1人たりとも生かして返すなッ!」

 

 此方に銃口を向け発砲しながら叫び、周囲に集まり出すオートマタの兵士達。その光景をホシノのシールドの陰から眺めていたアビドスの少女達は各々銃のセーフティを弾いた。

 

「な、何もいきなり発砲する事ないじゃない!?」

「警告もなく交戦なんて……」

「ん、でも……これであの施設の怪しさは増した。押し通る」

「所属不明の兵力が展開しています! 数は30以上……オートマタとドローンですっ!」

「──良く分からないけれど、熱烈な歓迎を受けちゃったし、ちゃんとお返ししないとね?」

 

 ホシノが呟き、その目が鋭く細められる。

 

 警告無しに撃ってきた以上、相手は間違いなく真面な集団ではない。平和的な、暴力を伴わない解決なんて望めないはずだ。

 それに、視認するや否や発砲してきたことから、この施設を知った者は例外なく消すつもりなのだろう。グレーどころか余裕でブラックだ。俄然、この施設に興味が湧いてくる。この壁の向こうには何があるのだろうか。

 

 ────それに、ストレス発散には丁度良い相手だとホシノは思った。彼の傍で戦えなかった鬱憤を此処で晴らしてしまおう。

 

「よし……戦闘開始ッ!」

 

 ホシノの号令と共に、アビドスの面々は散開した。

 

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