シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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鏡を求めて

 ミレニアムサイエンススクール、ヴェリタスの部室。大量のPCとタブレット、サーバ、データベースから成る、ハッカーの集う場所。鼻につんとくる甘い香りはエナジードリンクのもので、ゴミ箱や机の上を見れば空き缶が大量に放置されている。

 そんな場所にゲーム開発部の少女は来ていた。理由は勿論、先日入手したG.Bible関係だ。カタカタとキーボードを叩く音が静かな部室に反響して、終わる瞬間を待ち望む少女達は緊張した面持ちで見守っている。

 

 どれほどの時間が経っただろうか。不意にキャスター付きの椅子が軋む音が聞こえて、顔を上げると白髪の少女……小鈎ハレがタブレットを片手に此方を見た。

 

「依頼されたデータについて結果が出たよ」

「い、いよいよ……!」

「ドキドキ……」

「……知っての通り、私達ヴェリタスはキヴォトス最高のハッカー集団と自負している。システムやデータの復旧は、それこそ数えきれないほど解決してきた。その上で、単刀直入に言うね」

 

 そして、ハレは告げる。少女達……否、ある特定一名に向けて、残酷な現実を。

 

「モモイ、貴方のゲームのセーブデータを復活させるのは無理」

「うわぁぁぁん! もう駄目だ────!」

 

 モモイはこの世の全てに絶望したような声を上げて、来客用のソファに寝そべり撃沈した。彼女だって分かっていた、ゲームのセーブデータの復旧が難しい事くらい。だが、それでも────と、そんな一握の希望に縋らずにはいられないほど、あのセーブデータには時間をつぎ込み、思い出を育んできたのだ。故に、改めてこうして現実を突きつけられると心にくるものがある。

 残念、削除────あの小馬鹿にしたようなマシンボイスがもう一度聞こえたような気がしたが、きっと幻聴だろう。モモイはきっと疲れている。

 

 だが、今回の本題はそれじゃないのだ。

 

「そっちじゃないでしょ!? G.Bibleのパスワードの解除はどうしたのさ!?」

「それならマキが作業中ですよ」

 

 椅子を回転させ、此方を見ながらそう言ったのは同じくヴェリタスの少女、音瀬コタマ。彼女はゲーム開発部のメンバーを見渡し……そこに先生の姿がない事に気付いて人知れず肩を落とした。新しい音声データを盗聴しよう(貰おう)と思ったのにと、内心で思って。

 

「マキちゃんが?」

「おはようミド! 来てくれたんだね、ありがと!」

 

 ドアを一枚隔てた作業スペースから出てきたのは件の少女、小塗マキ。燃えるような赤髪が特徴的な、グラフティ好きな快闊な少女だ。ミドと呼ぶことから分かるように彼女はゲーム開発部の彼女達と同じ1年で、部の垣根を超えて交流している。勿論、仲も良好だ。

 

「うぅ、私のセーブデータが……涙と汗の結晶が……」

「モモはどうしてそんなに泣いてるの?」

「気にしないで……それより、G.Bibleはどうだった?」

「うん、ちゃんと解析できたよ。あれはあの伝説のゲーム開発者が作った神ゲーマニュアル……G.Bibleで間違いないね」

「や、やっぱりそうなんだ!」

 

 その表情を歓喜一色に染めながら、ミドリは立ち上がる。G.Bible入手は大変だった。オートマタに追い回され、銃撃されの繰り返し。危険な目に何度も遭ったが、その苦労に見合うだけの成果はちゃんと手に入れられた。姉のセーブデータは尊い犠牲になってしまったが……浮かばれている事だろう。多分。

 

「ファイルの作成日や最後に転送された日時、ファイル形式から考えても確実。作業者についても、噂の伝説のゲーム開発者のIPと一致していた。それと、あのデータはこれまでに1回しか転送された形跡がない」

「ということは、つまり────」

「うん、オリジナルのG.Bibleだろうね」

「す、凄い! それじゃあ────!」

 

 早速その中身を見ようと思い立ち上がったミドリに、マキは「でも」と言葉を続けて。

 

「ファイルのパスワードについてはまだ解析できていないの」

「えぇッ!? それじゃ結局見れないじゃん!? がっかりだよ!」

「うッ……だって私はあくまでクラッカーであってホワイトハッカーじゃないし……」

 

 精神ダメージから復帰したモモイの指摘を前に、マキはバツが悪そうにそっぽを向く。全く負い目が無いわけではない。彼女達の期待に満ちた眼差しを裏切ってしまうのはそこはかとなく良心が痛むが……人には得意不得意があるのだ。彼女自身が言う通り、マキの専門はクラッキング。厳重に掛けられたパスワードの解除ではないのだから。

 

「兎に角! 解析ができないからって、それ以外に方法が無い訳じゃない」

「そうなの?」

「あのファイルのパスワードを直接解除するのは、多分ほぼ不可能。でも、セキュリティファイルを取り除いて中身を丸ごとコピーするって手段ならいけるんじゃないかな……」

 

 ────まぁ、ヒマリ先輩ならあのセキュリティのパスワードでも解析できそうだけど。

 

 内心でそんな事を思いながら、マキは手元のタブレットを弄りながら続きの言葉を紡ぐ。

 

「で、そのためにはOptimus Mirror System……通称、『鏡』って呼ばれるツールが必要なの」

「ぜ、全然話についていけない……」

「うーん……つまり、今のままじゃG.Bibleは見れないから、『鏡』ってプログラムが必要だってことだよね?」

 

 ミドリがある程度内容をかみ砕いて話すと、モモイを含む3人は納得した様子で頷く。マキも「そゆこと!」と彼女の要約に花丸をあげた。

 

「じゃあその『鏡』はどこにあるの?」

「あたし達ヴェリタスが()()()()

「何だ、それなら今すぐ……え、待って!? 過去形!?」

「そう。今は持ってない。生徒会(セミナー)に押収されちゃったの、もうっ!」

 

 マキは口を尖らせ、背もたれに身体を預ける。思い出されるのは先日の来客……セミナーの会計、早瀬ユウカ。彼女は急にヴェリタスの部室に押し入り、「不法な用途の機器の所持は禁止」とだけ告げてプログラムを回収していった。勿論、鏡のプログラムだけでなく、その他の不法な物……コタマの盗聴器も押収品として彼女が持って行ってしまったのだ。

 故に、鏡のプログラムは今やセミナーの管轄下に入っている。

 

「……その『鏡』って、そんなに危険なものなの?」

「そんな事はないよ。暗号化されたシステムを開くのに最適化されたツールってだけ」

 

 ハレは「ただ……」と言葉を続けて。

 

「世界に一つしかない、私達の部長(ヒマリ先輩)が直々に製作したハッキングツールで」

「ヒマリ……?」

 

 その疑問符にミドリは「アリスちゃんはまだ会ったことがないよね」と言い。

 

「ヒマリ先輩はヴェリタスの部長さんなの。ちょっと身体が不自由で車椅子に乗っているから、見かけたらすぐ分かると思う……本当に、凄い人でね。身体の事はあるけど、それであの人に同情したり軽視したりするような人は、少なくともこのミレニアムにはいない。天才、っていうのかな。ミレニアム史上、まだたった3人しか貰えてない学位、『全知』を持ってる人なの」

「うん、本当に凄い……けど、それはそれとして、どうしてせっかく作った装備を取られちゃったの?」

「……私はただ、先生のスマホのメッセージを確認したかっただけです。そのために『鏡』が必要で……不純な意図は全くなかったのですが」

「どう考えても不純だよ! 何しようとしてるのさ!」

 

 先生のスマホは宝だ。様々な生徒と繋がり、言葉を交わしている彼。その中にはきっと、誰か1人の為に紡がれた大切なものだってあるだろう。コタマとしてはそれをちょっと見たり、聞いたりしたかっただけなのだが……どうやらモモイとミドリには納得されなかった様子だ。

 勿論、暗号化解除ツールなんて力業を使わなくても彼に直接『スマホのメッセージを見せて下さい』と言えばいい。だが、彼が大人しく見せてくれるかはまた別問題な訳で。十中八九、『駄目だよ』と優しく断られるのは目に見えて分かる。彼は、生徒のプライベートやプライバシーは必ず守るだろうから。

 

「うわあぁん! 早く鏡を回収しないと部長に怒られちゃう!」

「兎に角……整理すると、私達も鏡を取り戻したい。それに、G.Bibleのパスワードを解くためには、あなた達にとっても鏡は必要……そうでしょ?」

 

 頭を抱えるマキと、流し目で此方を見るハレ。

 セミナーに押収された、ヒマリが作成した暗号解除ツール。ヴェリタスとしても貴重な物だから取り返したいが、セミナーと押し問答を繰り広げるのは現実的ではない。ならば実力行使……と考えるが、それはそれで壁が高い。

 そんな堂々巡りの中に、件のツールを使用したいと手を挙げる部活が1つ。それがゲーム開発部だった。彼女達も廃部を免れるために何としてもG.Bibleの内部データが欲しいのだ。

 

 ────此処に、ヴェリタスとゲーム開発部の利害は一致した。

 

「……うん、大体分かったよ」

「ふふ、流石モモ。話が早いね」

「目的地が一緒なんだし、旅は道連れってね」

「共にレイドバトルを始めるのであれば、私達はパーティーメンバーです」

 

 乗り気なモモイとアリスに、マキは「助かるよ」とハイタッチ。そんな少女達を見て、ミドリは「まさか……」と震える声を上げた。

 

「お姉ちゃん、ヴェリタスと組んで、生徒会を襲撃するつもりなんじゃ……」

 

 その問いを否定する者は、この場に居なかった。

 

 

 ▼

 

 

 ミドリとユズは襲撃を渋っていたが、モモイの献身的な説得により何とか首を縦に振らせることに成功した。2人も薄々分かっていたのだろう、もうこれ以上に有効な手立てがない事に。パスワードの総当たりも現実的ではないし、一定回数失敗したら中身のデータ全削除……なんてトラップが仕掛けられていたら目も当てられない。

 よって、ゲーム開発部の方針としても『セミナーが押収した鏡を奪取する』という方向に固まったのだが……。

 

「問題?」

 

 ここで1つ、問題がある。セミナーを襲撃する上では回避できないイベントであり……最大の壁が。

 

「『鏡』は生徒会の差押品保管所に保管されているんだけど、其処を守っているのが実は……メイド部、なんだよね」

「……え? メイド部、ってもしかして……」

「もしかしなくてもC&Cの事だよね?」

 

 メイド部、或いはC&C。ミレニアム屈指の武闘派集団。メイド服を身に纏い、流麗な所作で優雅に敵を『清掃』する事で有名な……あの、メイド部。

 そんな集団が、鏡が保管されている場所を守っている。

 

「そうそう! まあ、些細な問題なんだけどさ~」

「そっか~! そうだねー、うーんなるほど~……」

 

 モモイは徐に立ち上がり、右手の人差し指でヴェリタスから出るためのドアを指した。

 

「よし、諦めよう! ゲーム開発部、回れ右! 前進ッ!」

「待って待って待って! 諦めちゃダメだよモモ! G.Bibleが欲しいんでしょ!?」

「そりゃ欲しいよ! でもだからって、メイド部と戦うなんて冗談じゃない! そんなの、走ってる列車に乗り込めとか、燃え盛る火山に飛び込めって言われた方がまだマシ!」

 

 その位には、非現実的な話なのだ。

 オートマタやドローンなら幾らでも掻い潜れる。

 セミナーの4名が相手でも、少々キツいが何とかはなっただろう。

 だが、C&Cは無理だ。あの集団を相手にして勝てるビジョンが浮かばない。勝率なんて那由多の彼方だろう。

 

「で、でもこのままじゃ、あたし部長に怒られ……じゃなくて! ゲーム開発部も終わりだよ! このままじゃ廃部になっちゃうんでしょ!?」

「うぐっ……も、勿論廃部は嫌だけど……でもこれは、話の次元が違う。C&Cのご奉仕で壊滅させられた過激団体や武装サークルは数えきれないもん」

「……最後には痕跡すら残さず、綺麗に掃除される。有名な話だね」

 

 彼女達が仕事を終えた後には何も残らない。まるで、原初(はじめ)から無だったように。その手腕により何度も過激団体や武装サークル、違法サークルが壊滅させられ、その悉くが病院と矯正局に叩き込まれた。

 

「そりゃ、私も部活は守りたい。でも、ミドリにアリス、ユズの方が圧倒的に大事! 危険すぎる!」

「待って待って、多分勘違いしてる。何も真正面からメイド部を相手にする事はないよ。あたし達はミレニアムの生徒なんだし。それに、あたし達の目標はメイド部を倒す事じゃなくて、差押品保管所から鏡を取ってくることなんだから~……」

「そんなに変わらないじゃん!」

「────でも、可能性のない話じゃない」

 

 確かに、メイド部は強い。ミレニアムの生徒なら知っていて当たり前の常識だ。だが、最強であっても無敵ではない。厳しい戦いになるのは確定であるが、それでも……まだ、打つ手自体はある。

 その理由は。

 

「私の盗ちょ……いえ、情報によると、現在のメイド部は完全な状態ではありません」

「えっ?」

 

 そう────現在のメイド部は期間限定でフルメンバーではないのだ。そこに付け入る隙がある。

 

 

 ▼

 

 

 場所は変わって、ミレニアムサイエンススクール、屋上。特別な権限を持つ者しか足を踏み入れる事ができない場に佇む2つの影。片方はスーツのような制服の上にジャケットを羽織っているユウカ、もう一人はクラシカルなメイド服を纏っている。

 冷たい風が2人の間を流れた。メイド服のスカートがゆらゆらと揺らめき、布の裏側に仕込んだ爆弾が金属音を奏でる。

 

「……そのまさかよ」

 

 ドアを背に、ユウカは語る。その表情はあまり好意的ではなかった。

 

「なるほど、俄かには信じ難いお話ですね。あんなに可愛らしいのに……セミナーを襲撃しようだなんて、人は見かけによりませんね?」

「純粋な子達よ。そこだけは間違いないわ。でも……いえ、だからこそ、時にはとんでもない悪戯をしたりもする。それに、今回はヴェリタスも絡んでるの」

「ヴェリタスも、ですか……少々珍しい組み合わせですね」

「そうでもないわ。大事な物の為に手段は選ばないって点で、ヴェリタスとゲーム開発部はよく似ているもの」

 

 そう────ユウカはゲーム開発部の次の行動を完全に読んでいた。伊達に彼女達の保護者代わりを務めているのではない。というべきだろうか。モモイやミドリの思考に関してはほぼ100%の精度でトレースが可能だ。

 それに加えて、今回はヴェリタスの部長……ヒマリから情報を受け取っていた。ここまでお膳立てされたのに分からない訳がないだろう。

 

 故に先手を打つ。荒事を起こすつもりならば此方も使える最強の手札を切るまで。

 

「そうでしたか。まぁ何であれ依頼である以上、私達は受けるつもりでいますが……」

 

 セミナー直属のエージェント集団……Cleaning&Clearingのコールサイン03を担う室笠アカネは眼鏡を整え、1つ指を立てる。

 

「1つだけ、ちょっとした問題があります」

「問題?」

「今のC&Cは部長が不在です」

「ね、ネル先輩がいない!?」

 

 C&Cの部長、美甘ネルの不在。それは非常に重要な問題点だった。ちょっとした、なんて言葉では済ませられないほどの。

 メイド部ことC&Cがミレニアム最強と呼ばれる所以は素晴らしい練度のエージェントが揃っているからであるが、何よりも大きな要因はネルだ。ミレニアム最強の名を(ほしいまま)にする彼女は、キヴォトスという大きな括りで見ても最強クラスに位置する。特に勝利への執念は目を見張るものがあり、中・近距離での戦闘能力はトリニティのツルギと並ぶだろう。彼女が持つコールサインたる00(ダブルオー)は勝利を意味する、と呼ばれるレベルだ。

 

「はい。ミレニアムの外郭に個人的な用事があるそうでして」

 

 アカネは「ですが」と言葉を続ける。

 

「ご心配なく。リーダーが居るときのC&Cが一番強いのは紛れもない事実ですが、防戦であるのならば私達だけの方が良いかもしれません。リーダーは壊す事に特化した人ですから……では、改めまして。依頼はお受けします」

 

 アカネは長いスカートを摘まみ、優雅な所作で雇い主たるユウカに一礼。

 

「約束の時間まで、ゲーム開発部を生徒会の差押品保管室に近づけない事……お約束いたしましょう」

 

 

 

 

 C&Cのリーダー、ミレニアム最強のネル……彼女の不在。それは確かに、ゲーム開発部達が一縷の希望を抱ける情報だった。何せ、ネルが健在なだけで勝率はほぼゼロだ。彼女と真正面からやりあって本気で勝とうとするならば、最低でもキヴォトスの上澄みの上澄みが戦力として必須になる。

 そんな彼女がいないともなれば、作戦の成功確率は跳ね上がるが……それでも、那由多の彼方にあった勝率が多少近づいた程度。勝算がある、と断言できるほどではない。

 

 確かにネルは強い。ミレニアム最強にして、キヴォトス最強クラス。そこは疑いようのない事実だ。C&Cの無法な強さは彼女の存在が大きなファクターなっている。だが、彼女が居ないC&Cが弱いかと問われれば、それは否だ。C&Cの4名全員が凄腕のエージェント。ネル以外の3名も他の戦闘集団とは一線を画す能力を備えている。ネルが居ないから安心……なんて、甘い考えは通用しない。

 

 故に、ネルの不在を突いて作戦を決行するヴェリタスの考えにモモイは中々頷けないでいた。

 

「正面衝突を避けて、『鏡』だけを奪って逃げる……」

 

 確かに理には適っている。此方の勝利条件は鏡の奪取であり、C&Cの撃退ではない。故に正面戦闘は可能な限り避けて、隠密で差押品保管所まで向かえばいいのだが……それはあくまで此方側の話だ。

 C&Cの任務は差押品保管所の防衛。ゲーム開発部やヴェリタスからその部屋を守り切れば勝ちなのだ。そのため、間違いなく実力行使に出るだろう。この場にいるメンバー全員を気絶させたり病院送りにすれば、少なくとも差押品保管所に足を踏み入れる事は無いのだから。

 

 言うまでもなく、モモイにとってゲーム開発部の存続は最優先事項だ。だが、ミドリやユズ、アリスよりも大事なものではない。C&Cと対立するという事は、彼女達が危険な目に晒される事を意味する。

 

 ────それが、モモイは嫌だった。

 

「うーん……」

 

 声を呻らせ、思考を回す。まるでシミュレーションゲームで戦略を練っているみたいな感覚。だが、何時まで経っても代案や打開策は出てこず、堂々巡りする。

 そんな時、同じように思案に耽っていたミドリが急に立ち上がった。彼女の瞳には強い決意が灯っていて、前へ進もうとする意志が燃えている。

 そして、その決意のままに。

 

「────やってみよう、お姉ちゃん」

「えぇッ!? 相手はあのメイド部だよ!? 幾らネル先輩がいないからって……」

「うん、勝算が無い事は分かってる。でも……このまま諦めて、ゲーム開発部を無くすわけにはいかない」

 

 このままだと廃部になる現実。C&Cに勝ち目がない現実。その2つと正しく向き合った上で、ミドリは一歩踏み出す事を選んだ。

 確かに、勝算がない戦いに挑むのは怖い。だが、それでも────皆と一緒なら、進める気がして。

 

「ボロボロだし、狭いし、偶に雨漏りもするような部室だけど……もう今は、私達がただゲームをするだけの場所じゃない。皆で一緒に居るための、大切な場所だから。だから少しでも可能性があるなら、私はそれに掛けたい。例えメイド部と対峙する事になっても、それがどれだけ危険だとしても……私は、守りたいの。アリスちゃんの為に、ユズちゃんの為に。私達全員の為に」

「ミドリ……」

 

 ────ゲーム開発部は、私達全員の大切な居場所だから。

 

 そして、そんなミドリに呼応するようにアリスもまた立ち上がり一歩を踏み出す事を決意する。

 

「私達ならできます。伝説の勇者は……世界の滅亡を食い止めるために魔王を倒します。アリスは計45個のRPGをプレイして、勇者達が魔王を倒すために必要な、一番強力な力を知りました」

「一番強力な……あ、レベルアップ? それとも装備の強化?」

「盗聴ですか?」

「EMPショックとか!?」

「ち、違います……」

 

 そういった、目に見える分かりやすい力ではない。直接的には相手を傷付けることはおろか、触れることすら叶わない概念のようなもの。見えなくて、分かり難くて、柔らかくて、時間の流れと共に変化する……アリスが一番最初に知った、大切なもの。

 

「一緒に居る仲間と、そこに在る絆です」

 

 共に笑える誰か。1秒先さえ分からぬ世界を歩める仲間が、そこに芽生えた絆が何より大事だとアリスは思っている。自分だけが強くて何になろう。孤独を歩んでも空しいだけだ。この空の元、誰とも繋がれないなんて哀しすぎる。

 故に、アリスは思う。誰かと繋がれる強さこそが勇者の条件であると。

 

 そうだ────一番最初に触れた他人の暖かさは、今もこの胸に残っている。

 

「アリス……うん、そうだね。確かに、そうだよ」

 

 ミドリの踏み出した一歩。アリスの決意。それらを受け取ったモモイは、最後に部長たるユズを見ると────彼女はゆっくりと、しかし強く頷いた。

 モモイは息を吐き、そして気合を入れ直す。もう、迷わない。

 

「よし、やろう! セミナーの差押品保管所に潜入して、『鏡』を取り戻す!」

 

 ゲーム開発部、全4名がセミナー襲撃に承諾した。

 

「ハレ! 何か良い計画とかない!?」

「任せて……でも、その計画を実行するためには幾つかの準備が必要だね。さっき言ってた盗聴もそうだし、EMPショックもそう。それに……あとはやっぱり、仲間だね」

 

 ゲーム開発部、ヴェリタスに加えて更に仲間が加わる。パーティーメンバーの新規加入というゲームなら盛り上がるイベントにアリスは目を輝かせながら彼女の方を見た。一体、どんな仲間が加わるのだろう。どんな新しい出会いが待っているのだろう────そういった期待に溢れた眼差し。

 

「でも、私達とはそこまで親しい仲って訳じゃないから……お願いしないとね」

「お願い? 誰に?」

「キヴォトスで今大活躍中の人だよ」

 

 

 ▼

 

 

「事情は把握したよ。それで私の所に来たんだ」

 

 シャーレオフィス。先生はいつもの服装で客人をもてなすために飲み物を淹れていた。ヴェリタスの3人はコーヒー、ゲーム開発部の4人はコーヒーは飲めないためジュースである。

 

「うん。それで、先生……」

「あぁ、良いよ。何かあったら責任は私が取る。だから、君達はその心のままに」

 

 ふわり、と笑う彼。その顔には一切の陰りが無い。大事になったら迷いなく彼はその身を差し出すだろう。

 

 ────先生としての立場上、彼女達の案に大っぴらに賛成するわけにはいかない。そんな事をすれば、シャーレという組織がセミナーを軽視或いは敵視していると見做されてしまうから。

 そもそも、今回はゲーム開発部及びヴェリタスが襲撃する側で、秩序(ルール)を破壊する側なのだ。確かにユウカの押収は強引な部分があっただろう。もしかすると、必要な承認やステップを幾つか飛ばしているかもしれない。その事について彼女達が憤る気持ちも分からない訳ではないし、貴重なツールだから取り戻したいと思う事はとても自然だ。

 

 そして、ゲーム開発部。彼女達にとっても本件は死活問題だ。この作戦が成功するか否かで、部活の未来が大きく左右されてしまう。作戦の成功率を少しでも上げるために、藁にも縋る想いで彼を訪ねたのだろう。

 先生としても、彼個人としても……その想いには最大限応えてあげたい。

 

 だが、彼女達の味方をするという事はユウカと対峙する事を示す。ミレニアムやセミナーの規則に則り、非認可の部活から危険物を回収したに過ぎない彼女達と。

 

 対立する二項、それらの共通の敵になる事は出来ても、味方になる事はできない。誰かを助けるということは、誰かを切り捨てるという事。それは変えようのない世界の真理だ。何度もこの身で味わってきた、当たり前の現実。

 

 ────あぁ、儘ならないものだ。

 

 彼は誰にもばれない様に嘲笑を零す。己の矮小さなんて痛いほど分かっている。己の手の小ささは憎いほど分かっている。

 

 だから、せめて全ての責任は取ろう。それが先生たる己ができる最大の仕事だから。彼女達が憂いなく、また同じテーブルで笑い合えるように。

 

 気持ちを入れ替えるように彼は「さて」と短く言って。

 

「私を介してまで会いたい生徒は誰かな。アビドスの子達? それとも百鬼夜行の子達かな?」

「それは────」

 

 ハレから告げられた生徒の名前……否、部活動の名前を聞いた彼は。

 

「その子達なら、私の仲介なんて要らないと思うけどなぁ……」

 

 と、苦笑いを零した。

 

 

 ▼

 

 

「成程、それは確かに的確な判断だ。君達の言う通り、その方法なら私達じゃないと難しいだろうね」

 

 場所は変わって、ミレニアムサイエンススクール校内のエンジニア部。いつも通りの制服姿で機械弄りに興じるウタハは突然の来訪を快く受け入れ、彼女達の話を聞き────。

 

「うん、分かった。協力しよう」

 

 随分あっさりとセミナー襲撃に加担しようとしていた。その決断スピードはモモイが「軽っ!」と叫んでしまうほど。そして、ウタハ以外のメンバー……ヒビキとコトリも同様に、ゲーム開発部達に協力するつもりである。

 

「ほ、本当にいいんですか? エンジニア部は実績も沢山ありますし、こんな危ない橋を渡る必要は……」

「そうだね、そうかもしれない」

「それなのに、どうしてメイド部と戦うなんて危険な計画に乗ってくれるんですか?」

「それは────」

 

 確かに危ない橋を渡らなくてもエンジニア部は存続できる。寧ろ、部の存続だけを考えるなら門前払いするなりセミナーに突き出すなりした方が余程確実だ。

 だが、そういった合理的な考えを蹴ってまでゲーム開発部に味方する理由は。

 

「うん、その方が面白そうだから……かな」

「そうです! それに、私達ももっと先生と仲良くなりたいですから!」

「私とかい? それは嬉しいな」

「勿論それもある。それと……」

 

 ちらり、とウタハはアリスの方を見る。その意味深な視線にアリスとミドリは疑問を浮べるが、それを口にするよりも先に彼女は視線を外した。

 

「いや、今はいいさ。よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします……!」

 

 こうして、ゲーム開発部はエンジニア部という強力極まる仲間を引き入れる事に成功した。

 

 

 ▼

 

 

「これでメンバーは揃ったよね?」

「うん、準備もできてる」

 

 ハードウェア特化のエンジニア部、ソフトウェア特化のヴェリタス。存在そのものが反則染みている神算鬼謀の先生。そのメンバーに加えてゲーム開発部。今集められる戦力としては、これが最大値だろう。

 

 錚々たる顔ぶれ、このメンバーと一緒にセミナーに一泡吹かせに行く。モモイは武者震いか、或いは緊張で体が強張り……そして、思い出したかのように「あ」と短く言って。

 

「そういえば、作戦はいつ始まるの?」

「……もう始まってるよ」

 

 モモイの知らぬ間に、戦いの幕は切って落とされていた。

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