シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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 今回にてプロローグは終わりです。



純白の罪

 

「なるほど、先生の大方の事情は分かりました……」

 

 先生がアロナにある程度の現状を伝え終わると、彼女は難しそうな、あまり似合ってるとは言えない神妙な顔つきで「うーん……」と唸っている。腕を組み、眉間に皺を寄せ、考える時のポーズとしてのテンプレートを全身で体現する彼女がちょっとだけ可笑しかった。

 

「連邦生徒会長が行方不明になって、その所為でサンクトゥムタワーを制御する手段がなくなった……むむむ」

「そう。だから今、外はかなりパニック状態でね……あぁ、そうだ。連邦生徒会長の行方は知っているかな?」

「いえ……連邦生徒会長についての情報は殆ど……どんな人柄で、今どこに居るのかも……すみません」

 

 しゅんとして、申し訳なさそうに話すアロナに「大丈夫だよ」と声をかけて頭を撫でる。彼からすれば念の為の確認だったのだ。知っている、と答えられた方が驚く様な、最初から否定される事を前提とした質問。

 立つ鳥跡を濁さず、を地で行く彼女が何かしらの……必要以上の痕跡を残すとは思えない。仮に彼女の足跡が残っているとしたら、彼女ですら消し忘れてしまう様なものか……敢えて残しておき、誰かに見つけて欲しいメッセージとしての役割を果たすものかの2択だ。

 

 彼女の事を憶えている彼だからこそ持っている信頼。彼女の人柄が自分の知っている通りだと知って嬉しくなる……こんな思いを、きっとワカモも抱いてくれたのだろうと考えると余計に。

 

「ですが、サンクトゥムタワーの問題は私が何とか解決できそうです」

「お願いしてもいいかな、アロナ」

「はい! 万事アロナにお任せください! では、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復しますね!」

 

「少々お待ちくださいね!」と言って片手間にサンクトゥムタワーの基幹システムに侵入するアロナ。強固なファイアウォールを突破し、権限を改竄し、その全てを掌握し──────。

 

「サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了。先生、制御権を無事に回収できました! 今、サンクトゥムタワーは私、アロナの統制下にあります!」

 

 ものの数秒で、キヴォトスの中心地を掌握した。

 

『シャーレの権限が復活した……?』と、遠くから、脳に直接反響する様に聞こえた声の主人はリンであり……明かりがついた部屋と、タブレットにログインしてから虚になった先生を訝しげに交互に眺めている。その情報を置いてきた肉体に残留した聴覚と視覚から得て、無事に完了できたと把握する。

 

 先生は「ふぅ」と息を吐いて、アロナを見る。彼女は胸を張って「どうですか! 凄いでしょう! 凄いですよね! 褒めてください!」と言わんばかりの表情と態度をしている。本当に表情が豊かになったな、と彼は笑を浮かべた。それはまるで、娘の成長を喜ぶ父親のようであった。

 

「今のキヴォトスは、先生の支配下にあるも同然です!」

「ありがとう、本当に助かったよ」

 

 そう言って彼女の頭をそっと撫でると、彼女の口元は緩んで「えへへ……」と声が漏れた。

 

「先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できますが……どうされますか?」

「…………」

 

 その問いに、彼は即答できなかった。

 

 普通に考えるならば移管した方が良い。ただでさえ、どの様な自治区でも自由に戦闘行為が行え、あらゆる生徒を際限なく所属させることができる超法規的組織だ。その時点でほぼ全ての組織に良い顔はされない。風化委員や生徒会に値する、その自治区の統治を任されている者達には特に。

 更にその上、凡ゆるライフラインを掌握できる権限を持っているともなれば……間違いなく、先生が本来行いたいシャーレの活動に悪影響を及ぼす。最悪、キヴォトスの敵と見做されて殺されても文句は言えないだろう。

 

 しかし──────ゲマトリアの事を考えると、素直に頷けないのもまた現状だ。愛すべき生徒達が起こした騒動、それを発端にゲマトリアが参加した────神秘を巡る争い。悪意と恐怖、憎悪と激情が箱庭を駆け巡り、滅びた世界線もある。そして、デカグラマトンがタワーにハッキングを仕掛けて一時キヴォトス中の権限が失われたこともあった。

 それらによって流れた血と涙を思うと、絶対に安全と言えるアロナに預けておく方が良いのではないかと思ってしまう。

 

 だが、仮にその権限を持ったとして、それをどう扱うかという問題が発生する。先生はキヴォトスの支配者になりたい訳ではない。一応、彼にも政治的な手腕はあるが、別に専門ではない上に、シャーレは権利を振り翳す組織ではないのだ。

 

 故に管理を行うならば、連邦生徒会が適切だろう。

 

 身に余る力は自分自身を滅ぼす──────あぁ、よく知っているとも。

 

「あぁ、大丈夫だよ。連邦生徒会に権限を譲渡してほしい。だけど、バレない様にバックドアを仕込んでほしいんだ。有事の際に、アロナが即座に侵入できるような、ね。あとは、そうだね……」

 

 何も馬鹿正直に全てを渡す必要はない。有事の際に全てこちらで制御できる様に手を加えて、膨大な力の中に針を仕込む。悪意を以てサンクトゥムタワーに手を出した者に落ちる──────裁きと罰を。

 

 

 ▼

 

 

 先生の意識が青い世界から戻ったタイミングで、席を外していたリンが戻ってきた。手には携帯端末が握られている為、恐らく連絡をとっていたのだろう。

 彼が「おかえり」と声をかけると彼女は佇まいを正して。

 

「連邦生徒会でも、サンクトゥムタワーの制御権が戻った事が確認できました。これで連邦生徒会長がいた頃と同じ様に業務を進められます……お疲れ様でした、先生」

「私が特段動いたわけではないよ……リン達の方が働いてくれたさ。お疲れ様」

 

 混乱の渦に叩き込まれた現状が終息する為に必要なピースを揃え終わったからか、彼が労いの言葉を返すとリンは眉間に寄っていた皺を解いた。肩の力を抜き、ふぅ、とため息を吐く彼女。だが、それも一瞬ですぐに背筋を伸ばして、主席行政官の顔に戻った。

 

「折角です。シャーレをご案内します」

 

 

 ▼

 

 

「あぁ、リン。ちょっといいかな?」

 

 シャーレの案内も終わり、リン側で纏めてくれた問題事のリストも受け取り、あとは別れるだけ……となったタイミングで、先生は思い出した様に声をかけた。何か伝え忘れたことや質問があるのかと、リンは先生の方に向き直って。

 

「どうされましたか?」

「リン側でクロノススクールにアポを取れるかな?」

 

 その言葉にリンは面食らったような顔をした。

 

「取れますが……私側では他の業務もある為、少々遅くなってしまいます。先生の権限でも、充分可能な範囲ですが……」

「いや、連邦生徒会がシャーレの名前を出す事に意味があるんだ。シャーレが連邦生徒会に認可を受けた正式な独立組織であるって示すためにね」

 

 その言葉にリンの聡明な頭脳は先生の意図を全て理解した。確かにこれならば彼女達側でやった方が良いだろう。先生は連邦生徒会のお墨付きが欲しいのだ。

 

「なるほど……クロノススクールですと、シャーレのメディア発信ですか」

「ご明察。此処を可能な限り透明な組織にする。余計な疑念を抱かせたくないからね……ヴェリタスにアポが取れたらホームページも作ってもらおうと思ってるよ。行った仕事内容は機密に抵触しない範囲で文書で書き起こして、各種メディアで発信する」

 

 何よりも先にまずは信頼を得ないとね、と先生は言って笑った。

 全てはシャーレが生徒の味方である組織だという事を、言葉ではなく行動で知ってもらう為に。

 

「目指せ、SNSのフォロワー100万人……ってね」

 

 冗談か冗談じゃないかよく分からない軽口を叩いた先生は、リンに微妙な表情で見られた。

 

 

 ▼

 

 

「Flowerと天命、天理の礼装を最優先にしつつ……神秘否定対策の防壁プロトコルと、獣殺しと神殺し……パラドックス用の武装も必要か。いつ、何処で終末装置が起動するかわからない。取れる対策は全て取っておかないと。クラフトチェンバーはほぼ稼働させっぱなしかなぁ」

 

 先生はパソコンでto doリストと、クラフトチェンバーで作成する物の設計図を組みながら、頭の中を整理する目的で独り言を呟く。

 先生が羅列した「Flower」以外の物は、ミレニアムのエンジニア部やヴェリタス、特異現象捜査部の面々が作り上げた────滅びを打倒する為の兵器の設計図。過去のループにて提唱された決戦兵器を全て、先生は憶えていた。記憶を手繰り寄せ、彼女達の想いを継いで、この世界を救済する為の刃を錬成する。

 

「……ふぅ」

 

 クラフトチェンバーの作成順も組み上がり、初日にしては上々の滑り出しだと思って、ぐっと背伸びをした。背中からパキパキと小気味のいい音が鳴り、それに伴いどっと疲れが押し寄せる。卓上のディジタル時計を見ると午前3時を表示していて、かなりの長時間作業していたんだなと他人事の様に思ってしまう。

 

 先生は静かにシッテムの箱を起動させた。すると即座に世界の位相がズレて、青い世界に立っていた。

 

 睡眠状態のアロナに「お疲れ様」と声をかけて、彼女が突っ伏している机の隣に椅子を持ってきて、腰をかけた。そして、彼女の髪を撫でながらゆっくりと語り出す。

 

「私は失敗をした。一回や二回じゃない。膨大な数、失敗を重ねて屍を積み上げた。涙を見た。悲鳴を聞いた。怒りに触れた。憎悪を撫でた。キヴォトスの悪性、穢れを知らぬ彼女だから……原罪を持っている天使だからこその罪禍を、私はよく知っている」

 

 エデンの園を追放された原初の人間達は知恵の実を食べてしまった事で原罪を持っていた。生まれた時点で罪を持つから救われない。当人に何の過失がなくとも、先祖から繋がる遺伝子の縛鎖が罪を雁字搦めにして離さないから……決して楽園には届かない。

 だが、それも終わった。救世主、或いは神の子と呼ばれる人物。彼が、全ての人類の原罪を雪いだのだ。故に人間は楽園に手が届くようになり、より一層エデンに焦がれた。

 

 そして、このキヴォトスには全ての原罪を持っていく存在がいない。それがきっと契機なのだ。彼女達の原罪を全て背負い、十字架の上で運命の聖槍で貫かれることにより……このキヴォトスという楽園は完成する。

 

『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか』

 

 ジェリコの古則、その五つ目。楽園のパラドックスは、彼女達が何よりエデンの園に焦がれている事の証左だ。このままでは決して届かない聖域、例え目指したとしてもイカロスの様に燃え尽きるのが定めだとしても……それでも目指す彼女達。

 

 ──────ならばこそ、己が救世主になろう。彼女達の罪も悪も罰も全て全て……持って行く。

 

「私は先生だ。生徒では……このキヴォトスに於いてはプレイヤーではない。フィクサー、とは言い得て妙だ。私はキヴォトスに於いて、当事者から遠い。故にどこまで行っても手が届かないものは出てきてしまう。悲劇は止まらず加速して、運命の車輪が根こそぎ蹂躙していく……その光景を、何度も見てきた」

 

 何度手を伸ばしても、何を叫んでも……先生は無力だ。キヴォトスの中で最も脆弱な命であり、有事の際に自身の身を守ることすらもできない。己の弱さで守れなかったもの、取り溢してきたものを何度も見てきた。

 

 プレイヤーではなくオブザーバー。インサイダーではなくアウトサイダー。先生はどこまで行っても楽園の部外者だ。アダムにもイヴにもリリスにも、聖四文字にも、唆す蛇にもなれない。

 

 滅びを前に唇を噛み、涙を堪えるしかないとしても──────それでも。

 

「だけど、私はそれを仕方のない事だと諦めたくない。悲劇も涙も罪も私が全て背負おう。みっともなく惨めに足掻いて、泥まみれで這い蹲りながらも、それでも大団円を望む」

 

 誰にも、何も言わずにたった一人孤独に世界へ挑む……その苦行には地獄すら生温い激痛が付き纏う。

 生徒には抱え込まないでほしい、一人で消えてしまわないで、一人で泣かないで。君に降る涙の雨に、そっと傘を差し出してずっと隣にいてあげるから。

 だが、先生は一人で抱え込む。一人で消えて、泣くこともできないまま。生徒に弱さを見せることは決してなく、誰もが願った完璧な大人のペルソナを被り続ける。先生ではない、『彼』として生きることはもうない。自身の本名すら忘却の彼方へ追いやった。人並みの幸せを全て生徒に捧げたのだ。

 

 その道に、後悔はない。だが、それによって生徒を何度も悲しませてしまったという自覚はあった。生徒が気づいた時には既に手遅れで、命の灯火が消える寸前の先生を見て……泣きながら後悔と謝罪を繰り返す彼女達。

 

 そんな顔をしてほしくて戦ったわけではない、だから笑って──────あぁ、何と身勝手な物言いなのだろう。

 

 そこで漸く気づいたのだ。自分が彼女達を大切に思っているように、彼女達からも大切に思われている事に。彼女達が笑える明日には、自分が必要なピースである……それを知れた。

 

 死ぬ自分に同情はしない。だけど、命を最初から諦めることもしない。最後の最後、本当にどうしようもなかったら……その時に初めて、この命を天に返そう。

 

 それまでは必ず──────彼女達の側に。

 

「さぁ、完膚なきまでのハッピーエンドを迎えに行こう」

 

 始まりの誓いをもう一度、君が忘れても何度でも。私は君に契るよ。

 

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