シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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「ふぃ~……いや~、厄介だったねぇ、こいつら」
煙吐く銃口を下し、地面に倒れ伏したオートマタを足で小突くホシノは辟易とした表情で呟く。
一方的に吹っ掛けられた戦闘はアビドスの勝利という形で幕を下ろし、所属不明の敵集団は煙を上げて沈黙した。だが、これだけが全員、という訳ではないだろう。アビドスがこの場所にいる、という事実はこの場に駐屯している全てのオートマタ達に共有されたと思った方が良い。
「そんなに強い、って訳じゃないけど……何て言うか、面倒くさい感じ? 今まで戦ってきた奴等とはちょっと方向性が違うと思う」
「ん、セリカの言う通り。凄く厄介だった」
「そうですね……あれは私達が個人でやる戦闘ではなく、組織立った軍事行動のような感じがします。厄介に思えたのも、恐らく連携が取れていたからかと」
アヤネは「それに」と言って。
「この銃、恐らく市場に出回っていません。専用の生産ラインで生産されている特注品か、足が付かないように
銃のパーツは全てメーカーで登録されている。何処の銃が何処に在って、誰が持っていて、何処で使われたかすぐに分かる仕組みになっている。キヴォトスという学園都市も同様に正規の手順で販売された銃は全て登録されている。簡単に言えば、銃弾一つ見るだけで銃に纏わる全てが詳らかにされるのだ。
しかし、それだと都合の悪い人達がいる。例えば民兵、テロリスト、殺し屋。そういった訳アリの人の為……暴力の自由を欲する人は正規店ではなくブラックマーケットを経由したり、または独自の生産ラインを持っていたり、或いは既製品の
今現在、地面に転がっているこのオートマタ達はそういった後ろめたい事を行うための処置が施されていたのだ。
個人の武力の強さではなく、集団としての強さ。生徒同士の撃ち合いが多いキヴォトスに於いては非常に珍しい種別の強さを持った所属不明のオートマタ。
きな臭くなってきた、と心の奥底で思った。
「全員、集団戦の何たるかを把握していました。隊列と連携を崩さず、生じた穴は即座にカバーする。ですが、無茶と深追いはしない。ゆっくりと、確実に『詰み』に持っていくための……非常に堅実的な立ち回りです。命令系統もしっかりしているのか、粘り強い戦い方でした」
「……まるで軍隊みたいな集団だ」
「その軍隊みたいな奴等が何でこんな所にいるのよ?」
「セリカちゃんの言う通りです。この方達は此処で一体何を……」
「うーん、それは私にも────ん?」
ノノミとセリカの疑問に首を横に振ったホシノであったが、その視界の淵に何かが映った。気のせいか、と思ってよく目を凝らして見てみると────外壁にシンボルが描かれている事に気付く。塗装と砂で汚れているため少々分かり辛いが、見間違いなどではなくしっかりと描かれていた。
「アヤネちゃん、あれ、見える?」
「は、はい……何かのマーク、でしょうか……?」
ホシノの問いにアヤネは頷く。その2人のやり取りでロゴに気付いた他の少女達も其方の方に視線を向け、ロゴがある事を視認。ホシノはそのロゴの正体を確かめるべく外壁の方へ足を進め、外壁を汚す砂を手で払い────ヴェールを剥がす。
「……この、マークは」
外壁に記されていたマークは正三角形と、その中央でクロスする帯。モチーフはタコだろうか。
そして────そのロゴの下に記された企業名は『KAISER PMC』。
「────カイザーPMC」
ホシノは信じられないような────否、目の前の光景を現実だと信じたくないような目でそれを見た。
「……照合できました。このロゴは確かにカイザーPMCの物です」
「カイザーって事は、こいつ等もカイザーコーポレーションの息が掛かってるって事!?」
「……そういう事みたいだね」
シロコが苦虫を嚙み潰したような顔を浮べると、怒り心頭のセリカは外壁を思いっきり蹴り飛ばした。ヘイローを持つ少女の全力の蹴りは外壁の表層に蜘蛛の巣の罅を入れるに至ったが……セリカの怒りは増すばかりだった。
「カイザー、カイザーって……一体何なのよ、こいつ等はッ!」
アビドスの土地を甘言を弄して奪い取ったカイザーコンストラクション。
アビドスに桁違いの借金と利子を吹っ掛け、学校を奪おうとしたのはカイザーローン。
アビドスの土地に訳の分からない施設を立てたカイザーPMC。
そして────それらを裏から支援する大本の企業であるカイザーコーポレーション。
一体、アビドスの土地を奪うために幾つの企業を使ったのか。幾つの非道を重ねたのか。そして、それでも尚飽き足らぬのか。
嚇怒の炎を灯したセリカはその感情のまま表情を歪めた。
「……なるほど、そういう事だったんですね」
「ノノミ、何か気付いた?」
ロゴの『カイザー』ではなく『PMC』の部分を険しい表情で見つめていたノノミは、先ほど相手にした集団の所属を既に分かっていた。そして、あの集団……ひいてはこの施設が持つ危険性も。
「PMCはPrivate Military Company……民間軍事会社の事です。傭兵の様な個人ではなく、軍隊そのもの。簡単に言えば、軍事を民営化している企業がPMCです」
「軍の民営化……!?」
「はい。私達が相手をしてきたヘルメット団のような不良やチンピラとはレベルが違います。先ほど相手をしたオートマタは、訓練を受けて常日頃から軍隊として組織されているプロの戦闘集団なんです」
「……だから、あんなに統率が取れていたんだ」
「退学した生徒や不良の生徒を集めて大企業が私兵として雇っている、という噂は知っていましたが……まさか────」
ノノミが言葉の続きを言葉にしようとしたその瞬間、突然ノイズ混じりの警報が啼きだした。外壁上部に取りつけられたスピーカーから響く音、赤色回転灯が光りながら回る。エマージェンシーだ。
甲高い警告音は砂漠の空に吸い込まれ、辺りの空気を緊迫感で包み込む。
「警報!?」
「うへ、こりゃ大事になりそうだ」
「ッ! 皆さん、一刻も早く────」
その言葉を口にするより早く、地面が鳴動した。何か途轍もない嫌な予感を覚えながら、アヤネは音の鳴る方へ視線を向け、眼鏡の望遠機能を使って正体を確かめようとして。
「装甲車に、戦車……数は……少なくとも、8台……」
「8台ッ!? 嘘でしょッ!?」
「ッ! 皆、上!」
シロコの叫ぶ声に釣られて皆が上を見上げれば、青空に浮かぶ鋼の塊が複数見えた。空気が破裂する音と切り裂く音を周囲に響かせながらこの場に現われたのは、軍用ヘリと戦闘機。
戦車は12台、装甲車は20台、軍用ヘリと戦闘機は5機ずつ。そして、此方に集結しつつある大規模な兵力。熱源反応は時間が経つ毎に膨れ上がり、その数は大隊規模を優に超えた。警報によってこの施設の警戒レベルは一瞬で引き上げられたのだ。アヤネは顔を青褪めさせながら、タブレットを眺めてこの状況を切り崩すためのきっかけを模索する。
「旅団規模の兵力が集結しつつあります! 包囲網が形成されたら私達に勝ち目はありません! 急いで離脱しましょう!」
「私が突破口を作る! ノノミちゃんとセリカちゃんはカバーお願い! シロコちゃんは殿を!」
「了解!」
矢継ぎ早にホシノが指示を出せば、それに強く頷くアビドスの面々。ホシノはシールドを展開し、銃を構えてクラウチングスタートの要領で駆け出せば、それに続くように他の少女達も隊列を組みながら走り出した。
そして、その背に迫る無数のオートマタと兵器達。誰一人として生かして返さない、この場で殺してやると言わんばかりの圧力を携えながら逃げる少女達の影を捕えんとする。
謎の施設の外周で、アビドスの命運を賭けた包囲網突破作戦が開始された。
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遠い日、貴方が守った世界を思い出す。
貴方は擽ったそうな顔で笑っていた。愛しいもの、生徒に触れるとき、貴方の手は少し震えていた。
優しくて、暖かくて、臆病な人。
貴方、ねぇ、もう──────。
▼
「……先生、来たよ」
「その声はヒナかな? あぁ、ありがとう」
そう言って、緩く微笑む先生。ヒナと2人っきりの病室はとても静かだった。2人の呼吸音と、布が擦れる音。そして、先生に取り付けられた機械が定期的に発する電子音以外には何も聞こえなかった。
ヒナは先生が寝かされているベッドまでふらつきながら歩いていき、無造作に投げ出されている彼の手をそっと握る。
青年とは思えない皺くちゃの手。皮と骨だけで酷く脆い。触れても、あの日頭を撫でてくれた優しい手とはどうしても結びつかないはずなのに、それでも彼のものだと分かってしまう。手の奥に残る優しさと暖かさはずっと変わらないから。
────私の所為だ。私がもっと早く気付けていれば、こんな風にはならなかった。優しい彼は否定してくれるけど、この結論は私の中で変えられない事実だ。
「丁度、私もヒナに会いたかったんだ。アコとかイオリ、チナツは時々来てくれるけど……あぁ、責めている訳じゃないんだ。ただ、最近は声を聞けてなかったから寂しかったんだ」
くすり、と笑う彼。以前なら見えたはずの彼の瞳は包帯に巻かれている。口元だけが彼の面影を残していた。声だって、声帯を大きく損傷したから以前の声音とは異なる。
彼の傷は赤い肌の女がやった。目を抉り、喉を切り裂き、彼の体を凌辱した。駆けつけた時には、彼は既に残骸のようになっていて。それで、その女を殺して。その後は病院に駆け込んで。
そして、今の彼がいる。
「最近は暖かくなったのか、酷く眠くてね。誰かと話したり、仕事をしてないと転寝しそうになっちゃうんだ」
その眠りは良くないものだ。眠ったら最後、彼はもう2度と笑ってくれる事がない。21gが世界に溶けて、貴方の存在は不可逆の非実在になってしまう。
「まぁ、私ばっかり話していてもしょうがないから、よければヒナの話を聞かせてくれないかい?」
「……そう、ね。何から話そうかしら──────」
日に日に弱っていく貴方を見て、私は胸を掻き毟りたくなる程の苦しさを覚えた。馬鹿みたいに『ごめんなさい』って戻らない日々に土下座していて、それを過去の己が冷たい目で見ていて。
もう、ずっと前から心は折れていたのだ。彼だってそれに気づいているから、優しく肯定をしてくれていた。彼を守れなかった私を、無条件で肯定してくれた。
私を嫌わずに許し続ける貴方の優しさが、辛かった。
貴方と別れて、泣いて。貴方を失って、また泣いて。
そして────この世界で、貴方を見て泣いてしまった。
在りし日の、あの世界の貴方だった。キヴォトス外部の人、疎外感が酷いはずなのに、誰よりもこの場所と住まう人々を愛している。
そして、その愛する誰かのために、貴方は何度だって巡礼の旅を続けるのでしょう。生徒の未来のために、夢のために、幸福のために、笑顔のために、貴方は何度だって傷ついて、その度に立ち上がる。走って、走って、血を吐きながら走る。決して足を止めずに、でも悲劇も何もかもを忘れないで全てを背負って。自分以外の誰かの幸せと明日の為に。そんな、貴方の生き方がとても悲しく思えてしまうの。
貴方は生徒の為に全てを賭けて戦っている。もし、私達が輝く明日を笑顔の花束の中で迎えられたとしても、その輪の中に貴方はいるの? 誰かの幸せの為に走り続けた貴方の幸せは何処にあるの?
自分の中の幸せと、明日への希望。小さな光を誰かと共有して、少しずつその輪を広げていく。
それが輝く明日であり幸せだと、私は思っている。
だからどうか、先生。貴方は貴方の幸せを掴んで。見つけられないなら、あの日にしてくれたみたいに一緒に探すから。
先生、貴方に幸せが訪れる事を……祈ってるよ。
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月に誓った貴方への愛と共に、あの日伝えられなかった言葉を口遊む。
「貴方、ねぇ、もう────いいよ」
辛かったならやめていいのだと。例え、進めない事を貴方が悔やんでも、貴方以上に私達が貴方を愛するから。
擦り切れるまで歩もうと思わないで。傷ついたなら木陰で休みましょう。
死んでもいいなんて思わないで。貴方の命はずっと愛されているの。
私達が愛した貴方は、ただの貴方なのだから。
「名前を呼んでくれて、嬉しかったよ────先生」
空崎ヒナは、はにかむように笑った。