シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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凛然

 先生と生徒が機体に戻る最中、カイザーコーポレーションは一切のアクションを起こさなかった。それは単純にシステムがまだ復旧していなかったからなのか。この場で負けを認めた以上、不意打ちの様な追撃は醜いと思ったのか。その内心は赤い光で彼等を見つめているカイザー理事にしか分からない。

 

 だが、どう考えても先生とカイザー理事の対立は避けられないだろう。互いが互いを不俱戴天の敵と認め、敵意と殺意を向け合った。握手して仲良しこよしなんて事は到底できない。次に(まみ)えた時、銃口を突き付け合う運命は決定している。

 

「────」

 

 スロープを登り切る直前、先生がカイザー理事を一瞥した。未だ、蒼いままの瞳で。何処までも突き抜ける、広い空のような色。だが、その裏側に深淵のような色が覗いていた。暗く、淀み、濁った色彩。20と数年しか生きていない普通の人間があのような目をする訳がない。

 

 異常なほど場慣れしていたのも納得がいく。彼は人生の大半を戦いに、命の奪い合いに費やしてきたのだろう。生粋の戦士だ。彼個人が争いを好む好まないは関係ない。彼は『在る』だけで争いを呼び寄せるのだから。

 

 卓越した戦術眼等も全て後天的に身に着けたものだ。元々素質があったのだろうが、その才能を曇らせず磨き続けた結果、あのような戦争の申し子が生まれた。その弛まぬ努力と研鑽はカイザー理事も高く評価している。

 

 超人たる連邦生徒会長が後を任せただけはある。戦いを好まない性質と戦いに特化した才能が全く嚙み合っていない点と、彼単体での戦闘能力が皆無な点以外は申し分ない。そして、その欠点を補って余りある長所もある。

 

 ────認めざるを得ない。先生はカイザーよりも上の傑物だ。真正面から戦いを挑んでも現時点では勝ち目が少ない。仮に勝てたとしてもカイザーは確実に再起不能になるだろう。それ程までに彼とシャーレは脅威であった。

 

 カイザー理事は内部に籠っていた熱を溜息のように排熱し、漸く復旧しつつある各種システムを確かめてから声を張り上げた。

 

「今から3時間後に緊急会議を開く! 各位、復旧を急げ!」

 

 施設全域に取りつけられたスピーカーから響く理事の声に応じるように、ドローンやオートマタ達は各々の仕事を行う。その光景を見つめながら────己の敵に向けて、カイザー理事は重々しく口を開いた。

 

「次は、必ず殺してやる────シャーレの先生」

 

 

 ▼

 

 

 メロダックは遠い過去にミレニアムサイエンススクールのエンジニア部、ヴェリタス、特異現象捜査部、セミナーと先生によって開発された兵器群だ。アビ・エシュフとそのデバイサー、マルドゥク6機、予備のアビ・エシュフ、オペレーター2名が最大積載量となっており、徹頭徹尾トキのサポートのみに注力し、特化している構成となっている。

 

 主な用途は神名十文字(デカグラマトン)が一柱、ケセドの制圧作戦。圧倒的な物量を磨り潰すための個の暴力を求められたときは、もう既に戦える生徒が殆ど残っていなかった頃だ。死者こそいなかったが重傷者だらけで人材不足に悩まされていた時に、ウタハ、チヒロ、ヒマリ、リオ、トキの連名で作戦の概要と、これらの兵器群の設計図が提出された。

 

 勿論、生徒を特攻させるも同然の作戦に先生が承認する訳もなく突き返した。こんな馬鹿な真似はやめてくれ、私が何とかするから、と。

 

 しかし、作戦は決行された。先生が意識不明の重体で生死の境目を彷徨っていた間に。意識が戻った彼が最初に聞いた報告はリオ、ヒマリ、トキの戦闘中行方不明(Missing in action)だった。ケセドこそ倒せたが作戦に参加した3人の生存は絶望的で、便宜上MIAと呼んでいるが、『恐らく死んでいるだろう』と云うのが共通の見解だった。仮説の正しさを証明するように、その世界で先生は最期の瞬間まで彼女達に逢えず……。

 

 そんな事情もあり、彼はこの兵器群を作成することに全く乗り気ではなかった。何せ、己の愚かさと無力さの象徴だ。これを見るだけで胸が張り裂けそうになる。吐きそうになる。

 

 ずっと消せなかった。後悔も、悲しみも。死地に向かった彼女達に何もしてやれなかった。怖かっただろう、痛かっただろう、辛かっただろう。それなのに、それなのに、何も……。

 

 だから、風化なんてさせない。この記憶(痛み)は必ず憶えていなければならないのだ。他の誰が忘れても、彼だけは憶えていなければならない。それが、彼の責任。何もできなかった彼が負わなければならない十字架。だからこの兵器達を作ったのだ。次こそは彼女達を救えるように。伸ばされた手を掴めるように。誰かと同じ未来を見続けるために。

 

 そうだ、最果てに座すベツレヘムの星は────(きみ)を守り抜くために。

 

「────はい、先生。処置が終わりました」

「……あぁ、ありがとう、ノノミ」

 

 搭乗可能人数が最大3名なメロダックであるが、アビ・エシュフとマルドゥクの格納スペースとオペレータールーム以外に1つだけブロックが存在する。広さは6名だと僅かに狭いと感じる程度。このスペースはトキが付けて欲しいと願ったものであり……そして、彼女の願い通りに使われる事は無かった。彼女と、彼女が先輩と慕う4人の為の部屋。

 

 いつか一緒に任務がしたいと笑ったトキをよく覚えている。

 

 そして、そんな細やかな願いすら叶えてやれなかった己に対する怒りと憎悪も。

 

 手当てをしてくれたノノミに向けて彼は笑みを浮べる。新たに増えた頬の傷跡と、その処置痕。救急キットを仕舞ったノノミは「お礼を言うのは私達の方です」と云って。

 

「ありがとうございました。先生が居なければ、今頃どうなっていたか……」

「君達を助けるのは当たり前だよ。私の大事な生徒なんだ。何処にいても、必ず見つけて助けるよ」

 

 混じりけの無い彼の善意、善性。それを真っ向から受け取った彼女達は『彼らしい』と笑う。あぁ、そうだ。彼はこういう人だった、と。

 

「遅くなってごめんね。本当なら出発に立ち会いたかったんだけど……」

「い、いえ! そんな……先生が謝る事なんて……!」

「先生、怪我は大丈夫なのッ!?」

 

 だが、彼の優しさを素直に受け取れないのもまた事実だ。セリカが酷く心配そうな顔で彼に問いかければ、先生は微笑みを返した。

 

「万全とは言えないけど、大丈夫────」

 

 言葉の続きを口にしようとした先生だったが、何かを堪えるような顔で歩いてくるホシノに意識を割いた。何かあったのだろうか、と見当違いの心配をする彼は、彼女に向けて言葉を投げかけようとして。

 

「……ホシノ?」

 

 つま先が触れ合う距離まで近づいても、ホシノは無言だった。その様子に心配の他にも疑問を抱いた彼であったが────それは即座に驚きに変貌する。

 ホシノは彼の方に小さな手を伸ばし、服に手を掛けて脱がし始めたのだ。余りにも突然なその行動に、彼は苦笑いを浮かべながら言葉による制止を試みる。

 

「あの……無言で私のシャツのボタンを外すのは止めて頂けると……」

「うへ、私もこんな無理矢理はしたくないんだ。だから、本当に嫌なら抵抗して。先生の手で私の手を握るだけでいいから」

 

 そう云い、彼の脱衣を再開するホシノ。彼女から示された抵抗の選択肢を先生は取れない。何せ、手は殆ど真面に動かないのだ。左手は目覚めた時から動かなかったが、右手も時間経過により動かし難くなり、今では指先が僅かに動く程度。遅効性の神経障害が襲い掛かっている。

 

「ちょ、ホシノ先輩!? 何やってるの!?」

 

 セリカが顔を真っ赤にしながらそう叫ぶと、ホシノもまた茜を滲ませた顔を向けた。おじさん、と自身を呼称する彼女だって心は17歳の乙女なのだ。この状況は普通に恥ずかしい。

 

 だが、それでもやらなければならない事があった。確かめなければならない事があった。他でもない、彼の為に。

 

「ん、抵抗は無駄。大人しく脱がされるべき」

「そうですよ~☆ 隠し事をする先生にはお仕置きです!」

 

 その意図を察したシロコとノノミは先生の側へ素早く移動し、彼の両手を優しく抑えつけた。力を籠める事はしない。本当に軽く、掌を覆い被せるだけ。振り払おうと思えば簡単に振り払えてしまう拘束とも呼べないものだが、彼は困ったように笑うばかりで動かす事はしない。

 

 セリカとアヤネがどうしたらいいのか分からず右往左往している内に、彼のシャツのボタンはすべて外れ、シャツの下に着ていた黒の長袖カットソーが顕わになる。それと同時に特徴的な匂いが全員の鼻孔を擽った。

 

「……これは」

「ねぇ、先生……まさか……」

 

 蚊帳の外にいた2人もホシノの意図と彼の状態を察し真剣な表情をする。4人が固唾を呑んで見守る中、ホシノは意を決して所々湿り、色が変わっているカットソーの裾を掴んで思いっきり捲った。

 

「────これ、何?」

「あー……まぁ、うん……」

 

 黒のカットソーの下、彼の素肌は血で汚れていた。ホシノが指摘すると、彼はばつが悪そうな顔をする。言い逃れはできない。感づかれた時点で彼は詰んでいた。

 

「また、無理したの?」

「いや、無理は────」

 

 顔を背けようとした先生だが、いとも容易くそれは阻まれる。ホシノの両手が彼の頬に添えられ、決して視線を逸らせないように固定された。

 

「私の目を見て答えて、先生」

「……」

 

 ホシノの、何処までも心配するような瞳。深い悲しみを携えた彼女の顔を直視できなくて、だが視線を逸らす事はせずに口を噤んで彼女を見つめる。

 2人の間に気まずい沈黙が流れている中、他の4人は彼の手当てをするための道具を片っ端から搔き集めていた。彼を寝かせるための担架、或いはベッド。汚れを洗い流せる水。救急キットは今この場にあるため、シロコとノノミが2人で迅速な手当ができるように準備している。

 

 30秒も経たずに彼女達は戻って来て、その手には必要な道具が握られていた。それを確認したホシノは大きな溜息を吐いて。

 

「うへ、取り敢えず手当てを優先するよ。ちゃんと掴まっててね~」

 

 そう言い放ち、先生を横抱きにするホシノ。それに対して感情を動かす余裕もなく、彼はあっという間にベッドの上に運び込まれて服を再び捲り上げられた。

 

 開いた傷は多くないが、それでも決して無視できない。彼はただでさえ体力を大きく消耗しているのだ。こういった負担の積み重ねがどんな形で現れるのか、彼女達はよく覚えている────蹲り、血を吐きながら苦しむ彼の姿を。

 

 幸いにも血を流しているだけで、それ以外の何かは見当たらなかった。それに安堵を覚えてしまうが油断はできない。何せ、彼は『大丈夫だよ』と優しい嘘を吐く事が上手なのだ。

 

 逃がすことはしない。必ず手当てをして反省させる。皆の揺るぎない決意が籠った表情を見て先生は。

 

「……お手柔らかに」

 

 苦笑いと共に零れた彼の声に頷く者はいなかった。

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