シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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撃鉄が落ちる。火花が散る。世界、或いは意識の切り替え。前人未到の神殺しが幕を開けた。長く続いたアビドスの悲しみに終止符を打つために。
届かぬものを蹂躙する神秘が装填される。
『システム起動、神秘収束────演算開始』
アロナがシステムを励起させて、稼働に必要な神秘を礼装に集束する。取り込む量自体は然程多くないが、その密度だけが尋常ではない。極限まで礼装に神秘を集束させて、恐るべき突破力を以って敵を打ち破るのだ。防御も装甲も関係ない。全て貫通し、狙うのは唯一点、その心臓。
『
仮に砂や砂糖でも莫大な質量を極限にまで圧縮し、超高速で射出すれば全てに風穴を空けられる────という理論と全く同じだ。神秘という不定形なものに形を与え、それを極限まで圧縮し、内部で爆発させることで加速度を与えて────その突破力で敵を穿つ。
口からどす黒い赤が肌を伝いながら落ちて、砂漠の地面に毒々しい花を咲かせた。脳がオーバーヒート寸前だ。あと少しで神経が焼き切れて廃人になる────その一歩前まで酷使し、相手のスケールを演算して堕天術式を構築する。
だが、当然それを許すビナーではなかった。
「────」
ビナーは酷く冷静に先生を殺す術を演算する。本体からの攻撃は確実に防がれる。では雑兵を使うか────否、即座に彼を殺せる者は居ない。そもそも、ビナー本体の攻撃でなければ彼の防壁を振り切る事はできないだろう。
ではどうするか。答えは単純、意識が向けられていないビナー本体を使えばいい。対象はホシノが壊した本体の一部。そこにはお誂え向きに神秘を発射する射出口が付いている。
破壊されたものを遠隔操作で起動させ、圧縮し、演算し────致死の弾丸を装填した。
「──────ぅぁ」
神速、と呼ぶのが相応しい攻撃だった。第3宇宙速度を超える初速で飛来したエネルギーは脇目も振らず一直線に、最速で──────先生を貫いた。アロナの防壁は間に合わなかった。
脆弱な肉の体に風穴が空く。場所は左胸、心臓直下。ごぽり、と零れる赤色。口から溢れる血。そしてソニックムーブに傷つけられた内臓が絶叫を上げ、激痛を脳に送る。
全身の力が抜けて、思わず片膝を突いて跪いてしまいそうになり────。
「せ、せんせ────」
「構うなッ!」
鋭い声と共に、先生は耐えた。ホシノの声を起爆剤にして、彼は足を踏ん張る。そうだ、こんな所で倒れる訳にはいかない。必ず全員で、生きて帰るのだ。
崩れそうになる両脚に力を込めて、大地を踏みしめる。口から漏れた血を乱暴に拭って、眼前の滅びを見据え────その顔を獰猛に歪めた。
あぁ、致命傷だ。血管が損傷した。心臓を含む内臓も傷を負った。近い内に死ぬだろう。
「狙いが甘いじゃないか、ビナー。お前を殺す悪意は此処だぞ……!」
パッチを使用して止血し、ナノマシンを多量に打ち込んで傷を再生させる。それに加えて
「それに、私の勝ちだ」
『殲滅対象、捕捉完了』
アロナと先生の意志がついに神の代行者を捉えた。
生命樹第三セフィラ、
神秘質量、45億7800万。
発生区間、146億年。
神格規模、
改めて考えても馬鹿げているとしか言いようがないスケールだ。正に神の名に相応しい。今期の生命では何一つ及ばない、怪物の中の怪物。あと10万年の進化と発展を重ねて届くかどうか。少なくとも宇宙に進出した程度の文明では一切太刀打ちできないだろう。
だが、それでも────戦う手段はある。
『礼装、疑似展開完了』
ホシノが手を翳した場所を中心に銀色の装甲が剥離し、中に存在する本体が徐々に露になる。メカニカルな外見。キヴォトスでよく見る銃とは根本的に武器の種類が異なる。しかし、一部の形状は銃と似ていた。持ち手があり、トリガーがある。恐らく、何かを射出する機構。だが、その口径だけが馬鹿げている。対物ライフルですら比較にならない。
「────正統顕現、
先生の一声と共に、覆われていた装甲の全てが吹き飛んだ。
▼
概念武装、
簡単に言ってしまえば、罪悪の押し付け。悪と穢れを突き付けて完全を破壊し、神の御許から追放する。故に堕天術式。
礼装の形は巨大な
「先生、これ……」
ホシノの身長には不釣り合いなほど巨大な得物。それを見上げる彼女の表情には驚愕が大きく浮かんでいたが……その裏側には恐れと不安が滲んでいた。
やはり怖いのだろう。敵ではなく、この礼装自体が。
滅びを滅ぼす殲滅兵器。先生が辿り着いたセフィラ殺しの真実。殲滅力こそ低く応用も効きにくいが、対セフィラ、対神格、対尊き者に過剰なまでに振り切れている。正に殺戮の機能美。敵を殺す、その一念のみを突き詰めた結果、そこに危険な美しさを孕んでしまった。
「ごめんね、こんな役を任せちゃって」
その怯えを的確に感じ取った先生は、本当に申し訳なさそうにホシノに笑いかける。
こんな殺戮の道具を生徒に握らせたくなかった。生徒をビナーの懐という危険地帯に突っ込ませたくなかった。本当ならば自分がやりたかった。
だが、できないのだ。己はヘイローを持たないから。後先考えず大人のカードを使った自爆特攻染みたやり方であれば一回程度は使用できるが────今はまだ使うべきではないと弁えている。
ホシノは先生と礼装を交互に見つめ、それから意を決したように口を開く。
「……ううん、いいよ。それに、私の大一番だ。アレを倒す大役を任せてくれてありがとう、先生」
ふわり、と天使の羽が落ちた様な笑顔。くるりとしていて、愛らしい……ホシノらしい笑み。
言いたいこと、聞きたいことは沢山あった。何故こんなものを用意できたのか。これは、ともすればヘイローすら砕くことができるのではないか。殺意を形にしたような道具を一番戦いが似合わない彼が持っていることも。
それに加えて、他ならぬ先生自身の傷。口から零れたどす黒い赤を、胸から零れた鮮血の赤。大丈夫ではないことは明白だ。また
だが、彼女はその全てを呑み込んだ。呑み込んで、敵を倒すことを選択した。何故ならば、彼の眼には確かに意志があった。必ず生きて帰るという意志が。大団円を掴む決意が。少し前、『仕方のない事だから』と、痛みを受け入れていた諦観の彼はこの場に居ない。
だから、安心して前へ進むことを選べた。何処へ行っても、彼と繋がっていられる。システムで、心で。何処へ飛び立っても、彼は必ず帰りを待ってくれている。まるで夜天を照らすシリウスであり、導のポラリス。旅人の道しるべ。
黒服の『彼の何を知っているのか』という問い。それに今なら自信を持って答える事ができる、何も知らない。だから、これから知るのだ。彼を。彼の好きなこと、愛したもの。会話を重ねて、時間を重ねて、ゆっくりと。相互理解と融和、受容性、絆と対話の大切さは彼が充分教えてくれた。
だから、今度は
「先生」
「……うん」
「行ってきます!」
「あぁ!」
ホシノは駆け出す。大事な一歩を踏み出すために、大事な仲間の元へと帰るために。
「私が全力でサポートする! だから振り返らないで、ホシノ!」
ホシノの瞳に映るオルタナティブが最適化される。ビナーへ至る道が詳細になり、まるで彼女は世界の隙間を縫うように着実に距離を詰めていく。それは宛ら、アロナのサポートを受けた先生のよう。彼女は多次元解釈の応用により、0でも1でもない状態に遷移した。
だが、それでもビナーは正確に捉える。多次元解釈程度で接敵を回避できるような温い相手ではないのだ。その頂上の演算力を駆使し、世界の狭間を疾駆する少女を殺そうと殺意を向けるが────。
「絶対に通しません!」
「やらせる訳ないでしょッ!」
「ん、ホシノ先輩は私達が守る」
「はい! 指一本触れさせません☆」
しかし、その一切の攻撃は阻まれる。射撃、ドローンによる攻撃、手榴弾。これが最後だと位置づけて、出し惜しみなんてしない。時間稼ぎに撤する少女達は各々の全力を以ってホシノを殺さんとするビナーを食い止めていた。
「……そっか、すっかり……大きくなったんだね」
噛み締めるように呟く。面倒を見なければならない、守らなければならない大事な、大好きな後輩達。彼女達を悪意から、敵意から何としてでも守らなければならないと思っていたが……もう、どうやら彼女達は守られるだけではないようだ。それに僅かな寂しさを覚えるが────それを打ち消す成長の喜びがあった。
「あの御方の寵愛を受けているのです。失敗は許されませんよ?」
光、二閃。銀の刃がホシノを狙う悪意を切り払い、放たれた弾丸が道を切り開く。
キヴォトス屈指のアベレージを持つアビドスの少女達4人と総合力最強クラスのワカモ、その5人が総力を挙げて作れた時間はたったの20秒。
だが、この20秒が必要だった。アビドスを救うためには。
「捉えたッ!」
ホシノとビナーの距離は1mもない。クロスレンジ。ホシノの間合いだ。最後の踏み込みで距離を完全に潰した彼女は右腕を思いっきり振りかぶり────その装甲に礼装を叩きつけた。
「これでぇッ!」
ホシノはトリガーを引き、パイルバンカーの真価を発揮させた。
罪悪を与え、神の御許から引き摺り落とす堕天術式。七つの大罪に対応した七つの杭が神殺しの牙としてビナーに突き刺さる。
傲慢の罪、主との接続を断ち切った。
憤怒の罪、アクセス経路を粉砕した。
嫉妬の罪、神秘質量を削り取った。
怠惰の罪、権能を剥奪した。
強欲の罪、膨張現象を無効化した。
暴食の罪、統括を破棄した。
色欲の罪、根幹たるAIの機能を停止させた。
七つの杭を打ち込んだ場所を中心にしてビナーの巨体が真っ二つに分かたれる。その断面はズタズタに引き裂かれたような、目も当てられない傷跡になっており
停止する核融合。奇怪な電子音を立てながら次々と各部位が停止し、それに伴い天使の眷属と乗っ取ったオートマタも動きが鈍くなる。嵐のような攻撃は収束の兆しを見せ、血走っていたビナーのアイラインは消灯した。
きらきらと光る7つの薬莢。宙を舞い、地上に落ちるその直前────ビナーのアイラインに光が奔る。
『
ビナーの上半分が持ち上がる。口が開き、眼には剣呑な色が灯った。
『
権能は無い。超常性は全て破壊された。だが、それでも。
『
怪物は、何処まで行っても怪物なのだ。
「────」
絶句するアビドスの4人。ゲヘナ風紀委員会、便利屋68、ユウカ、忍術研究部を動員した露払い。先生とアロナによる捕捉。アビドスとワカモの全力の足止め。ホシノによる特攻攻撃。ビナーの基幹システムは停止した。権能は剥奪された。神秘質量は目に見えて減少している。それに加えて上半身と下半身を真っ二つにしたのだ。
これで生きている方がおかしい────確かに、そうだろう。だが、ビナーのカテゴライズは機神体。生命ではなく機械なのだ。故に
しかし────形ある以上、倒せる手段は存在する。
「……ホシノ」
「うん────これで、終わり」
番外の杭がビナーの