シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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謎のオートマタ集団はまるで仇のように執拗に攻撃を加えてきた。アロナの防壁に弾かれた銃弾を見て効かないと判断するや否や、ブレードを片手に突貫したり、或いは高火力兵装を持ち出したり。しかも、近辺で徘徊するオートマタに召集を掛けたようで、時間が経つに連れて数が増える始末。
特別戦闘に長けているとは言えないゲーム開発部の2人と、単体では戦闘力が皆無な先生。この3人が真面に相手をできる訳もなく早々に逃げの一手を取らざるを得なかった。
背後から迫る銃弾の雨霰、殺意が高すぎる高火力兵器と半ば自爆特攻染みた近接攻撃に背中を向けながら全力疾走し、必死になって隠れる場所を探していた所……工場の様な施設を見つけた。扉が解放されていると見るや否や、転がり込むような勢いで中に入り、レバーを壊さんばかりに思いっきり引いて入口を閉めると重厚なシャッターが下りる。数秒と経たず外界から遮断され、工場の電源が生きているのか自動で非常灯が点灯した。
取り敢えず、一旦は難を逃れた。だが、もたもたしていると火力に物を言わせてシャッターなんか直ぐに突破されるだろう。安全に籠城できるのは長く見積もっても10分弱。その短い間に態勢を立て直し、あのオートマタをどうやって相手にするかを考えなければならないのだが……。
「あれ……?」
その異常を一番早く口に出したのはミドリだった。彼女はシャッター……正確には、その向こう側を怪訝そうに見つめながら口を開く。
「あのロボットたち、急に追ってこなくなった……?」
そう、急に追って来なくなったのだ。シャッターの向こう側からは音1つ聞こえない。立て籠もられたと判断するや否や即座に突入の為の工作をすると思っていたが、その様子は感じられない。いや、シャッターの向こうからは物音一つすら聞こえないのだ。
音を完全に遮断できるほど分厚くない事は目で確認している。故に、向こう側では本当に何も起きていないのだろう。オートマタならサーモセンサーや動体感知センサー、赤外線センサーくらいは標準装備している。シャッターを隔てた程度で見失う訳がない。
故に考えられるのは────意図的に追撃を止めたという事。あのオートマタ達はこの工場に足を踏み入れる事ができないようにプログラムされているのだ。それも、侵入者の排除という命令よりも上位の位置づけで。それだけ大事な場所の扉が開けっ放しだったのは気になる部分だが……今はそんな事を考えていられない。
「この工場に入るまでは、恐ろしい勢いで向かってきたのに……何でか分かんないけど、とにかくラッキ~、で良いのかな?」
「良くないよ! うわあああん! もういや! いったいなんでこんなところで、ロボットたちに追われなきゃいけないの!?」
楽観的なモモイと、この状況を重く受け止めているミドリ。双子なのにかなり対照的だ。
ミドリはハンカチで汗を拭うモモイの肩を揺らし、酷く真っ当な事を言う。誰だってオートマタと命がけの追いかけっこをしたらこうなるだろう。
ミドリ自身、キヴォトスの生徒らしくオートマタとの交戦経験は多くあるが、今のアレは違う。何と言うか、纏う雰囲気が。大半のオートマタは精々『痛い目に遭わせてやろう』とか『暫く動けなくしてやろう』だったが、今のは『絶対に生かして返さない』という殺意がひしひしと感じ取れるレベル。追われているときは普通に涙目であった。
「落ち着いて、ミドリ。生きてればいつか良い日も来るよ」
「今日の話をしてるの! そもそもお姉ちゃんのせいでしょ!」
ミドリの鋭い指摘に「うぐっ」っとくぐもった声を漏らすモモイ。視線が明後日の方を向いて、下手な口笛を吹く。助け舟を求めて、工場に来てから一度も喋っていない先生の方に視線を向けるが……彼は完全に息が上がっていた。肩で息をして、限界寸前まで酷使した足は生まれたての小鹿のように震えている。助けてはくれなさそうだった。
「とにかく……本当にここ、何をするところなんだろ」
「連邦生徒会は、あのロボットたちがいるから出入りを制限してたのかな?」
「うーん、あのロボット達が実は連邦生徒会の秘密兵器で、とかは考えてみたけど……何か引っかかってるんだよね。大事なことを見落としてるっていうか、それに……」
『────接近を確認』
その時、無機質な機械音声が聞こえた。
「えっ、な、なに?」
「部屋全体に、音が響いてる……?」
2人は互いに背中合わせになり、周囲を警戒する。工場全体に響くような音声は恐らく各所に設置されたスピーカーから聞こえるものだろう。
『────対象の身元を確認します。才羽モモイ、資格がありません』
「え、え!? 何で私のこと知ってるの?」
『────対象の身元を確認します。才羽ミドリ、資格がありません』
「私のことも……一体、どういう……?」
2人の疑問を置いてきぼりにする機械音声。当然の如く彼女達を知っているのは、恐らくサンクトゥムタワーのデータベースにアクセスしているからだろう。それだけの特権をこの工場は持っているのだ。
旧き時代の名残。何らかの理由によりキヴォトスからいなくなってしまった、前期の知生体が残したもの。それが今期の知生体と会合を果たそうとしている。新たな時代の為に。
『────対象の身元を確認します……先生』
そして、その確認は遂に先生の方へ向く。2人とは異なり、
尤も、名前を呼ばれたからと言って何かが変わるわけではない。ただ、自分を含む誰もが覚えていないのは一抹の寂しさを覚えてしまうだけで。
先生は息を吐いて、天井近く……設置されているカメラの奥、この工場を統括している意志と視線を合わせる。
そして。
『────資格を確認しました、入室権限を付与します』
「ええっ!?」
「え、どういうこと!? 先生はいつこの建物と仲良しになったの!?」
認証を弾かれた2人は驚愕の表情を浮かべながら彼を見る。先ほどまで素っ気無かった建物が初めて生命に振り向いたのだ。しかも、認証を通ったのはキヴォトスの人間ではない異邦の彼。異常と言う他ないだろう。
「……」
「先生……?」
そして、パスした先生は無言で統括意志を眺めていた。特に何かをするわけもなく、無言で、驚くことすらせず。まるでそれが最善だと分かっているように。
『────才羽モモイ、才羽ミドリの両名を、先生の『生徒』として認定。同行者である『生徒』にも資格を与えます。承認しました』
暫くしてモモイとミドリの2人も認証された。先生の生徒としての認証、ワンタイムパスワード。これにて3人全員がこの施設の最奥へ足を踏み入れる資格を認められたことになるのだが、この場は行き止まりだ。正確には行き止まりではなく、目の前に扉と思わしきものはあるのだが、開く気配は一向になかった。
だが、認証が通った今なら或いは────そう思った所で。
『────下部の扉を開放します』
「……下部の扉? この目の前の扉じゃなくて?」
「それより、下部ってもしかして……?」
ミドリは恐る恐る下を見る。鉄製の冷たい床。非常灯の明かりに照らされたそれは、よく見ると一筋の線が入っていた。
「流石に違うでしょ。どこからどう見てもただの床────」
言うや否や、床が線に沿って真っ二つに分かたれた。地面を踏みしめていたはずの手足は今や空中。ふわりと感じる無重力。そして────そのまま3人は重力に従い自由落下運動を始めた。
「ゆ、床が無くなっ……落ちるっ!?」
「うわわわっ!」
空中でじたばたとする2人。突然バラエティー番組の罰ゲームのようなものをその身で体験させられて思考が追い付いていないのだろう。キヴォトスの生徒であればこの程度の高さから落下しても勿論無事だが、生徒に痛い思いをさせたくない先生は2人を空中でキャッチし、音声でシッテムの箱を起動させた。
「アロナ、制御頼むよ」
『はい! 任せてください!』
▼
無傷で施設の最下層まで降りることができた3人は、非常灯の明かりに従って歩く。上層と比べて道は複雑ではなく、一本道だった。通路自体も広いとは言えず並んで歩くのは2人が限界。出入り口も3人が落下してきた以外の穴は無い。つまり、あそこから落下するルートが正規の道なのだ。設計者は馬鹿なんじゃないか、とモモイは思った。
「────」
外界からは完全に遮断されているこの空間に響くのは3人の足音と呼吸音。冷たい空気が流れて、言いようがない緊張感がモモイとミドリを襲って思わず固唾を呑んでしまう。そして、暫く歩いていると突然開けた明るい空間に出た。
────そこで、2人は有り得ないものを見た。
「……えっ!?」
「お、女の子……?」
広い空間にポツリと存在する機械の椅子。そこに一糸纏わぬ姿で眠る少女が居た。長い、黒の流麗な髪。雪月花のような顔。きめ細やかな肌。華奢な美しい手足。眠り姫だった。童話の中でしか存在しないような、純粋無垢な……純白の姫君がいた。
その現実離れした美しさに2人は目を奪われる。呼吸すら忘れてしまうほど空想的だったのだ。まるでこの場所だけがキヴォトスから切り離されているような、絵本の中に出てくる王国のような……そんな光景。
数秒後、はっとした2人は慌てて少女の方に歩み寄り360度隈なく観察する。そして、その2人の後を先生がついてくる。彼の表情は懐かしいものを見たような……本当に優しい表情を浮かべていた。
「この子……眠ってるのかな?」
「……返事がない、ただの死体のようだ」
「不謹慎なネタ言わないで! それに死体っていうか……ねえ、見て」
ミドリは少女を指差して。
「この子、怪我とかじゃなくて……『電源が入ってない』みたいな感じがしない?」
「そう? 確かに言われてみれば、何だかマネキンっぽいね。どれどれ……凄い、肌もしっとりしてるし柔らかい……あれ? ここに何か文字が書かれてる」
少女の肌を指先でつんつんしていたモモイはその肌に文字を見つけた。刻まれているのだろうか。まるで何かのシリアルナンバーのように。
「……AL-IS……」
「……アル、イズ……エー、エル、アイ、エス? どう読むのか分からないけど、この子の名前?」
「……アリス?」
モモイとミドリは2人で頭を悩ませていた。名前にしては無機質なアルファベットの羅列。そこから導き出された名前はアリス、不思議の国。だが、その読みは少々無理やりであった。通常、アリスならば『ALICE』と刻むだろう。
だから、何かが違うのではないか────そう思ったミドリは姉が指差した方へ顔を思いっきり寄せた。刻まれた文字をじっと見る少女。イラストレーターとして日々活動している事が功を奏したのか、或いはドットやフォントの差異に敏感なのかは不明であるが……ミドリは「あ」と声を漏らした。
「ちょっと待って、これよく見ると全部ローマ字なわけじゃなくて……AL-1S、じゃない?」
「え、そう?」
呟き、モモイは少女を見る。確かに1と言われればそうも見える。だが、最初にエルだと思ったからか確証は持てない。見れば見るほど訳が分からなくなってきて、彼女は話を切り上げるように「それより!」と声を上げた。
「一体この子は……それにこの場所、いったい何なんだろう?」
「この子に聞いた方が早いんじゃない?」
「起きて話してくれるなら良いんだけど……とりあえずこのままじゃ可哀そうだし、服でも着せてあげよっか」
「へえ、予備の服なんて持ってきてたんだ……ってそれ私のパンツじゃん!」
「違うよ、これは私の。猫ちゃんの表情が違うでしょ」
言いながらてきぱきと服を着せるモモイとミドリ。数分も経たずに少女は白のミレニアムの制服を纏った姿になった。
────先生の見慣れたあの姿に。
「……よし、これでいいかな」
そう言い終えた途端、部屋全体に音が響いた。穏やかではない音、警報音。
「な、何この音!?」
モモイは肩を一瞬だけ跳ねさせて、それからすぐに銃を構えて周囲を警戒する。何が出てきても対処ができるように。だが、何時まで経っても何かが出てくる気配は皆無だった。肩透かしを食らった少女は銃を下し、キョロキョロと見渡しながら口を開く。
「警報音みたいだけど……もしかくて近くにロボットが?」
「ううん……この子から聞こえた気がする」
「え? ま、まさか……」
「────状態の変化、および接触許可対象を感知。休眠状態を解除します」
無機質ではない、声帯から発された平坦な声。
「────」
青い、大きな瞳が開かれた。意識の覚醒に伴い、頭上にはヘイローが浮かぶ。キヴォトスにいる生徒と全く変わらない、或る少女の覚醒。長きに渡る孤独の終わり。
「め、目を覚ました……?」
「……状況把握、難航。会話を試みます……説明をお願いできますか?」
こてん、と愛らしく首をかしげる少女。見惚れてしまうほど美しい、まるで1枚の絵の様な光景であったが疑問を投げかけられた少女達はそれどころではなかった。
「え、えっ? せ、説明? なんのこと?」
「せ、説明が欲しいのはこっちの方! あなたは何者? ここは一体なんなの!?」
「本機の自我、記憶、目的は消失状態であることを確認。データがありません」
矢継ぎ早に投げかけられた疑問。だが、その全てに回答を得られなかった。彼女は記憶喪失であるから。自我も、記憶も、目的も全て真っ白。彼女は今、初めて生まれたのだ。
「ど、どういうこと……い、いきなり攻撃してきたりしないよね?」
「肯定。接触許可対象への遭遇時、本機の敵対意思は発動しません」
「うわ、すごい。ロボットの市民ならキヴォトスによくいるけど、こんなに私たちに似てるロボットなんて初めて」
敵対の意志は無い────そう告げられた少女達は警戒して離していた距離を再び詰めて、再度観察する。オートマタとは明確に違う、ワンオフ。コストなんて度外視で作られた精巧が過ぎる機体は、あまりにも生命だった。
どうしようか、と疑問に思ったミドリは先生に視線を投げた。彼ならばなんとか丸く収めてくれるのではないか、という願望。少女の願い。それを受け取った先生は軽く微笑み、少女の視線と己の視線を合わせる。
「君の名前は?」
「回答不可、本機の深層意識における第一反応が発生したものと推定されます」
返ってきた返答はまたしても不明。だが、彼女なりに考察を交えた……先ほどよりは明確に情報量が多い答えだった。それに満足した先生は「そっか」と短く言って、少女から離れる。この場ではこれ以上意味がないと言わんばかりに。
「深層意識って、何のこと……?」
「うーん……工場の地下、ほぼ全裸の女の子、おまけに記憶喪失……」
────その時、モモイに電流が奔る。
「ふふっ、良いこと思いついちゃった」
「いや……今の言葉の羅列からは、嫌なことしか思い当たらないんだけど……」
「────?」
少女を置いてきぼりにして、少女の近い未来が決定した瞬間であった。