シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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秘匿

 

「ん~……シロコちゃんは何かまだやる事がある感じ?」

「うん……先輩、ちょっといい?」

 

 対策委員会、部室。日は落ち、周囲が宵闇に包まれつつある頃合い。委員長が発令した帰宅命令により、皆は装備等の清掃を済ませた後に帰宅した。今この教室に残っているのはシロコとホシノだけだった。先生は学校内にいるが今は席を外している。

 

 シロコに声を掛けられたホシノは銃の分解清掃を行っている最中であったが、声が聞こえたら即座に手を止め、パイプ椅子に座っている彼女を見上げた。互いに感情が読めない視線。ちゃんと交わっている筈なのに、交錯していない印象を抱いてしまう。

 

「うへ~、おじさんとお話したいことがあるの? 照れるな~」

「────その話、私も同席させてくれないかな?」

 

 ふわり、と夜の風が吹き抜けた。心地の良い声が聞こえた方に視線を向ければ、教室のドアを開けている先生がそこにはいて……いつも通りの、優しい笑みを浮べていた。

 

「ん? 先生も? うへ、おじさんモテモテだ~」

 

 そう言い、茶化すホシノ。彼女は銃を組み立て、細部のチェックを済ませると立ち上がってへにゃり、と笑って見せた。彼女の繕った笑顔を視界に収めながら、シロコと先生は互いを見つめる。

 

「……先生」

「分かってるよ……全部、ね」

「……ん」

 

 とても短いやり取り。それ以上の言葉は必要なかった。互いの意志の確認をたった数秒足らずで済ませた2人を見て、ホシノは蚊帳の外に置かれた事に頬を膨らませながら告げる。

 

「先生、いつの間にシロコちゃんとそんなに仲良くなったの? 先生も隅に於けないね~」

 

 明るい声音。空気を軟化させるような、ホシノの魅力の詰まった声。だが、その声も何処かぎこちなかった。その事に、彼女自身は気付かないまま。

 

「でもさ、今日は疲れたし、色々な事があったじゃん? 私もシロコちゃんもクタクタで、先生だってしんどいでしょ? だから、また明日話そう? 大体、どんな話かは分かっているから」

「……ん、分かった。じゃあ、また明日、この教室で」

「……うん、また……明日」

 

 ホシノの言葉にシロコは僅かに目を伏せた後、頷いた。数多の感情を飲み干した声、また明日と言われたホシノは……とても言い辛そうに、同じ言葉を返す。まるで針を嚥下するような痛ましい声はシロコの耳を打ち、その哀しみをより大きなものにした。

 

 そしてシロコは僅かに俯きながら、とぼとぼと教室のドアまで向かう。その寂しそうな背を見たホシノは思う所があったのか、躊躇いながらも手を伸ばそうとしたが……肘を曲げて控えめに伸ばされたホシノの小さな手はその背に届くことはなく、虚空を切る。

 

 そしてホシノは手を下し、黙って俯いた。馬鹿だなぁ、と自嘲して。

 

「……先生」

「あぁ……」

 

 シロコは教室を出る直前、ドアのほど近い距離にいた先生と視線を交錯させる。蒼ではない先生の瞳を久し振りに見るな、と思いながらアイコンタクト。言葉は不要だった。シロコの心情に寄り添うような、春の陽だまりの様な笑みを浮べた先生を見て安心した彼女は少し軽くなった足取りで教室を出た。

 

 ドアが閉まるとホシノと先生の2人きりの空間が完成して、夜闇に包まれた静寂も相まって少しだけ官能的な雰囲気が作り出される。彼の服装……着崩し、普段よりも露出の多い恰好。外れている第一ボタン、そこから覗く鎖骨が妙に色気に溢れていて。ホシノは僅かに顔が赤くなるのを感じた。

 

 そして、そんな自分を隠すようにおどけた口調で冗談っぽく口にする。

 

「うへ~、先生やるねぇ? 私の可愛いシロコちゃんといつの間に目と目で意思疎通ができるようになってるなんてねぇ」

「私はホシノともできると思うよ。ほら、目は口程に物を言う、なんて何処かの誰かが言っているだろう?」

「いやいや、そんな事は無いよ。やっぱり、先生は侮れない大人だな~。おじさんは流れに付いていけなくてなんだか寂しいよ」

 

 云い、首を横に振るホシノ。そんな彼女を見て、先生はやはり『違う』と感じた。無理をしている。隠している。普段通りを装っている。分かりやすいくらいだった。彼女の事は良く知っている。律動すら把握できてしまう。言葉一つ、視線一つ、息遣い一つで彼女の状態を判別できる。

 

 ────それほどまでに、彼女と絆を、想いを重ねた。

 

 彼は意図的に雰囲気を真剣なものへと変えて、意を決して口を開く。

 

「ホシノ、聞いてもいいかな?」

「ん~……何を?」

「退部届の話」

 

 先生は懐から大事そうに封筒を取り出す。封筒の表紙には小鳥遊ホシノの名前と、所属委員会名、学校名と……そして、退部届とだけ書かれている。

 

「それって……」

 

 続きの言葉は口から零れず、無言の空気が流れた。少しだけ驚いたような目で封筒を見つめていたホシノは、徐に口元を緩ませて、恥ずかしそうに頬を掻きながら視線を逸らした。

 

「うへ~……いつの間に。これ、盗ったのはシロコちゃんだよね?」

「PMCから帰る道すがらに、皆に内緒でこっそりとね」

「……全く、シロコちゃんったら、幾ら何でも先輩の鞄を漁るのは駄目でしょ~」

 

 先生から差し出された、自身の意志だったものを受け取ったホシノは封を開けて中の紙面をまじまじと見る。黒のボールペンで綴った文字列、紛れもない自身の筆跡。紙面に走るインクを指先でなぞりながら、ホシノは寂しそうに呟いた。

 

「先生、きちんとシロコちゃんを叱っておいてよ~? あのままじゃ、とんでもない大悪党になっちゃってもおかしくないって~」

「勿論。でもそれは追々ね。今はこの話の方が重要だ」

「そっかぁ~」

「この退部届……ホシノはアビドス対策委員会を抜けようとしている────その認識で相違はないかな?」

 

 ホシノは先生の言葉に力なく頷いて、彼の方を見る。普段は彼を見上げているはずなのに、今は彼を見下ろす側に立っている。それが何とも可笑しくて笑いそうになるが、真剣そのものな彼の顔を見るとそんな気も失せてしまう。

 

 ホシノは窓の方に視線を遣りながら、小さな声で呟く。

 

「うーん、逃がしてくれる訳……ないよね~?」

「当然だよ。君を離す訳にはいかない」

 

 そう言い、先生はホシノの手を握った。振り解こうと思えば簡単に解けてしまう優しい拘束。この場から逃げ出すことはとても簡単で、彼を押し退けるだけでいい。この手さえ離れれば、覆せない身体能力差で以って振り切れば、言い難いことから逃避することができる。

 

「……はぁ、仕方ないなぁ」

 

 ホシノは辟易とした、だが嬉しさが滲む声音で呟いた。彼の拘束に捉えられたままでいよう。彼の温度を感じたままでいよう。どうせ最後だ。それくらいの夢は見たい。彼女は息を漏らし、泣き笑いのような顔を浮べた。

 

「面と向かって話すのも何だし……先生、ちょっとその辺を一緒に歩かない?」

 

 ドアの方まで歩いたホシノは振り返りながらそう云うが……直後、車椅子が目に入った。あぁ、彼は今歩けないのだ。その事に気付いたホシノは、少しバツの悪そうな顔をして。

 

「あ、ごめん。やっぱ今の無しで。やっぱり……」

「気遣いありがとう。でも、大丈夫だよ」

 

 そう言い、車椅子から立ち上がる先生。それに驚愕しながらも、慌てて彼を支えようとするが、ホシノのサポートは必要なかった。立ち上がった直後は平衡感覚がおかしくなっていたのか僅かにふらついていたが、今はきちんと2つの足で立っている。少し左足に違和感を感じるのかつま先で床を叩くが、それも止めて、彼は笑ってホシノに声を掛けた。

 

「よし、じゃあ……散歩しながら話そうか、ホシノ」

 

 

 ▼

 

 

 夜の校舎は暗闇に包まれていた。明かりは窓から差し込む星と月の明かりだけで、電気はつけていない。ホシノは勝手知ったる様子で迷いなく進み、先生はその少女の後ろをついていく。

 

 辿り着いたのは校舎裏のアビドス別館だった。木造の小規模の建築、ホシノとシロコの衝突があった場所。彼女は手慣れた所作で開錠し扉を開ける、確かに此処ならば万が一にも聞かれる可能性はないだろう。

 

「けほッ、けほッ……うわぁ、もう砂だらけじゃーん……ま、仕方ないんだけどね。掃除をしようにも5人しかいないし、そもそも人数に対して建物が大きすぎて……」

 

 出入り口に積もった砂は、今朝には存在しなかったものだ。恐らく老朽化により生じた隙間から入り込んだのであろう。砂を巻き上げないように、そっと足で払うと、校舎内へ足を一歩踏み出した。軋む床に歓迎されながら、彼女達は建物の中を進んでいく。

 

「砂嵐が減ってくれればいいんだけど、天災にそんなのは通用しないからね~」

 

 砂嵐はアビドス内では別に珍しいものではなかったが、段々と大きくなる被害規模を前にそうも言っていられなくなった。砂嵐を止めるために気象兵器に片足突っ込んだテクノロジーの研究を行ったり、様々なデータを収集したり。だが、それらは全て砂漠に消えた。

 

「うへ~、折角の高校生活が全部砂色だなんて、ちょっと遣る瀬無いと思わない?」

「……ホシノはこの学校が、この場所が本当に好きなんだね」

 

 今まで聞いた声音の中でも一段と優しい音色に、ホシノは驚きながら後ろを振り返った。聖母の様な貞淑さと清廉さを兼ね備えた笑みを浮べる彼を見て……彼女はその表情は呆れを含んだものになった。

 

「……今の話の流れで、本当にそう思う? うへ、やっぱ先生は変な人だね」

「良く言われるよ。変とか、ずれているとか……私としては、思った事や所感を口に出しているだけなんだけどね」

 

 苦笑いを浮べる彼が何とも人間臭くて、ホシノも同じように苦笑いを浮べる。

 

「……砂漠化が進む前、アビドスはかなり大きくて力のある学校だったって言われてるけど……そんな記憶も実感も、おじさんには全くないんだよね~……最初から全部めちゃくちゃで、ちゃんとしたものなんて何一つない学校だった」

 

 足を止めず、床が軋む音を伴奏に語るホシノ。前に進み続けた彼女は徐に立ち止まり、窓枠に積もる砂を払い……そこに腰掛けた。体の半分を外に出して月光を浴びる彼女は酷く美しい。目を奪われる、とはこの事だろう。

 

「おじさんが入学した時のアビドス本館は、今はもう砂漠の中に埋もれちゃったし。当時の先輩達だってもう皆いなくなった」

 

 ちらり、とホシノは隣に立つ先生に視線を送る。自分よりも頭2つ分ほど高い彼は月を見つめていた。酷く、透明な視線。一瞬でも目を離すと消えてしまいそうな儚さ。でも、だからこそ……綺麗だと思った。例えるなら、雪月花。吸い込まれそうな彼の瞳を見ながら、ホシノは言葉を紡ぐ。

 

「今いる此処は、砂漠化を避けて何回も引っ越した結果辿り着いた、ただの別館。ま、此処に来てからシロコちゃんやノノミちゃん、アヤネちゃんにセリカちゃんと会えたから……」

 

 今までの思い出を、走馬灯のように振り返ったホシノは。

 

「うん、やっぱり好きなのかもしれないな~」

 

 ────酷く悲しそうに微笑んだ。

 

「先生はどう? 此処、好きかな」

「勿論、好きだよ。ホシノ達が守ってきたこの場所が。これからも続いていくこの場所が。例え、この星の何処にも私の居場所が無くても、私を知る人が誰もいなくても……それでも、私はこの場所を愛し続けるよ」

「……そっか。先生にそう言って貰えるなら、嬉しい」

 

 先生を見て微笑むホシノ。そして、彼女は覚悟を決めた様な表情を浮べる。

 

「……先生、正直に話すよ」

「……うん」

「私は2年前から変な奴等の提案を受けてた」

 

 その声は、酷く冷ややかだった。

 

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