シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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其は、命へ至る輝き

 ビナーの再起動完了。それは膠着しかけていた戦況に一石を投じるには充分な出来事だった。

 

「あれが、ビナー……」

 

 ポツリと誰かが呟く声。だが、それに反応する者はいなかった。ビナーの圧倒的なスケールに誰しもが息を吞んでいるのだ。

 姿形は一切変わっていないのにも関わらず、目にした瞬間『違う』と直感してしまう。それ程までに劇的な変貌、変遷。神の席に、楽園に最も近い────いと尊き者。

 

 神秘質量、20億を超えて尚増大中。推定40億まで上昇すると推測。

 

 再起動に伴い、装甲の強度と攻撃性も跳ね上がった。物理装甲、霊的装甲は共に権能域に足を踏み入れ、唯でさえ高かった攻撃力は更に上昇。熱線は勿論であるが、VLSですらホシノの強固な防御力を以ってしても防ぎきれないだろう。

 

 更に、機能停止していたビナーの炉心も完全に起動した。ビナー……否、神名十文字(デカグラマトン)は共通して核融合を自力で行って活動のエネルギー源としている。

 

 超高温、超高圧状態における核融合反応。軽水素同士が直接反応する陽子(p)-陽子(p)連鎖反応(チェイン)……主に太陽の中心核にて行われる核融合をビナーは起こしている。

 言ってしまえば、完全顕現したビナーは一個の恒星なのだ。カテゴライズは侵略型神秘生命体。人類の手に余る星の怪物、未だ届かぬ宇宙の理と神秘を纏う旧き新しき神。

 

 核融合に伴い鋼鉄の体から放射される陽子を主成分とする宇宙線と、生成される神秘が合わさった致死の不可視光────通称、神秘線(ミスティック・レイ)

 宇宙線の有毒性と超高濃度の神秘の有害性が悪影響を及ぼし、最早ビナー周辺は生命が生存できる環境ではなくなってしまった。それはヘイローを持ち、圧倒的な身体スペックを持つ生徒達も例外ではない。

 

 ビナー周辺が『神秘の地獄』と形容される環境に成り果てた。

 

 先生は最低でも半径1kmよりも外にいなければ死は免れず、ヘイローを持つ少女であってもビナー本体から500mは離れなければならない。それ以上の接近は対抗手段無しでは不可能であり、圏内に入ったら絶命する。

 

「アロナ、対神名十文字(デカグラマトン)プロトコルを」

『はい! 生徒全員に適応します! あと、対権能プロトコルもですよね?』

「うん。アロナ、ありがとう────正念場だ。一緒に頑張ろう」

『勿論です! 何があっても、アロナは先生の御傍に』

 

 生徒達にビナー周辺でも活動できるように放出される有害物質の一切を無効化し、無害化するシールドが付与される。連続展開可能時間は30分、再展開が可能な回数は4回まで。このシールドが使える間にビナーを倒さなければならない。

 

 そして、アビドスと便利屋の面々は冷や汗が止まらなかった。手が震えて、目の前の敵を前に心を折ってしまいそうになる。

 

 アヤネやシロコが飛ばしていたドローンはビナーが再起動した瞬間に蒸発したのだ。ビナーの近くにいた、ただそれだけで文字通り消え去った。消滅する寸前、ドローンから送られてきた温度データは50万℃を超えており……何かの冗談かと思ってしまった彼女を責める事は出来ないだろう。

 

 アビドスの少女達は今まで沢山の脅威やピンチと相対してきた。記憶にあるだけでも神の知識(ザフキエル)を筆頭にカイザーPMCやヘルメット団、マーケットガード、その他諸々。

 

 だが、それらと比較してなお────アレは正真正銘の怪物だった。

 

「……先、生」

 

 先生の袖を握り、不安そうな声音で彼を呼ぶシロコ。目の前に聳える脅威は正しく『滅び』と呼ぶに相応しい存在であり、既存文明圏への悪意に満ちたものであった。

 ただ、そこに『在る』だけで害になる。神秘を放出し、物理法則を捻じ曲げ、周囲の環境を己の主に適したものへと塗り替える────それは宛ら、異界法則の展開。

 

 ビナーは神の知識(ザフキエル)と同じく、どうやってもキヴォトスの害にしかなり得ないのだ。それは、先生がこれらの存在達を『敵』と呼称する事が何よりの証拠となる。彼が敵と呼称するのは生徒を傷つけた者を除けば、キヴォトスの存続を脅かす存在だけ。そして、前者と対話を試みる事は有るが、後者はそれすらないのだ。

 

 絆と対話を重んじ争いを好まない彼が、言葉を交わすこともなく武力を以って滅ぼしに行く存在────それが神名十文字(デカグラマトン)だった。

 

「あぁ、分かっているよ」

 

 シロコを安心させるように、彼は呟く。あぁ、そうだ。分かっている。アビドスを訪れた初日からこうなる運命だと知っていた。放置するとビナーが完全顕現する事も、キヴォトスが大きな痛手を負う事も。そして、そんな未来を覆すために今まで手を打ってきたのだ。

 

 ホシノ。シロコ。ノノミ。セリカ。アヤネ。アル。ムツキ。カヨコ。ハルカ。ワカモ。ヒナ。

 今、此処にいる少女達。

 

 アコ。イオリ。チナツ。ユウカ。ミチル。イズナ。ツクヨ。ヒフミ。

 これから此処に来てくれる少女達。

 

 こんな未熟な己について来てくれた事、手を取ってくれた事、危険だと分かっていて尚、その大切な体と心を預けてくれた事に感謝が絶えない。

 

 彼女達は信頼してくれた。背中を、銃を預けてくれた。大切な何かを託してくれた。

 

 そんな大きな想い達に、この程度の事で報いれるとは欠片も思っていないが────それでも、己は武器を取ろう。彼女達が笑える明日の為に。

 

 先生は開眼する。瞳の蒼は秒刻みで深く、深く、マーブルを描きながら染まっていく。アロナ及び教室との完全同調。アロナと彼の境界が曖昧になってしまうほど、深く繋がっている。

 

「……ビナー。私を殺す、私が殺す敵。神の楽園への回帰を望み、満ち足りた場所から一歩を踏み出した勇気を愚かだと嘲るならば……私は、お前を認める訳にはいかない」

 

 キヴォトスを滅ぼす楽園の証明。彼が滅ぼすべき悪意。それを見つめながら先生は言葉を紡いでいく。

 

「この世界は流血を重ね、屍を重ね、進化を重ね、発展を重ねてここまで来た。それは、確かに正解ではなかったのかもしれないが……それでも、今ここにある世界には、此処で生きる人には大きな価値があるんだよ」

 

 例え間違いでも、今には大きな価値がある。確かな意味がある。それを。それを────。

 

「それをお前の勝手な基準で終わりにさせるわけにはいかない」

 

 彼女達の物語は続いていく。それにピリオドを打つのは彼女達でなければならないのだ。間違っても神の代行者を騙る我楽多ではない。

 

 神暦の世界。神秘を帯びた幼年期の子供たち。穏やかで、暖かくて、騒がしい────皆の居場所。

 其処を守るための戦い。互いの存亡を賭けた聖戦。

 

 そう、これは────世界を救う戦いである。

 

「行こう、皆」

「了解!」

 

 白のコートを翻しながら、先生は静かに開戦の号砲を響かせた。

 

 

 ▼

 

 

 先程の完全起動に合わせて全身改造(カスタマイズ)したのか、ビナーの攻撃パターンは増加していた。

 VLSはクラスター爆弾のようなより大量殲滅に特化した弾頭が新造され、機体の関節部には無数の射出口が出現した。ここからは通常の弾丸以外にも神秘を圧縮したエネルギー砲が発射可能だ。

 大口径主砲は動力源の起動により連射が可能になったのか、出し惜しみなく使用してくる。更にレーザー一辺倒ではなく超広範囲を纏めて薙ぎ払う拡散弾や、連射性を更に向上させた単発弾まで。

 それに加えて巨体を活かした攻撃や砂嵐といった超自然現象まで自由自在。付け入る隙が殆ど消されていた。危険度は勿論の事、兵器としての完成度もより向上している。

 

『シロコ! 216度転回、北西方向に火力を集中させて! タイミングは3秒後!』

 

 予備のドローンを全て起動させ、歩兵とは思えない火力を持つシロコは先生の指示通りにターン、鋒を突き付けるように銃口を向ければ、コンマ1秒遅れてドローンも其方を向く。周りを見ればノノミ、セリカ、ホシノが同じように引き金に指を掛けていて────刹那、アビドスの最大火力が発射された。

 

 先生による2重、3重の攻撃強化。主に連なるもの、聖なるものへの特攻付与。一神教に対する多神教の概念。それにより、銃弾1発ですら敵にとっては決して無視できない威力となっている。

 

 吐き出される圧倒的な火力に成す術もなく薙ぎ払われる敵達。広範囲を制圧するノノミと、漏れを精密射撃でカバーするセリカ、ドローンを含めた複数火器を持つシロコ、最強の突破力のホシノを前に逃げられるわけもなく、範囲内の敵は全て叩き潰された。

 

 そして────徹底的なデカグラマトン対策とアビドスの火力が合わさり、ビナーへ至るための1つの道筋を生み出した。

 

『突破する! ワカモッ!』

「仰せのままに」

 

 何時もの優しい雰囲気と声音をかなぐり捨てて、荒っぽくワカモを呼べば、彼女は音もなくアビドスと並び立った。タイミングは完璧、彼女達は生み出した道を疾走する。フォーメーションはシールドを持つホシノと遠近両方で戦えるワカモを先頭に、中衛にセリカとシロコ、後衛にノノミとシロコのドローン。彼女達の能力を最大限に活かしたポジショニング。

 

「突貫するよ! 皆、ついて来てッ!」

 

 言うや否や駆け出したホシノ達。だが当然敵も黙っている訳もなく、その行軍を止めようと攻撃を仕掛けに来るが────。

 

「大盤振る舞いよ! アビドスの連中の方へ行かせないわ!」

「アルちゃんかっこいい~! 私達も負けてられないねッ!」

「あ、アル様、先生! 御二人の為に根絶やしにしますからッ!」

「はぁ、熱くなりすぎ……でも、頑張らないとね」

 

 後方からアビドスに追い縋らんとする敵を全て一手に引き受ける便利屋68の少女達。後先考えない最大火力の全力投下は先生が来た余裕により生まれたもの。彼ならばきっと大丈夫────そんな信頼がこの行動を後押しした。

 アルの天才的な射撃センス。ムツキの広範囲爆撃。ハルカの狂気的な突撃。3人を統括するカヨコの援護。それに先生のサポートが合わされば負ける訳がないのだ。

 

 たった4人の奮戦。だが、それは決して無視できるものではなく、ともすればビナー本体にすら痛手を与えられる可能性を持つアルは明確に排除すべきターゲットとして定められた。

 向けられた無機質な殺意にアルは内心ビビりながらも────風紀委員長たるヒナの圧力の方が怖かったため、余裕ぶった口調を演出できた。

 

「背中は任せなさい、アビドス!」

「ありがとッ! あと、あの時睨んでごめんねッ!」

 

 アビドスの退路を確保しながら、それでいて敵を一体たりとも通さないように陣取る。アビドスと便利屋、互いに背中合わせの状態。文字通りの一蓮托生だ。

 アルは乾いた唇を舌で舐めて潤し、PSG-1(ワインレッド・アドマイアー)を片手で構え────その銃口を、敵へと向けた。

 

「ふふっ……ここを通りたければ私達を倒して行きなさい」

「アルちゃん、それフラグだよ?」

「ぜ、全員ぶっ殺します!」

「これで連中は本命に集中できる……あとは、私達が食い止めればいい」

 

 カヨコがリロードを挟みながら、冷静に状況を分析する。

 突破口は開けた。あとはワカモを含むアビドスが失敗しなければ、若しくは便利屋が敵を通さなければ理想的な運びと言えるだろう。尤も、そんなに上手く行くとはカヨコも思っていない。必ず何処かで綻びは発生する。

 だが、そこは先生が何とかする筈だ。彼の役割は戦場全体の統括、指揮、生徒の安全確保。それに加えて、各部隊の司令塔の統括。

 故に、便利屋全体の司令塔たるカヨコはこの場の事だけを考えていればいい。敵を一体たりとも通さず、この場を守り切れば充分役割を果たしたと言えるだろう。先ほどよりはずっと楽な仕事だ。

 

 勿論、ビナーに背を向けている現状は好ましくない。何せ、空を裂く絶大な火力をその目で見ているのだ。もし、アルやムツキ、ハルカに向けられれば────そう思うと、とても怖い。だが、そこは先生とアビドスを信用しよう。社長(アル)が、そうしたように。

 

 そんな事を思っていると、見知った顔から通信が届いた。量子波送受信機構(システム・メサイア)って便利だね、なんて思いながら────チャンネルをオープンにする。

 

『お久しぶり……と言うほどではありませんね、カヨコさん』

「アコ、何の用?」

 

 若干辟易とした声音でそう言うが、アコの余裕ぶった態度は崩せなかった。彼女が鈴を転がすような声音で笑えば、カヨコは面倒そうに溜息を吐いた。

 

「要件があるなら手短にお願い。今、こっちも正念場だか、らッ!」

 

 振り向きざまにH&K P30(デモンズロア)で敵の頭部を粉砕する。サイレンサーで抑えられた銃声。鼻孔を擽る火薬の香り。

 

『今、私達の方は少々余裕があります。ですので、カヨコさんに風紀委員会の砲手達を御貸ししようかと』

「……私達に貸していいの、それ」

『本来なら駄目でしょうが、今は先生の元で共通の敵と戦っていますから』

 

 通信越しに聞こえる爆音。時折、風紀委員本隊への指示が聞こえる。恐らく、彼女も近くにいるのだろう。表舞台に出て指揮を取るなんて珍しいが、事此処に至れば現地で指揮を取った方が良いのだろう。

 

『全員、優秀な人材です。カヨコさんならばきっと十全に指揮を取れるでしょう』

「……分かった。この借りは返すよ」

 

 腕を見込んだアコの申し出を、断る理由が無いカヨコは了承した。恐らく、たった4人で止めている事が気がかりだったのだろう。相変わらず素直じゃない、なんて思いながらも────即座に思考を切り替える。

 

 予想外の戦力付与はあったが、状況もやる事も概ね変わらない。敵を通さない、それだけだ。

 

『えぇ、楽しみが増えました────では、武運を』

「そっちこそ」

 

 その言葉を最後に、通信が切断される。次に話すのは全て終わった後、互いの無事を喜びながら。

 

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