シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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■■、■■

 気合を入れ直したアビドスを嘲るようにビナーは叫び、その巨体を捩らせ砂の津波を巻き起こした。神秘纏う砂塵は鉄筋コンクリートすら削り取る破壊力を持つが、今回はそれだけでない。砂漠に積もった雹がこの津波の中に紛れ込んでいたのだ。

 全てを呑み込み、叩き潰そうとする意図が見え透いている技。圧倒的なスケールを持つ神の災いの前に躍り出たのは、盾を構えたホシノだった。

 

「私に任せてッ!」

 

 巻き起こされた災害に比べて余りにも小さな体。都市すら呑み込まんとするスケールを前に、ホシノは犬歯を剝き出しにして獰猛に笑う。欠片も臆さず、迷わず、躊躇すらなく、突っ込み────盾と津波が衝突した。

 

「ぐ、うぅ……!」

 

 全身が砕けんばかりの衝撃がホシノを襲う。猛スピードの重機に突進されたと錯覚するほどのインパクトは先生が展開した三位一体(トリニティ)の概念と同調した3層の障壁を砕き、彼女の盾へ、体へと伝搬した。

 

 骨が軋む。筋繊維が千切れる。あらゆる細胞が悲鳴を上げている。無理だ。不可能だ。ホシノの冷静な部分が己に死を突き付けるが、それがどうしたと前進する。無茶も無謀も承知だ。その上で、やらなければならない。

 無茶をこじ開けろ。無謀を押し通せ。不可能を可能にしろ。足りないなら搔き集め、至らないなら振り絞れ。

 そうしなければ愛したアビドスが滅ぶ。そんな当たり前の現実から目を背けるな────! 

 

 ホシノは母音の『お』を断続的にがなり立て、怒鳴り上げ、喉を震わせる。どくん、と脈打つ心臓。輝く光輪(ヘイロー)。刹那、爆発する神秘。この瞬間、小鳥遊ホシノという少女は己に課せられた限界を1つ踏み越えた。

 

「オォッ────!」

 

 ホシノは力任せにシールドを振り抜く。彼女達を呑み込まんとした砂の津波は一切合切粉砕され、誰にも傷を負わせることなく全て元の砂漠に戻った。そして、返す刃のような神速の銃撃。構えて、照準を合わせ、トリガーを引くまでにコンマ何秒のオーダー。

 

 ────体が軽かった。秒刻みに進歩しているような気がする。強くなっている。格段に、自分でも明確に分かるくらいに。まるで思考と行動が直結しているような、あらゆるタイムラグがない。アドレナリンが溢れ出る。五感が冴え過ぎていて気持ち悪いくらい。第六感も鋭敏だ。まるで未来が見えているように相手の行動が手に取る様に分かる。コンバットハイ、唇の両端が軽く吊り上がる。瞳孔が拡大して2色の瞳が剣呑な色を帯びた。

 

 殺到する攻撃を全て躱し、防ぎ、間隙に銃弾を放つ。その動作を数回繰り返すとビナーの防御壁と装甲が粉砕された。

 それを見て、ホシノは叫ぶ。

 

「攻撃は全部私が受け止める! 皆はその間に攻撃してッ!」

「了解ッ!」

 

 再展開される先生の防御壁。これのおかげでかなり負担が軽減された。先ほど負った傷も全て再生が終わっている。手を軽く何度か握ったり、足首を回したり……違和感がない事を確認。シールド本体の方もまだ無事だ。これならばある程度は耐えられるだろう。

 

「それにしても、この先生のサポート……ちょっと反則過ぎないかな~?」

 

 ホシノは苦笑いして、遠くで自身達のサポートをしている彼の姿を幻視する。戦場で欲しいあらゆるデータを表示する機能、円滑な双方向通信、練達と呼ぶことすら侮辱になるほどの指揮。

 それだけでも厄介なのに攻撃強化、防御強化、再生強化まであるのだ。彼個人の戦力は皆無だが、直接戦闘以外にやれることが多すぎる。彼一人で何人分の仕事を熟すのだろうか。

 

 ────と、そこまで考えて思考を切り替える。目の前の敵はまだ健在だ。余計な事に思考のリソースを割くわけにはいかないだろう。

 

 シロコとセリカが機動力を活かしてビナーの狙いを絞らせないように攪乱。それぞれ愛銃で掃射を行いながらダメージを与える事に注力している。ノノミは自慢の火力でビナーの装甲を吹き飛ばす事に尽力し、アヤネは支援を行いながらP229(コモンセンス)で射撃を行っている。

 ワカモはビナーを攪乱しつつ攻撃し、他の4人のカバーを行っていた。流石は音に聞こえし七囚人、武闘派筆頭の面目躍如と言えるだろう。一人でできる事、やれる事が多い。それは彼女が慕う彼にそっくりであった。

 

 ホシノは盾を構え、襲い来る神秘の雷を防ぐ。悪なるものを焼き尽くす天からの光、災いの一部。先ほど津波よりも更に重い衝撃を全身が襲うが────耐えきった。次の攻撃までのインターバルが反撃の好機。

 表面が焼け爛れ使えなくなった盾を放り投げ、ショットガンを片手にビナーへ突貫するホシノ。その姿は2年前、天才的なセンスと超攻撃型の戦闘スタイルを持ち、各所から畏れられた暁のホルスと呼ばれた少女そのものであった。

 

 攻撃は全て躱すか、先生のシールドを信頼してノーガード。ビナー以外は一切目に入らないと言わんばかりに最短距離を最速で駆け抜けた彼女は、遂にビナーの懐に潜り込んだ。

 

「ハァ────ッ!」

 

 ビナーの全身を覆う銀色の装甲。それを素手で力任せに引き千切り、内部を露出させるとそこにショットガンの銃口を突き付ける。

 そのまま彼女は迷いなくトリガー。1マガジン分たっぷりと弾丸を叩き込んだ。おまけと言わんばかりに手榴弾を損傷の近くに置いて逃走。起爆した途端にビナーが怒り狂ったように体を暴れさせ、辺りに無差別な破壊と砂嵐を齎した。

 

 巻き込まれたくない少女達は危険を察知した途端に離脱を選択し、迷いなくビナーから離れて様子を窺う。確かにダメージは与えられている。再生阻害が有効に働いているのか、ビナーの装甲や損傷は一向に復元する様子はない。だが、行動不能になるほど大きな傷は与えていなかった。目の前にいるビナーはピンピンしているし、出力が低下している様子なんて微塵もない。

 

 膠着状態だった。攻撃は通るが、有効打が与えられない。このままだと不毛な争いを数時間に渡って繰り広げなければならず、そうなってしまえば災いがアビドス全域を覆い尽くして終わる。

 

 ホシノは思考を回す。盾の予備はあと2つ。だが、今必要なのは攻撃力だ。防御力はお呼びじゃない。攻撃力に秀でている空崎ヒナは────いや、駄目だ。彼女がいなくなれば前線が崩壊してしまう。

 

「うへ、どうしようか。このままじゃジリ貧だから、何処かで手を打たないと────」

「あぁ、そうだね。勿論、切り札はあるよ」

 

 少女の後ろから誰よりもこの場に相応しくない者の声が、聞こえた。

 

 

 ▼

 

 

「────」

 

 時間と空間の隙間、或いは断層。戦いの最中、意識と意識の縫い目の中をゆっくりと歩く。答えは既に見えている。風景は全て溶けて伸びている。時間の流れはとても遅い。

 

 オートマタの残骸を踏みながら、避けながら、誰にも悟られる事なく────先生は最前線へ向かっていた。アロナのナビゲーションを頼りに、誰もが意識を向けない場所を縫う様に、ビナーへ向かう。

 

「……」

 

 その足取りはまるで夢遊病の患者のようだった。だが、彼の意識ははっきりとしているし、目的も明確に定まっている。ただ、足取りだけが夢を見ているみたいに虚ろだった。

 

 やる事は唯一つ。ビナーを停止に追い込むこと。可能ならば破壊まで持っていきたいが、それが難しいのはよく分かっている。故に、最低でも修復に半年以上掛かるような傷を負わせられればそれで充分だ。

 

 ────彼は過去を思い返す。

 

 数多の滅びと対峙した。誰かの為に滅ぼした。彼女達の為に殺すことを選んだ。

 先生は神の楽園ではなく、幼年期が終わる少女達の生きる世界を選んだ。懸命に、頑張って生きている彼女達を選んだのだ。

 

 その選択は、微塵も後悔していない。この世界は彼女達が生きる場所なのだ。神の愛玩具が躍る劇場ではない。

 

 ────故に、この手で。

 

 まるでこの世界に空いた空虚な孔のように、悟られる事なく────先生は、アビドスの少女達とワカモの元に辿り着いた。

 

「せ、先生ッ!? 危険です! 今すぐここから────」

「心配ありがとう。でも大丈夫だよ。短時間なら障壁も持つし、身体だって耐えれる」

 

 最も苛烈な戦いが繰り広げられている最前線へ護衛すら付けず一人現れた彼に皆が驚愕し、後衛の方に戻ることを促すが、彼は笑ってやんわりと断った。

 確かに、この場は先生が生存するのには全く適さない環境だ。足場の砂粒1つ、大気に至るまで濃密な神秘を帯びている。それに加えて宇宙線まであるのだ。この場の全ては神秘を持たず、柔い体の彼にとって猛毒にも等しいだろう。

 

 それは防御壁を携えていても変わらない。現に彼は呼吸1つするだけで肺と喉が焼けるような痛みが襲っており、秒刻みで全身の細胞が死滅している。体のあちこちが異常を訴え、シッテムの箱にリンクさせている彼のバイタルデータも様々な箇所がイエローゾーンに突入している。アロナが慌てて防壁の強化と改善を頑張っているが、仮にそれが終わっても彼を蝕む毒を完全に無害化できるわけではない。

 この場に彼が留まれるのは長くて1分。それ以上の滞在は死を意味する。

 

 そして、そんな事を誰にも悟らせない先生はいつも通りの笑顔を浮べて。

 

「少し時間を稼いでほしいんだ。20秒程度。それだけ貰えれば、後は何とかする」

「20秒……」

 

 たった20秒、されど20秒。ビナーという怪物を相手取る20秒は想像よりもずっと長いということは、彼女達が一番よく分かっていた。時間を稼げばいいと言うが、あんな化け物を相手に────と、頭の冷静な部分が無茶と笑うが、少女達の意志は既に固まっている。

 

「20秒、先生に狙いを向けさせなければいいんだよね?」

「あぁ、無茶なお願いだとは分かっている。でも────」

「ん、そうしなきゃいけないんでしょ? 私は、やる」

 

 シロコの頼もしい頷き。できるできないではなく、やる。根性論と言われればそれまでだが、それでも。

 彼女は仲間達を見渡し、分かり切った意志を確認する。

 

「私も頑張りますね☆」

「分かったわよ! やればいいんでしょ! だから、先生も無茶だけはしないでね!」

「はい。先生の20秒、何としてでも稼いでみせます」

 

 アビドスの頼もしい頷き。無茶だと、無理だと分かっていて尚────託してくれた。信じてくれた。

 それを本当に嬉しく思い、必ず報いなければと決意を更に固くする。失敗は許されない。敗北も許されない。

 

 手に掴むのは疑う余地もない完全勝利。求めるのは完全無欠のハッピーエンド。

 

「ありがとう、皆……ワカモ、頼むよ」

「はい。必ずや」

 

 深い忠誠の言葉。片膝を突き、騎士のように首を垂れる和服の彼女は彼の勝利を信じて疑わない。彼ならばできると信じているのだ。彼は、どれだけ遠く穢れても己の道を進み続ける。

 ワカモはその道を肯定してあげたかった。間違ってないのだと、正しいのだと。

 故に、それを阻む者は全て踏み潰す。そして、彼の元へと帰るのだ。

 

「うへ、皆、気合充分だね。先生、私も時間稼ぎに行けばいいかな?」

「いや、ホシノは別でやってほしい事があるんだ。それに協力してほしい」

「うん、私が出来る事ならなんでも任せて」

 

 先生とホシノは顔を見合わせて緩く微笑む。そして、彼は息をゆっくりと吐いて────瞳を鋭くした。

 

「クラフトチェンバー、テイラーメイド、コード13」

 

 十字教の忌み数が割り当てられた礼装は尊き者を蹂躙する致死の牙。

 七の罪悪で強制的に堕天させる神殺しの杭。

 

 重厚な音を立てて、銀色の直方体が何もない空間から落下する。1m四方、高さが2m程の立体。側面からは2本のコードが伸びていて、片方はタブレットやスマホの端子に対応した物、もう一つは先端が針のように尖っている。

 

「────」

 

 彼は無言で物体から伸びる2本のコードを1本はシッテムの箱へ、もう1本は彼自身の首へと突き刺した。コードの先端が筋肉に触れ、神経に触れ、骨に触れる。突き刺した首からは一筋の血。音もなく流れて、先生の纏う制服を血の色で汚した。

 

「先生ッ」

「大丈夫だよ、心配しないで」

 

 突然の自傷行為にホシノは目を丸くして先生を見つめるが、彼は笑って手を振る。これの完全起動には必要な動作なのだ。先生が必要なデータを演算し、術式を構築し、それをアロナが礼装に組み込む────そういう構造になっている。つまり、アロナと先生の共同作業だ。

 

「ホシノ、これを挟んで私の反対側に立ってくれないかい?」

「え? う、うん……」

「一か所だけ色が変わっている場所、分かるかな? そこに手を翳して」

 

 先生の指示通りに物体を挟んで彼の反対側に立ち、色が変わっている部分に手を触れさせる。刹那、触れた箇所から淡い光が物体全体に奔った。それは亀裂のようなものであり────何かが中から生まれようとしているとホシノは悟った。

 

「うん、そうそう……じゃあ、行くよ」

 

 幼子へ声をかけるような音色、ホシノを安心させるための声でそう云って。

 

『すたんばい、すたんばい、すたんばい』

 

 幼い、少女の声。

 

空の星々よ(スタンバイ)青の教室よ(スタンバイ)蒼き少女よ(スタンバイ)

 

 その詠唱(ランゲージ)はビナーが聖四文字(テトラグラマトン)へアクセスするために用いたものと酷似しているが、その根本は全く別だ。

 

キミはいつも(スタンバイ)私の傍に(スタンバイ)いてくれた(スタンバイ)

 

 大切な誰かを守るために。

 

「──── ()()()()

 

 神殺しが幕を開ける。





 75話.神秘、装填

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