シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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「……ふぅ」
「何とか戻ってこれましたね……」
メロダックで帰還した彼女達は一先ず部室に戻り、息を吐いていた。空は茜色に染まっており、砂漠は地平線が見えそうなくらいに澄み渡っている。何時もだったら『綺麗だね』と済ませられるその光景も、潜む悪意を目の当たりにした今は違ったものに感じられてしまう。
尚、彼女達を輸送した機体はAIによるオートパイロット機能とシャーレの広域無線通信の併用により独りでに元の格納庫へ戻っていく光景を目にしながら、彼女達は専用装備や資材を片付け、対策委員会部室に戻る頃には疲労がピークに差し掛かっていた。
先生を除く全員が酷く疲れた面持ちで椅子に深く腰を掛け、溜まった澱みを吐き出すように長く息を吐く。本当なら、一刻も早くシャワーを浴び、食事を取って、ベッドで眠りたかったが……そんな余暇を楽しむ余裕はなかった。優先して話し合う事が、確認しなければならない事が山のように積み重なっている。
アヤネは全員の着席を確認しようと辺りを見渡すが、長机に先生が居ない。何処に行ったのか、と部室を見渡したら給湯スペースでハーブティーを入れていた。この人は何をやっているんだ、と内心で思いながら手伝いに行こうと早足で駆けていくが、どうやらもう入れ終わったようで配膳の準備に取り掛かっていた。
アヤネと同じく、彼を手伝おうと給湯スペースまで来ていたシロコは彼から5人分のティーカップが乗ったティートレーを受け取り代わりに配膳を行う。目の前に置かれたハーブティーは、彼が初日に入れてくれたものと同じ。そこまで遠くない筈なのに懐かしいと感じてしまう。
そうして、全員が着席した。長机を囲む6人。アヤネは全員を見渡し、それから先生におずおずと声を掛けた。
「あの、先生……本当に、病院に行かなくても……」
「心配してくれてありがとう。もう、大丈夫だよ」
「ですが────」
「皆が手当てしてくれたんだ。きっと傷は開かないさ」
「そんなの、何の根拠もないじゃない……」
ハーブティーを嗜みながら先生にジト目を向けるセリカ。突き刺さる様な視線に彼は優しい微笑みを返して。
「ふふっ……それに、もう無茶はしないよ。だから、ね?」
「うへ、そんな事言ってるけど、さっきはカイザーのトップと一触即発だったじゃん? 私達としてはちょっと信用できないかな~?」
「……あはは」
「目を逸らしちゃ駄目ですよ~?」
ホシノの鋭い言葉に微妙な顏と笑みを浮べると、ノノミが素早くブロックした。逃げ場はない。
仕方がないだろう。あの怒りは抑える事ができなかったのだ。何せカイザーは責任を捨てるばかりか、その重荷で子どもを潰そうとした。権利を悪用し、守るべき子どもの明日を壊そうとした。それに加えて、アビドスの少女達の誇りを、意志を、想いを、願いを踏み躙ったのだ。
許せるわけがないだろう。怒髪冠を衝くのは道理というもの。あの場で誰よりも怒らなければならなかったのは彼なのだ。同じ大人として、先生として、子ども達を愛する者として。
故に反省しているものの、後悔はしていない。寧ろ、骨が砕けるのも承知の上で一発殴り飛ばせば良かったと思っている。
暴力は嫌いだ。争いは苦手だ。故に先生は護身用の銃すら持たず、己が生徒に銃を含むあらゆる暴力を向ける事は無い。そうしなければ己が死ぬ状況になっても、文字通り死んでも生徒に力を向けない。生徒を指揮し生徒に攻撃させている分際で何を今更と自身でも思うが、この綺麗事だけは譲れない。
────私は、決して私の手で生徒を傷付けない。
だが、相手が大人となれば話は別だ。大人によって子どもが危機に陥った時は、どんな手を使ってでもその悪意を排除しよう。カイザーだろうが、ゲマトリアだろうが、無名の司祭だろうが等しく踏み潰すのみだ。
「先生が生徒を思っているのは分かっています。ですから、その思いを少しでもいいのでご自身の為に……」
「うーん……それはちょっと……」
「先生?」
「……はい、ごめんなさい」
アヤネの言葉に先生が難色を示せば、ノータイムで恐ろしい笑顔が返ってくる。あまりにも攻撃的なその笑みに、彼も流石に謝罪以外の答えを見失ってしまった。
先程の説教が余程堪えたのか、彼女に向けて苦笑い混じりの笑みを浮かべている彼がちょっと不格好で情けなくて……でも、優しくて、格好良くて、頼り甲斐があって。そのギャップが面白くなって、ホシノはくすりと笑いながら。
「ま、先生にちょっとでも変な所があったら即座に病院に叩き込むからね? 辛かったらちゃんと訴えるんだよ、分かった?」
「私だってちゃんと自分の限界は分かってるよ」
「その限界を認識した上で、一切躊躇せずに突っ走れるのが先生のお馬鹿さんポイントなんだよ? 皆も、少しでも辛そうな感じがしたら有無を言わさず強制的に連れてっちゃってね~?」
ホシノの云う『お馬鹿さんポイント』なるものに心当たりがあり過ぎて言葉を詰まらせた先生を置いてきぼりにして、彼の連行プランが提唱されてしまった。
「ん、これからは先生をもっと見るね」
「勿論よ! もう二度とあんな無茶はさせないんだから!」
「そうですね。すぐ車を動かせるように準備しておきます☆」
「じゃあ、私は病院へ連絡できるように手配を……」
そして、そのプランは当然ながら全員可決。議論の余地すらなく満場一致の解答であった。
無論、先生としても思ってくれるその気持ちはとても嬉しいもので、ありがたいものだ。だが、彼女達の身体能力で力づく、となると先生は基本的に抵抗できない。本当に有無を言わさず病院に叩き込まれるのがオチだろう。
幸い、体内のナノマシンが頑張ってくれているお陰で体の不調は粗方消え去った。局所的に細胞分裂を促進させる事により、骨折の方もあと少しで完治……とまではいかないが、それでも歩行には問題なくなる程度には回復する。精々、彼女達に心配されないように頑張るとしよう。先生は軽く頭を振って、気持ちを入れ替えた。
「……それじゃ、そろそろ本題に入ろっか」
気持ちを切り替えた先生に合わせるように、ホシノは呟いて緩んだ空気を引き締める。
「結局、カイザーコーポレーションがあそこで何を企んでいるのか詳しく分からなかった」
「『宝物を探している』と言っていましたが……アビドスのあんな場所に果たしてあるのでしょうか?」
「ノノミ先輩の言う通り、あの砂漠には何もないはずなんです。石油や貴金属、ガスといった、お金になりそうな地下資源は何一つ残っていません……以前に行われた地質調査でそういう結果がでています。出鱈目を言っている、と思いたいですが……詳しい事は何とも……」
「だとすると、どうして……」
資金に悩んだアビドスは、自治区をひっくり返す勢いでお金になりそうなものを探した。石油、天然ガスといったエネルギー資源。貴金属等の鉱物資源。地質調査を行い、掘り起こし……だが、実りある結果は得られなかった。そのような記録と結果が保存されている。
それに、カイザーが態々自身達の手で探すような『宝物』が石油等の資源……有り触れたものだとは思えない。だが、砂漠にありそうなものなんてそれくらいしか思いつかなくて。
皆がカイザーの読めない思惑に頭を悩ませていると、シロコが徐に立ち上がった。愛銃に付着した砂を軽く払い、強い決意を秘めた瞳で意思を告げる。
「……行ってくる」
「し、シロコ先輩!? 行くって、何処へ……」
「PMCの施設。あそこで何をしてるのか調べないと駄目な気がする。さっきは大勢だったから見つかったけど、私だけならばれずに侵入できると思う。だから────」
「それは許可できない」
冷たい、鋭い声。シロコの意思に待ったをかけたのは先生だった。彼は車椅子を動かし、彼女の前に立ち塞がる。この道の続きを、歩ませないように。
「……先生」
「危ないと分かっている場所に、君を行かせるわけにはいかない」
たった数時間前に侵入を許したカイザーPMCは厳戒態勢だろう。警備は更に厳重になり、恐らく空中には全域を網羅するドローン達が哨戒している。サーモセンサーや動体感知センサー、赤外線センサーも全て稼働しているはずだ。
そんな環境にはどうやっても侵入できないだろう。シロコでも不可能は覆らない。そして、捕まったら最後、どんな目に遭うか分からない。本当にヘイローが破壊されて命を落とすかもしれないのだ。
そんな場所に、愛する生徒を行かせるわけにはいかない。絶対に退かない、という意思がシロコを貫いた。
彼の懇願、心配してくれる気持ち。溢れんばかりの愛。その真摯さは、確かにシロコの胸を打った。だが、それでも確かめなければという義務感は消えてくれなくて。
「でも……」
「お願いだよ。行かないで、シロコ」
重ねての懇願。届かぬ星を憂うような眼差し。それを見てシロコは観念したように息を吐いて。
「……ん、分かった」
と、侵入を諦めた。それに安堵したような顔をする先生。本当に良かった、と表情全てで体現する彼を見てシロコは少し悲しくなった。
────貴方は他の人を愛せるのに、自分は愛せないんだね。
彼の前から退いて自身の席に戻ったシロコ。それを確認したアヤネは仕切り直すように口を開く。
「一先ず、あの施設は保留にしておきましょう。問題は……」
「借金、ですね」
「そうよ! あの理事とかいう奴、3000%とか言ってなかった!?」
机を勢い良く叩きながら立ち上がるセリカ。
彼女は他の皆がカイザーの思惑について頭を悩ませている傍ら、ずっと借金のことを考えていたのだ。今すぐ解決しなければならない問題は此方だろうと判断して。
「確かにアイツらが何をやってるのかは気になるけど、今は借金を何とかしないと! このままだと本当に学校がなくなっちゃう!」
「確か利息だけでも9000万、でしたか」
「それに加えて保証金も要求してきましたし……あと1週間で3億円なんて……」
突き付けられた最後通牒、どれだけ頑張っても到底届かないであろう金額。提示された金額を口に出せば、その数字の大きさを改めて認識してしまう。
対策委員会全員の顔に影が刺し、暗い空気が場を満たした。1週間で3億なんて到底不可能だ。仮にこれを用意できたとしても、待っているのは跳ね上がられた9000万の利息。
毎月800万弱を返すだけでも手一杯で活動予算は火の車なのに、10倍以上の金額をコンスタントに払い続けるのは無理だろう。少なくともバイトや依頼をこなして得た金銭を返済に充てる、と云う方法は取れそうにない。
どうすればいいのだろうか。そんな思考が頭を埋め尽くす中、立ち上がったのはまたしてもシロコだった。
「……毎月9000万。それに加えて3億。こんな借金、もう真面なやり方じゃ返せない。だから私達もなりふり構ってられない。手段を選ばなければ、方法はある」
「だ、駄目ですよ! それではまた……!」
正道には正道で返すのが道理ならば、外法には外法で報復するのが筋というもの。目には目を、歯には歯を、とはよく云ったもので、敵が手段を選ばないならば此方も手段を選ばなければいい。カイザーが凡ゆる手を使ってアビドスを滅ぼしに来るならば、此方も凡ゆる手を使ってアビドスを守ろう。
強盗か襲撃か、何れにせよ褒められない方法に手を染める事を暗に示唆するシロコ。当然そんな事は認められないアヤネは声を荒げてやめさせようとするが、その案に賛成する者がいた。
「……私は、シロコ先輩に賛成」
「セリカちゃん!?」
座り、俯いたまま震えた声で告げるセリカ。この答えを選ぶまでに数多の葛藤があった。数多の決断があった。迷いも、後悔も、何もかも。あの時のような一時の感情や利益に流されたが故の決断ではない。彼女は想定する全てを勘定に入れ、天秤に掛け、その果てに賛同を選んだ。
「こんなお金、学生の私達で用意できる範疇を超えてるわよ! 学校が無くなったら全部終わりなんだから、なりふり構ってられない! それに、アイツ等、私達が返せないって分かっててあんな事をやってる! 卑怯な手を使ってるヤツを相手に、私達だけ馬鹿正直に真っ当な方法で戦う必要ないでしょ!?」
セリカの言葉には感情が籠っていた。怒りや焦り、不安……そして、それらに類する想い達。固い決意で以って発せられた彼女の言葉には、周囲を納得させようとする意思の他に、自分を納得させようとする意思も感じられる。
彼女とて認めたくないのだろう。だから、無理に納得しようとしている。もう仕方がないのだと、諦めるしかないのだと……
「そんな……!」
「セリカちゃん待って! そんなことしたらあの時と同じだよ!」
悲壮な言葉にノノミが呆然とした顔で言葉を失っているとアヤネが席を立ってセリカに詰め寄る。その方法は駄目だと、他に方法があるはずだと説得しようとするが、そんな子供騙しで意思を曲げられるような惰弱な決意ではない。セリカもアヤネに合わせるように勢いのまま立ち上がり、言葉で殴りつけるように声を張った。
「状況が変わったの! 学校を存続させるために、もう綺麗事を言ってられなくなったんだよ!」
「あの時、ホシノ先輩が止めてくれたのに、自分から進んで犯罪者になるの!?」
「じゃあどうするのよ!? 真面な方法で今すぐ借金を払う方法があるの!? ないでしょ!? だから────」
「だからって、関係ない他の誰かを不幸にして、犯罪に手を染めて学校を守っても意味がないです!」
「意味ならあるわよ! 汚い手を使おうが守れた学校はちゃんと残る! 私達、そのためにずっと頑張ってきたじゃない!」
「ですが────!」
互いに一歩も引かぬ言葉の応酬。互いの主義は平行線で、決して交わらない。学校を守りたい、その一念は同じはずなのに、互いが互いの意思をへし折らんと声を張り上げている。
議論はヒートアップし、空気は秒刻みで悪くなる。あと少しで臨界────と、誰もがそう感じたときに、乾いた音が響いた。突然の音に皆が発生源を見ると、手を鳴らしたホシノが嫋やかな微笑みを浮べていた。
「ほらほら、熱くなりすぎ。2人とも落ち着いて。深呼吸だよ~」
「……ごめんね、セリカちゃん」
「────私の方こそ。アヤネちゃんに当たっても、意味なんかないのに……」
互いに謝罪の言葉を口にして席に戻る少女達。それを満足気に見ながら、ホシノはまた緩く微笑んだ。
「そんなに学校を思ってくれるのは嬉しいけど、おじさんは学校も皆も大事だから、さ。そんなに思い詰めてほしくないんだ」
「……ごめん。私が軽率だった。こんな風にしたい訳じゃなかった」
「うん、皆分かってるよ。シロコちゃんはいい子だからね」
ホシノは「勿論、皆もだけど」と付け足し、背もたれに身体を預ける。学校の事をよく考えているが故の衝突、それを責めるつもりは全くない。それに、お互いがお互いに謝罪の言葉を口にした以上、あの議論の部外者だったホシノが口を出す権利はなかった。
それから彼女は酷く透明な表情を浮かべている先生に視線を向けて。
「先生はどうかな?」
「勿論、犯罪行為は推奨しないよ」
「それは先生としての意見? それとも……」
「どっちもだよ」
つまり、実利と彼個人の意見、そして先生という立場の全てで以って、犯罪に手を染める事を推奨していない。
道徳観や倫理観といった、彼個人の善性。
生徒が道を踏み外す事を良しとしない、教師としての立場。
犯罪行為に手を染めた事によって彼女達が逮捕されてしまった場合のリスク。
一度上手く行ったからといって、次も成功するとは限らない。そもそも成功する確率の方が低いのだそんな分の悪い賭けに、彼女達の守りたいものを差し出すのは止めた方がいい。失敗したリスクも考えると猶更、正道から逸れない方が賢明に思える。
現状、アビドスは八方塞がりだった。取れる手はない。使える手段じゃ間に合わない。彼女達は雁字搦めにされたこの状況を打開する術を見出せなかった。
そんな時、不意にホシノが立ち上がった。
「ま、今日はこの辺りでお開きにしようか~」
「え、でも……」
「さ、皆、解散解散~。今日は色々あって疲れたから、気持ちが先走ってるんだと思うよ? 今日は帰ってシャワー浴びてご飯食べてゆっくり寝て、ちゃんと休もう。それからまた明日集まれば、きっと良い事あるって。あ、これは委員長命令って事で!」
背伸びをしながらホシノは命令を下す。
実際問題、疲労が溜まっているのは事実だ。色々と万全ではないから良い案がでないのかもしれない。一度家に帰り、英気を養えばこの状況を切り開く方法を思いつく可能性はある。
勿論、希望的観測だ。明日になったらもっと状況が悪くなっている可能性だって考えられる。でも、今この場で考えても坂を転げ落ちるように言葉を重ねるしかないだろう。セリカとアヤネの言い合いのように。
互いの顔を見合わせ、疲れた表情に『お揃いだね』と苦笑いを浮かべながら、彼女達はホシノの意見に同意する。
「うへ、じゃあ皆、また明日ね~」
そうして、この会議は解散することになった。