シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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幕間Ⅰ
最果ての星


 

「ぶっちゃけ、シャーレ(ここ)の制服ってカレーうどん食べるのに不向きじゃない?」

「何言ってるんですか先生?」

 

 生徒や戦闘行為に関する事以外は頭がゆるふわな先生のよく分からない世迷言に律儀に反応しているのは、ミレニアムのセミナーに所属している早瀬ユウカ。

 

 先生が赴任した直後に起きた騒動が終息して1週間が経った頃。シャーレの膨大な書類と、次々と舞い込んでくる細々とした依頼に忙殺されていた折に彼女は訪れてくれたのだ。

 過去の経験から以前ほどデスクワークに忌避感を抱かなくなったとはいえ、嫌いで面倒な作業には変わりなく、『明日の私に全て丸投げして散歩でも行こうかな』と思っていた時の来訪。

 

 ミレニアムはシャーレと友好関係を結びたい旨を伝えに来た彼女は、白いデスクに積まれている書類の束とレシート、領収書を見て仕事人魂に火が着き、「一緒にやりますよ」と声をかけてくれたのだ。先生には彼女が救いの女神に見えた。

 だが、同時に彼女は悪魔でもあった。彼の微妙に手の行き届いていない書類管理に腹を立てて、彼を叱りつつテキパキと作業して……いつの間にか時刻は12時前。書類の山が半分ほど片付いた頃合いの会話だった。

 

「今お昼時だし、なんか食べたいものを頭の中に思い浮かべたら真っ先に来たんだよ、カレーうどんが。これは多分天啓だと思うんだ。この白さを汚さずに綺麗に食べろ、って」

「随分下らない天啓ですね、先生。あと、手が止まってますよ。動かしてください」

「はーい……」

 

 ジト目で隣に座っている彼を見ると、苦笑いをして回していたペンをきちんと持ち、書類に手を掛けた。やっと真面目に仕事をしてくれる────そう思った刹那。

 

「あ、ユウカも一緒に行きたい?」

「先生?」

「ごめん」

 

 真面目な雰囲気は1秒も保たず、即座に脱線した先生に、ユウカはそれはそれはとてもイイ笑顔を向けた。これ以上手を動かさずに茶番を続けたら冗談抜きで右手以外の骨をへし折られそうな凄みを前に、彼は即座に謝った。頭を下げるのは恥ではないのだ──────と自己弁護をしながら。

 

 尚、年下の女の子……自身が導くべき生徒にレシートの整理を手伝ってもらっているという、現在進行形で掻いている恥は『人には得手不得手があるから』と絶賛脳内で言い訳をしている。

 

 総じて、普通にダメな大人であった。

 

 そんな彼の様子を見兼ねたのか、ユウカは「はぁ」とため息を吐いて。

 

「じゃあ、その束が終わったら昼食にしましょう」

 

 

 ▼

 

 

「で、あれだけ言っていたカレーうどんは食べないんですね」

 

 何故か裏切られたような気持ちになったユウカは、目の前で紙パックの野菜ジュースと値引きされたコッペパンを食べる先生を微妙な目で見つめた。

 

 ぶっちゃけ、ユウカは彼がカレーうどんの話題を出した時、歓迎したのだ。彼は食事を疎かにしている。必要な栄養価は確実に取れていないだろう。ここ数日のレシートを見るに、彼はほぼ毎日このメニューしか食べていない。その上、一日3食はおろか一食も食べてない日もあり、健全な生活とはかけ離れているのだ。

 故に、先生が数日ぶりにまともな食事を取ってくれる……と思ったユウカの目に映ったのは、冷蔵庫から買い溜めしていた野菜ジュースとパンを取り出す彼だった。『は?』と言わなかっただけ偉いだろう。

 

「万が一服が汚れたらクリーニング代は自腹だし……お給料まだだし……」

 

 いつも通り、身一つでキヴォトスに放り込まれた先生の持ち金は少ない。財布に入っていた分と大人のカード(クレジットカード)で遣繰しなければならず、以前まで使っていたであろうネットバンクの口座にある預金はキヴォトスから引き出せなかったのだ。尚、この事実を突きつけられた時、先生は膝から崩れ落ち絶望した。幸いにも財布の中にはそれなりの手持ちがある為、切り詰めに切り詰めて生活する必要はないが、それでも無駄遣いしている余裕はないのだ。削れる場所は削らなければならず……そして、先生が削れる箇所は『食』のみだったのだ。

 

「はぁ……それで体調を崩したらどうするんですか。もっと栄養がある物を食べてください」

「分かったよ……じゃあ次からはインスタントの袋麺を……」

「そうじゃありません! 全く……」

 

 本当にこの人は、と思ってユウカは自作のお弁当を口に運ぶ。先生は「私の友人には口の中でインスタント麺を作る絶技の持ち主がいてね……」といつも通り変なことを口走っていた。

 共にした数時間で分かったことは、先生は基本的にダメ人間だという事実。真面目な時はとことん真剣だが、そうでない時……今日のようなオフの日は超の付くほど頭が緩い。彼がいる所だけ緊張の2文字が消え去るレベルで、周囲に緩いオーラを撒き散らしている。オンオフの切り替えがしっかりしているのは良い事だが、ここまで二面性が強いと別人格を疑ってしまう。

 

 ちらり、とユウカは先生のデスクを見る。紙の書類の束が山積みされた、どう考えても今日中で終わらない仕事量。これで特に仕事を貯めていた訳ではない、という事実が恐ろしくなってしまう。労働基準法違反で訴えられても文句は言えないレベルだ。

 

「シャーレの仕事は案外紙媒体が多いんですね」

「まあね。勿論電子媒体もあるけど、半分弱は紙だよ。キヴォトスでは半分デッドメディアと化してるけど、これでも割と利点があるんだ」

 

 先生は人差し指を立てて、解説を始めた。それは彼の教師としての顔。机はなく、椅子はソファ。ホワイトボードも黒板も使わない、先生と生徒が1対1の特別授業。

 

「一つはインフォメーションセキュリティの高さ。何でもかんでもオルタナティブでネットワークを介していると、どこで情報が抜かれるか分かったものじゃない。ここには各学校の機密事項や、連邦生徒会関係の書類も流れてくるんだけど、そういったものは基本紙だ」

 

 彼は2本目の指を立てて。

 

「もう一つは、燃やせば灰になる点。私のデスクに灰皿が置いてあるだろう? 私は別に煙草を嗜んだりはしないけど、それでも置いてあるのは書類を燃やせるからだよ。お日様の元で見せられないような書類は、全部ライターで灰にするんだ」

「……それじゃあ、私が先生の書類を手伝っているのは不味いんじゃないんですか?」

「そこは勿論、ユウカに任せていい書類は選別しているよ……とまぁ、紙ってメディアはとても信頼性が高いんだ。部外者に見せられない事やひそひそ話にはもってこいな、ね」

 

 書類を選別する労力をもう少し別のことに回した方がいいんじゃないか、という言葉をユウカはぐっと飲み込んだ。別に彼に頼られて悪い気はしないのだ。寧ろ──────少し、嬉しい。

 

「本当に、絆されていますね……」

「どうかした?」

「いえ、何でもありません。それよりも、先生はもっと私に感謝すべきですよ? こんな風に領収書の整理を手伝ってくれる生徒なんて、本当に私くらいですから」

「そうだね……本当に、感謝してもし足りないよ」

 

 彼は影を落とした微笑みを浮かべた。目を離した次の瞬間、蜃気楼になって消えてしまいそうなほど儚い笑みだった。希薄な命、キヴォトスに住まう人々では決して作れない……生命の奇跡を体現するような微笑。

 

 そんな笑顔を見せられたユウカは──────いつの間にか先生の頭を撫でていた。

 

「……ユウカ?」

「……あっ」

 

 彼の言葉でユウカは自分が何をしているか認識したようで、驚いたように手を離した。成人男性が16歳の少女に頭を撫でられるという中々の羞恥プレイを味わった先生は若干引き攣ったような苦笑いを浮かべている。

 

 ──────貴方はそんな表情もできるんですね。

 

 彼の髪を触った掌からはホワイトリリーが香る。1週間前と同じ物。

 

「……先生は、香水とかに拘っているんですか?」

「……まぁ、少しね。昔、この香りを好きって言ってくれた子がいて……それ以来、ずっと使ってるんだ」

 

 この世界で、君は元気でいるだろうか。その笑顔は曇ってないだろうか。いつか必ず会いに行こうと思って、先生は顔を綻ばせる。

 

「私もこの香りは好きです……落ち着くので……」

 

 ユウカは立ち上がり彼の隣に腰掛けて、その肩に頭を乗せた。

 

「流石に無防備過ぎないかい?」

「先生にしかやらないので大丈夫ですよ」

 

 彼は「そうかい」と言って、懐から本を取り出した。

 

「……最近、夢を見るんです」

「どんな夢を?」

「貴方が──────いえ、何でもありません。忘れてください」

 

 ──────貴方に愛されて、貴方が目の前で殺される夢を見る……なんて、言えるわけがない。

 

 甘い夢と、血が凍るような悪夢が同居している。頻度としては、3日に1回ほど。今日も夢を見た。現在、それが原因で寝不足になる等の支障は起きていないが、それでも嫌なものは嫌なのだ。だが、それらは全て夢のため目の前の彼にその鬱憤をぶつける訳にもいかない。そんな事をしても何の解決にならないし、ただの癇癪だ。

 それに、何か──────意識の深い所で、「思い出せ」と叫んでいる……ような、気がする。

 

「そういえば、先生はSRT特殊学園の件は知っていますか?」

「勿論。連邦生徒会長が失踪したことによって、彼女達の軍事活動に責任を負う存在がいなくなったから、ヴァルキューレと統合する形で閉鎖する……そういう風に話が動いているね」

 

 先生の視点で見ると、この動きはあまり好ましくなかった。SRT特殊学園の生徒は戦闘のプロだ。ゲヘナの風紀委員やトリニティの正義実現委員会のような単純明快な強さではなく、彼女達は戦争が巧い。真正面からの撃ち合い、作戦考案、情報戦……大半の軍事行動で彼女達の右に出るものは片手で数えられる程度であり、総合力で判断すると間違いなくキヴォトス屈指の強力な部隊だ。

 その機密性や特殊性、練度を例えるなら、陸自の特戦群や陸軍特殊部隊群、ザスローン部隊、SAS等の各国最高の特殊部隊が該当する。それを責任者の不在という理由で無くしてしまうのは、余りにも惜しい。

 

 その上、特殊部隊の人員というのは貴重だ。彼女達の働きを代替させようと思うと莫大なコストと育成時間が必要になる。

 

 カウントダウンは既に始まっている。砂時計はひっくり返らず、唯重力に従い堕ちるのみ。『滅び』は常に、キヴォトスを地獄に叩き落とす機会を虎視眈々と狙っているのだ。そんな状況で、彼女達を宙ぶらりんにしておく余裕などない。

 

 それに、彼女達から愛着のある学舎を奪う事はしたくないのだ。

 

「現状まだ閉鎖が確定した訳ではないから、責任をシャーレで負うことが出来ないか、掛け合ってみようと思ってね。次の会議は私も出るんだ。何とかして閉鎖は阻止したいけど……シャーレを連邦生徒会の子達がどう見ているかによって決議が変わりそうだ」

 

 シャーレを連邦生徒会から派生した機関だと考えている役員ならば、責任を負う場所がスライドする程度と認識し……賛成してくれる可能性が高い。

 だが、シャーレを何処にも所属していない超法規的組織と考えている場合は反対されるだろう。SRTのみを特別扱いするのは公平性に欠けるのではないか、と言われてしまうと反論することが難しくなってしまう。

 

「全員が全員、閉鎖に賛同してる訳ではないから、その子達を私側に引き入れてどうにか討論に持っていきたい。最大の懸念点はリンかな。彼女がどちら側に立っているかによって難易度が激変する。 

 有事の際の軍事活動と、その責任を負う時以外では干渉しない……こんな感じで落とし所が作れるとベスト。SRTに肩入れし過ぎず、されど見捨てる事もしない、そのラインがこの辺り。この境界線を踏み越えると、シャーレとしての公平性を著しく欠いてしまう」

 

 ユウカは彼を見直していた。政治的な手腕の練度がとても高い。自身の立ち位置、所属、権限からできる事を角が立ちにくい範囲で実行する能力と、それを支える思考力。戦術指揮をしている時にも思ったが、彼は頭の回転がとても早いのだ。最善手を最速かつ最高効率で選び取る能力に長けている。

 

 友好関係を結びたい旨を進言して良かった、とユウカは思った。仮にこの人を敵に回した場合、どの様な被害が出るか分かったものではない。最悪、20倍程度の戦力差なら余裕でひっくり返してきそうな予感があるのだ。

 

 ──────まあ、先生が敵になるなんて思えないけど。

 

「……先生って本当に先生なんですね。見直しちゃいました」

「それ、どういう意味?」

 

 苦笑いしてユウカを見る彼に、儚さはどこにもなかった。この世界で生きる命として、ちゃんとそこにある。それに何故──────ここまで安心感を覚えてしまうのだろうか。

 

「そのままの意味ですよ。さ、先生! 残りの仕事も終わらせちゃいましょう!」

 

 

 ▼

 

 

「お疲れ様、ユウカ。本当に助かったよ、ありがとう」

「ありがとうございます、先生」

 

 本日分の2人の仕事が全て終了したのは、午後6時過ぎだった。ぐっと伸びをすると凝り固まった筋肉が伸びていく感覚があり、体に少々負荷をかけ過ぎてしまったと思う。

 先生はユウカに労いの言葉を掛けて、ホットのカフェオレを手渡した。それを口に含むと心地の良い甘みが疲れた脳にスッと染み込んできて、今日一日の疲れが解れていくような気がする。目の前に置かれたお茶菓子のクッキーは……確か、トリニティのスイーツ部のアカウントで見た気がする。

 

「……美味しい」

「口に合った様で何よりだよ」

 

 そう言って、先生は目の前のソファに座ってカフェオレで喉を潤した。ちらり、と外を見ると空は茜と宇宙色の美しいコントラストを描いていて、遠くに立つ白の塔がまるで境界線の様だった。

 

 それから、2人は取り止めもない話をした。ユウカは学校の事、友人の事、セミナーの仕事。ゲーム部の話は中々に感情が籠っていて、彼女がどれ程大事にしているかがよく分かる口調だった。先生はそれに相槌を打ったり、時折茶々を入れたり質問をしたり。

 

 ──────この時間が、ずっと続けばいいのに。

 

 ユウカは彼と話している内にそんな事を思って、柄でもないと頭を振って──────でも、本当に楽しかったのだ。

 

 そして時刻は7時を回って。

 

「今日はありがとうございました。クッキーまで頂いてしまって……」

 

 ユウカの左手に下げられている紙袋には、お茶請けとして出されたクッキーの缶が入っていた。流石にここまでやってもらって手ぶらで返すのは先生のプライドが許さなかったため、遠慮する彼女に半ば無理やり押し付けた。

 

「気にしないで。寧ろこの位しかお礼できなくてごめんね。お給料が入ったら、もう少し良いものを用意させてもらうからさ……今日はありがとう。本当に助かったよ。気をつけて帰ってね」

 

 ユウカは手を振る先生に一礼して、シャーレの敷地を超えて公道に出て──────その時、彼の声が聞こえた。

 

「またおいで。別に書類なんて手伝ってくれなくていいから、さ。暇な時に遊びに来てくれると嬉しいな」

「……はい。また行かせていただきますね」

 

 家に向かう足取りはいつもより軽かった。

 

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