シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
「はぁ……はぁ……」
「っ……」
「ふぅ……」
「キリがないですね……」
前線で敵の相手をし続ける4人の辟易とした声が、砂漠の空に虚しく響いた。地面に転がるオートマタとドローンの数は100を超えて久しい。銃で撃ち抜き、ミサイルや爆弾で爆破するのは勿論、徒手空拳で叩きのめすことだってあった。
爆破し、現在も尚炎上中の装甲車。足回りを破壊した戦車。軍用ヘリはローター部分にシロコのドローンを特攻させて叩き堕とした。戦闘機までは破壊できなかったが、特殊な……対戦車装備や対空装備を保有していない歩兵5人の成果としてはかなりのものだ。彼女達と同等の条件で同じ事ができる存在は、キヴォトスにおいてほぼ居ないと言ってもいい。
それだけの大金星を挙げたのにも関わらず、5人の表情は芳しくなかった。
破壊したヘリの影に隠れて身を隠し、肩で息をしながらこれからどうすべきかを考える。
シロコの残弾は2マガジン、ドローンはロスト。
セリカの残弾は3マガジン。
ノノミの残弾は0、ハンドガンの残弾は1マガジン。
ホシノの残弾は2マガジンのみで、シールドはあと少しで壊れるだろう。
アヤネの補給物資も底を突いた。
足りない、とホシノは爪を噛んだ。どう考えたって足りっこない。残弾も、体力も……戦闘行動に必要な全てが不足していた。包囲網が完成する前、一番穴が大きいタイミングで攻勢を仕掛けてこれなのだ。事此処に至っては、無傷での脱出は不可能だ。故にホシノは自身が殿となって4人を逃がす方向へ思考をシフトしようとした所で────想定が甘い、と現実が嘲った。
「敵兵力、増大しましたッ! 増援です! 歩兵だけはなく、装甲車や戦車、ヘリや戦闘機まで……!」
「ッ!」
ホシノはアヤネのタブレットを食い入る様に見つめると、その画面には無数のマーカーが立っていた、一際熱源が大きいのは装甲車等で、空中に浮いているのがヘリ等だろう。そして、歩兵の無数のオートマタ達。包囲網の完成は間近だ。どれだけ甘く見積もっても1分は切るだろう。
増援に来る兵力も、既存の兵力の規模も正確には分からない。だが、その量は片方だけでも疲弊したアビドスを磨り潰すには充分すぎる。余程逃がしたくないのだろう。アビドスの手に余る過剰戦力だ。
「駄目です、包囲網を突破できません!」
東西南北、上空に至るまでの包囲。何処を向いても夥しい数の敵がいるのみで、蟻一匹すら通してくれないだろう。包囲網が完成したのだ。
「……絶体絶命、だね」
「うへ、これはきつそうだ……」
「ど、どうしましょう……!」
アビドスの皆は満身創痍の体を立ち上がらせて敵を見据える。圧倒的な状況不利。ざっと見たところ、歩兵だけでも旅団規模以上。それに加えて、走行車や戦車、軍用ヘリ、戦闘機。展開された兵力の後方から迫るのは輸送車だろう。コンテナには大勢のオートマタ達が詰め込まれているはずだ。
秒単位で増える人員。尽きた資源。限界に近い体力。今は物陰で息を潜めているが、仮に空から対地ミサイルによる爆撃やガトリングによる制圧射撃を貰えば、一瞬でアビドスは壊滅的な打撃を受けるだろう。かといって無策に飛び出せば物量に物を言わせた一斉射撃で叩き潰される。何方に転がっても詰みの状況、それが分かっているから迂闊に動けず、機を伺っているのだが、時間が経つ程に戦況は悪化するばかり。最悪の循環だった。
さて、どうするか────そんな思考が頭を埋め尽くしたアビドスに向かって、ある装甲車が接近している事に気付いた。
「……なにか、来る」
砂漠……というよりは、あらゆる極地を想定した車両。戦車並みに分厚い装甲、窓は全て防弾加工とスモーク張り。恐らく盗聴対策もされているだろう。そして、何より目を引くのは他の装甲車よりも装飾が豪奢であり、構造自体もかなり工夫が凝らされている点だろう。そして、改造元となった車種もかなりの高級車だ。
間違いなく一般の従業員が乗る車両ではない。最低でも役員クラス、またはそれに準ずる階級を持つ誰かが乗っているであろう装甲車は悠々とアビドスの少女達の5m前で停車した。
少女達は銃を構え、車両に最大の警戒態勢を取る。特にシロコは銃以外にもラスト1つとなった手榴弾の感触を確かめ、何時でも投擲できるように準備。
鬼が出るか蛇が出るか────執事か側近であろうオートマタが後部座席のドアを開けると、座席から大柄な影がゆっくりと降車した。
他のオートマタとは『違う』と直感する大柄な影は徐に機械仕掛けの右手を挙げた。
その刹那、直属護衛部隊のオートマタが銃口を向ける。その辺りにいる雑兵とは何から何まで違う手練れに殺意を向けられた少女達は顔色を悪くし、5人で円を描くように背中合わせの陣形を取った。
「ふん……何処ぞのドブネズミが入り込んだと思ったらアビドスだったとはな。つまらん」
重々しい口調で、大層つまらなさそうに呟いた大柄な影。ストライプのブラックスーツ、黒いシャツ、赤いネクタイ。その上に羽織った外套と赤いストラ。アイラインを光らせるその人物の身長は2m30cm程だが、体格の所為かそれ以上の威圧感を感じる。今まで見てきた存在とは格が違うその様を見せつけられた少女達は、圧力に気圧されながらも気丈に口を開く。
「……アンタ、誰よ」
「────あいつ、は」
疑問を声に出すセリカとは対称に、ホシノはその正体に心当たりがあった。あぁ、忘れられるはずがない。この人物は────。
「まさか此処に来るほどの低能だとは思っていなかったが……まあ、良いだろう。囀った所で、何かが変わるわけではない」
吐き捨て、アビドスの方へ1歩踏み出した何者か。それに伴い、直属護衛部隊も前に詰める。特別な車両と直属の護衛を持っている事から、それなりの重役なのは確かだが、どの様な権限と立場を持っているのかは見当がつかなかった────その人物から皆を庇う様に立っているホシノ以外は。
5人の敵意をそよ風のように受け止め、余裕綽々と何者かはホシノを見下ろした。アイラインに籠る感情は嘲り、侮蔑、嫌悪。
「人様の私有地に無断で侵入し、剰え銃撃を行った。君達の学校の借金に加えてもいいが……大して変わらんか」
「お前は、あの時の────」
「……確か、例のゲマトリアが狙っていた副会長だったか?」
ホシノを見下ろし、観察する誰か。そして、その人物はアイラインに嘲りの色を乗せながら呟く。
「君は見たのか? 崇高なる神意の代行者を」
「……何の話? 私は────」
「会談を切り上げ、向かったと聞いていたが……ふむ、その様子では見てないようだな。ゲマトリアは君の為に準備したと言っていたが、主賓がそれでは浮かばれん」
人影は「我が社としても興味深い催しであったが」と付け加え、ホシノから視線を外した。
対するホシノの頭は疑問で埋め尽くされていた。そして、それに伴う背筋が凍り付くような嫌な予感があって、心臓を鷲掴みにされているような恐怖を感じる。
だが、その疑問と悪寒に明確な回答を出すよりも前に目の前の人物が口を開いた。
「面白いアイデアが浮かんだ。弱いヘルメット団を雇うよりも、使えない便利屋を雇うよりも良さそうだ」
「────あなたは、誰ですか」
普段は笑みを絶やさず、穏やかな雰囲気を纏っているノノミから漏れ出たとは思えないほどの冷たい声音。それを受け、オートマタは僅かばかり驚いた表情を浮かべてから……溜息と共に大きく肩を落とした。
「呆れたな。無知蒙昧とはこの事か……まさか、私を知らないとはな。アビドス────君達なら、良く知っている相手だとは思うがね」
そう言い、その身に余る傲慢さを隠そうともせずにアビドスを見下ろす人影は────己の身分を曝け出した。
「私は、カイザーコーポレーションの理事を務めている者だ。端的に言ってしまえば、君達アビドス高等学校が借金をしている相手だよ」
その言葉、明かされたオートマタの身分にアビドスの少女達は驚きを顕わにした。
「では、古くから続く借金の話をしようか────アビドスの諸君?」
▼
「カイザーコーポレーションの、理事……!」
「アンタが……ッ!」
アヤネが驚愕を、セリカが怒りを込めて呟いた。シロコとノノミは声にこそ出していないが、その心の中に渦巻く感情は概ね2人と同じだった。ホシノは目の前の人物が理事である事を知っていたため、驚きこそ無かったが……その内側には高純度の怒りが渦巻いている。
今、眼前にいるオートマタこそが自分達を、アビドスを、住まう住民達を苦しめ続けてきたカイザーコーポレーションの親玉。古くから続くアビドスの悪意の主。
そして、今の自分達が探し求めていた人物でもある。今回で達成できるとは思わなかったが、彼女達の最終目標は何処かで偉そうに座っている最高責任者を引き摺り出す事だったのだ。
早鐘を打つ心臓。様々な感情が胸の奥で渦巻いて、思考が逸る。
そして、理事はそんな彼女達を一瞥して言葉を続けた。
「正確に言えば、カイザーコーポレーション、カイザーローン、カイザーコンストラクションの理事だ。今はカイザーPMCの代表取締役社長も兼任している」
「────あなたの身分なんてどうでもいい。要はあなたがアビドスを騙してお金を巻き上げて、土地を奪い取った張本人って認識に相違はない?」
「……ほう?」
シロコが憎悪を顕わにした瞳で眼前の悪意を射貫けば、理事は愉悦を隠し切れない声音を漏らした。
「そうよ! ヘルメット団を仕向けて、ずっと私達のアビドスを苦しめ続けた犯人がアンタなんでしょ!? 絶対に許さない……アンタの所為で、アビドスはッ!」
シロコに続く様にセリカが前に出て、叫びながらトリガーに掛ける指先に力を籠める。あと僅かでも指を奥に押し込めば弾丸が発射される、怒りに満ちた銃口を向けられた理事はアイラインを瞬かせて────辟易とした感情で首を横に振った。
「やれやれ。最初に出てくる言葉がそれか。呆れて言葉が出ないとはこの事だ、アビドス。碌な教育も受けてこなかったのか、君達は」
「どの口でそれを……!」
「私有地へ無断で侵入し、我が社の優秀な職員に攻撃を加え、兵器と施設を壊し……不遜にも私に銃口を向ける始末。救いようがない愚かさだ。……くくっ、面白い」
心底愉快そうに喉を鳴らすカイザー理事。それに相対するアビドスの表情は何処までも暗く、鋭く、冷たかった。
「警告も無しに発砲する職員が優秀なんて、面白い事を言いますね。一度職員全体に再教育を施してみてはいかがですか?」
「減らず口を。無論、再教育は必要ない。我が社の職員は非常に優秀だ。無断で侵入してきた不届き者を、こうして追いつめたのだからな」
カイザー理事はアイラインを一度瞬かせ、「それに」と続けて。
「この一連も全て自己防衛に過ぎない。何せ、見知らぬ不審者が我が家に土足で上がり込んできた様なものだ。私の温情に感謝した方が良い。君達は本来、銃殺されて然るべきなのだから」
「……」
「それに、口の利き方には気を付けてもらおう。此処はカイザーPMCの私有地であり、法に則った事業を行っている場。まず君達は、企業の機密が多くある私有地に無断で足を踏み入れた侵入者である事を自覚すべきだ」
カイザー理事がそう言い放った直後、空気が熱を帯びた気がした。直属護衛部隊だけでなく、アビドスの少女達を取り囲んでいた全てのオートマタが銃口を向ける。明確な敵対行動、文字通り相手の指先一つで容易く芽を摘み取られると悟った少女達は顔を悔しそうに歪ませながらも、気丈に相手を睨みつけた。負けるものか、と己の心を奮い立たせて。
それが気に食わなかったのか、理事は鼻を鳴らした。
「さて、話を戻そう……アビドスの自治区の話だったか。あぁ、確かに買い取ったとも。私と生徒会、互いの認識をすり合わせ、書類を作成し、押印した。双方の合意による、極めて
「アンタ……ッ!」
「おや、図星かね? だが、それは止めておいた方が身のためだ。君達も、人生の終点をこんな砂漠なんぞにしたくないだろう?」
「……」
「正直、私は君達の相手をしていられるほど暇ではないのだが……侵入者と
明らかにアビドスを格下と見下し、舐めている態度のカイザー理事。その傲慢さと身勝手さに怒りを覚えるばかりだ。引き金を押し込みたくなるが、そんな事をすれば全てが意味を成さず終わってしまう。今やるべきは、このオートマタを玉座から引き摺り出す情報を得る事だ。
────だから、怒りに呑まれるな。
「ふむ……そうだな。どうしてアビドスの土地を買ったのか、その理由を知りたいか?」
「……確かに、こんな砂漠にこの規模の施設を建築して何がしたいのか……その理由は気になりますね」
ホシノの隣に立つように前に出たノノミは、鋭い声音でそう言った。
「私達はアビドスの何処かに埋蔵している、ある宝物を探しているのだ」
「ッ!?」
その余りにも荒唐無稽な理由を聞いた皆は、それぞれ憤怒と驚愕を顕わにする。シロコとセリカは『宝探し』なんて巫山戯た理由でアビドスの自治区が侵害されていたなんて────腸が煮え繰り返る思いだった。
「そんな適当な理由、信じる訳ないでしょッ!?」
「もっとマシな理由を考えるべき。宝探しにこの数のPMCは必要ない……この兵力はアビドスを制圧する為のものじゃないの?」
「……やはり愚かだな。まさか、君達にそんな価値があると思っているのか? カイザーPMCが大規模な兵力を挙げて、態々制圧しなければならないほどの価値が。たった5人しかいないちっぽけな学校に、これ程の用意をすると本気で思っているのか?」
アビドスの事を心底馬鹿にした声音で呟いた理事は自らの武力を誇示するように、兵士たちを見渡した。
旅団を超える兵力。兵士に与える銃器。ドローン。弾丸。
戦車、装甲車、それぞれ数百両ずつ。
軍用ヘリ、戦闘機、それぞれ数十機ずつ。
これらを一式揃えるだけでも一国の国家予算レベルの費用が掛かる。アビドスの借金なんて余裕で数十回返せる金額が動くのだ。無論、買って終わりではない。メンテナンス費用、人件費、研究費、設備費、防衛費、教育費……その他諸々。壊れたものがあれば新しく買い替えなければならないし、燃料等の消耗品だって馬鹿にならない。
この施設に掛かった総額は、アビドスの借金なんかでは到底釣り合わないのだ。
それを、たった10億に満たない借金すら返せないアビドスに使う? たった5人しかいない学校を制圧する為に用意する?
そんな訳ないだろう。カイザー理事は不愉快そうに息を吐いた。
「冗談ではない。そんな事を私が容認するものか。あくまでこれは、何処かの集団に宝探しを妨害された時の為の備えだ。君達を滅ぼすために用意したものではないのだよ。君達程度、いつでも、どうとでも出来るのだよ────例えばそう、こういう風にな」
アイラインに嘲りの色を込めて呟いたカイザー理事は、耳元のインカムをタップし何処かと通信を行う。会話内容は不明、だが碌でもない事をやっていると直感が囁いていた。そして、僅かな時間が経過した後、理事は首を横に振りながら、淡々とした、だが喜悦が隠しきれていない声を上げた。
「残念なお知らせだ。どうやら、君達の学校の信用が随分落ちてしまったそうだ」
「……?」
言葉の意味を呑み込めず、疑問符を浮べていた彼女達であったが────突如として、アヤネの端末から着信音が鳴り響いた。
「着信……こんなときに……?」
「出たまえ」
カイザー理事に促されたことに腹を立てながら、アヤネは応答ボタンを押してスピーカーモードに設定を切り替えると無機質な機械音声が端末から響いた。
『────いつもご利用ありがとうございます。こちらカイザーローンです。突然のご連絡、大変申し訳ございません。現時点を持ちましてアビドス高等学校様の信用評価を最低ランクに下げさせて頂きます』
「えッ!? ちょ、ちょっと待ってください! 毎月の返済は滞りなく────!」
『変動金利を3000%上昇させる形で調整致しました。諸々を適用した上で、来月以降の利子金額は9130万円で御座います。尚、この決定に関しまして、いかなるお申し付けも受け付けておりません。ご承知おきください。それでは引き続き、お支払いの方をお願いいたします』
「はいッ!? 3000%って……どうしてそんな急に────!?」
アヤネが叫ぶも、既に電話は切れた後。切断を知らせる無感情な電子音が砂漠に響き、アヤネは顔色を青くしながら呟く。
「き、切れちゃいました……」
「9000万!? 嘘でしょ!?」
「くくっ……」
文字通り、今までとは桁が違う利子の金額に皆が顔色を悪くする。毎月800万弱でもかなりギリギリだったのだ。それの10倍以上なんて冗談ではない。どう考えても返せるわけがない。
その絶望を眺めていたカイザー理事は心底愉快そうな嘲笑を零した。
「これで分かったかな、君達の首に掛けられた紐が今、誰の手にあるのか?」
「っ……こんなやり方で、良くも合法だなんて……!」
「ちょ、嘘でしょ!? 本気で云ってんの!?」
「あぁ、本気だとも、しかしこれだけでは面白みに欠けるか……そうだ、9億の借金に対する保証金でも貰っておくとしよう。一週間以内に我がカイザーローンに3億円程、預託して貰おう。この利率でも借金返済が出来るという事を、証明して貰わねばなぁ?」
「そ、そんな……!」
「っ、この……!」
堪忍袋の緒が切れたシロコは前へ駆け出し、引き金を引こうとするが、それよりも早く護衛が距離を詰めて2人掛かりでシロコを組み伏せた。砂漠に転がる
「シロコちゃんッ!」
「よくもやったわねッ!」
叫ぶホシノとセリカ。シロコに組み付いているオートマタを排除しようと動こうとするが────。
「────動くな」
カイザー理事の一言に止められた。
「動いたらこの生徒の喉に銃弾を1マガジン撃ち込む。仲間は大事だろう? 大人しく武器を捨てたまえ」
組み伏せたオートマタ達とは別の個体がシロコの口に銃口を突っ込み、引き金を指に掛けていた。セーフティは外されており、先ほどの言葉は脅しでもなんでもない事が分かる。一歩でも動けば確実にトリガーを引かれてしまうだろう。体の内側から弾丸で傷つけられた、ともなればヘイローを持つ少女と言えど無事では済まない。最低でも喉と内臓の損傷、最悪死に至るはずだ。
4人の少女達は各々武装を解除する。言いがかりをつけられないようにマガジン等も全て地面に落とし、非武装を主張するとカイザー理事は満足そうに頷いた。
「それでいいのだよ……さて、では君達は3億の預託金と毎月9000万の利子を用意できるのかね?」
「そんなの、できる筈が……」
「ならば学校を諦めて去ったらどうだ?」
アヤネの絶望を伴った声音に、カイザー理事は冷たく言い放った。
「自主退学をして転校でもすれば良い。それで全て解決するだろう? そもそもこれは君達個人の借金ではない。学校が責任を取るべきお金だ。何も、君達が進んで背負う必要はないだろう?」
「そんな事、出来る訳ないじゃないですか!」
「そうよ、私達の学校なんだから! 見捨てられる訳ないでしょ!?」
「アビドスは私達の学校で、私達の街なんです。捨てられません……!」
そんな簡単に諦めることができるなら此処まで来なかった。
理屈とか効率とか、そんな事は心底どうでもいい。ただ、街を愛したのだ。愛した場所を風化させたくなかったのだ。泣いて、笑って、生きた場所を守りたい。愛した居場所で生きていたい。これからも思い出を育みたい。
そんな、非常にシンプルな動機。その輝きを目にしたカイザーの理事は心底不愉快そうな表情でアビドスを問い質した。
「ならばどうする? 君達に、これを覆すだけの何かがあるのかね?」
「……ッ!」
言葉に詰まるアビドスの少女達。諦めないのは確定事項であるが、現状良い案がある訳ではない。3億と9000万。どうやっても真っ当な手段で返せる金額ではないのだ。学生であるのならば尚更。
「……先生」
アヤネの、この場にいない彼の手を求める呟き。それを耳にしたカイザー理事は「ほう」と呟いて。
「先生、シャーレの先生か……くくっ……」
「……何が可笑しいの」
「いやはや、この兵力を用意した理由……仮想敵の名を聞くとはな」
「仮想敵、って……」
「この兵力は対連邦捜査部シャーレを想定したものだからな」
その言葉に、アビドスの少女達は絶句した。確かに、先生は色々と規格外だ。それは彼女達が一番身を以って知っている。だが、今現在シャーレは彼とワカモしか参加していない。あとは赴任初日の戦闘で彼と共に戦ったとされる4名の生徒が辛うじてシャーレと言える程度。無論、アビドスのメンバーも彼から求められれば喜んでシャーレに所属するが……それでも、生徒の数は20を超えないだろう。
その組織を想定して、この兵力? 一体どれほどシャーレを危険視しているのだろうか。或いは、危険視するように入れ知恵した誰かがいるのか。事の詳細は不明だが、シャーレはカイザーが莫大な金額を投資し、戦力を整えなければならない程の組織であることは揺るぎない事実であった。
「尤も、対シャーレの想定は無駄であったがね」
「……どういう、ことですか」
何か、途轍もない程の嫌な予感が背筋を駆け抜けた。筆舌に尽くし難い悪寒、或いは虫の知らせ。
カイザー理事へ問うノノミの声は震えていた。聞きたくない、だが聞かなければならない────その感覚は、目の前で先生を失いかけたあの時の感情とよく似ていた。
「非常に残念だが、先生は直に死ぬ。不幸な事故だ、全く」
その嫌な予感を裏打ちするように、カイザー理事は無慈悲に言い放つ。彼の死を。
そして、アビドスの少女達はその言葉を妄言と切り捨てることができなかった。何せ、彼女達は彼が死にそうになった瞬間を見ているのだ。血を吐き、苦しんでいる彼を。
────遠い場所、病院のベッドで力なく横たわる彼の姿を幻視する。
途端、彼女達の顔色が悪くなり、泣きそうな表情になった。嫌だ、嫌だ、嫌だ、彼が居なくなるなんて嫌だ。あの笑みが、あの声が、あの温度が失われるなんて耐えられない。
「偶々、患者に処方する点滴に致死量の毒薬が含まれていた。偶々、病棟の崩落に巻き込まれた。偶々、銃の暴発事故に巻き込まれた。そんな不幸な事故に巻き込まれ、彼は命を落とす。そのようなシナリオになっている」
「お前ェッ!」
怒りのまま叫ぶホシノ。カイザー理事を破壊せんと奔るが、喉元に銃口を突き付けられ止められた。組み伏せられたシロコもその表情は怒りで歪んでおり、PMCによる拘束を解かんと必死に体を捩らせる。他の3人も銃口を突き付けられ身動きが取れない。
更なる盤面有利を勝ち取ったカイザー理事はほくそ笑みながら、神経を逆撫でする優しい声音で言葉を続けた。
「おや、事故と言っただろう。誰も悪くない。君達は勿論、私達も悪くない。強いて言うならば、巻き込まれた彼の運が悪かったのだ」
『────あぁ、やはり貴方だったか。貴方らしい粗雑な仕事だったよ』
良く通る声は、アビドスの少女達の上空から聞こえた。
誰もが空を見上げると、上空に何かが在った。黒い機影。無駄のない機能美を追求したフォルム。コンテナには6つのハッチ。
総じて、見たことがない機体であった。企業で売られている一般的なものではない。試作品か、特注品か。何方か不明だが、いずれにしても警戒しなければならない何かであった。
「管制室、何をしていたッ!」
「申し訳ございません! ですが、先ほどまで一切反応がなく……!」
「ステルス機か……ッ!」
『ご明察だよ。確か、メロダックって名前だったかな? 尤も、ステルス機能はおまけで、ある兵装を運搬する事が本来の仕事だけどね』
ふわりとした笑みが浮かぶような声音。機体に搭載しているスピーカー越しではあるが、聞き間違える筈がない。この声は────。
どのようなトンデモ技術を使っているのか不明であるが、近づいても尚エンジン音は殆ど聞こえなかった。地面の砂を揺らしながら着地した機体────メロダックの側面に設置された扉がスライドし、スロープが降りる。
そして、そのスロープを使って機体から降りてきた車椅子の先生は、花のような笑みを浮べて。
「遅くなってごめんね、皆」
「先生ッ!」
数多の銃口を向けられ、上空からは軍用ヘリが、施設からは対空砲が狙っている。そんな絶体絶命の状況であるのにも関わらず、先生は余裕の笑みを携えてアビドスの少女達とカイザー理事の近くまで寄って。
「こんにちは、カイザー理事」
先生は、冷たい笑みを浮べて────そう告げた。