シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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違いを痛感する静観の理解者

 その威容を現すならば『鋼鉄の大蛇』が最も適切だろう。

 全長100mは下らない巨体、天使の光輪の如きヘイロー、背中に存在する垂直発射装置(VLS)、極めつけに人の身長と大差ない口径のビーム砲。

 

 ミサイルによる面制圧能力と、金属すら瞬時に蒸発せしめる熱量を誇るビーム砲による一点突破能力。巨体を活かした体当りや尻尾による攻撃。回避能力こそ低いものの、装甲は非常に分厚く並みの弾丸では掠り傷すら与えられない。

 

 不完全な起動状態でもカイザーPMCの軍隊を抵抗すら許さずに一方的に蹂躙した戦闘能力は、正しく新たなる神だ。戦闘に長けた生徒以外は相手にならず、決定打はキヴォトス最強クラスでもなければ与える事は不可能だ。

 これを裏付けるように、記録に残っているビナーとの交戦は基本的に防御が中心になっている。こんな化け物、相手にしていられなかったのだ。徹底的な防戦で、反撃は隙を見て差し込む程度。そうやってちまちまと消耗戦を繰り返しながら、相手が諦めるのを待ち……そうやって、先人たちはビナーと戦い、アビドスを守ってきた。

 

 だが、今回は少々訳が違う。そんな逃げは通用しない。第三セフィラと文字通り真正面から戦い、これを打ち砕く必要がある。万が一にも打倒できなければアビドスは滅亡し、キヴォトスは半壊するだろう。

 

 そう────これは唯の戦いではない。世界の存亡を賭けた最初の聖戦なのだ。

 

 此処まで事態が切迫してしまったのは幾つか理由がある。まず第一に黒服がビナーに接触し、相性の良いリソースを提供した事だ。

 黒服の実験、最新の神話が旧き神話との会合を果たしたら────そんな思惑。それを探求するために、ビナーの炉心に真珠と鉛のリソースを提供し、土星がよく見える今日に完全起動させた。

 第二に、聖歌隊(コーラス)がこの地に訪れたことだ。聖歌隊を作成した技術たる複製(ミメシス)をビナーが学習した結果、天使たる神の知識(ザフキエル)がビナーの端末として生まれた。

 最後に、生まれた神の知識(ザフキエル)にベアトリーチェが細工をした事だ。救世主への憎悪は非常に良く馴染み、先生を絶命させんとする行動へ至った。そして、その憎悪は端末の作成者たるビナーは勿論、パスを通じて他のセフィラにまで伝搬している。

 

 他の柱の目覚めまでは至っていないが、それでも油断ができる状態ではない。時間を掛けすぎれば他の個体も共鳴し覚醒に至るだろう。もしそうなってしまえば、本当にキヴォトスは終わりだ。故に、先生は一刻も早くビナーを撃破しなければならない。タイムリミットは夜明けまでの約2時間。

 

 だが、悪い事ばかりではない。先生が呼んだ援軍……ゲヘナ風紀委員会、早瀬ユウカ、忍術研究部、ヒフミがそれぞれこの地に向かっていた。そして、現地には既にホシノを除くアビドス対策委員会、便利屋68、狐坂ワカモが応戦している。先生とホシノもこの地に向かっており、全員が集合するまであと僅かとなった。

 

 

 ▼

 

 

「もぉ! 何なのよ、コイツ等!」

「くふふっ、ほらアルちゃん、次来たよ~」

 

 アビドス砂漠、聖戦の場。

 

 砂塵舞う大地にてアルの泣き言が響いたと思えば、その声は即座にムツキが放り投げた爆弾が爆発した音でかき消される。ムツキの広範囲攻撃で仕留めきれなかった敵はきっちりとアルが撃ち抜いて、漸くできた突破口にアビドスの少女達が果敢に突貫し……そして、無常にも押し返される。そんな二進も三進もいかない攻防を20分以上に渡って繰り広げていた。

 

 アルは岩陰に隠れて、リロードを済ませる。その内心は混乱と泣き言を言いたい気持ちで一杯だった。泊まっていたホテルに備え付けられていた警報がけたたましく鳴ったかと思えばスマホも鳴り始めて、心地の良い睡眠から叩き起こされたのだ。寝ぼけ眼を擦って画面を見れば、そこには伝え聞いていたシャーレの緊急依頼。慌ただしく最低限の準備をして駆けつけて今に至っている。

 

 別に先生の依頼を受けたことを後悔している訳ではない。ただ、もう少し時間はどうにかならなかったのかと思ってしまう。勿論、それはアルの主張であり、先生に当たってもどうにもならない事はちゃんと弁えている。だが、朝の4時に叩き起こされたと思えば、いきなり鉄火場に放り込まれたのだ。泣き言の1つや2つ、寛大な心で許してほしかった。

 

 ムツキのリロードが済んだことを確認したアルはノノミにハンドサインを出して、再び戦場へ舞い戻る。照準の先にいるのはカイザーのロゴが記されたオートマタ、ドローン────だけではない。記憶に新しい天使の眷属までもがこの場に集っていた。数は不明だ。だが、どう見たって100や200は余裕で超えている。最低でも500……いや、4桁はいると見た方が良い。

 

 勿論、無理に全てを倒す必要は無く、ただ本体のビナーまでの道を切り開けば良いのだが────ビナーが全ての兵を統括しているのか、空いた穴に対するカバーが非常に速いのだ。僅かでも逡巡してしまえば、作った風穴は瞬時に無に帰す。

 

 兵力で負けている現状、最も注意しなければならないのは各個撃破だ。押し込めばビナーまで辿り着けるが、代わりに孤立してしまう────そういった状況が何度も作り上げられていた。誘っているのだ。此方のミスを。そして焦った所を一気に叩き、蹂躙する……そういう魂胆だろう。

 仮に誘いに乗らなくても戦闘を続けている内に数的有利を確保しているビナー側に天秤は傾く。故に、何処かのタイミングで仕掛けなければ物量で磨り潰されて敗北を喫するだろう。

 

 ジリ貧だ。ワカモは仮面の奥で奥歯を噛み締めて、必死に思考を回す。援軍が来ることは知っているが、このまま続けても到着前に此方の勢力の大半が戦闘不能になる。ならば防戦に徹すれば……いや、駄目だ。そんな手を取った瞬間押し込まれる。だが、これ以上は攻め手にリソースは割けない。

 

 自分(ワカモ)が出るか? いや、恐らくビナーはそれを狙っているのだ。敵の思惑に乗った瞬間、その策から抜け出す事に戦力を割かなければならないため、後手に回る。そもそも彼女が出てしまえば後衛と前衛のバランスを取る指揮官がいなくなってしまうため、何処かで必ずボロが出てしまう。だが、いや、しかし────。

 

 そうこうしている内に、前衛を務めている戦力────シロコ、セリカ、ハルカ、カヨコが孤立しかけている。完全に囲まれるまでの猶予はあと1分もない。今回は運が良いのか悪いのか、陣地の奥まで進むことができた。

 危険を承知で前進するか、退いて立て直すか。何方にするか────いや、もう答えは決まっている。

 

「前線を上げます! 雑兵は無視して構いません! 一刻も早く、ビナーをッ!」

「了解!」

 

 声を張るワカモに追随する、戦意に溢れた無線越しの声。

 そうだ、退いたら負ける。攻めなければ勝てない。前線を上げ、一歩でも敵に肉薄する。あの機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)に一発でも多くの弾丸を当てる。そして、その果てに勝利の栄光を掴まなければならない。

 

 例え、この選択の果てに取り返しのつかない事態になろうとも、先生さえ生き残ればワカモの勝ちなのだ。

 

 

 ▼

 

 

 ビナーへ進軍している前衛部隊の戦場は後衛部隊の戦場とは比較にならない程の苛烈さを呈していた。秒刻みで変化する戦場、構築される敵のフォーメーション、自身の手札。オートマタ、ドローンによる銃撃と天使の眷属による圧縮した神秘の熱線、肉弾戦。それに加えてビナー本体によるVLSも時折加わる。

 

 最早、今自分が何とどう戦っているのかすら定かではない────それほどの戦いであった。

 

「アビドスの連中、突っ込みすぎ……! ハルカ、カバーお願い!」

「は、はいッ!」

 

 前衛の指揮官を半ば強制的に任されたカヨコは歯噛みしながら指示を出す。兎にも角にも、敵の数が多すぎる。単純な物量差は1000倍に迫りそうな勢いだ。そんな中で厚い防衛網を突破してビナー本体を叩かなければならないなんて悪い夢のような話だった。

 

 孤立しかけているアビドスの少女達……シロコとセリカのカバーにハルカを向かわせたカヨコは歯を食いしばりながら思考を回す。状況は不利、勝てる見込みは薄い。何度か奇跡が起きれば漸く対等になるか程度。アルやムツキ、ノノミ、ワカモのバックアップはあるが、彼女達も彼女達に向かう敵の対処をしなければならないから多くは望めないだろう。故に、ある程度はこの戦力で突破しなければならないのだが────。

 

「チッ!」

 

 らしからぬ舌打ちを挟み、弾丸で敵の頭を吹き飛ばす。リロードを行いながらハルカ側の様子を見ようと顔を上げると────最悪の現実が目の前に広がっていた。

 

 

 ▼

 

 

 前線の中でも、更に前────最前線に位置する場所がシロコとセリカの戦場だった。その内心は焦燥で一杯であり、早く何とかしないとの一念が内心を埋め尽くしていた。

 直感してしまったのだ。ワカモがビナーと呼んでいたコイツを可能な限り早急に倒さないとアビドスは致命的な痛手を負ってしまうと。

 

 気を利かせたカヨコがハルカをカバーに回してくれたお陰で少々楽になったが、それでも油断ができない────そう思った時に、シロコは2人と分断された。手負いの敵を取り逃す訳にはいかないと詰めたその隙を狙ったビナーの狡猾な策。

 

 考え得る最悪の事態だった。

 

 そして、それを待っていたかのように。

 

「────あ」

 

 鋼の大蛇。ヒトすら呑み込む口径の砲門が開口していた。エネルギーの収束は既に臨界点を超えている。莫大な光と熱が離れたこの場所でも伝わってくる。

 

「シロコ先輩ッ! 逃げてッ!」

 

 逃げる? 何処に? 発射まで1秒もない。回避はおろか防御も不可能だ。放出される熱量は人体を影すら残さず蒸発させるには充分すぎるもので、次の瞬間には砂狼シロコという少女は熱線で焼き尽くされるだろう。

 

 セリカのカバーは間に合わない。目の前で学校の先輩が光の奔流に呑まれるのを見ている事しかできない。

 

「ごめん……」

 

 果して、その言葉は誰に向けたものだったのか。それはシロコにも分からない。ただ、彼女の脳裏には今までの出来事が走馬灯のように目まぐるしく思い浮かんでいた。寂しくて、寒くて、悲しい記憶────そして、それを打ち消すような賑やかで、温かくて、楽しい記憶。

 

 これで、終わり────誰もがそう思っていた。

 

 だが。

 

「────え?」

 

 空を揺るがすような轟音と共に、今にもシロコを焼き尽くさんとしていた()()()()()()()()()()()。ワカモを除くメンバーがあれほど苛烈な攻撃を加えても揺るぐことすらなかったビナーが比喩でもなんでもなく、吹き飛んだ。

 

 100mを超える巨体、ビルを軽々超える質量を持つ鋼鉄の体が物理的に退いたのだ。当然の如く砲門は明後日の方向を向き、シロコを殺すためのエネルギーは未だ暗い空に山吹色の閃光を描くだけに至った。

 

 だが、それについて疑問を抱く暇は無く、横合いから猛スピードで接近していた小さな影に横抱きにされて危険地帯から強制的に脱出させられる。勿論、シロコだけではなく一緒に詰めていたセリカやハルカ、カヨコも一緒に。

 

「ふぃ〜、間一髪……私、今度はちゃんと間に合ったよね?」

 

 心底安堵したようなため息は、シロコが最も声を聞きたかった先輩のもの。空を写す二色の瞳には憂いや悲しみはなく、ただ後輩を思う慈しみと────誰かのために戦う戦意のみ。

 

「ホシノ先輩! 本当に……心配、したんだから……ッ!」

「……ごめんね、セリカちゃん。私が馬鹿だったよ」

「ん、その話はまた後で。今はアイツを止めないと」

 

 聞きたいことは山ほどあった。言いたいことは山ほどあった。だが、それらはまた後でいいだろう。今はやるべき事をやらなければならない。

 だって、彼女たちには────また、『明日』が、『続き』があるのだから。

 

「便利屋の子達も、シロコちゃん達のサポートありがとうね。これからは()()も一緒に戦うから」

「それはいいんだけど、私達って……」

 

 カヨコの疑問に、ホシノは遠くを指差す。その方向は折しもビナーが座す方角であり────鋼の巨体と対峙する小柄な少女が立っていた。

 

 そう────彼女こそがビナーを吹き飛ばした張本人。銃撃では間に合わないと判断し、砂漠という劣悪な足場で50m以上跳躍し────その膂力を以って鋼鉄の巨体を蹴り抜いたのだ。

 霊的装甲と物理装甲を併せ持ち、強固極まる防御力を誇るセフィラの一柱を、フィジカルに物言わせた唯の蹴りで退けたその異常性は語るに及ばないだろう。

 

「あれって……」

 

 豊かな白髪。捩じくれた角。廻る黒と紫のヘイロー。風に靡くは『風紀』の2文字。身の丈に迫る巨大な銃を担ぎ、たった一人第三のセフィラと相対する少女は────。

 

「これより、ゲヘナ風紀委員会は連邦捜査部シャーレの指揮下に入る」

 

 ゲヘナ最強、空崎ヒナ。風紀委員本隊に先んじて、この場に参戦した。

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