シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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主の権能/空の星を、この手に

 ビナー本体はアビドス対策委員会とワカモ。

 その彼女達へ追い縋る敵の足止めは便利屋68。

 そして、先生が声を掛けた中で最大数の兵力を誇るゲヘナ風紀委員会は雑兵処理に徹していた。数えるのも億劫になる数の敵全てを、ゲヘナの治安維持機構が総力を挙げて潰しているのだ。

 

「アコ、第六大隊を下がらせて。第八機動小隊はカバーに回して、待機中の第十二大隊を投入する」

 

 それは最強のヒナも例外ではない。アコが風紀委員全体の指揮を取る傍ら、時折こうして口を挟みながら部隊を動かしている。

 

 被害状況が大きい部隊を下がらせて、補給と再編成を受けさせる。退却のカバーはミレニアムが開発した機動スーツを纏う隊に任せ、抜けた穴は待機中の部隊が埋める。理想的、とは言えないがそれなりに上手く事が運んでいるだろう。

 

「第十二大隊が展開するまでの時間は私が稼ぐ」

 

 その大きな要因はやはりヒナの存在が大きいだろう。最強クラスの単体戦力、広範囲殲滅に長けた武装、優れた頭脳、莫大な神秘。彼女一人でこの場の戦況をコントロールしていると言っても過言ではないほど、その身に秘めた決定力は大きかった。

 

 ビナーが最上位警戒対象に彼女を含めるのも道理だろう。起動前とはいえ大質量の巨体を唯の蹴りで揺るがせたのは覆せない事実であるし、本気になれば今のビナーとすら真正面から()り合えるスペックを持っているのだ。

 仮にヒナがあらゆる被害を無視しこの場の風紀委員を全員見捨てビナーに向かったら────恐らく勝てるだろう。それだけ、彼女という存在は強大だ。勿論、彼女が風紀委員を見捨てるなんて万一にも有り得ないため、この仮定は成立しないが。

 それに加えて、この場の雑兵はヒナが釘付けにしているようなものなのだ。彼女が移動したらそれに追随するように大規模な兵力が移動するだろう。

 だが、それでも────彼女がこの戦場において重要なファクターである事は疑いようのない真実であった。

 

「ターゲットを確認」

 

 トリガーを引き、敵を蹂躙する。7.62mmNATO弾が分間1200発吐き出されるその様は正しく暴風雨の如く。機関銃という火器はこの場において最も有効な暴力の1つに数えられるだろう。ヒナの神秘であれば弾丸数発で大抵の敵は叩き潰せる上に、貫通弾による撃破も狙える。対集団戦闘において彼女を上回る存在はいないであろう。

 

 マガジンの弾を全て吐き出し終え、トリガーにロックが掛かる。ヒナは表情を一切変えずに即座にリロードを挟もうとするが、それを隙と見たのか数体の敵が接近してきた。彼我の距離は30mもない。リロードを終える頃にはもっと縮まっているだろう。

 

 絶大な火力、殲滅力を誇るヒナ。だが、銃弾は当然無限ではないため必ずリロードを挟まなければならない。その隙に、銃を活かせない至近距離まで潜り込んで一気に叩く────戦術としては間違っていないだろう。

 

 だが、致命的な読み間違いが一点ある。それは、相手がヒナである事────ただ、それだけだ。

 

 即座にリロードを済ませたヒナは、あろうことか銃を空中に放り投げた。そのまま獣のように姿勢を低くして、足の筋肉を使ったしなやかな疾走、一瞬で距離を踏み潰す。真正面にはアサルトライフルを持ったオートマタ。

 

「甘いわ」

 

 神速の貫手。それはオートマタの装甲を裂き、内部フレームを砕き、ICを割り、さらにそれらを逆手順で貫いた。一瞬で機能停止に陥ったオートマタから手を引き抜き────明るい紫の眼光が次なる敵影を捕える。

 

「……」

 

 振り向きざまに回し蹴りを繰り出し、背後から接近していたオートマタの頭部を吹き飛ばす。遠い場所で頭部が落下する音が聞こえたが、まだ敵の内部システムが生きているようで頭が無い状態においても彼女に銃を向けてきた。

 

 だがそんな事に一々心を動かす訳もなく、極めて冷静に銃を持つ腕を膂力に物を言わせて捩じ切り────マニピュレータが持っていた銃を拝借。そのままトリガーを引き、近寄っていたオートマタとドローンを適当に撃破して────そこで漸く、空中に放り投げた銃をキャッチする。

 

「殲滅する」

 

 弾切れしたアサルトライフルを敵に向けて投擲し、キャッチした愛銃で以って敵を薙ぎ払う。荒れ狂う暴力の嵐が去った後には、巨大な翼を羽ばたかせるたった一人の少女が立っていた。

 

 ────これが、ゲヘナ最強。キヴォトスの頂点の一角。

 

 その身に宿す神秘はソロモン72柱、序列第一位のバアル。或いは、バエル。元はセム族の主神、天空と豊穣、植物、英雄神であったバアル。ホシノと同じ系統の天空神の神秘。

 

 悪魔としてのバアルの起源は、異教徒の主神を異端として弾圧するために歪めたことだ。かの有名なベルゼブブも、主神バアルを称える言葉であるいと高き王(バアル・ゼブル)を貶めるために生まれ、それが一人歩きした結果。故に、神としての側面と悪魔としての側面の2重属性を持っている。

 

 他にも、バアルを表す言葉は多くある。東の王、神殿の王、館の主────他にも、色々。

 

 その中でもヒナは『館の主』という言葉を気に入っていた。その理由は単純で、大切な人を連想できるから。

 

 ────(シャーレ)(先生)

 

 少々無理矢理だろうか? 確かに、思い付いたときは自分でも頭に砂糖が詰まっているのじゃないかと考えたし、らしくないと言われるかもしれないが────それでも良かった。どんな形でも彼との繋がりを感じる事ができるならば。

 

 ヒナは一つ息を吐いて、コートを翻す。この場は大方蹂躙した。手が空いている今は押されている箇所のカバーに行かなければならない。

 

「頑張ってね、先生」

 

 ヒナはそう言って、とても優しく笑った。

 

 

 ▼

 

 

 ビナー本体との交戦は、激戦と呼ぶに相応しい様相を呈していた。四方八方から襲い来るレーザー、空から降り注ぐミサイル群、至る所で巻き起こる砂嵐と、圧倒的な火力を持つエネルギー砲。

 

 大半の銃弾は強固な装甲を持つビナーにとって意味を成さない。この場で痛手を与えられるのはノノミのミニガンによる集中砲火か、ホシノのゼロ距離射撃か。前者に関してはこの場で長時間足を止められないため現実的ではなく、後者は接近する隙が無いためそもそも不可能だ。故に、取る手段は。

 

『シロコ、ミサイルの制御権を貰うね!』

「了解!」

 

 シロコのドローンに搭載された小型ミサイルしかないだろう。彼女のコマンドにより放たれたミサイルの制御権は即座に先生へ譲渡され、複雑な軌道を描きながらCIWS代わりのレーザーを掻い潜りビナーへ着弾。装甲の一部が吹き飛んだ。

 

 しかし。

 

「ッ! あれは……」

「嘘でしょ!? アイツ、再生できるの!?」

 

 先程吹き飛んだ装甲が復元し始めているのだ。その様子は生命体の細胞分裂によく似ている。残った部分、無事な部分から足りないもの、欠損したものが生成され、一切合切元に戻る────そう思ったが。

 

『やらせませんッ!』

 

 アヤネの声が通信越しに響いたかと思えば、先ほどミサイルが着弾した場所を中心に大きな爆発が起きた。その衝撃はビナーが身(じろ)ぎをするほどであり、シロコが付けた傷を更に拡大。加えて再生速度も目に見えて落ちている。

 

「ナイス、アヤネちゃんッ!」

 

 必要のないドローンに有りっ丈の爆薬を詰め込み、その上からアロナが再生阻害やその他諸々を重ね掛けした一回きりの特攻兵器は大きな戦果を挙げた。ノノミもミニガンの火力を存分に活かし、セリカとシロコ、ワカモは各々持ち得る最大火力で以ってビナーを屠らんとする。

 

 そして、そのビナー本体を駆け上がる小さな影が1つ。

 

「ゼロ距離射撃、避けれないでしょ?」

 

 ビナー頭部、右眼球に当たる場所に立つホシノは迷いなく引き金を引いた。刹那、耳を劈くような不協和音が響き、空気が爆発したかのような衝撃波が全身を襲う。ビナーはホシノを振り落とそうとその巨体を捩らせるが、駆け上がる直前に貰ったワカモの短刀をハーケン代わりに突き刺している彼女は一向に離れない。

 

 左手で刀の柄を掴み、右手でショットガンの引き金を引き続けるホシノ。だが、一方的な有利が何時までも続くわけもなく、マガジンを空にしたタイミングで短刀が外れ彼女は空中に投げ出される。そして、宙に浮き身動きが取れない彼女へ向けてビナーの砲門が向けられた。

 

「ホシノ先輩!」

 

 収束する黒の極光。荒れ狂う熱エネルギーと、狂う磁場。ホシノは思う、()()()()()()()()()()()()と。

 これから放たれるエネルギー砲の種類は拡散タイプだ。助けに来ようとしたら諸共焼き尽くされてしまう。つまり、1人を見捨てるか、2人仲良く傷を負うか。幸い、自分は頑丈だ。シールドが展開できなくとも何発か耐えられるだろうし、この高さから自由落下しても死にはしない。

 

 それにしても、AIのくせに厭らしい戦術だ────そんな事を思っていると、収束する光の前に半透明の障壁が張られた。

 

『ワカモォ!』

 

 先生の荒い叫び。それと同時にホシノの視界を焼き尽くすような光が奔った。だが、致死性の熱はホシノに届かず全て阻まれる。それに対して疑問に思う隙も無く、横合いから軽い衝撃が体を襲って────ホシノは己を抱える少女の名を呟いた。

 

「────狐坂、ワカモ」

「刀を貸せと仰ったと思えば、こんな無茶な突撃に使われるとは……」

 

 溜息交じりに宙を舞う黒の着物。それを撃ち落とさんと無数の殺意が迫るが、その一切は彼女達に届かない。躱され、防がれ、或いは切り払われ────無傷のまま、彼女達は砂漠に降り立った。

 

 そして、後衛のアヤネもいつの間にか合流していた。漸く揃ったアビドス対策委員会、フルメンバー。

 彼女達の顔に一切の負の感情は無い。敵いようのない脅威だと知りながら、必ず勝つと豪語しよう。

 眼前には未だ健在の滅び。半壊した頭部が蠢くが、再生速度は欠伸が出るほど遅い。それが不快なのか、ビナーは一度絶叫した後────己の最奥に手を伸ばした。

 

『御手の業はまことの裁き、主の命令は全て真実』

 

 無機質な機械音声。聖典の一説、その引用。

 

『御名は畏れ敬うべき聖なる御名』

 

 ────主の『権能』が発動する。

 

聖四文字残滓(テトラグラマトン)十の災い、降り注ぐ零の雫(プレイグス・セプテム)

 

 アビドスの少女達は初めて、その目で本当の『神』を見た。

 

 

 ▼

 

 

 雷鳴が轟き、黒に染まる空から降り注ぐは夥しい数の雹だった。それは出エジプト記に於いて聖四文字がイスラエル人を救うためにモーセを介してエジプトに下した災禍────十の災い、その七つ目。稲妻と共に降り注ぎ、植物を枯らし、生き物を殺し、あらゆるものを砕いたとされる雹。その再現が少女達に牙を剥いた。

 

 無限すら砕かんばかりの権能。ビナーは目の前にいる少女達だけでなく、()()()()()()()()()()()()()を攻撃しているのだ。此処まで事態が切迫してしまった今、カイザーや借金がどうのこうの、というスケールの問題ではなくなってしまった。

 

 文字通りの規格外であり、星を塗り替える異界法則そのもの。キヴォトスを滅ぼす神の代行者だった。

 

 酷く寒い。吐く息が真っ白だ。今は春だというのに計測された気温はマイナスに突入しそうな勢いで低下している。このまま放置すればアビドスの気候そのものが変わってしまうだろう。ビナーが影響を与えている範囲も秒刻みで拡大しており、30分にも満たない時間で人が残る市街地を呑み込む────そんな演算結果が出ていた。

 最早猶予はない。一刻も早く倒さなければ文字通りアビドスは死ぬだろう。

 

 だというのに。

 

「……ふへっ」

 

 ホシノは笑っていた。

 

「うん、私って本当……幸せ者なんだなぁ」

 

 噛み締めるように呟く彼女を見て、アビドスの少女達もまた笑う。

 

 そう────ホシノという少女はずっと幸せだった。夢を託してくれた先輩がいて、大好きな後輩がいて、その後ろでは見守ってくれる大切な大人がいる。

 その幸せにずっと気が付かない振りをしていた。自分なんかが、と幸福を受け入れられなかった。その行為が、自身と関わってくれた全てに泥を塗るも同然だと分かっていてもなお、少女の心は幸福を拒絶してしまった。

 

「私には、仲間がいるんだ。一緒に過ごして、馬鹿やって、喧嘩して、笑い合える────本当に、大好きな人達が」

 

 だが、今は違う。ホシノはこの幸福を受け入れた。傷だらけで、不格好で、下を向いても────それでも、共に在ってくれた沢山の幸せを小さな胸で抱きしめる。

 

 抱え込んでしまった。沢山の思い出も、過去も、問題も、責任も。なまじ、自分一人でもどうにかなってしまうからそればかり。誰にも話せず、誰にも言えずに、ここまで来てしまった。

 

 でも、今は違う。ちゃんと話せる。言えなかったこと、言いたかったこと。

 私は孤独じゃない。独りぼっちじゃない。共に歩いてくれる誰かがいて、共に笑ってくれる誰かがいる。心と心の輪はいつまでも、何処までも繋がっているのだから。きっと(ユメ先輩)にも繋がっているはず。

 

 ────今だったら、そう信じられる。

 

 さようなら、弱くて泣いてばかりの昔の私。でも、置いてきぼりにはしないよ。弱さも強さも、過去も現在も抱いて一緒に歩いて行こう。

 

 この先に広がる、透き通った蒼色の明日(みらい)に。

 

 シロコを見ると、彼女は微笑みを浮かべてサムズアップ。

 ノノミを見ると、彼女は満面の笑みで銃を構えた。

 セリカを見ると、彼女は少し顔を赤くしてそっぽ向いた。

 アヤネを見ると、彼女は力強く頷いた。

 

 ワカモは敵を見据えている。そのブレない芯が今はとても頼もしい。

 

 ホシノは拳を高く、高く突き上げる。

 

 今まで、誰も救えなかった小さな手。

 手放してばかりで、すり抜けてばかりで、失ってばかりで。何一つ成せなかったと泣いて、悔やんでばかりいた。

 

「私達は、アビドス対策委員会!」

 

 だか、それでも手放さなかったものがある。

 すり抜けなかったものがある。

 掴んだままのものがある。

 

 誰も救えなかったなんて嘘だ。彼女はちゃんと救えるものがあった。救ったものがあった。そして────これからも、彼女の手はきちんと誰かを守れ、救える。

 

「アビドス対策委員会、出撃ッ!」

「おーッ!」

 

 空の星を、この手に。

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