シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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ホシに届かなくて

 

 

 遠い、戻れない過去を思い出す。

 

「じゃーん! 見て、ホシノちゃん!」

「……何ですか、その紙切れ」

 

 ホシノの鋭く冷たい声音、欠片も友好的に感じない鋭利さ。何かに憑かれているような、強迫観念と焦りと不安、何処にも向けられない怒りと苛立ちに満ちた────ホルスの眼。

 戦闘行為に邪魔にならないように短く切られた桃色の髪、ミリタリージャケット。それは暁のホルスと呼ばれた彼女の全盛期の姿だった。

 

 キヴォトス最強クラスの彼女に真っ向から睨まれたその少女は『よくぞ聞いてくれました!』と言わんばかりの顔をして。

 

「アビドス砂祭りの昔のポスター! やっと手に入れたんだ!」

 

 ホシノは何処までも能天気な少女に苛立ちを覚えながら、件の紙切れを見ると、確かにそれはポスターだった。経年劣化で色褪せ、少々汚れているが祭りの告知を行う賑やかな色彩が彼女の目に飛び込んでくる。日付は随分前のものだった。このポスターだけ、今目の前にいる少女だけ時間が止まっている。昔の繁栄を見ている。今の衰退を見ていない。未来の滅びを────分かっていない。

 

「この時はまだオアシスが湖みたいに広がってたんだよねー。どんな感じだったのかな? きっと綺麗だと思うんだよねー……あ、このポスターは記念にあげるね!」

 

 少女から差し出された紙切れをホシノは心底鬱陶しそうな、面倒そうな顔をして見つめる。彼女にとっては……否、目の前にいる頭がお花畑の少女以外にとって、このポスターはゴミ以外の何ものでもない。過去の栄光があっても今が救われる事がない。昔は昔で今は今だ。地続きであるが故に、過ぎ去った時間は現在に干渉できない。

 だから、今このポスターがあっても昔のように祭りが開かれる事は無いし、元よりそんな無駄を行う余裕も時間もないだろう。

 

「えへへ、すっごく素敵でしょー! もし何か奇跡が起きたら、またこの頃みたいに人が沢山集って────」

「奇跡なんて起きっこないですよ、先輩。それよりも現実を見てください!」

 

 そうだ。奇跡なんて起きない。夢なんて見るべきじゃない。夢なんて見ても、目が覚めたら酷薄な現実が嘲笑っているだろう。

 一時、救われて。結局少し後に傘増しされて返されるのなら、そういうインスタントな安らぎは不要だ。そこに縋り落ちていくのなら、自身の心臓に銃口を突き付ける方が望みがある。

 

 畢竟、夢と現、そのギャップに辛くなるだけ。それだったら、初めから夢なんて見ない方が良い。救われない現実に安堵した方が良い。

 

「こんな砂漠のド真ん中に、大勢の人が来るわけないでしょう!? もうアビドスにそんな力は残っていないんです! 夢物語もいい加減にしてください!」

「うえぇ、だって、ホシノちゃーん……ご、ごめんね……?」

「……ッ!」

 

 その少女の顔、申し訳なさと下手糞な愛想笑いが相混ぜになった表情を見て、ホシノの怒りが臨界を迎える。

 差し出された紙切れを半ばひったくるように奪いとれば、少女は驚いた顔をして。

 

「そうやってふわふわと、奇跡だの幸せだの何だの……」

 

 ホシノはもう、自身の意志で口から零れる言葉を止める事ができなかった。誰かの所為でない事は分かっている。運が悪かっただけで、天災に対する明確な責任者がいるわけではない。怒っても泣いても、この状況は好転しない……あぁ、そんな事はよく知っている。

 

 でも、だからと云って、この誰にも向けられない怒りと苛立ちを自分の中に留めておく事なんてできなかった。

 

「もっとしっかりしてください! 貴女はアビドスの生徒会長なんですよ!? もう少し、その肩に乗った責任を自覚したらどうなんですか!」

 

 そう言い放ち、ホシノは少女から奪った過ぎ去りし日の思い出を破り捨てた。

 

 

 ▼

 

 

 最初見たときは、『信用できない』と思った。鳴り物入りで現れたシャーレの先生、赴任して1ヶ月も経っていないのにその噂はとても良く耳にする。キヴォトスの喧騒から距離を置くアビドスでもこれなのだ。シャーレの拠点があるシラトリは、それはもう大層な事になっているのは想像に難くなかった。

 

 キヴォトス外部の大人の男。とは言ってもヘイローの有無や身体能力しか違いはなく、キヴォトスに住まう住民達と大きく変わることはない。年も生徒と大きく離れておらず、確かに先生という役職に適任に思える。生徒を大人へ導く者、子どもの健やかな成長を願い、その発展を手助けする存在。教え、導き、共に笑い、共に歩んでいく誰か。

 

 赴任初日から事件に巻き込まれ、その鮮やかな手腕で解決に導いたその姿はニュースで何度も耳にした。そして、連邦捜査部シャーレの役割も。曰く、キヴォトスの何でも屋。お願い事の為に東奔西走する、悪く言ってしまえば他人の都合で貧乏くじを引かされる仕事。生徒を含むキヴォトスの住民が『自分達の手に負えない』と思った時に駆け込むセーフティの様な、体のいい願望機のような、或いは無責任に祈られる流れ星は、確かにキヴォトスの需要にマッチしている。銃撃が絶えない賑やかな場所だ、そういったバランサー的な役割は必須だろう。特に、連邦生徒会が機能不全に陥った今では。

 

 勿論、その前後関係は気になる。連邦生徒会長が失踪したから先生が現れたのか、先生が現れたから連邦生徒会長が失踪したのか。この因果は非常に重要だ。結果が同じでも、過程が異なれば意味が違う。だから、一度思い切って聞いてみた。連邦生徒会長と会ったことがあるのか、と。そうしたら、彼は。

 

 ────実は、会ったことがないんだ。不思議だよね。

 

 と、笑って答えた。会った事もない人間にシャーレと謂う超法規的組織を任せる連邦生徒会長の頭は大丈夫なのか、とか、知らない誰かの頼みを引き受ける先生にもどうかと思ったりしたが……その類の軽口は口から零れる事が無かった。

 

 彼の表情。決して手の届かない星に思いを馳せるような顔。戻らない憧憬を悼む顔。果ての無い郷愁に身を焦がす顏。

 

 だが、それよりも強かったのは『会いたい』という感情だった。一目でもいい、一瞬だけでもいい。例え会えなくても便りだけでも。いいや、それすらいらない。生きていればそれでいい。笑っていても、泣いていても。どんな姿でも、どんな思いを抱えていても、何処かの空の下で息を吸って吐いていればそれでいい。君の愛した場所はちゃんと守るから、いつでも帰ってきていいんだよ────愛、と呼ぶには歪で。恋、と呼ぶには重くて。

 

 だが、それでも純粋な感情だった。純度が高すぎて狂気すら感じてしまう。良く言えば平等な、悪く言えばフラットな感情を生徒達に向ける彼。誰もが特別であるから、誰もが特別ではない。平等に、フラットに、差が出ないように扱う。誰でも愛する代わりに誰も愛さない。

 そんな彼の特別……それが連邦生徒会長なのだ。恐らく、彼の中では連邦生徒会長は生徒ではない。もっと別の……複雑な間柄。それを、少し羨ましいと思ってしまった。代われるのなら代わってみたい。先生の特別を体験してみたかった。

 

 でも、そんな夢物語は叶わない。今から彼を裏切るのだから。彼だけではない。全ての仲間を、全ての過去をこれから裏切る。

 

「ごめんなさい……」

 

 だって、仕方がないだろう。あんな馬鹿げた金額を吹っ掛けられても返済の目途なんて立つわけがない。何もできずに、愛したアビドスがカイザーの物になる光景を唇を噛んで見ているしかない。

 

 でも、それを覆せる一手をホシノは持っていた。カイザーではない者との取引。ゲマトリア、と呼ばれる異形の神秘探求集団はキヴォトス最強クラスの神秘を持つホシノを欲していた。つい先日までは取引に応じるつもりはなかったが、事情が変わった。今では『こんな私の体で満足するなら喜んで』とそれなりに前向きになっている。

 

 もう見ていられなかったのだ。敵わない現実に打ちのめされるアビドスが。もう頑張った。充分すぎるくらい頑張った。大切な高校生の時期の大部分を借金返済に費やして、細やかな幸せを噛み締める彼女達から更に奪うなんて認められるはずがなかった。この世に神様なんて存在がいるなら蜂の巣にしなければ気が済まない程に。

 

 それに、先生の事も。もう彼に合わせる顔がないのだ。

 

 特権階級に足を踏み入れた神意の代行者を見てほしい、と黒服に云われた。

 崇高なる代行者と見えたのか、とカイザー理事に云われた。

 そして、ホシノが黒服と会談しているときにアビドスと便利屋、風紀委員が相対した訳の分からない謎の存在。

 

 ここまでヒントが出たなら分かってしまう。ことのあらましを、話の大筋を理解してしまっている。空気が読めない、と白けるぐらい残酷に見えてしまって嫌になりそう。

 アビドスの仲間達が戦い、撃退した神の知識(ザフキエル)と呼ばれる何か。それが、黒服が用意し、ホシノに見せたかった神意の代行者なる存在なのだ。

 

 だが、黒服の目論見通りにはならなかった。ホシノは神意の代行者と戦う事はおろか、目にすることすらなく、今に至っている。そう────本来ならばホシノと相対するはずだった代行者は、どんな理由か不明だが先生を標的にして……そして、あの傷を負わせた。

 

 もう言い逃れはできない。自身(ホシノ)が彼を傷つけたも同然だ。例え間接的であろうが関係ない。彼女が相手をするはずだった敵を彼に押し付け、その果てに彼に消えない傷を負わせてしまった。そして、その場に立ち会う事すらできなかった。

 

 頭で考えていた最悪の可能性が現実だと突き付けられたその時、ホシノの心の柔い部分が折れた。ずっと引き摺っていた別れと合わせて、ホシノの心はもう立ち直れない領域に行ってしまった。

 

 だから、彼女は今この場にいる。

 

 肌を突き刺すような鋭い風は、断頭台に吹き荒ぶ刃。摩天楼を見上げて、誰も来ない現実に安堵する。

 

 そして、ホシノは死に逝く為の一歩を踏み出した。

 

 シロコ、ノノミ、セリカ、アヤネ……大切な後輩たち。昼行灯の自分に良くついて来てくれた事に感謝が絶えない。何処に出しても恥ずかしくないどころか、胸を張って自慢できる仲間達だ。彼女達の重荷を僅かでも減らせるのなら、愚かにも時ばかりを重ねた己の身にも価値があったと思える。

 

「ユメ先輩……ごめんね。私が死んでも、そっちには行けないや」

 

 帰れない、戻れない場所まで旅立ってしまった大切な先輩。彼女の意志は決して途絶えない。ホシノが引き継ぎ、アビドス対策委員会の4人に継承したのだ。彼女はきっと、この先も続く。守りたかったアビドスはちゃんと誰かが守り続けてくれる。

 

「先生……」

 

 最後に、陽だまりに笑う彼を呟く。色々と迷惑をかけてしまった。

 

 信用せず、身勝手な同族嫌悪に身を焦がした。大切な仲間に何か不穏な事をしようとしたら、その場で即座に撃ち殺す腹積もりだった。色々と察しが良く、規格外の思考を持つ彼の事だ、きっとその魂胆も見抜いていただろう。彼はその上で、同じように接してくれた。変に特別扱いせず、他の誰かと同じように。それは『死にたくないから』なんて自己防衛ではなく、彼が心から生徒を愛しているからだろう。

 

 不撓不屈の精神を持ち、誰かの為に前へ進み続ける彼を悼んだ。傷だらけで、血を吐きながら、それでも誰かの為に。自分の命より大切なものを見つけてしまったばかりに、当たり前の機能である『停止』を失ってしまった彼を哀れんだ。

 

 生徒を大切だと、ホシノが大切だと叫んだ彼に……何を感じたのか。それは今でも分からない。彼の傷が自分の物のように痛んだ。彼の笑顔に喜んだ。彼の悲しみに哀しんだ。彼の怒りに震えた。彼と過ごす時間を大切に感じた。彼の姿を自然と目で追った。孤独を歩む彼の隣に立ちたいと思った。

 名前のない、自身の胎から生まれた想い。言葉にできず、伝えられない事に謝罪をする。

 

 だってそうだろう? 間接的とは言え、彼を傷つけたのだ。そんな生徒がこれ以上彼と共にいる事なんてできない。何も言わず……とはいかなかったが、多くを語らずこの結末に辿り着けた幸運に感謝する。

 

 誰かを傷つけ、失い、消費してきたこの身。守られてばかりで、取り零してばかり。そんな歩みに終止符を打てる。誰かの為になりながら、この呼吸を停止できる。

 

 これこそが、小鳥遊ホシノに与えられた最大の成果だ。

 

 勿論、思う所はある。悔いも心残りもあるが……きっと大丈夫だ。何せ、今のアビドスには先生がいる。道を外しても彼ならば正してくれるだろう。頼んでばかりで申し訳ないが、可愛い生徒の最期の頼みだから、寛容な心で受け入れてほしい。

 

「……」

 

 ホシノは最後のアビドスを目に焼き付けてから、己の道にピリオドを打つ棺桶たるビルに足を踏み入れる。

 

 ────もう、戻れない。





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 次回からアビドス最終編です。
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