シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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堕ち逝く星に

「────兎に角、先生は無茶をし過ぎなんです!」

「でも……」

「でもじゃありません!」

 

 先生が続けようとした苦し紛れの反論をアヤネは有無を言わさず断ち切り、お説教の続きを開始する。5分ほど前からこんな感じであった。一通りの応急手当を終え、「ありがとう」と微笑んだ彼に告げられた、アビドスの少女達による先生、お時間頂きますね(死刑宣告)

 

 つまり、無茶に無茶を重ねて無茶をトッピングする暴挙に出た彼に対するお説教だ。アビドス高等学校までの道すがら、5人の少女による代わる代わるの言葉達は非常に耳に痛い。何せ、己の浅慮を改めて突き付けられているようなものなのだ。

 勿論、生徒に思われている事は先生冥利に尽きる。それはとてもありがたい話であり、彼女達の思いを糧に更に頑張れてしまうのだが……彼女達はその『頑張り』を咎めているのだ。

 彼女達も彼に大切に思われているのは嬉しい。今までの全てを肯定してくれた彼に対する感謝も愛も抱えきれないほどある。親愛も、それ以外の……特別な誰かに向ける愛も。

 

 だからこそ、己の身を使い潰すような彼の言動は嫌だったのだ。駆け抜けたその先に自分が居なくても構わないと謂うような……まるで、生き急いでいるような。

 故に怒っている。彼女達は彼と『この先』も生きたいから。

 

 ────と、こんな様々な事情もあり、彼は車椅子に座りながら説教を受けている。

 シロコは静かながらも確かな心配を。

 ノノミは明るさを潜めた悲しみを。

 セリカは気丈さの裏側に隠した寂しさを。

 

 今はアヤネの番であり、先生はずっと理詰めの説教を受けている。彼の無茶に心から怒り、二度とあんな無茶をしないようにする説教を。反論は全て封殺され、途中からは彼も力なく「はい……」と頷くだけになっており、『怒ったアヤネが一番怖い』と云うアビドス共通の認識を身を以って味わっていた。

 

 その光景を見つめながら、ホシノは微妙な表情を浮かべながら頬を掻いていた。

 

「……おじさんが言うのもあれだけど、なんかちょっと可哀想になってきたね~」

「ん、仕方ない。これは先生が悪い」

「無茶をした先生にはお説教です☆」

「そうよ! 無茶ばっかりして……本当に心配したんだから……」

 

 その言葉通り、セリカは人一倍彼を心配していた。彼に説教をしている最中、感情が昂って泣いてしまうほどに。その落涙を見て彼は慌てて、その瞳から零れる青を止めようと必死に慰めて……と云うのが顛末だ。

 

 馬鹿に付ける薬は無いと云うが、先生と書いて馬鹿と読む彼なら話は別だ。生徒の涙が何より良い薬になる。託された数多の願いの為に前進し続ける鋼鉄の決意に揺るぎはないが、それでも断崖の果てを飛翔する前のブレーキにはなるだろう。いつか訪れる巡礼の旅の果て、(だれか)の為に命を捧げるその時に────僅かでも迷ってくれればいい。

 

「兎に角、もう無茶はしないでください! 分かりましたか!?」

「はい……」

 

 そうこうしている内に、どうやらアヤネの説教は終わったようだ。彼女は肩で息をしており、どれほど熱を籠めて彼へ言葉を綴ったのか見て取れる。

 

 アヤネの番も終わり、いよいよ最後はホシノの番。だが、彼女が言いたいことは大体仲間達が言ってくれたし、そろそろ学校に着く頃だ。元々は『時間を有効活用しよう』という考えの元に開催された彼へのお説教大会もそろそろお開きでいいだろう。4人の少女達に代わる代わる言われれば彼も反省しているだろうし、段々可哀そうになってきた。

 

 彼の行為だって、元は善意なのだ。自分の生徒を放っておけない、助けたい────そんな、暖かい想い。それ自体はとても嬉しいけど、他人の心配ばかりして自分の体を顧みなかったのが問題点の訳で。

 

 あと、病院も脱出したのだろう。あんな重傷だった彼が正規の手順で退院できるわけがない。そこも皆のお怒りポイントだった。

 

 ホシノの中で様々な感情がごちゃ混ぜになる。

 

 悲しみはある。怒りはある。心配だってしている。たった1日でも、会えなくて寂しかった。来てくれて嬉しかった。守ってくれて嬉しかった。

 

 ────アビドスは貴方達の玩具じゃない。誰かが生きて、誰かが愛した大切な場所だ。貴方達に踏み躙る権利はない。

 

 ────自らの欲望の為、自ら以外の全てを裏切ってきた貴方達に、裏切れない何かの為に戦ってきた彼女達を侮辱する権利はない。

 

 彼がカイザーに発した、その言葉達。それにどれほど救われたか、先生はきっと分からない。彼にとっては当たり前の事だから。でも、それでも。

 

「────っと」

 

 車椅子に座る彼の胸にそっと顔を埋めるホシノ。手当したばかりだから強く抱きしめる事はせずに、そっと背中に腕を回すように。少しだけ顔を強く彼に押し付ければ、アルコールの匂いの奥にある彼本来の香りが鼻孔を擽る。それに至上の安心感を覚えながら、本当に言いたかった言葉を呟いた。

 

「ありがとう、先生」

 

 きっと、怒られると思っていたのだろう。ホシノの口から零れた混じりけの無いその言葉に一瞬面食らったような顔をして……それから、誰もが安らぎを覚えるような笑みを浮べる。

 

 そして、彼は茜が散るホシノの耳の真横まで自身の顔を移動させて。

 

「此方こそ、ありがとう、ホシノ」

 

 囁くような心地の良い彼の声が、ホシノの耳朶を転がった。それにどうしようもない幸福感と安らぎと愛しさを覚えながら、続きを口にする。

 

「────お願いだから、自分を大切にして。もうこんな無茶は二度としないでよね」

「……ごめんね、私が馬鹿だったよ」

 

 懺悔と悔恨。感情の籠る声。しかし、彼はホシノの願いに頷かなかった。馬鹿だった、浅はかだった、軽率だった、愚かだった、危険だった────それは、正しく理解している。だが、それでも体が動いたのだ。看過できない、と心が叫んだのだ。大人の悪意から彼女達を守りたかったのだ。

 

 ホシノは思う。きっと彼の道は困難極まる受難の道になるだろう。危険な目にも遭うし、命を落とす事だってあるかもしれない。安らぎからは見放され、幸福は遠ざかるばかり。そんな嫌な直感が脳裏を過った。

 その道を歩き続ける事が貴方の望みだとしても、幸せだとしても────行かせたくない。その先で貴方が眠れるとしても、暗い場所に行かせたくない。

 

 誰かの為に止まれない彼の代わりに、(ホシノ)が彼を止めよう。彼が独りぼっちにならないように。昏い先で息を止めてしまわないように。頑張った貴方に、少しでも多くの幸福が訪れるように。

 

 そんな事をホシノが思っていると、彼の手が中途半端に伸ばされている事に気付いた。躊躇が見え隠れしているの腕。彼の胸から顔を離した彼女はその手を掴み、自身の右頬にそっと当てる。大きくて、しなやかで細いけれど男性らしさもある中性的な手。ちゃんと暖かい。

 

「先生の手、あったかいね」

「……そっか」

 

 ホシノと先生は、顔を見合わせてはにかんだ。

 

 それから彼は4人の方を見て、くすり、と笑って。

 

「皆も来るかい?」

「な、何言ってんのッ!? 別に羨ましいとか思ってないからッ! 本当だからッ!」

「うへ、そんなに頑なだと逆に怪しくなっちゃうんだよセリカちゃん」

 

 そう言いながら、ホシノは先生の手に頬擦りをすると、セリカの顔は余計に真っ赤に染まった。そんな彼女に対して、『もう片方は空いてるよ』と言わんばかりに手を振る先生。神経を整える薬が効いてきて漸く真面に動く様になったのだ。感覚はまだ鈍いが、誰かを抱きしめたり撫でたりするのには困らない。

 

 ()ういう、『私はもう大丈夫だよ』という意図も含んだアピール。それに真っ先に食いついたのはセリカではなく。

 

「お邪魔しますね☆」

「ノノミちゃんだ~」

 

 ノノミが駆け足気味で彼の元へと行き、背後から思いっきり抱きしめた。余りにも大胆な行動、混じりけの無い好意。いつかしてくれた膝枕の恩返し。あの日の暖かさはまだ覚えているのだ。彼の膝は、声は、眼差しは何よりも優しかった。だから、彼にも同じように安心してくれるといいな────そんな思いによる抱擁。彼は「擽ったいよ」と柔らかい笑みを浮べて、心底嬉しそうだ。

 

「ん、先生は私も撫でるべき」

 

 ノノミの次はシロコが来て、先生の空いている片方の手を自身の頭に素早く乗せた。その押しの強さに彼は『シロコらしい』と懐かしさを覚えながら、彼女の頭の形を覚えるように優しく撫でつける。それは彼女の望み通り……否、望み以上の触れ方だった。その動作一つ一つから溢れんばかりの愛情が伝わってくる。

 

 その後はノノミが一旦離れ、見ているだけだったセリカとアヤネを巻き込んで再び集まった。それなりに広さが確保されている機内のはずだが、先生を中心にして集まっている所為で酷く窮屈に感じてしまう。

 

 でも、それが酷く心地良かった。手を伸ばせば触れられる距離にある。声を掛ければ振り向いてくれる近さにいる。体温と呼吸を感じられる場所にいる。

 

 ホシノは、遥かに煌めくシリウスの星に誓う。

 

 ────皆を、先生を……どんな手を使ってでも守り抜く、と。

 

 

 ▼

 

 

 アビドス、某所。黒い空の元にワカモは立っていた。下半分が消失し使い物にならなくなった仮面を片手に持ちながら可憐な顔を焦燥に歪める彼女の傍らには大量の銃火器が散乱している。勿論、これは彼女の持ち物ではない。この多くの武器達の持ち主は、同じくこの近辺に散乱しているオートマタだ。

 

「……ふぅ」

 

 息を一つ吐いて、ヒールブーツで足元のオートマタの頭蓋を粉砕する。これで何体目だろうか。500を超えてから数えていないが、多分4桁は越えているだろう。一体一体は雑魚だが、数が増えるとそれなりに厄介になるのがオートマタの特性だ。機体の全てを電子制御している関係上、ミスを誘う、という戦術が有効に働き難い。

 

 特に今回ワカモが相手にしたタイプ……大きな意志の元に接続された、個体差がないオートマタ達は本当に厄介極まる。

 

 最後の一体を完全に破壊した事により戦闘が終了する。黒に染まった空に光が差し込み、数秒で見慣れた青が返ってきた。

 

「これで、少しは楽になると良いのですが……」

 

 懇願によく似た呟き。だが、それが叶いそうにない事はワカモが一番よく分かっていた。

 

 決戦は近い。既に神秘は臨界寸前だ。あと少し何かが起こるだけで、このアビドスは地獄のような戦場へと変貌するだろう。

 

 オートマタの肩部に存在する土星のマーキング。

 破壊したときに溢れる鉛と真珠。

 オートマタ達が現れる場所に張られる、黒い空を映す結界。

 

 きっと、これまで経験してきた戦いが児戯に思えるほどの死線が形成される。だが、怖くないのだ。彼が隣に立ってくれるから。

 

 ワカモは踵を返し、砂漠を後にする。用事は全て済んだ。此処に留まる理由は無い。それに────。

 

「あぁ、愛しの貴方様。このワカモが、今すぐ貴方様の元へ向かいますから────」

 

 目覚めた先生に逢いたいのだ。今すぐホテルに戻り、湯浴みを済ませて着替えて、化粧をして────一番、綺麗な状態で彼との逢瀬を楽しみたい。

 

 その一念が心中を埋め尽くしたワカモの足取りは、とても軽かった。

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