シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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廃墟の国

 結論から言うと、アリスは光の剣を振るうに値する資格を示す事ができた。

 

 彼女達は大量のドローンとオートマタを片っ端から薙ぎ払い、幾分か手心を加えていたエンジニア部の3人を下し……そして、アリスは満面の笑みでレールガンを構えて部室から出た。残されたのはエンジニア部の3名と、スクラップになった機械達。片づけをしないと、と頭の片隅で思いながらウタハはアリスを思い返す。

 

 ────最低でも1トン以上と推定される握力。発射時にもブレない安定した体幹バランス。高い出力と強度。肌全体に傷すら見当たらない綺麗な肉体……いや、()()

 

 彼女はその類希なる頭脳と培った経験から、アリスが生身の人間ではない事を見抜いていた。そして、彼女を構成する全てが今の技術では到底再現できそうにないロストテクノロジーである事も。故に彼女はこの時代の産物ではない。過去……前期の生命が遺した何か。何の因果か、それがこの時代に目覚めた。

 

 ────つまり、最初から厳しい環境での活動を想定し、ナノマシンによって自己修復することを前提として作られた体……その目的はきっと。

 

 自己修復ナノマシンの事前投与は、最初から損耗の激しい極地での運用を前提としていることを示す。そして、拡張性の高いヒトの肉体。過剰、と言わざるを得ない圧倒的なスペック。それらを総合して考えると、解なんて一つに定まってしまう。

 

 ────戦闘だな。

 

 そう、彼女は初めから戦闘を目的として造られた命だ。そう考えると色々と辻褄が合う。あのレールガンを持ち運び、放つことができたのも、そもそもそれが目的であるからで。搭載された頭脳も其方の方面に特化しているのだろう。故に、2回目以降はレールガンの反動を完璧に御して見せたのだ。最初の1回、その失敗を元に。常識を逸する学習速度とスペックだ。一介の技術者として興味は尽きない。

 

 だが、彼女はゲーム開発部のアリスとしてあの場に居た。もう彼女は選んだ後なのだから、自分(ウタハ)がとやかく口を出すのは無粋だろう。

 

 ────彼女は、これからどんな子になるのだろうね。

 

 アリスに開けられた部室の天井、そこから覗く青空をウタハは眩しそうに見上げた。

 

 

 ▼

 

 

「モモイ、その場で転回。振り向きざまに銃床(ストック)で殴ってから離脱」

「りょーかい! 思ってたけど、先生って戦いになると割と荒っぽくなる……よねッ!」

 

 軽口を叩きながら、モモイは先生の指示通りの行動を行う。殴りつけたロボットの頭部は粉砕され、メインカメラの消失により混乱している。その隙に囲まれつつあった彼女は離脱し、モモイが精密射撃で的確に一体ずつ撃ち抜いていく。

 

 ────そう、彼女達は再びミレニアム自治区内の廃墟へ足を踏み入れていた。

 

 本来ならばアリスという新しい部員が入部した時点で、既定の人数を満たしたことにより廃部の危機は免れるはずであった。だが、それは今期までの条件。来期からは一定数以上の部員と成果、その両方が求められる。部員の要件を満たしても一時凌ぎにしかならなかったのだ。

 結局、目に見えて分かる成果が必要になった彼女達はゲームを作ろうと作業を開始しようとして……そこで気付いた。

 

 ────あれ? 前回はアリスに気を取られて忘れてたけど、G.Bibleは? 

 

 そう、彼女達は前回の探索でG.Bibleを手に入れてないのだ。アリスという途轍もない発見があった所為で忘れていたが、前回の探索の目的はゲームの聖書。そして、それは達成できていない。その事実に気付いたモモイは全員に呼びかけて慌てて支度をして……今に至る。

 

 尚、エンジニア部から帰って、廃墟に出向くまでの空白の時間。そこにはユウカのアリスに対する質問(尋問)タイムがあったが……ユウカは深く突っ込まずに彼女の事をゲーム開発部の一員と認めた。恐らく他の部活だったら、あんな怪しさに溢れた解答をした瞬間に理詰めされて、アリスの真実を吐かされるだろう。なんだかんだ、彼女達に対しては冷酷な算術使いも甘いのだ。尤も、本人はその事実を否定するであろうが。

 

「うぅ……皆、大丈夫?」

「うん、私は平気。だけど、思ってたより敵の火力が高くて……先生は大丈夫ですか?」

「心配ありがとう。大丈夫だよ」

 

 タブレットを操作する手を止めて、先生は穏やかに微笑む。その笑みを見て何処かほっとしたような表情を浮かべる彼女達であったが、此処は戦場。一時の気の緩みが命取りだ。故に彼女達は再び気を引き締めて、銃を握る手に力を込める。

 未だ熱源反応は近い。恐らく戦闘音を確認するために此方に向かってくるだろう。以前の探索では戦闘できるメンバーがモモイとミドリの2名しかいなかったから、基本的に逃げに徹していた。だが今回はユズに加えて超火力を持つアリスが居るのだ。単純計算、戦力は2倍。これならば敵をある程度蹴散らしながら進める。

 

 そうこうしている内に、敵が来た。オートマタとドローンの混合。数は約10弱。

 

「来た、ロボット達……!」

「よし、じゃあ手筈通りに!」

 

 此方に向かって銃を乱射してくるオートマタ達。相変わらず殺意が途轍もない。ユズはほぼ初遭遇のため、半泣きだ。だが、それでも己の役割を果たさんとM320(にゃん's ダッシュ)を振り回して敵の行動を制限する。

 モモイとミドリもその抜群のコンビネーションを活かし、敵の退路を防ぎ、逃げ道を着実に奪い────本命を通すための布石を整える。それは宛ら詰将棋の様相。彼女達の発案を先生が形にした、最も効率的な敵の撃破方法。

 

 果して、敵は集まった。遮るものがない一直線上。退路はない。動きはモモイ、ミドリ、ユズが制限している。

 

「今だよ、アリスちゃん!」

「やっちゃって!」

 

 敵を射貫く巨大な砲身。集束するは青の極光。

 

「今日の私の役割は、光属性広域アタッカー」

 

 お膳立てされた一直線上、その全てが彼女の射程範囲だ。3人の退避は既に終わっている。故に彼女は威力を一切制限せずにその圧倒的な火力を解き放つ。

 

「────光よ!」

 

 アリスの宣言と共にトリガーが引かれ、エンジニア部の傑作が解き放たれた。莫大な熱量と光の奔流。視界がホワイトアウトした刹那、破壊音が鳴り響いた。煙が晴れたその場には無残に破壊された残骸が転がるのみ。

 

「よし、成功! やるねぇ、アリス!」

「アリスちゃん、凄い!」

 

 モモイとミドリはそう言って、アリスとハイタッチする。その表情は企みが上手く運んで満足気だ。

 尚、ユズは直線上にあった廃ビルに風穴が空けられているのを見て驚いていた。光の剣:スーパーノヴァの最大火力を見たのが今回が初のため、致し方ない事だろう。そして彼女は己の銃に付いているゲーム機を起動させてマップを開き────その声を上げた。

 

「て、敵の第二陣が接近中! 数はさっきよりも多い!」

「連続戦闘はちょっと……お姉ちゃん、流石に私達が不利だよ。一旦引いて態勢を立て直そう! 先生もいるんだし、安全第一で作戦を立て直した方がきっと……!」

 

 敵の増援。しかも先ほどよりも数が多い。状況は不利だ、そんな事は分かっている。突入から何度も接敵して、その度に撃退してきたのだから。弾薬だって有限な訳で、弾切れになったら最後、徒手空拳しか残されていない。そして、自分(ミドリ)達が無数のオートマタ相手に取っ組み合いをして勝利を収められるほど武闘派ではない事なんて分かり切っている。

 

 故に一旦退いて、今回得られたデータを元に作戦を練り直し再度突入する。幸い、今回で敵の配置の傾向は何となくであるが掴むことができた。これを元に突入ルートを考えれば少ない損耗で奥まで入り込むことが可能なはずだ。

 

 それに何より、敵の火力が想定よりも高いのだ。今は先生を守れているが、いつまでも守り切れるとは思っていない。彼は銃弾一発が死因になり得る。キヴォトスの民とは違うから。先生の安全が最優先事項、彼がいる今無茶をするべきではない。

 

 故に、ミドリは撤退を提案した。それを受けたモモイは腕を組み、頭を悩ませて────それから、呟く。

 

「ううん、ここで退くわけにはいかない。突破しよう」

「ッ!」

「多分ここで引いても状況は悪くなるだけ。これだけ騒ぎを大きくしたから、次は多分もっと厳しくなると思う。此処に足を踏み入れる事すらできないかも。確かに、戦闘音を聞きつけてロボット達は集まってくると思うけど……それでも、今が一番手薄なはず。G.Bibleの座標……あの工場に入るには、今が最大のチャンスだと思う」

「でも……」

「────大丈夫です」

 

 不安そうなミドリを励ますように声を掛けたのは、先ほどまで沈黙を貫いていたアリスだった。彼女はその瞳に真っ直ぐな意志を灯して、ゲーム開発部のメンバーと先生を見る。信頼と決意が混ざった、彼女の色。

 

「私達は今まで一緒に27回のダンジョン探索と、139回のレイドバトルを成功させてきました。今回もきっと……このパーティなら、私達なら勝てるはずです」

「で、でも、それはゲームの話でしょ!? 現実はもっと……!」

「ど、どう転んでも、危険はある……私もが、頑張るから、前に進もう」

「ユズまで……じゃ、じゃあ先生は? 先生は私達と違って、攻撃を受けたら……!」

「────安心してください」

 

 ミドリの不安を薙ぎ払う様に、アリスは澱みなく言葉を紡ぐ。何も案ずる事は無い、心配なんてない、大丈夫だ────と。彼女の眼には誰かを守り抜かんとする決意が燃えていた。それは、尊き者を護るための意志。(だれか)の為に剣を取ることを選び続けた彼にとても良く似た色。

 

「どんな危険があっても、どんな困難が待ち受けていようとも……アリスが先生を護ります。だから────」

 

 アリスは彼に手を差し伸べる。遠い、遠い日。もう過ぎ去ってしまった残影。アリスが思い出せない日々。だが、それでも……あの暖かさと優しさは魂の最奥に刻まれている。故に、彼へ手を差し出すのだ。いつの日か、彼がそうしてくれたように。

 

「先生……アリスを信じて、私達と来てくれますか?」

 

 彼女の問い。貴方を護らせてほしい、その願い。煌めくような想いを受け取った彼は、空が晴れるような笑みを浮べる。そして、差し伸べられた手をそっと握った。

 

「あぁ、勿論。私も仲間として、私に出来る事をやるよ。指揮は任せて」

 

 ────いつまでも信じているよ、アリス。

 

「……ッ! パンパカパーン! 先生が改めて仲間になりました!」

 

 アリスは満面の笑みを携え、彼に握られたその手をぶんぶんと振る。彼の腕が取れてしまいそうな勢いで喜びを体現する彼女を見て、それから先生を見る。彼も言葉通り、退くつもりはなさそうだ。正確には、己の都合で退くつもりがない……と言うべきだろうか。

 

 ミドリは溜息を吐いて、それから気持ちを入れ替える。銃を握り締めて、次に備えてリロード。

 

「こうなったら、私も覚悟を決める! ゲーム開発部、敵陣を突破するよ!」

「おーッ!」

 

 少女達は己の信頼する武器を構えて、目的地へ駆け出した。

 

 

 

 

 赤熱した銃身。空っぽになった弾倉(マガジン)。額から流れる冷や汗を拭って、ミドリは大きく息を吐いた。モモイやユズも疲弊した表情を見せていて、息を切らしていないのはアリスと先生だけ。

 

「はぁ……はぁ……な、何とか成功、かな……?」

 

 暗い工場。非常灯のぼんやりとした明かりが唯一の光源となるこの場所で、皆は壁に背を預けていた。服越しに伝わる壁の温度はひんやりとしていて、上昇した体温がゆっくりと冷却されるのを感じる。五月蠅く跳ねる心臓と荒い呼吸はもう少しで収まりそうだ。

 

「侵入成功です! アリス達はミッションをクリアしました!」

 

 嬉しそうにミッションの成功報告をするアリス。彼女は宣言通り、先生を守り切ったのだ。その戦いっぷりはモモイとミドリ、ユズが呆気に取られてしまうほど。それはアリスが限界以上に力を振り絞ったから────ではない。何方かと言うと、元の出力(スペック)が発揮されたような……或いは掛けられていたリミッターが幾つか外れたような。そういう類の上昇値だった。

 

 ────ウタハが見抜いた彼女の用途……戦闘を目的に作られた彼女が本気を出したのだ。唯、彼を守るために。

 

「ねぇねぇ、私達ってもしかして実は凄く強いんじゃない!? C&Cとか、他の学校の戦闘集団と戦っても勝てちゃうかも!?」

「うーん……少なくともC&Cは絶対無理だと思うよ……」

 

 息を整えたモモイは自身の健闘に胸を張り、ミレニアムが誇る戦闘集団にして特殊部隊に並ぶかも……と、膨らませるがミドリに一蹴される。

 

 自分達はあくまでゲーム開発部、何方かと言うとインドア派な部活だ。特別体が強かったり、フィジカルに秀でていたり、銃の扱いや戦闘が上手い訳ではない。言うなればアマチュアだ。そんな素人に毛が生えた程度の集団が、各学校の戦闘集団に及ぶなんてミドリは到底思えなかった。

 特にミレニアムが誇るメイド服姿の凄腕エージェント集団、Cleaning&Clearing……通称、C&Cには逆立ちしても勝てる気がしない。真正面から戦ったら3分もせずにゲームオーバーだ。

 そして、他校の戦闘集団も途轍もないほど強いと聞く。有名なのはゲヘナ風紀委員会の空崎ヒナと、正義実現委員会の剣先ツルギ。彼女達は2人ともキヴォトス最強クラスとして名高い。間違いなくゲーム開発部の4名では相手にならないだろう。

 

 だが、そう思ってしまう気持ちは分からなくもなかった。何せ、戦っているときの全能感が凄まじかったのだから。相手の動く先が、意図が手に取るように分かる。仲間達の行動が全て見えている。自分の体が羽根のように軽かった。まるで戦闘行為に最適化されたような、そんな感覚。

 そして、その理由は分かっている。

 

「きっと、先生の指揮のおかげですね」

「私もそう思う……先生がいると、安心感が違う……」

「ふふっ、こういった事は少し得意なんだ。サポートは任せてよ」

 

 そう言って、くすりと笑う彼に集約される。彼の瞳が蒼く染まった刹那、世界が切り替わったのだ。それに加えて指揮も的確そのものであり、彼の奏でるメロディに合わせて銃撃音を重ねるだけで面白い位に敵が倒れていった、少し得意、なんてとんでもない。指揮能力に関して、彼の右に出る者はこの世に2人といないだろう。

 彼の能力に何処か恐ろしさを感じながらも、ミドリは「ところで」と言って話題を切り替える。

 

「皆、残弾は大丈夫そう? 私はあと2回……ううん、1回なら大丈夫だけど……」

「うーん、私もそれ位かな。アリスとユズは?」

「バッテリーがチカチカしています……マナが足りません、という事でしょうか?」

「わ、私もあと1回くらいしか持たなそう……」

 

 突入前、戦闘は避けられないと考えたため、いつもより多く弾薬を持ってきたが……それを以ってしても尚足りない。敵の攻勢が思った以上に激しいのだ。4名全員が揃って戦闘できるのはあと1回、多く見積もってもあと2回が限度だろう。帰りの分も考えると、この工場内での正面戦闘は可能な限り避けたい。

 

「なら、できるだけ隠密行動で行こっか。先生、案内を任せてもいいですか?」

「勿論。オートマタの配置を鑑みるに、目的地まで発見されずに行けそうだ」

 

 彼はタブレットを片手に突入ルートを考える。画面に映っているのは工場の内部マップだろう。蒼いマーカー5つはゲーム開発部と先生の物で、赤いマーカーは敵……オートマタとドローンの物。そして、内部の方に見える緑のマーカーが目的地だ。

 確かに、オートマタ達の配置は疎らだった。恐らく多くの兵力を工場外部の方へ回しているのだろう。掻い潜れそうな穴は多い。これならば見つからずに目的地に辿り着けるはずだ。

 

「スニーキングミッションですね! アリス、分かりました!」

 

 

 ▼

 

 

 カン、と靴底が鉄製の床を叩く音が良く響く。工場の中に入って20分が経過した頃、彼女達は漸く最下層に足を踏み入れるに至った。薄暗い非常灯に照らされる、無機質な階段と、その脇に這う無数のコード達。下層から吹き込む風はまるで黄泉の唸り声のようで、嫌に冷たい空気が粘度を持つように絡み付く。

 

 恐怖というものは人間にプリセットされた根源的な感情だ。程度の差はあれ、先の見えない闇は誰だって怖い。人類がどれほど進んでも遺伝子に刻まれた恐怖から逃れる術はないから。

 そして、それはキヴォトスの少女達も例外ではない。幾ら体が強くとも、怖いものは怖いのだ。故に、少女達は先生のコートの裾や袖を掴んだり、手を握って暗闇の中を進んでいたのだが……。

 

「……あれ」

「ん? どしたのアリス?」

 

 突然、アリスが立ち止まった。彼女の眼には困惑の感情が浮かんでいて、茫然と輪郭すら定かではない道の先を眺めている。

 

「……分かりません。でも、何処か見慣れた景色です……此方の方へ……行かないと……」

「えっ?」

 

 ふらり、とアリスは歩を進めた。その足取りは先程まで闇の中で恐怖していた少女とは思えないほど軽い。まるで使い慣れた道を行くような、一切の躊躇いがない進行。彼の袖を握っていた手は既に空いている。

 

「本当にどうしたの、アリスちゃん?」

「アリスの記憶にはありませんが……分かるんです、此処の構造が。まるでセーブデータを持っているみたいです。この身体が、反応しています。例えるなら……チュートリアルや説明が無くても進められるような……何度もプレイした事のあるゲームを遊んでいるような……」

「どういう事……? 確かに、元々アリスが居た所と似た様な場所だけど……」

 

 ミドリとモモイの声に振り返る事すらせず、アリスは迷いなく道を進む。隠し通路のような巧妙にカモフラージュされた扉すら看破し、彼女は最短距離である場所へ向かう。認証系も全てパスし、階段を降り、工場の奥へ。

 

 そして────彼女達は遂に最深部、真実の鍵が眠る場所へと行き着いた。其処はコンピュータが一台だけ置かれているだけの酷く殺風景な空間。工場の最奥、と言うにはあまりにも簡素だが……それでも、此処が一番重要な場所だと直感的に思ってしまった。否、そもそもこの工場自体がこのコンピュータ一台を隠すための大規模なカモフラージュ施設だとすら感じてしまう。それ程までに、異様な存在感があった。

 

 少女達と先生は足を踏み出す。一歩、一歩、着実に。そうして真正面まで来た直後────画面に明かりが灯った。

 

『Divi:sion Systemへ、ようこそお越し下さいました。お探しの項目を入力してください』

 

「お、まさかの親切設計。じゃあ早速G.Bibleについて検索してみよっか?」

「いやいや、ちょっと怪しすぎない? それより、『ようこそお越しくださいました』ってことは……Divi:sion System(ディビジョンシステム)っていうのが、この工場の名前……?」

 

 コンピュータの電源が生きている事は想定内だ。何せ、幾つか非常灯が点灯しているのだから。流石に主電源は生きていないだろうが、サブが供給しているのだろう。

 だが、このコンピュータが己がシステム名を名乗るのは予想外だ。分割、分別を意味する名前のシステム。一体、此処で何が行われていたのだろうか。そんな考えが頭の中を巡るばかり。

 だから気が付かなかった。アリスが前に出て、備え付けのキーボードを操作し、『G.Bible』と入力した事に。

 

 そして、その問いに対するコンピュータの返答は。

 

『#$`#$$%#%^*&(#@』

「こ、壊れた!? アリス、一体何を入力したの!? チートコード!?」

「い、いえ……エンターキーはまだ押してないはずですが……」

 

『あなたはAL-1Sですか?』

 

「ッ!?」

「……?」

 

 ────今、運命の歯車が動き始めた。

 

 

 ▼

 

 

 コンピュータの問い。それはモモイとミドリを絶句させるには充分すぎる衝撃だった。AL-1S……アリスと名付ける前の、彼女の名前。それを、この機械は知っている。

 

「いえ……アリスはアリスで────」

「待って! 何かがおかしい。アリスちゃん、今は取り敢えず何も入力しない方が……」

『音声を認識、資格が確認できました。おかえりなさいませ、王女(AL-1S)

 

 しかし、彼女は認識された。超高精度の音声認識。何か、分からない事が起きようとしている。逸る気持ちで先生を見れば、彼は穏やかな表情でコンピュータを眺めている。その眼差しは生徒を見つめているような、暖かで愛に溢れた瞳だった。

 その表情に更に疑問が深まるばかりであったが、ユズの「えっと」という言葉に現実に引き戻される。

 

「その……AL-1Sっていうのは、アリスちゃんのことなの?」

「あ、ごめん。そういえばユズちゃんには言ってなかったかも」

「……アリスの、本当の名前……本当の、私……」

 

 彼女は青い瞳で画面を見つめて。

 

「あなたは、AL-1Sについて知っているのですか?」

 

 紡がれる疑問の声。本当の自分、本当の名前。分からない。アリスは、アリスの事を全く知らない。何の為に生まれて、何の為に此処にいるのか。だから思い切って聞いてみた。自分が、AL-1Sと定義された個体が、何であるのかを。

 

 だが、一向に答えは返ってこない。確実に反応が遅くなっている。画面の方もぼんやりとしてきた。その詳細な理由は不明だが、恐らくはアリスの問いに答えるために多くのリソースを使っているからだろう。

 

 そして。

 

『────そうで……@! #%#@! $%@!』

 

 僅かに聞き取れる言葉を発した後、そのマシンボイスはノイズに塗れた。奏でられる不協和音は意味を成していない。そして、それに疑問を抱く暇もなく事態は急展開を迎える。

 

『緊急事態発生。電力限界に達しました。電源が落ちると同時に消失します。残り51秒』

「ええッ!? だ、ダメ! せめてG.Bibleの事を教えてからにして!」

 

 色々とあったが、まだG.Bibleの事を知れていないのだ。その為にこんな危険極まる場所に再び足を踏み入れたのに、何の成果もないのでは色々と浮かばれない。もうこんな場所で危険と隣り合わせの探検はしたくない────そんなモモイの懇願が届いたのか、モニターにはある文字列が映し出された。

 

『あなたが求めているのはG.Bibleですか?』

「Yes!」

 

『あなた達も知っています────今、目の前に』

 

『G.Bible……確認完了、コード:遊戯……人間、理解、リファレンス、ライブラリ登録ナンバー193。廃棄対象データ第1号。残り時間35秒』

「廃棄!? どうして!? それはゲーム開発者達の……いや、この世界の宝物なのに!」

『G.Bibleが欲しいのであれば、提案します。データを転送するための保存媒体を本機に接続してください。私のメモリの中にG.Bibleのデータが存在しています。しかし、現在私は消失寸前。故に新しい保存媒体への移行を提案します』

「保存媒体って急に言われても……あ、ゲームガールズアドバンスSPのメモリーカードでも大丈夫?」

『……まぁ、可能では、あります』

 

 途轍もない程嫌そうな、不服そうな声がコンピュータから聞こえた。その声音は抑揚のないマシンボイスなどでは到底再現できない、感情を持つ生命から発せられるものだった。

 その嫌そうな声音に若干申し訳なさを覚えるが、背に腹は代えられない。メモリーカードと機体をケーブルで繋ぐと画面が切り替わり、転送画面が映し出される。

 

『転送開始……保存領域が不足、既存データを削除します。残り9秒』

「え、嘘!? もしかして私のセーブデータ消してない!? ねぇ!?」

『容量が不足しているため、確保します』

「だ、ダメ! 待って! お願いだからセーブデータは残して! そこまで装備揃えるの凄く大変だっ────」

『残念、削除』

「ちょっとおおぉぉぉぉ!?」

 

 モモイの願い虚しく、セーブデータはG.Bibleの要領確保のために全てデリートされた。恐らく管理者権限で削除したため、復活も難しいだろう。

 

「あぁぁぁ! 私のゲームガールズアドバンスのデータがぁぁッ! 私の700時間がぁぁッ!」

 

 そして、消えたのはモモイのセーブデータだけではない。先ほどまでモモイと愉快な漫才を繰り広げていたコンピュータもまた電源が落ちていた。残り時間を使い切ったのだろうか。

 そう思っていると、再び画面に光が灯った。映し出されるは『転送完了』の4文字。そして恐る恐るエンターを押すと。

 

『新しいデータを転送しました。G.Bible.exe』

 

 その文字列を前に、全員が息を呑んだ。

 

「こ、これって!?」

「今すぐ実行してみよう! 本物なのか確認しなきゃ!」

 

 メモリーカードを本体に取り付け、電源を付ける。やはりゲームのセーブデータはどこにも見当たらないが、画面にはexeファイルのアイコンが1つだけあった。謎に緊張して手汗が出てきて、跳ねる心臓を抑えながら意を決して実行させると────ポップアップウィンドウが出てきてパスワードを要求された。

 

「パスワードなんて知らないよ!? 何それ、どうすればいいのさ!?」

「ううん、大丈夫! パスワードくらいヴェリタスが解除できるはず!」

「そ、そうだね、そうすれば……!」

 

 遂に見えた光明。手に入れる事ができたG.Bibleと、それを読み解くための手段。もう憂いはない。

 

「これがあれば、本当に面白いゲームが……テイルズ・サガ・クロニクル2が……!」

「うん、作れるはず!」

 

 モモイはメモリーカードを再び鞄に入れ、「よしッ!」と気合を入れる。あぁ、創作欲が湧いて仕方がない。今だったら何回でも徹夜ができそうだ。

 

「待っててねミレニアムプライス……いや、キヴォトスゲーム大賞! 私達の新作は今度こそ、キヴォトスのゲーム界に良い意味での衝撃を与えてやるんだから!」

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