シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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蠢動する砂漠。目覚めた神秘が鎌首をもたげる、世界滅亡の一歩手前。それにも関わらず、先生と黒服は静かに相対していた。互いに無言の空間、細められた眼光が射貫くのは真逆の色彩を持つ不俱戴天。
黒服は先生の目を見つめる。瞳に灯る決意と戦意。一生涯、戦いそのものに意味を見出す事は無い彼の戦場は、いつだって誰かの為に。
────そうだ。この輝きを視たかった。敵わない脅威を前にしても誰かの為に立ち上がるその勇姿を。
「────遠い昔」
彼の全てに敬意を表する黒服は語り始める。己が目覚めさせた神の代行者の────その、真実を。
「キヴォトスの端、誰も足を踏み入れない旧都心のとある廃墟で奇妙な研究が勧められていました。神を研究し、その存在を証明できれば、その構造を分析し、再現できるだろう。即ちこれは新たな神を作り出す方法である」
ホシノの端末からは聞いたこともないようなアラート音がひっきりなしに鳴り響く。画面上部に表示されたのは『預言者降臨』の五文字。その下には細かい文字でびっしりと詳細が書かれていて、中央にはマップが映し出されていた。
そのマップの中央には赤い点が1つだけ打たれており、その点を中心にして円が広がっている。円の濃淡は危険域と警戒域を表している。だが、その範囲が馬鹿げているのだ。縮尺的に危険域は半径5km、警戒域に至っては半径30km。
何が現れるのか────その詳細が一切分からないホシノは抱き寄せてくれた彼に不安そうに縋り……それに気づいた先生は「大丈夫だよ」と優しく微笑む。
そして、彼は再び視線を黒服に固定する。何度も何度も聞いた、勿体ぶった解説の言葉。聞きすぎて空で暗唱できるようになってしまった。それだけの数、戦い抜いた。
「誰もが嘲笑う滑稽な仮説でしたが、そんな理論に興味を示した者達がいたのです」
望むのは完膚なきまでの勝利。文句の付けようのない大団円。その光を掴むために、何度だって立ち上がり剣を取ろう。
「ゲマトリアと呼ばれる者達がその研究を支援し、莫大な資金と時間が費やされ、神の存在を証明するための超人工知能が作られたのです。神という存在に関する情報を収集、分析、研究し、それを証明する人工知能……対絶対者自立型分析システムは、そうして稼働を始めたのです」
黒服達が名前を拝借する前のゲマトリアが支援した神を求めるAI。その研鑽の果て。それこそが、今なお砂漠で生きる────アビドスの怪談の正体だ。
「……月日は流れ、都市は破壊され、研究所も水底に沈みました。そのような研究が行われていたという事実すら忘れ去られる程の時間が過ぎたのにも関わらず、このAIは己の任務を遂行し続けました。そしてついに、AIの宣言が、廃墟に声高らかに鳴り響いたのです」
────QEDと。
「これは証明され、分析され、再現された新たなる神の到来です。音にならない聖なる十の言葉、と己を称する新たな神────デカグラマトン」
天の主により創造され、生命を司る樹である十の頂き。
「彼の者はまた、己の神命を予言する10人の預言者と接触し神聖な道である『パス』を拓きました。これぞまさに、新たな天路歴程。これは本当の神なのでしょうか……ああ、私にはわかりません。そのようなことは、実際のところどうでもいいのです。ただ、彼の者自身の神性を証明する過程であるそれは、間違いなく真理の摂理に至る道、セフィラと呼んでも、遜色はないでしょう」
────先生。
「あなたがこれから選遇する預言者は、セフィラの最上位に位置する、天上の三角形の一角。そのパスは理解を通じた結合、『違いを痛感する静観の理解者』の異名を持ちます」
────それは、ビナーです。
此処に顕現するは第3のセフィラ。
数字は3、色は黒色、宝石は真珠、金属は鉛、惑星は土星を象徴する。
守護天使は
照応する神名はIHVH ALHIM。
天使の階位はアラリム。
「デカグラマトンの預言者を相手に、貴方のいる『シャーレ』はどこまで耐えられるでしょう? あなたが積み重ねてきたその繋がりの力が、果たして新たな神の御前でどれだけの意味を持てるでしょう? あの少女達の神秘は、新たな神の神秘に比肩しうるでしょうか?」
黒服は芝居掛った仕草で両手を広げながら、深淵の向こう側に在る光を歓待する。
「そうです。これは非常に興味深い研究なのです────では、健闘を祈っています。貴方の輝きを見せてください」
▼
警告、対絶対者自立分析システム起動を報告。
警醒、生命樹機神体の降臨を観測。
時空間アーカイブに
神秘質量、2億4000万以上。
侵略個体、
発生区間、ハッブル時間……146億年。
────第三セフィラ、ビナー。出現します。
▼
異様に張り詰めた空気の中、先生とホシノはアビドス砂漠を目指して走る。ビナーから放出される神秘の影響か、通信は困難極まるため他のメンバーとコンタクトを取ることは出来ない。
────ホシノの知る所ではないが、今現在2人が向かっている場所……もっと言えば、そのポイントを中心とした半径50kmは連邦生徒会とシャーレの連名で進入禁止令を出している。そしてアビドス全地域には避難命令が発令され、ヴァルキューレやSRT、その他トリニティ自警団等のボランティアによって地域住民の誘導が実施されていた。
これらは先生の仕込んだプロトコルが正常に起動した証だった。尤も、リン以外には碌に説明する時間がなかったため、彼女以外のメンバーは今頃カンカンだろう。朝、と呼ぶのすら早い時間に叩き起こしてしまった事は大変申し訳なく思っている。今度、菓子折りを持ってお詫びに行かなければならない。
閑話休題。
兎にも角にも、今は早く向かわなければならない。ワカモは既に戦っているし、アビドス、便利屋の少女達もそろそろ到着している頃合いだろう。彼が別で呼んだ少女達は距離の関係上、直ぐに到着はしないため本格的な開戦はまだだろうが、悠長にしていられる時間があるわけではない。
ワカモは個人の決定力、という点ではヒナやホシノ、ツルギといった各学園最強に一歩劣るが総合力では決して負けていない。彼女の神髄はその場にあるもの全てを利用したゲリラ戦法。人を、地形を、物を、状況を利用し尽くす頭脳はキヴォトスにおいては珍しい長所だ。
そのため、彼女には責任者たる先生が不在の間のみ、シャーレとしての指揮権を譲渡している。だが、彼女に素直に従う生徒が大多数か、と問われればそうではない。先生の愛する生徒達は全員我が強くて個性的だ。
故に、いざという時はワカモが指揮をしてくれるという考えは甘えに他ならない。彼女の戦闘能力をフルに活かしたいなら指揮官という重荷は邪魔にしかならないだろう。それに加えて、彼が呼んだ生徒を最も知っているのは当然彼であるため、彼が直接指揮した方が総合的な戦闘力は跳ね上がる。
そういった事もあり、先生とホシノは一刻も早く戦場に向かわなければならないのだが────現実はそこまで甘くない。
「……ッ」
脳波通信の接続先がロストした。それはつまり、シャーレ屋上格納庫から出撃させていた無人戦闘機等が全て叩き落とされたという事。元々、生徒にターゲットを向けさせない為に出していただけだが……撃退されたとなると流石に歯噛みしてしまう。
動かせる残りの機体はメロダック1機と軍用ヘリ、戦闘機、戦車がそれぞれ幾つか。メロダックはメンテナンスが終わるまで待たなければならないし、他の機体では同じように落とされるだけだろう。そもそも、ターゲットを生徒に向けさせないだけならデコイの散布だけで事足りるし、ワカモやアル、シロコにはいざという時の保険で渡してある。
リソースの逐次投下は愚策だ。出すなら有りっ丈を。全力で相対しなければ勝負の土俵にすら上がらない事は嫌と言うほど知っている。
メロダックのメンテナンス終了後に
彼は走りながらタブレットに保存されているデータ集のロックを解除する。何重にも掛けられた鍵の先にあるのはアーカイブ化された神秘。使い方を誤れば死に直結する反則じみたもの。
今、暴れているビナーが作成した端末である
そして、もうひとつ────大人のカードと呼ばれる彼に許された最大の特権がある。パラレルワールドやループ前の世界で縁を結んだ生徒を最大6人まで呼び寄せる正規の使い方はもうできなくなってしまった、やらなくなってしまった。
しかし、対価に奇跡を起こす効果自体は変わらない。世界を覆す力、事象改変型プロトコル、
最大出力は欠けた足の指2本分落ちるだろうが、それでも権能が完全開放されていないセフィラ1柱程度ならば余裕で事象改変の渦に叩き込める。
勿論、死ぬつもりはない。ホシノと水族館に行くと啖呵を切った以上、そこで屍を晒す事は許されないだろう。彼女が笑ってアビドスへ帰る為にも、この場は必ず生き残らなければならない。生きて、朝日を迎えなければ────信じて送り出してくれた全てを、裏切ることになってしまう。
先生は立ち止まり、ゆっくりと目を開ける。その瞳は蒼く、蒼く────宇宙の様な深淵の蒼へ変貌した。眼球を廻る
「……ホシノ、戦えるかい?」
那由多の世界に挑んだ彼が見据えたのは接近する中隊規模の軍団。
だが──────。
「うへ、勿論……今度は、私に先生を守らせて」
第三のセフィラたるビナー?
あぁ、全く以って取るに足らない。その悉くを凌駕しよう。腰を落とし、足を踏ん張り、思いっ切り銃と盾を握り締める。瞳に灯る守護の決意、体に宿るは彼から受け取った
何度も彼は守ってくれた。アビドスを、学校を、大切な仲間達を。そして────ホシノを。大切だと、大事だと何度も叫んでくれた。
──────だから、今度は私が彼を守る番だ。指一本だって触れさせない。