シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

61 / 236
 感想評価お気に入り登録誤字報告に救われて生きています。



貴方の怒り

 誰がどう見ても拙い状況だった。先生とカイザー理事には覆せないスペック差が存在する。キヴォトス外部の柔い肉の体と、機械人形の鋼の体。何から何まで先生が勝っているものはない。彼の胸倉を掴んでいる手を、少し上に動かすだけで人体の急所に手を掛けれてしまう。文字通り、彼の命は理事の手の中にある。

 しかし、彼は決して臆さない。青筋を立て、犬歯を剥き出しにし、深い蒼に染まった瞳に激情と敵意の色を灯して眼前の悪意を睨み付けている。

 

 先生の身体は万全とは言い難い。瀕死の傷を負って僅か1日しか経っていない状態であり、車椅子に頼らなければ移動すら満足にできない怪我人なのだ。

 今この瞬間にも処置した傷が開き服の下の何処かで出血しているだろう。掴まれた胸倉を中心に全身が軋み、痛覚を直接焼かれているような激痛が襲っているが、それを意志で捩じ伏せている。

 

 そうとも、生徒の為に生きると決めた原初の宣誓に嘘は吐けない。愛する生徒の為に、この程度の障害を踏み越えられなくて何が先生か────! 

 

 気合と根性という酷く原始的な解決法だけが彼に許された唯一だ。心を、魂を薪に焚べ、誰かの為に燃えるその姿は宛ら天から堕ちる流星。アビドスの願いを、想いを叶える為に零落した傷だらけの流れ星、その姿が綺麗だと────不覚にも、ホシノは思った。

 

「我々の目的を邪魔すると吠えた、その気概だけは買ってやろう。だが勇気と蛮勇は違うぞ! 生徒が愚かなら、先生もまた愚かだったようだな……!」

「他者から搾取する事しか能がない我楽多風情が、私の生徒を馬鹿にするなよ」

 

 カイザー理事はフリーな方の腕で懐から護身用の銃を取り出し、先生の額に銃口を押し付ける。頭蓋を砕かんばかりの鋼鉄の体躯らしい馬鹿力に、彼は僅かに顔を歪ませたが────逆にそれを押し返さんと真っ向から立ち向かった。此処で退くわけにはいかないと。

 

「せ、先生!?」

「ッ!」

 

 アビドスの少女達は、普段は見せない彼の凄惨な笑みに言いようのない感情を感じながらも、脳の冷静な部分が『拙い』と訴えていた。命のイニシアティブをカイザー理事に握られている状況だけでも良くないのに、肝心の彼の顔色が青いのだ。息も荒い。

 

 早く助けないと────その一念がアビドス全員に共有され、彼の元へと駆けだそうとするが、それよりも早くカイザー理事が口を開いた。

 

「最後通告だ、連邦捜査部シャーレ。我々の目的を邪魔せず、大人しくそこの生徒を連れて戻るなら手足の1、2本で済ませてやろう。此処で見たこと、起きたことを全て忘れるという条件付きでな。だが。愚かにもこのまま抗うとほざくなら、この場で屍を晒してもらおうかァ……!」

 

 先程までカイザー理事は先生と完全に敵対することを避けていた。自らが怖れの情を抱いたゲマトリアが興味を抱いて注視している相手。どう見ても厄ネタだろう。可能なら関わりたくないと思うのが普通だ。

 

 ────仮に先生と戦争をするのでしたら、可能な限り戦力を動員しなければなりません。彼は出し惜しみをしていられるほど手緩い方ではありませんので……無論、私は貴方と彼が戦争することを望みませんが。

 

 いつかの日、黒服に忠告されたことを思い出す。その時からシャーレ、及び先生を仮想敵として設定し準備を進めてきたが……備えあればなんとやら。これだけの過剰戦力を集めた判断は正解だった。

 この戦力ならば、何をしてくるか不明の先生が相手でも勝てるはずだ。もし押されたならば防戦に徹し、呼びつけた援軍が来るまで耐えれば良い。それも無理なら、生徒を人質に取れば良いのだ。これまでの会話から、言動から、彼が生徒第一で動いているのは丸わかりだ。その弱点を突いてしまえば彼は唯の無力な人間になる。

 

 脳内で組み上がった、勝利を収めるための解にカイザー理事はほくそ笑んだ。

 

 圧倒的な威圧感を伴う事実上の死刑宣告。己の命の為に悪意を見過ごすか、己の意志を貫き死ぬか。どう転んでも悪い未来になる2つの選択肢を突き付けられた先生は────見惚れてしまうほど綺麗な笑みを浮べて。

 

「一昨日来やがれ、バーカ」

 

 鈴を転がすような声音で、カイザーが提示した全ての選択肢に否を突き付けた。

 

 その解を受けて一瞬茫然としたカイザー理事であったが……虚仮にされたと分かった瞬間、そのアイラインが一際激怒で染まった。

 

「……いいだろう、そんなに死に急ぎたいなら、望み通りにしてやろうッ!」

 

 その怒りのままカイザー理事は護衛に指示を出す。命令は先生の銃殺。受託したオートマタ達は即座に彼に銃口を向け、引き金に掛けるマニピュレータに力を込めた。

 

「先生ッ!」

 

 叫ぶ少女達。それに伴い、伸ばされた手。せめて凶弾から彼を守る盾になろうと駆け出すが────僅かに距離が足りなかった。

 そして、数多の銃口から弾丸が発射される。発砲音がやけに耳に残って、尾を引く煙が脳に焼き付いた。弾丸の幾つかは外れるだろう。だが、必ず着弾するであろうものもある。そして、その内の幾つかは致命傷を貫くコースであった。脳、心臓、眉間、喉。生き残れる確率は極めて低いだろう。

 

 まるで磔にされたように、自らを死に至らしめる弾丸を見つめる彼。だが、その表情は決して諦めではない。強い意志を感じさせる彼は、少しだけ口元を動かし。

 

「────アロナ」

 

 その名前を呼んだ。

 

『はいッ! 万事、アロナに任せてください!』

 

 脳裏に響く蒼い君の声。同時に、彼に殺到していた弾丸は全て見えない壁に阻まれたように弾かれ、無意味に地面へと堕とされた。

 

「何……ッ!」

 

 物理現象を超越したそれに、思わず瞠目し驚愕の声を上げるカイザー理事。周りを見れば銃弾を実際に発射したPMC達も同じような表情を浮かべていた。

 

 その隙に彼は宙に浮いたままの足でカイザー理事の体を蹴り拘束から脱出する。倒れた車椅子を脳波コントロールにより起き上がらせ、落下する自身をキャッチするようにポジショニング。狙い通りに車椅子へと再び腰を下ろした彼は、覚めぬ怒りのまま追撃のオーダーを出すカイザーを見て────自身が持ち込んだとっておきの名を呼んだ。

 

「マルドゥク、起動」

 

 その声と共に先生が乗り込んで来た黒い機体のコンテナハッチが開き、2m程度のヒトガタがカイザー理事達に向けて飛び出し────青の光が揺らめいた。

 

 刹那、PMCが持っていた銃が全て、トリガーから後ろのみを残して真っ二つになる。その断面は焼き爛れたようになっており、高い熱エネルギーを持つ何かに溶断されたのだと即座に理解に至った。

 

「何だ、アレは……」

 

 呆然とした様子で呟くカイザー理事。交錯から1秒未満で護衛全員の銃を切断した謎のヒトガタは────悠然と、先生の隣に佇んでいた。

 

「絶大な戦闘能力を発揮するパワードスーツの支援機。本来はセット運用が前提だけど、別にこれだけでも使えないわけじゃない」

 

 ミレニアムサイエンススクールが誇る凄腕の特殊部隊であるCleaning&Clearing……通称C&C。その中のコールサイン04の名で呼ばれる少女、飛鳥馬トキ。彼女は追加装備としてアビ・エシュフと呼ばれるパワードスーツを保有している。

 

 彼がこの場に持ってきたマルドゥクと、それを運ぶメロダックは彼女が使う事を想定した拡張アタッチメントなのだ。その用途は単騎での敵拠点への突撃と先制攻撃、殲滅。圧倒的な物量を誇る敵を彼女1人で相手取るために考案されたシステムは調月リオと明星ヒマリの2名か、或いは先生をオペレータとして要求する。

 

 マルドゥクも過激な作戦に応えられるような構造となっている。

 腕部はアサルトライフルとグレネード、レーザーブレード。脚部は膝関節から下は実体剣。腰部、胸部にはミサイルハッチ。背中には折り畳み式のレールガンとガトリング。エネルギーシールドも備えており、攻撃力と速度、機動性に振り切りながらも防御力にもある程度割いた機体になっている。勿論、トキとアビ・エシュフの連携を前提としているため、その他の機能も充実。

 エリドゥの演算性能も一部引き継いでおり、オペレータのバックアップ有きであるがミレニアム最強の美甘ネルを追い詰めた圧倒的なスペックを場所を選ばずに発揮できる。その上、単体での飛行すら可能だ。

 

 人型兵器としての1つの到達点、それがマルドゥク。オーバーテクノロジーに肩まで浸かっている兵器の登場に流石のカイザー理事もたじろいだ。

 

 だが、先生の持つ手札はそれだけではない。彼がアロナに呼びかけ、タブレットを操作すると────次々とオートマタ達が不快な電子音を上げながらスパークし、転倒した。勿論、それだけではない。ヘリやドローン、戦闘機、稼働している施設に至るまで一瞬で機能不全に陥った。

 

「今度は何だッ!? ええい、貴様らは何をやっているッ!?」

『も、申し訳ございません! ですが────』

 

 取り繕う余裕もないカイザー理事は通信越しに部下とコンタクトを取るが、謝罪の言葉1つを最後に通信が切断される。赤のアイラインにノイズが走り、駆動系からは嫌な音が鳴る。命を司る基幹システムは機能停止の一歩手前。その症状が、この場にいる全ての機械に分け隔てなく降り注いだ。ノノミの銃も今は使う事ができないだろう。

 

 今アロナが起こしたのは疑似的に再現された太陽嵐だ。

 太陽フレアに伴う太陽風……それに含まれる電磁波、粒子線、粒子が電子機器に甚大な被害を及ぼす、今も尚人類の手に余る宇宙現象。彼とアロナが持つ対機械生命用の切り札の1つは思った通りの絶大な成果を挙げた。

 

 勿論、先生とてこんなものを好んで使いたくはない。放射線や粒子ビームをカットし、真正面から浴びても後遺症が残らないように改良されたとは云え、元は轢殺の宇宙現象であり、彼の敵が使う攻撃を解析した結果生まれたものだ。安易な濫用は彼の信条に反し、彼女に対する冒涜に値する。

 

 生徒にできることは生徒に任せる。それが彼の先生としての在り方だ。だが、その生徒が致命的な危機に陥った時、滅びと相対した時────或いは、大人の悪意と敵意に晒された時。その何れかに該当する場合のみ、彼は己の切り札を解放する。シッテムの箱や大人のカードも同じだ。生徒達の自主性の為に、安易な使用はしない。彼女達の成長を妨げる要因になってしまうから。

 

 カイザー理事は生徒達を危機に陥らせ、大人の悪意と敵意を彼女達に向けたのだ。使うべき条件は満たされている。

 

「私はキヴォトスに存在する全ての中での最弱だ。身体の基礎スペックは到底敵わない。でも、私はそれでいいんだよ。私はあくまで生徒を救い、教え、導く先生だ。敵を滅ぼす為の存在じゃない」

「貴様……!」

「安心しなよ。命は奪わないと決めている。少し経てば動けるようになるさ。後遺症も、何も残らない。勿論、念のため精密検査の受診をお勧めするけどね」

 

 肩を竦めながら言葉を述べる先生に向けてカイザー理事は護身用の銃を向け、トリガーを引くが────狙いは大きく外れた。額を貫けるように照準を合わせた筈だが彼の頬を僅かに掠めただけ。ソニックブームにより切り裂かれた頬からは一筋の赤が零れた。

 

 その光景を悔し気な表情で見つめながら、カイザー理事は唯一生きている回線に「復旧とECM対策を急げ!」と叫んだ後に────先生の方へ視線を固定する。

 

「馬鹿なッ! こうも容易く、我々が……!」

「頭の回らない大人は最悪だけど、その逆なら私も好きだよ。私達、相思相愛だね」

 

 既に銃を握る事すらできないカイザー理事に向けて、彼は冷たく言い放つ。姿勢制御プログラムが機能不全に陥り、膝から崩れ落ち砂に埋もれ────僅かに動く顔で、目の前にいる得体の知れない『違う生き物』を見上げた。

 

「化け物め……ッ!」

「認識が甘かったねぇ、カイザー理事。仮にもシャーレを想定してこの程度なら、私はカイザーを過大評価していたのかもしれない。あぁ、想定が甘いにも程がある。私を、シャーレを相手取りたいならこの5倍は持ってきなよ」

 

 怨嗟に満ちた声で彼の存在を『化け物』と定義しても、皮肉を交えながら嗤うばかり。全てのイニシアティブは彼に移った。既にカイザーは彼の掌の上。文字通り、彼の声1つでこの場にいる全てのオートマタは絶命するだろう。

 

「私は戦いが苦手なんだ。武力も争いもない方が良いに決まっている。だが、それでも────看過できないことがある」

 

 先生は伏せていた目を開き、憂いを帯びた蒼で這い蹲るカイザー理事を見つめる。

 

 手遅れでも見過ごせない事があった。

 間に合わないと分かっていても足掻かなければならない事があった。

 誰かと争ってでも貫かなければならない誓いがあった。

 

 ────それが、今だった。

 

 透き通る蒼に見つめられたカイザー理事はマニピュレータが壊れんばかりに握り締め、自身の内に燃える激情を仕舞い込んだ。

 屈辱だった。見下した存在に憐れまれるなど、身を八つ裂きにしても尚余りある怒りだ。踏み潰してきた弱者を見上げるなど、許せるはずがない。

 

 だが、これは紛れもない現実なのだ。カイザー理事は化かし合いで先生に一歩も二歩も上に行かれ、完敗を喫した。その事実を呑み込み、理事は憎悪に満ちた声で呟く。

 

「認めよう、この場は貴様の勝ちだ……! シャーレを過小評価していた。貴様を唯の人間と侮った私が愚かだったようだな……救世主……!」

「私は唯の人間だよ。そこは間違っていないさ」

 

 先生は『救世主』と云うワードに辟易とした感情を込めながら呟けば、膝立ちのカイザー理事が敵意に満ちた光で彼を見据えて。

 

「連邦捜査部シャーレ、先生……貴様は私の敵だ。必ず殺す……!」

「私達が相容れない事なんて初めから分かっていただろう、カイザー理事。私達は不俱戴天の怨敵だよ」

 

 話は終わりだ、と言わんばかりに踵を返しアビドスの方へ戻る先生。

 

「生徒に、アビドスに固執した事が貴様の敗因であり、死因だ。愚かな生徒と共に、道化として死に絶えろ」

 

 背後から突き刺さる刃のような言葉に彼は振り返って────闇を切り裂くような眼光で、倒れ伏すカイザー理事を貫いた。

 

「愚かなのは貴方達の方だ、カイザーコーポレーション。自らの欲望の為、自ら以外の全てを裏切ってきた貴方達に、裏切れない何かの為に戦ってきた彼女達を侮辱する権利はない」

 

 その言葉を最後に彼は固い雰囲気を崩して、何時もの柔らかい笑みを浮べながら。

 

「学校に帰ろうか、皆」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。